第八話 白手袋は決闘の申し込み
桐生と二郎が部屋で大暴れした翌日、私たちは天気がいいからと城の庭で日向ぼっこしながらお茶を飲んでいると、そこに偶然クラスメイト達の集団が通りがかった。
彼らは私を見て、生きていたのかと幽霊に会ったような会話を交わしている。
ここじゃまだ死んだつもりはなかったんだけどな、と首を傾げながら二郎がいれてくれたストレートティーを飲んだ。
クラスメイトの後ろの方にいた二郎と瓜二つの彼がこちらにずんずんと歩いてくる。
彼の右腕には変わらず見事なロール髪をした姫が絡み付いていた。
彼は私を見ると、ほっとしたような怒っているようななんとも言えない表情を浮かべて、まずは確認をとってきた。
「東雲、だよな?」
「見ての通り東雲華雪ですよ。どういう噂が流れているかは知りませんけど、私は元気です」
彼を見ると桐生も二郎もあからさまに嫌な顔をした。
昔から彼は周りの人間に嫌われていたな、と内心苦笑する。
悪い奴ではないのは知っているらしいが、そりが合わないと皆言っていた。
「お前が魔女の生贄になったと聞いた。もう戻ってこないだろうともな」
「知ってると思いますが、それは誤解ですよ。私は今魔女さんに世話になっているんですから」
彼とは文通モドキをしていたので、私が生贄になってないことを知っているのに、わざわざ聞いてきたという事は、彼は彼なりに心配していたのだろう。
手紙などという不確かなものでしか連絡を取る術がなかったのだ。不安になるのも分かる。
「そいつが件の魔女と、あれに書いてあった〝頼りになる奴”か?」
彼は桐生を睨み付け、更に二郎にはもっと強く睨む。
王女はまるで恐ろしいものを見るような視線を向ける。
何故かは分からないが、魔女という分かりやすいある種の迫害対象よりも、頼りになると書いた二郎のほうがお気に召さないらしい。
そんな顔しなくってもなぁ、と思いながらストレートティーを一口飲んだ。
「そうですよ。綺麗な方達でしょう?」
私が桐生と二郎を褒めると、王女は顔を顰める。
対照的に二人は大喜びをして嬉しそうに顔の表情筋を緩めた。
二人とも美形で褒められ慣れているはずなのに、私からの一言で喜んでくれるなんて良い奴等だとあらためて思う。
「そうか?俺にとってはどうでもいいな」
「五郎様、私怖いですわ。もう行きましょうよ」
ぎゅうぎゅうと抱きつく王女がわざとらしく震えている。
どう見ても演技だ。下らない。
二郎も桐生も失笑していることに彼女は気づかないらしい。
彼は王女が震えていようとどうでもいいらしく、一ミリも彼女に視線を向けない。
「そいつらと一緒にいるより、俺の部屋に来ないか?」
「ご遠慮させていただきます。山口先輩にご迷惑をおかけするわけにはいかないので」
迷惑どうのこうの以前に、腕に引っ付いている王女が頷いたら殺すという目で見てきて怖かった。
そうとう彼に惚れ込んでいるようだ。
ここで一緒の部屋で寝起きを共にしますと言った日には、私は暗殺されてしまうかもしれない。
簡単に殺される気はないが、面倒事を進んで引き起こす気もなかった。
「俺は全然迷惑だと思わないぜ」
「いえいえ、お気持ちだけで充分です。さぁ、そろそろ次の訓練場所に行ったほうが良さそうですよ」
騎士達がクラスメイト達を迎えに来たようだ。
どうやら、いつまで経ってもこないクラスメイト達が心配になって、ここまで来たらしい。
騎士達はクラスメイト達を押し退けて、私達の前までやって来た。
「何をそんなに騒いでいる!」
「ちょっと、グラハム貴方何しているの!
