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赤のケッツヒェン~邪神の思惑が絡む世界で~  作者: たきしむ
第一章 ユーバー・ヘ・ブリヒ王国編
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第一話 仮初の日常






 それは遠い遠い昔のこと。




 目の前の光景が、まだ”私”がみんなと一緒にいた頃の夢だとすぐ分かった。


 なぜなら、”私”が”私”の大切な人たちに囲まれて笑っていたからだ。




 ”私”はすぐ隣に立っている”彼”に話しかけられた。




「――――――――――――――――――――――――――――――――――」




 口は動いているが、声が届かない。



 ”私”が何言っているんだ?と問い返すと、いきなり強い風が吹いて目を反射的に閉じてしまった。






 ここまでで夢が終わっていれば、こんなに嬉しいことはないのに。











 次に目を開けた時に映ったのは、元が何だったのか想像できないほど原型を留めていない肉の塊。



 ソレら・・・・・・からは夥しい量の血が流れ出ていて、床と壁、そして”私”自身を染め上げていた。


 自分の両手を見てみると、真っ赤な液体でベドベドしていた。




「あっ・・・・・・」




 カラン、と音がしてどこからか落ちたのは同じ液体で汚れているメス・・。



 そのメスは”私”の手から滑り落ちていた。




「う・・・あ・・・・・・・・・」




 腰が抜けて床にへたり込むと、べちゃりと不快な感覚が両手と尻の辺りから伝わってきた。


 そのままずるずると後ずさりしようとするが、体が金縛りにあったように動かない。






 ”私”はガタガタと震えて、肉の塊を見た。


 その塊はさっきまで”私”と一緒に笑っていた人たちと同じ数だけあった。






 そこまで認識すると、ぴちゃんぴちゃんと暗闇の中から何かが歩いてくる。


 その人物は”私”と全く同じ姿をしていた。



 彼女は”私”の前まで来ると、無表情で”私”の顔を覗き込み、




「お前がやったんだ」




 とぽつりと呟くように言った。




「お前がみんなを殺した。

 お前さえいなければみんな幸せに生きれたのに。


 なのに、お前が全部壊したんだ!!!!」




 彼女が泣き叫ぶと、”私”は暗闇に飲み込まれた。











 だから、夢なんて見たくなかったんだ。



 もう二度と戻ることは叶わない日常を見せつけられるのは胸が引き裂かれるような痛みを訴え、非日常に足を踏み入れた日を見るのは私の罪を再確認させられているようで気分が悪い。






