第71話~会談と口論~
「(さて、何時グーさん達にこの事伝えようかな………?)」
神影から"僚機念話"で指示を受けたエーリヒは、目の前で広がっている光景に目を向けた。
大広間の真ん中には、縦長のテーブルが数台繋げた状態で置かれており、そのテーブルを囲むようにして、グースとマーカス、そしてイリーナとソフィアを筆頭とした調査隊メンバーが座っている。
「さて、それでは本題に入りましょうか」
先程の一件でブルームを隊長枠から外したため、代わりに務める事になったイリーナが話を切り出した。
「先日、盗賊団"黒尾"が壊滅したと言う話はご存知ですか?」
「ああ」
「噂でしか知らんけど、最近登録したばかりの冒険者にブッ潰されたって話やろ?凄いよなぁ。1度で良いから会ってみたいモンや」
その正体が神影とエーリヒである事を知っているグースとマーカスだが、それを隠すために言葉を選ぶ。
「………その様子だと、やはり冒険者の正体は、貴殿方も知らないようですね」
「そりゃそうや。その冒険者が素性を明かさへんって言ってるらしいからな」
「そう、ですよね………」
マーカスにそう言われたイリーナは、彼等の後ろに立っているエーリヒにチラリと視線を向けた後、グース達に戻した。
「では、もし何か情報が掴めたら、教えていただけますか?」
「………それは、戦力としてそちらさん達に加えるか、それが無理なら敵に味方しないようにするためか?」
「……ええ。お恥ずかしい話ですが」
聞き返してくるグースに、気まずそうに顔を伏せて答えたイリーナが、その訳を説明した。
そもそも国民は、有事の際、特に何処かの敵勢力と戦争が起こった際には国家に協力する事が義務付けられており、騎士団や魔術師団だけでは兵力を補えない場合は成人男性が兵として召集される他、町の門は閉ざされ、一般市民は外に出られなくなる。
その一方、冒険者は徴兵制が免除される事に加えて冒険者ギルドと言う1種の独立機関に所属している事になるため、基本的に中立の立場となり、有事の際でも町を出入りする事が出来る。当然、外国にも行ける。
だが、中立の立場となっても、どうなっても自己責任と言う条件の元でどちらかの勢力に味方する者も居る。
そのため調査隊メンバーには、"黒尾"を壊滅させた冒険者の情報が掴めた場合、その冒険者に接触して有事の際にはこの国に味方するよう説得し、それが無理なら、少なくとも敵勢力には味方せず、中立の立場を守るように話をつけろと命令されていたのだ。
「(騎士団や魔術師団も大変だねぇ。敵国に加えて、"黒尾"をブッ潰した冒険者にも警戒しないといけないなんて………まあ、その冒険者はミカゲと僕なんだけどさ)」
退屈になって壁に凭れ掛かったエーリヒは、自分の魔力で作り出した槍を弄びながら他人事のように内心呟いた。
そんな彼を置いて、ルビーンのトップと調査隊メンバーによる会談は進んでいく。
「では次に、先日、王都上空で響き渡った謎の轟音についてなのですが………」
「(うわぁ、遂にその話題を出しやがったよ………)」
表情に出さないようにしながら内心で悪態をつくエーリヒ。
別に、誰かに害を及ぼした訳ではないために罪に問われるような事にはならないだろうが、どうやって空を飛んでいたのかは当然聞かれるだろうし、それによって戦闘機の事が知られるのは火を見るより明らかな事だ。
この世界にとってはオーバーテクノロジーの塊である戦闘機。それを使えるとなれば、戦力として王都に連れ戻されて戦争参加を強要されたり、自分達にも戦闘機を使えるようにするように要求されたりするのは誰でも想像がつく。
だが、その能力を分け与える事が出来るのは神影だけであるため、当然ながら彼の事も吐かされるだろう。
「(そうなるのだけは、真っ平御免だな)」
エーリヒがそう考えている間に、会談は終わった。
エーリヒや神影との約束通り、グースやマーカスは何れも『知らない』の一点張りで通してくれたようだ。
元よりルビーン方面から聞こえてきただけであるため、その轟音の主がルビーンに居ると言う確たる証拠が無いのが、グース達の主張が通った理由である。
「貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました………ところで、コレは私の個人的な話なのですが」
グース達に礼を言ったイリーナは、立ち上がってエーリヒへと歩み寄った。
「………何ですか?」
槍を消したエーリヒが、訝しげに訊ねる。
「君はどうやって、短期間で難易度の高い迷宮を攻略出来るだけの力をつけたのかな?」
「はあ?いきなり何を言って………ああ、成る程。そういう事か」