魔女が白昼堂々と出歩いているじゃない!こんなんじゃ落ち着いて城の中も歩けないわ!」
騎士―――グラハムというのだろう。
グラハムは前に出てくると、王女に八つ当たりをされる。
「魔女様。申し訳ありませんが、お部屋にお戻り頂けないでしょうか?」
グラハムは桐生を見ると、見た目に似合わず優しい声をかけた。
きっと、魔女が不機嫌になると国に災厄が訪れるという神託を信じている口だろう。
「今は華雪ちゃんとお茶飲んでいるから嫌」
ざっくりと桐生はグラハムの申し出を断る。
グラハムは桐生に言っても聞かないと判断して、今度は私の方に向き直る。
「華雪というのはお前だな。さっさとお茶会なんて終わらせて部屋に帰れ」
「断る。何で私がお前なんかの言うことを聞かなきゃいけないんだ」
私相手には横柄な態度を取るグラハムに、私も同じような態度で返してやった。
「なんだ!その態度は!!」
「お前の態度にそのまま返してやっただけだろうが。腹が立ったなら、その態度を改めたらどうだ?」
いつまでも私が下手に出ていると思ったら大きな間違いだ。
もうこの世界についての情報は十分収集できたし、近日中にはこの国から出て行くつもりだ。だから、ここで騎士達との関係が拗れても問題はない。
私の発言に顔を赤くしたグラハムは、よっぽど短気なのか私の首を掴んできた。
ぐっと力を入れられると気管からひゅっと空気が逃げる。
このまま殺されるのは避けなければならない、と反射的にポケットに入れていた折り畳み式ナイフを使おうとしたその時―――――。
「汚い手で華雪さんを触るのはやめてください」
ぞっとするほどの冷たい殺気が場に満ちた。
私に向けられたものではないと頭では理解していても、体は正直にビクッと跳ねる。
その言葉と同時にボキッ!という鈍い音が近くでした。
「ぎゃああぁぁぁぁあああ!!腕がっ!!俺の腕がっ!!」
「ああ、華雪さん。首に赤い跡が残ってしまいましたね。
すぐに助けに入れず申し訳ありませんでした。今すぐ治療しますね」
殺気を出した張本人は私の首を見ると、まるで自分のことのように顔を歪め、すぐに治療を始めた。
淡い緑がかった白い光が二郎の手のひらから生まれ、それを私の首に当てる。
体感時間にして数秒経つとその光を消して、跡がついていたであろう場所をその指先で撫で上げる。
「綺麗に消えて良かったです。もう痛くないでしょう?」
「あっ、ああ。もう痛くない。ありがとうな、二郎」
「それは良かったです。では、あちらのゴミもすぐに片付けますね」
未だに微弱に殺気を放っている二郎は、だが私には優しい顔を向けて頭をなでると、さっきの騎士の方を向いた。
ここからでは二郎の後ろ姿しか見えなくて、他に何も見ることはできない。
しかし、それでも二郎はいつもと変わらない笑みを浮かべているんだろうなということだけは分かった。
「さて、グラハムさんでしたっけ?貴方には決闘を申し込みます」
決闘?と首を傾げていると、桐生が自分の膝の上に私を乗せて説明してくれた。
曰く、中世のヨーロッパ辺りで行われた決闘とそんなに変わらないとのこと。
違う点があるとすれば、白手袋を相手の顔に叩きつければ決闘が成立する点と、異世界ファンタジーなここでは魔法の使用が許可されていることだ。
シンプルに決闘する者同士とジャッジをする審判の三人で行われる。
もっとも、大勢の見物人がいるから、三人だけでするものではないが。
現時点で二郎はどこから出したか分からない白手袋を相手の顔に投げつけているため、決闘自体は成立している。
こんなにギャラリーもいたのでは誤魔化しもきかないだろう。
このまま決闘という流れになるのが通常だが、グラハムは痛みからか脂汗をかきながら、怪我してない方の手で二郎を押しとどめる。
「ま、待て!!俺は怪我をしていて剣を握れない!!だから、代役を立てたい!!」
「ふむ。いいでしょう。ですが、その代役とやらが負けたら、貴方の命ももらいますよ」
「分かった!!代役を呼んでくるから、少し待っていてくれ!!」
グラハムはそう言って、何人かの騎士と一緒に城の中に戻って行った。
後に残るクラスメートは皆一様に顔を真っ青にして、私達から距離をとる。
例外なのは、あの彼・・・・・・山口五郎だけで、私が座っていた椅子に腰を下ろし、ケーキスタンドに綺麗に盛られていた軽食に手を付けていた。
「美味いな・・・ここに来てからこんなに美味いものを食ったのは初めてだ」
「あの、山口先輩。私が言うのもあれですけど、そんなところに座っていていいんですか?」
「俺はお前の傍に居れればいい。他の奴のことなんか知ったことじゃない」
マイペースというか何というか、彼はサンドイッチを頬張りながらそう言う。
「これからこの城で暮らし辛くなりますよ」
「大丈夫だ。東雲の部屋に行くから」
事もなげにいってくるが、それは多くの人に衝撃を与えた。
その筆頭である桐生は、はあぁっ!?と叫ぶ。
「嫌よ!!何でアンタみたいな陰険根暗変態野郎を部屋に入れないといけないのよ!!」
「俺はお前の部屋に入りたいとは言ってない。東雲の部屋に入りたいと言っているんだ。
嫌だったらお前が部屋から出て行けばいいだろ」
「ふざけないで!!私は華雪ちゃんと二人っきりであの部屋にいたいのよ!!