 暗闇の中で一人で立ち尽くしている自分にため息しか出てこない。



 もう、そろそろこの夢も終わるだろう。


 そうしたら、また私の仮初かりそめの日常が始まるのだ。






 この日常の果てには何があるのか。


 それは私には分からないし、きっと非日常に引きずり込んだ邪神達も知らないだろう。



 もしかしたら、ある日ぽっくりと死んでそのままかもしれないし、私という存在ではなく別のナニカに変わるかもしれない。



 はたまた、邪神の一柱になっているかもしれない。






 それでも、途中で止まることができないのなら進むしかない。


 私は彼らのことが大切なのだ。



 たとえ、もう二度と交わることができないとしても――――――――――。





















「おい、さっきから呼んでいるのに無視して出て行こうとするなよ」




 授業中に昼寝していて頭がぼうっとしていたのと、話しかけられた相手と関わりたくなくてスルーしていた。


 しかし、腕を掴まれて止められてしまったので、私は相手の顔を渋々見た。



 カラスの羽のように真っ黒な黒髪の前髪をオールバックにして、何も遮るもののない深い海を連想させるような鋭い瑠璃色の瞳に、面倒くさそうな表情をした私が映っている。






 彼の名前は山口五郎やまぐちごろう


 今の私の一つ上の先輩で剣道部の主将を務めている。



 目つきが少々鋭いだけで顔立ちは総じて整っていて、勉強もできるので、文武両道を体現しているような人物だ。



 そのため女子にめちゃくちゃモテて、半ばファンと化している彼女らに睨まれると、平穏な学校生活を送れないという噂が流れている。






 はっきり言えば、私的に校内で関わりたくない人のトップ3に彼は入っていた。






 そんな彼の最近の趣味は、無愛想なこの私を連れ回すことだ。



 無視しても腕を掴まれている時点で、彼の好きな所へ引きずられていくので、仕方なく口を開く。




「何か用ですか、山口先輩。ないのなら手を放して欲しいんですが」



「話がある。昼飯奢ってやるから、ちょっと来い」




 こうやって、退屈な午前の授業を終えて食堂へ行こうとする私を毎日昼食に誘ってくる。


 何が楽しいのか分からないが、一緒にいる彼はいつも楽しそうだ。



 身長が全然ないような、未だに小学校低学年に間違われる始末の女と一緒なのにだ。


 その上染めたのかと誤解されることが多い真っ赤な髪を持っている私に対して、偏見もなく笑いかけてくる。






 普通の感性をしている人なら普段の行動も相まって不良だと思って、まず近づかないはずだが、彼は独特の感性を持っているのだろう。



 最近はそんな彼に絆されて、割合素直に一緒に遊んでいるが、学内で関わりたくないのは変わりない。






 しかし、行く行かないの問答している間に昼休みの時間が無為に過ぎていくし、彼がこういう事で譲歩した試しがないので、私は一緒に食堂に行くことを決めた。



 こんな感じで結局、毎日一緒に昼ご飯を食べてしまっているが、今日こそは諦めて他の人と一緒に食堂に行ってくれないかな、という希望がある限り、この茶番は辞められない。




「分かりました。次の授業の教科書を持ってくるので少々お待ちください」




 私がそう言えば、彼は素直に手を離し、掃除用具が入っているロッカーに(もた)れかかって待つ姿勢を取った。



 手早く教科書を移動用のカバンに詰め込み、彼の元に戻る。




「お待たせしました」



「いちいち頭を下げなくてもいい。食堂に行くぞ」




 ここまでが私の仮初の日常だった。



 どうして夢にまで見て忘れていたのだろう?