突拍子も無い質問に戸惑うエーリヒだが、イリーナの目が自分の腕に装着されている宝物庫へと向けられている事に気づき、彼女の質問の意味を悟った。
「(迂闊だったな。まさかコレを見られていたとは………)」
余談だが、宝物庫は市販では売られていない。つまり、宝物庫を手に入れたければ迷宮を攻略するか、不要となったものを譲り受けるしかない。
戦闘機の事や、自分が"黒尾"を壊滅させた張本人であると言う事は隠せても、自分が強くなっていると言う根本的な事は隠せなかったようだ。
だが、エーリヒは動じなかった。
強くなった理由など、どうとでも説明出来るからだ。
「勿論、鍛えたんですよ。魔術師団に居た頃から今に至るまで、ほぼ毎日ね」
その言葉に、調査隊メンバー──正確には騎士・魔術師団員──は驚愕に目を見開いた。
自分達が落ちこぼれだと蔑んでいた存在が影で鍛練を重ね、何時の間にか迷宮を攻略出来る程の力をつけていたと言うのだから、ある意味当然の反応ではあるのだが。
「そ、そんなの嘘だ!君なんて、魔術師団に入団してからずっと除け者にされてたじゃないか!訓練でも、君だけ省かれていたのに!」
「ああ、そうだよ?だから1人で鍛えていたんだよ。誰も評価してくれなかったけどね」
イリーナから『一言も喋るな』と言われていたゴルトが思わず立ち上がって叫ぶが、エーリヒは淡々とした口調で言い返す。
「フンッ、猿芝居のつもりか?俺は騙されぬぞ」
すると、今度はブルームが口を開いた。
「猿芝居………?それは、どういう意味だい?」
そう訊ねるエーリヒに、ブルームは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「決まっている。自分に中身が無い事が分かっているから、迷宮を攻略したなどと嘘の武勇伝を拵え、自分が優れた存在であるかのように見せつけようと言う魂胆なのだろう?貴様のやりそうな事だ」
「………はぁ」
何をどうすれば、其処まで自分を姑息な人間に仕立て上げる事が出来るのかと内心呟きながら、エーリヒは溜め息をついた。
「おい、ブルームにゴルト!貴様等、私が言った事をもう──」
「あのさぁ、お前等そろそろええ加減にせぇよ」
ブルーム達に怒鳴ろうとするイリーナだが、それを遮るように低い声が放たれた。
「さっきから坊っちゃんに対して言いたい放題してるけど、お前等其処まで言える程偉くないやろ。何自分1人が国を動かしてるような面してるんや、ええ?」
椅子から立ち上がったマーカスが、ブルーム達に言う。
その小柄な体格からは想像出来ないような威圧感に、ブルーム達は怯みながらも声を張り上げる。
「な、何だ貴様は?たかが家令の分際で、デシール公爵家に逆らうのか!」
「ぼ、ぼくちんに逆らったらどうなるか分かってるの?ぼくちんは貴族様なんだぞ?」
「んなモン知ったこっちゃねぇわ。つか、お前等が貴族やと?笑わせんなボケ!!ただ威張り散らす事しか能の無いお前等に、貴族の器なんか無いやろうが!!」
だが、それを上回る声で怒鳴り返され、ブルーム達は言葉を失う。
「マー、もうその辺で」
「せやけど、坊っちゃん!」
「良いんだ………ありがとう」
未だ怒りが収まらないマーカスだったが、エーリヒが首を横に振って礼を言った事でどうにか引き下がった。
「ま、まあ。一先ずこの辺りで休憩にしよう」
それによって流れ始めた気まずい雰囲気を変えようとしたのか、グースがそう提案する。
そして守備兵達を呼び、調査隊メンバーへの茶の用意をするように指示を出すのだった。
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「はぁ………困ったな、全くタイミングが掴めない」
守備兵達によって、茶が注がれたカップが運ばれてくるのを見ながら、太助はそう呟いた。
大広間に来てからと言うもの、エーリヒに接触する機会を探っていた太助だが、如何せん上手くタイミングを掴めず、焦りを感じていたのだ。
休憩時間に入ったために近づこうとするものの、行き交う守備兵達が邪魔で思うように進めず、手をこまねいている内に、エーリヒはグース達と何やら一言二言話し合った後、羊皮紙に何やら書き付けると、そのまま通路の奥へと消えてしまった。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ、篠塚君。未だ時間はあるわ」
「白銀…………ああ、そうだと良いな」
──せめて、誰にも邪魔されずに接触出来れば………
内心そう呟きながら、太助は守備兵に渡された茶に口をつけるのだった。