そこの二郎だって百万歩譲って部屋に入れているんだから!!アンタなんてお呼びじゃないの!!
あのクソビッチ姫と乳繰り合っていればいいのよ!!」
被害が拡散する。
百万歩も譲られて部屋に入れていると言われても二郎は気にした様子もなく、席に戻ってティータイムの続きをしているが、クソビッチ姫と呼ばれたロール姫は顔を真っ赤にして怒っている。
「今の発言は聞き捨てなりませんわ!!」
「何よ。この男にデレデレとしがみ付いて胸を押し付けていたじゃない!
文句があるなら、自分の行動を見直したらどう?」
正論を言われてぐうの音も出ない姫を置いて、桐生は彼に向き直る。どちらも真剣な顔をしている。
「それで、貴方は引く気がないのね」
「勿論だ。どれだけ東雲を心配していたと思っている?
実物を見て、はいそーですかと引けるほど俺は甘くないぜ。
大体、俺はまだお前たちのことを信用したわけじゃないからな」
彼はそう言っているものの、直感的に桐生達が悪い奴ではないと分かっているようだ。
そうでなかったら、軽食にも手を付けないし、二郎が入れた紅茶も飲まないだろう。
桐生が彼の言った言葉について、ふむと何かを考えていると、グラハムが言っていた代役とやらが到着した。
「お前か、グラハムに決闘を申し込んだ男というのは」
現れたのは一目見て隙が無く、騎士としては一流に部類される人物だと判断できる男だった。
ただ、二郎を相手にできるほど強くはないなという程度の人間だ。
その男は二郎の前まで来ると、まじまじと二郎を見つめた。
「こんな優男に腕を折られるほど、俺は生易しい訓練を騎士達にさせているわけじゃないんだがな」
「見た目で判断するのはいかがでしょうか?そうやって油断していると足元を掬われますよ」
現在、二郎の姿は元の姿ではなく、私の唯一の固有スキル(死神召喚なんてスキルはなかった)の幻術によって、いかにも仕事ができそうな執事風のイケメンになっていた。
私としては元の姿の方が勿論好きだが、あの姿で出歩くといらぬ噂が立ちそうなので、スキルを使いこなすという建前を作って、わざわざ他の姿を他人の目には映している。
誰かにバレるんじゃないかと冷や冷やもんだが、今のところ誰も幻術は見破っていなさそうなので、スキルが正常に発動しているのだろう。
「見たところこの城の執事のようだが、そんなに腕に自信があるのか?弱いものイジメは趣味じゃないんだが」
「少なくとも人間に負ける気はしませんよ。
ちなみに私は弱いモノを甚振るのは嫌いじゃありませんよ。強者であると勘違いしていた者がウジ虫のように這いずり回って許しを請う姿を見るのは楽しいですから。
まぁ、今回は華雪さんが見るのであまり過激なことはできませんが」
「はっ、言うな。その言葉、俺のことを知っていて言っているのか?」
あくまでも余裕の態度を崩さない二郎に、相手の男は楽しそうに笑う。
こいつ、藤堂と同じタイプの戦闘狂だ。
戦闘狂は話を聞かないで突っ込んでくる馬鹿が多いから苦手なんだよな。
というか、この男は有名なのだろうか?