 非日常は日常のすぐ裏にあるということを、私は痛いほど知っているのに。






 誰かの悲鳴を聞いてそっちを振り返れば、教室の中心から青白い光が発生し、それはみるみる内に見覚えのない魔法陣を描いていく。



 その異常現象の中、誰一人として動けなかったが、私は違う。






 少なくとも、この中にいてはいけないと判断し、足元にまで迫った青白い光に自分の生は諦め、それでも一番自分に利のある行動を直ちに取った。




「五郎!」




 手の届く範囲にいた彼の下の名前を呼び、それに驚いている彼を空いている扉から廊下へ突き飛ばす。



 同年代に比べて圧倒的に腕力の劣る私では、驚いている隙をついてバランスを崩させないと、鍛えて体格もよく体幹がしっかりしている彼を突き飛ばすことなどできない。






 廊下に出た彼が、私に向かって一生懸命手を伸ばしている光景を見たところで、視界が青白い光に()かれた。
















 失っていた意識を取り戻すと、さっきの明るさとは正反対な暗い空間にいた。



 私は慌てず騒がずに横たわっていた体を起こし、動きを阻害したりするものがないか、最低限の動きで調べる。


 ついでに一番大切なネックレスがあることも確認し、隠しポケットに入れているスタンガンと折り畳み式ナイフがあることも服の上から確認した。






 近くに落ちていた移動用のカバンも持ち、黒一色の空間をぐるりと一周見回した。



 それから、こんな所に私を引きずり込むような古い知り合いの顔をいくつか思い浮かべ、悩みながらも一番可能性が高い奴の名前を上げる。




「藤堂?」




 正解だ、とでも言うように、闇が波打って見知った男が出てきた。



 光源などないが、彼の姿ははっきりと見える。


 黒髪赤目で彫りの深い顔をしている彼は、俗に言うイケメン顔を愉快そうに歪めて私を見下ろす。




「よう、久しぶりだな。華雪」



「久しぶりだな、藤堂」




 返答をしながらも、無意識に首筋を撫で、少しばかり警戒をする。






 一見、ただのイケメンにしか見えないが、その正体は神話生物と呼ばれる化け物の上の方にいる、ふる(エルダーゴッド)の一柱なのだ。



 神、と名乗っているだけあって、その力は絶大で、機嫌を損ねれば世界が吹っ飛ぶ。






 そんな人外と私が何故知り合いなのか、話せば長くなるので詳しくは語らないが、過去に世界の命運をかけた事件に巻き込まれた時に出会い、その後もこうやって交流が続いている。



 私としてはどんな形であれ関わり合いになりたくない種族だが、あっちから勝手に関わってくるのだから、仕方ない。






 藤堂は警戒する私を安心させるように、両手をひらひらさせて、何も持っていないアピールをしてくる。




「そんなに警戒しなくても、何もしないぜ?」



「・・・・・・癖だ、癖。

 それで、何の用があってここに呼んだんだ?」




 藤堂が意味もなく、こんな所で私に会うはずがないので、さっさと本題に入らせた。




「お前は可愛げや面白みが減ったな。


 まぁ、それはいいとして、ニャルラトテップの面白い遊びに付き合わされるようだな」




 ニャルラトテップというのも、神話生物で外なる神という、藤堂とはまた別の種類の神である。



 彼はまだ時と場合によるが話が通じる部類であるのに対し、ニャルラトテップは人間を狂気に陥らせることが一番大事という、人間にとって最悪最低の生物だ。






 そのおかげで、今まで私がどれだけ被害を被ったことか。



 遭遇したくない神話生物ナンバーワンの座を独占し続けているソイツの名前が出たことに、嫌な予感がヒシヒシとする。


 ニャルラトテップと遊びという単語が組み合わさった時、とてつもなく人間にとって不都合なことが起こるのだ。






 回れ右をして逃走したい所だが、逃げられないということも同時に察してしまっている。



 このタイミングで名前を出すということは、遊びに参加してしまった後ということだ。


 なら、ドタバタせず、何かを知っていそうな藤堂に話を聞いた方が賢い。




「今度はどんな遊びなんだ。

 前に閉鎖空間で、人間も神話生物も入り混じった大乱闘をやっていたようだが、それと同じようなものか?」




 風の噂で聞いたソレは、いかにもニャルラトテップらしい、人間も神話生物も馬鹿にした催し物だった。



 今回もそういう類いかと聞けば、藤堂は首を横に振り、




「いや、今回のは人間達の流行りに乗ったらしくてな。

 お前の所で、異世界転生や転移の小説が爆発的に売れているのは知っているな」



「知っているし、それで大体分かった。

 つまり、私はクラス丸ごと異世界転移に巻き込まれたって訳だな」



「流石、察しがいいな。

 結構頑張って、その世界だけの法則とか設定を作ったらしいぜ。そこに違う世界の人間をぶち込んで鑑賞して楽しむのが、ここ最近のニャルラトテップだ」



「厄介なこと極まりないな」




 わざわざニャルラトテップが頑張って作った法則なんて、絶対にろくなもんじゃない。



 私は顔を(しか)めて、




「それで?お前は何のために私に接触したんだ?

