第69話~双方の様子~
一筋の光も差さず、自分が目を開けているのかも分からなくなるような暗闇の中、白髪長身の少女は立ち尽くしていた。
上下左右の何処を向いても、そのつり目の中に浮かぶ灰色の瞳に映るものは全て黒1色。
そして其所に、相方の姿は見られなかった。
「エミリア………?」
辺りを見回しながら、共に逃げてきた相方の名を呼ぶ少女。
だが相方からの返事は返されず、ただ自分の声だけが空しく響いた。
「エミリア?ねえ、何処に居るの?」
相方の名を呼びながら、その少女は歩き出す。
この何とも不気味な、無音の暗黒の空間が何処まで続いているのか、そもそもこの空間に出口なんてあるのかも分からないまま、ただ歩みを進めていく。
「エミリア………?エミリア!」
歩みを進めていくにつれて増大していく恐怖を掻き消そうとするかのように、相方の名を叫ぶ少女は歩く速度を上げ、遂には走り出す。
だが、何れだけ走っても、この暗闇の出口はおろか、壁にも辿り着かない。
だがそんな時、ずっと無音だった暗闇に声が響いた。
「ッ!こ、この声は………!」
足を止め、周囲に耳を傾ける少女。その声の主が相方の声である事を期待したが、残念ながら、響いてきたのは相方の声ではなかった。
聞こえてくるのは幾つもの悲鳴と、それらを掻き消すかのように更に大きく響く、男達の下卑た笑い声。
そして、その男達の声は、自分と相方の故郷を荒して彼女等を連れ去った連中のものだった。
「い、嫌………!」
当時の惨劇がフラッシュバックしたのか、段々と表情を青ざめさせていく彼女は、自分のスレンダーな体を抱き締めて震え始める。
「嫌………嫌ぁ……!」
首を激しく左右に振りながらそう呟いても、聞こえる笑い声は消えるどころか寧ろ大きくなる。
「もう、止めて…………思い、出させないで……!」
それに耐えかねたのか、遂には耳を塞いでその場に蹲ってしまう。
あの森へと逃げてくる前に味わった地獄のような恐怖体験が、その笑い声と一緒になって彼女の精神を蝕んでいく。
そして、彼女の精神が限界に達しようとした、正にその時だった。
──おう、どうした?怖い夢でも見てんのか?
「えっ………?」
彼女の脳内に、そんな言葉が響いてきた。
先程の男達の声とは違い、未だ若さが感じられる。少年の優しげな声だった。
「だ、誰………ひゃっ!?」
膝に埋めていた顔を恐る恐る上げた少女は、頭を撫でられるような感触に思わず声を漏らす。
──大丈夫、俺が居るから。
見えない手に頭をくしゃくしゃと撫で回される彼女の脳内に、またしても少年の声が響く。
気づけば悲鳴や男達の笑い声は聞こえなくなっており、それらによって蝕まれて追い詰められていた彼女の心も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「貴方は、一体………!?」
ゆっくり立ち上がった少女は、目の前に浮かんでいる小さな光の粒にぎょっとする。
「…………」
それが何なのかと不思議に思いながら恐る恐る触れた瞬間、彼女はその粒が放った目映い光に包まれ、思わず目を固く瞑る。
そして光が消えて、ゆっくり目を開けると…………
「おお、起きた起きた」
先程聞こえてきたものと同じ声音で話す、黒髪に金色の瞳を持つ少年、神影が傍に座っているのが見えた。
「おはようさん………と言っても、もう昼過ぎだけどな」
そう言った神影は、椅子から立ち上がって大きく伸びをした後、そのまま左右に捻ったり、前後に倒したりして体を解す。
彼女が起きるまでずっと座って様子を見ていたためか、最初は若干動きにくそうにしていた。
「……………」
そんなマイペースに振る舞う神影を戸惑い気味に見ながらゆっくり起き上がった少女は、隣で眠っている相方の姿を視界に捉える。
「エミリア………!」
あの不気味な暗闇の中では会えなかった相方が、今はこうして自分の隣に居る。
その嬉しさから、少女は眠っているのも構わず相方に抱きついた。
「んぅ……エリ、ス………?」
抱き締められた事によって、エミリアと呼ばれた少女が目を覚ます。
黄土色の瞳が顔を出し、それが自分を抱き締める少女の姿を捉えると、その少女の名を呟いた。
「ええ、そうよ………エリスよ………!」
その呟きに頷いたエリスは、まるで生き別れた家族と再会したかのようにエミリアの名を繰り返し呼びながら、彼女の胸の中で嗚咽を漏らす。
いきなり抱きつかれたエミリアも、訳が分からないままにエリスを抱き締める。
「………俺、思いっきり邪魔者だなぁ」
そう呟いた神影は窓側へと移動し、暫く彼女等の好きなようにさせてやるのだった。
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その頃、調査隊との一悶着を終えたエーリヒは、彼等と共にグース達の家の前へと来ていた。
道中、勇者達がルビーンの寂しげな雰囲気に戸惑ったり、騎士・魔術師団員達があからさまに侮蔑の言葉を呟いたりしていたが、エーリヒはそれらを全て無視していた。
「グーさん、マー!言われた通り連れてきたよ!」
そう呼び掛けると、この町の民家のものより遥かに大きな両開き扉が、守備兵と思わしき数人の男達によって開け放たれ、中からグースとマーカスが出てきた。
「おお、エーリヒ君。ご苦労さんだったな」
「お疲れぃ、坊っちゃん」
そう言った2人は、エーリヒと入れ替わる形で調査隊メンバーの前に出る。
「調査隊の皆様、態々遠い所からようこそお越しくださいました」
そう言って深々と頭を下げるグース達に、勇者組も思わず頭を下げた。
この異世界に召喚されてから数ヵ月と言う月日が流れたが、こうして頭を下げられたら自分達も同じようにして会釈する辺り、未だ日本に居た頃の感覚が僅かに残っているようだ。
「グース殿にマーカス殿。本日は急な申し出にも関わらず、会談を受けていただき、ありがとうございます」
調査隊を代表するかのように前に出たイリーナが言うと、グース達は意外だとばかりに目を丸くした。
「ほう、今回の隊長さんは丁寧な人やなぁ。坊っちゃんを虐めてたって連中とは大違いや」
そう言うマーカスに苦笑を浮かべるイリーナ。
その後ろでは、勇者組が関西弁で話すマーカスに驚いていた。
日本に居た頃は、テレビ番組や旅行等で関西弁を耳にする機会は何度もあったが、まさか異世界に来てまで関西弁を聞く事になるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「まあ、取り敢えず大広間へとご案内します。どうぞ此方へ」
そう言ったグースはエーリヒやマーカスとアイコンタクトを交わし、調査隊メンバーを連れて、今回の会談の場である大広間へと向かうのだった。