SS7~クルゼレイ女王と魔王~
やっと投稿出来た。
本来なら卒業式を終えた昨日に投稿したかったのに………
此処は、ヴィステリア王国の東に隣接する国、クルゼレイ皇国。
ヴィステリア王国とほぼ同等の国土面積を持つこの国は、共存主義を掲げているだけあって、ヒューマン族以外の種族も暮らしている。
種族間戦争が起こるや否や人間主義を掲げ、ヒューマン族以外の種族に対して高圧的になったヴィステリア王国とは違い、この国では今も、魔人族が暮らす魔族大陸、エルフ、ドワーフと言った亜人族が暮らす亜人大陸との交流が続けられている。
このクルゼレイ皇国以外にも共存主義国家は存在するのだが、その中でも、このクルゼレイ皇国は、ヒューマン族以外の種族にとって一番過ごしやすい国として認識されていた。
その証拠に、様々な亜人族の長が度々訪れる上に、書類仕事でストレスを溜めたグラディスも、癒しを求めてこの国をしょっちゅう訪れている。
そして、それに気づいた部下や彼の妻に捕まって魔族大陸に連れ戻される光景が、度々見られている。
「………それで、また仕事を放り出して来たのですね。グラディス殿………奥様に怒られない内に、戻った方が良いのではないかしら?」
クルゼレイ城にある応接室らしき部屋に、女性の呆れたような声が響く。
宝石が贅沢に散りばめられたドレスに身を包み、澄み切った海のような青い長髪と碧眼を持つ彼女の名は、ナターシャ・シェーンブルグ。このクルゼレイ皇国の女王である。
娘を出産したものの夫を病気で失い、国の政治を切り盛りしつつ子育てに励んできたシングルマザーである。
「そう冷たい事を言うな。それに、俺はサボっている訳じゃない。自主的に休憩に入っただけなのさ」
「結局サボっているのと変わらないじゃないですか………」
右手で顔を覆い、ヤレヤレと首を左右に振るナターシャだが、グラディスは全く気にした様子も無く、皿に盛り付けられた菓子を口に放り込んで飲み込み、グラスに注がれたワインを飲み干す。
因みに、この2つは魔族大陸での特産品であり、彼がナターシャの元を訪れる際には、決まってこれ等を手土産として持ってくる。
双方共にクルゼレイ皇国への輸出品でもあり、値は張るが非常に人気の高い商品だ。
「それに、貴殿にも伝えておきたい事があったからな。休憩のついでに、言わせてもらおうと思ったのさ…………因みに、中々面白い情報だぞ?コレは」
あくまでも休憩だと主張するグラディスに呆れるナターシャだが、彼の言う面白い情報の正体が気になるため、視線で話の続きを促す。
「この間、ヴィステリア城に潜伏させている部下のレイヴィアから連絡が入ってな…………」
そう言うと口を閉ざし、少しの間を設けるグラディス。
一体どんな事を言い出すつもりなのかと言う緊張が募り、ナターシャが額に汗を浮かべ始めた時、グラディスは口を開いた。
「ヴィステリア王国で召喚された勇者の少年が1人、勇者パーティーを離脱したとの事だ」
「えっ…………!?」
その言葉に、ナターシャは目を見開いた。
ヴィステリア王国で勇者召喚が行われた事は、今では王国内に留まらず多くの国々に伝わっており、それは、このクルゼレイ皇国も例外ではない。
此処エーデルラントより遥かに上位の世界から召喚された異世界人達に、ある国はヒューマン族の希望だと、またある国は、自分達にとって危険な存在が増えてしまったと感じており、クルゼレイ皇国のような共存主義国家や魔人族陣営の考え方は、その後者に該当する。
何せ、この世界の人間を遥かに上回る身体能力を持つ者が、敵国側についたのだから。
加えて、自分達とは何の関係も無い異世界の、それも大人が1人混じっているとは言え、人を殺める事すら知らない少年少女達を巻き込むなど言語道断だと考えてもいた。
そんな、良くも悪くも有名である勇者パーティーの中で離脱する者が現れるとは、この国としても予想外の事態だった。
「加えて魔術師団でも、離脱する者が1人現れたらしい」
「それはそれは。勇者のみならず、王国の軍隊でも………」
士官学校卒業生は必ず入団する事になる、騎士団や魔術師団。
これ等に所属する者はエリートとして認識されており、それを辞めるなど、普通ならば考えられない。