 ニャルラトテップの遊びを止めろというなら、無理だぞ。

 私は至ってごく普通の人間を下回る力しかないからな」



「ごく普通の人間から外れまくっているのに、力がないのは悲しいなぁ」



「っ。悲しいが、事実だ」




 他のやつに指摘されたくない事実を言われて、瞬間湯沸かし器みたいに頭に血が昇ったが、深呼吸をして落ち着けた。



 ここで彼と闘っても百害あって一利なし。


 無駄に私が死ぬだけだ。




「そんなお前にチートな能力を付けてやろうかと思ってな。

 ニャルラトテップに選ばれた勇者を瞬殺できるようなヤツだ。

 何だったら、俺を連れていくか?」



「チートな能力は欲しいが、お前はいらない。

 面倒なフラグが乱立するから、絶っっっ対に来るな」




 イケメンという時点で面倒なのに、人間の感性を持っている私には良く分からない理由で、世界を吹っ飛ばす神話生物というのは扱いに困る。



 それに、ニャルラトテップが来た場合、すぐさま殺し合いが始まるだろうし、そもそも背中を預けられる程信用してない。






 口には出さないが、私の内面が手に取るように分かったであろう藤堂は、くつくつと喉を鳴らして笑う。




「それなら、お前が呼んだ時に行くとしよう。

 何か困ったことがあれば呼べよ。何か無くても呼んでもらって構わないが」



「気持ちだけ受け取っておく。

 それで、肝心のチート能力だが、お前がいいと思ったものを付けといてくれ。すぐには思いつかないからな」



「分かった。適当に付けておく。

 後、あちらの世界では神からのギフトとして加護と祝福というのがあるらしい。

 それも付けておくから、役に立ててくれ。


 ああ、忘れてた。これも持っていけ」




 ぽいっと適当に渡されたのは、精緻な細工が施されている銀の腕輪だ。


 中央の黒い逆十字は赤い石を抱いていて、それだけでかなりの値打ち物だと鑑定できる。



 この意匠に見覚えがある気がするが、今は思い出せない。






 そうこうしている間に、藤堂は私の額に手を翳し、加護と祝福を与えるとだけ言った。



 そんなお手軽な方法で、加護と祝福は授かれたらしい。




「これは?見た所、アーティファクトのような感じがするんだが」




 アーティファクトとは、力のある物品のことで、モノによっては助けになってくれるような不思議な力を秘めた品だ。



 簡単なのは人間にも作成できるが、これはそんなちゃちなものではない。


 少なくとも、知恵のある神話生物が製作したものだろう。




「さあ?俺も知らねぇな。あいつがお前に会ったら渡しとけって言うから、渡しただけだ」



「貰えるものは貰っておく。何かに使えるかもしれないからな」




 彼が言っていたあいつというのが気になるが、言う気がなさそうなので、腕輪をハンカチに包んで鞄の底に仕舞っておく。



 嫌な感じはしないが、効果や発動条件が分からないものを迂闊に嵌めたりはしないし、このいかにもな意匠を思い出せた時まで触ることすらしないでおこう。




「お前が持っていることに意味があるらしいから、それでいいんじゃねぇか。


 とりあえず、俺からはこんなところだな。これ以上は干渉できない」



「充分だ。これだけしてもらえば後はどうにかする」




 ニャルラトテップという邪神が関わっている壮大な遊びだと教えてもらい、チートな能力(多分)も付けてもらった。



 それだけで異世界という名のアイツの遊び場では有利に働くだろうし、これ以上やってもらったりなんかしたら見返りの方が怖い。




「・・・・・・もう、この次元も持ちそうにないな。時間だ。

 最後に何か言うことはあるか?」





 暗かった空間に亀裂が入り、そこからさっきの青白い光が割り込んでくる。


 メリメリと言いながら、その亀裂が大きくなってきていた。






 藤堂の言う通りに限界なのだろう。


 気乗りはしないが、あの光に呑まれて、異世界に行かなければならない。




「じゃあ、最後に一つだけ。

 ここまでしてくれてありがとな、藤堂」



「いつもそれぐらい素直なら言うことないのにな。


 それと、言い忘れていたが、お前の大事な山口五郎も異世界に連れて行かれたぽいな」




 なっーーーーー!?!?


 それを先に言え!!






 口には出したが声にはならずに、白い世界に体と意識が飲み込まれていく。



 藤堂の気まぐれへの感謝は薄れ、その代わりに、今度会った時は私の全てに賭けて絶対に一発殴るという決意を固めた。






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