世界の常識はあっても、有名な人物については何一つ知らないため、小声で桐生に聞く。
「なぁ、桐生。この男って有名なのか?」
「それなりにね。彼はグリー・モンテスキュー。この国の騎士団団長にして、ランクSの元冒険者。
二つ名は烈火の剛腕といって、名前の通り火属性の魔法を使うわ。
実力も確かなもので、それなりに部下に慕われているという噂よ。
でも、二郎相手じゃあ、ねぇ?」
苦笑する桐生。私も同じような顔をする。
二人でこそこそ話していると、グリーがこちらに視線を向けた。
「そこは何を話しているんだ?」
「貴方についてよ、グリー・モンテスキュー。
悪いことは言わないわ。死にたくなかったら、グラハムを殺して首を二郎に差し出しなさい。貴方がいくら強いといっても二郎に敵いっこないわ。
貴方のような優秀な団長を失うのは心苦しいし、後で国王達にグチグチ言われるのは面倒だわ」
「一番最後のが本音だろ、魔女」
「そうよ。悪い?」
悪びれのない桐生にグリーは獰猛に笑う。
彼みたいなのは勝てないといわれる相手に挑むのが三度の飯よりも好きなのだ。
最後に挑むのが二郎なんて運のない奴だな。圧倒的理不尽な差で甚振られて殺されるのだから。
だが、私の心の中には可哀想という気持ちは欠片もなかった。
数日前に二郎に言ったように人として大事な何かが欠けすぎているのだろう。他人に関して、そういう感情が一切動くことがない。
今も石ころがどうでもいいことを垂れ流しているようにしか聞こえないのだ。
あえて言うなら、二郎の貴重な時間とか体力を私が傷つけられたなんて理由で使わせてしまうのが悪いとしか思えない。
その石ころ、ことグリーは桐生の言葉につまらなそうな表情をすると、二郎に視線を戻した。
「いや。俺が死ぬ前提なのが気に食わないだけさ。
おい、優男。決闘の準備はできているのか?」
「はい。いつでも大丈夫ですよ。なんでしたら、今からでも」
「なら、訓練場で午後五時から始めよう。俺にも準備ってものがあるからな。
その時までにせいぜい遺書でも書いておくんだな」
彼はそう言い残してその場を去った。
その後を追って、戸惑いながらもぞろぞろとクラスメートたちもいなくなる。
ただ一人だけ軽食を未だに食べている彼だけは残った。
「で、先輩はいつまでそこにいるつもりですか?」
「東雲がいるまでだが?」
さも当然とでもいうような彼にため息をつく私。
少なくとも決闘が始まるまでは一緒なんだろうな、と彼の性格をよく知っている私は、それ以上何か言うことをやめた。
言ったところで聞いてくれたためしがないからだ。
結果が見えている無駄な説得をするより、有意義な時間を過ごしたい。
「山口先輩のことはいいとして。・・・・・・二郎、その、無茶だけはしないでくれ。
私のために怒ってくれたのは嬉しいが、そんなことで傷ついてほしくないんだ。お前の実力を軽んじている訳じゃないが、万が一というのもあるし、かすり傷だとしても痛いものは痛いだろ?
だから、えっと・・・・・・・・・・・・」
言いたいことがまとまらなくてモゴモゴ言っていると、そっと契約印がついている右手をとられた。
そして、私の前に跪いた二郎はそこに唇を落とす。
「我が敬愛なる主。貴女様が心配なさるようなことは決して起こさないとこの印に誓います。
ですから、安心して決闘をご覧ください」
顔を上げた二郎はいつになく自信ありげで、うっすらと瞳も開いていた。
それが隣で座っている彼と被って見えて、任せても安心だと思わせてくれた。
ここまで二郎が言っているのに信じることができないのは、産みの親としても友人としても、また彼と契約している者としても失格だ。
ならば、と私は頷く。
「二郎のことを信じる。だから、頑張ってくれ」
「その一言だけで私は頑張れますよ」
顔を見合わせて私たちは笑った。
ほんわかした空気が流れたが、それは長く続かなかった。
「ちょっと、華雪ちゃんの手に勝手にキスしてんじゃないわよ!!決闘の前に殺すわよ!?」
「東雲、消毒してやるから手を出せ!」
桐生が二郎を蹴り、それを二郎が見事な身のこなしで躱し、彼がどさくさに紛れて私の手をハンカチで拭く。
いまいち締まらないが、これが彼らの距離感であり接し方だ。
三人でわちゃわちゃ騒いでいるのを横目で見ながら、私は一人冷めた紅茶を啜った。