それは、勇者パーティーでも同じ事だ。何せヒューマン族に残された希望として、厚待遇を約束されているのだから、態々その待遇を捨てる理由が見つからないと言うものである。
「まあ、この2人は、出自や肩書きで理不尽な扱いを受けていたらしいからな。厚待遇な生活を捨てる事を覚悟で各々の陣営を離脱しても、何らおかしくはないだろう」
「そう、ですね………」
何れだけ理不尽な扱いをされればそのような事を考え付くのかと疑問に思いながら、ナターシャは頷いた。
「ところで、貴殿が以前話していた盗賊団………確か"黒尾"と言ったか?それが壊滅したそうだな」
「え、ええ………我が国の冒険者や商隊も被害を被っていたので、あれは嬉しい知らせでしたわ」
ガラリと変わった話題に戸惑いを見せるナターシャだったが、何とか持ち直して頷いた。
「噂によると、無名の2人組の冒険者によって壊滅させられ、捕まっていた女達は全員無傷で救出されたって話だよな?」
「ええ。ですが気になる事に、その冒険者に関する情報は殆んど掴めていません。精々、ヴィステリア王国で発足した冒険者と言う事しか………」
「ふむ………」
その返答を受けたグラディスは、ソファーに深く座り直す。
「いっそ、ヴィステリア城を抜け出した彼等がやったとなれば、話は簡単なんだがなぁ」
「………もしやグラディス殿、彼等を此方側に引き込むおつもりですか?」
グラディスの呟きに、ナターシャがそのように返す。
「まあ、そうだな…………と言うより、少なくともレイヴィアから聞いた少年は、此方側に勧誘するつもりだったんだぜ?どうやら彼には、誰にも知られていない強力な能力を持っている事に加え、我々魔人族や貴国のような共存主義国家に対して、悪感情は持っていないようだからな」
レイヴィアから神影に関する話を聞いた際にグラディスが抱いた印象は、『勇者の中で一番話の通じる存在』だった。
勇人が話を纏め上げた事で、魔王討伐へと方針を固めてしまった勇者パーティー。
直に会った事は無くても、彼等の頭の中では、『魔人族=悪』と言う等式が出来上がっており、魔人族側へついたこの国にも、その等式が適用されるだろう。
そんな中で聞いた、神影が抱く魔人族への印象。
彼の答えは、『何とも思わない』というものだった。
それに神影は、『出会った事も無い相手を一方的に悪とは決められない』と付け加えている。
グラディスにとって、自分達の良き理解者となり得る存在が現れた瞬間だった。
「正直な話、彼が城を出てしまう前に魔人族側へ勧誘させておけば良かったと後悔しているよ…………全く、俺も惜しい事をしたモンだな」
そう呟くグラディスだが、本当に惜しい事をしたのは、自分よりもヴィステリア王国だろうと思っていた。
「(異世界の兵器を扱う人間に加え、彼奴の息子を放り出しちまったんだ。あの2人に隠された本当の力を知れば、王国の連中は後悔するだろうな)」
内心そう呟いたグラディスは、ポケットから小さく折り畳まれた羊皮紙を取り出して広げる。
「それは………?」
「ああ、彼奴の息子が幼い頃に描いてくれた絵でな。俺の癒しアイテムだ」
グラディスはそう言って、広げた羊皮紙をナターシャに見せる。
それには2人の子供と、各々の親と思わしき2組の男女が描かれており、下には各々の名前が記されていた。
「その絵………もしや、レーヴェ様のご子息が?」
「まあな………後、"様"を付けるのは止めとけ。彼奴、その呼び方されるの大ッ嫌いだからな。一応、俺より立場は上なのに」
微笑を浮かべてそう言ったグラディスは、その羊皮紙を再び小さく降り立たんでポケットにしまう。
「さて、色々話は脱線しちまったが、元は休憩するために此処に来たんだからな………よっしゃ、仕切り直すか!」
そう言って、グラディスは互いの空になったグラスにワインを注ぎ、乾杯待ちとばかりにグラスを手に持つのだった。
「貴方、未だ半分以上も仕事が残っているのに、ナターシャ殿とワインだなんて………随分と良いご身分ですわね?」
「……………」
「あらあら………」
その後、グラディスがどうなったのかは言うまでもない。
次回、ルドミラとエーリヒの再会に加えて、航空ショー(的な)のもあるかも…………?