SS6~気づきかける者~
久々の投稿です。
部活の演奏会が終わったかと思えばバイトで忙しい日々に戻り、中々書けませんでした。
「おい、聞いたか?あの"黒尾"が壊滅したって話」
「ああ。無名の冒険者に倒されたってヤツだろ?国の騎士団やベテラン冒険者ですら倒せなかった連中を相手に、よくやったモンだよ」
「本当、ソイツ等は何者なんだろうな?まあ、少なくとも只者ではないってのは間違いないが」
神影とエーリヒがエレインとリーネの護衛任務を遂行している頃、ヴィステリア王国王都は、盗賊団"黒尾"壊滅のニュースで持ちきりになっていた。
数日前に訪れたルージュからの使いによってその知らせが届き、ヴィステリア王国王妃、クラウディア・フォン・クラルスが、その情報を王都住人達に向けて発信して以来、彼等の話題には、必ずその話が出るようになっていた。
国家規模での悩みの種だった事もあり、彼等からすれば重要な事だったのだろう。
「皆さん、すっかり"黒尾"を倒した冒険者の話で夢中になっていますね」
「ああ。何せ"黒尾"の連中は、この国だけでなくクルゼレイ皇国にも被害を出してきた奴等だったからな。それを討伐したとなれば、当然注目されるだろう」
"黒尾"壊滅のニュースに住人達が盛り上がりを見せている王都内を、2人の女性騎士がそのようなやり取りを交わしながら歩く。
1人は、プラチナブロンドの髪に紫色の瞳を持つイリーナ・レクサス。もう1人は、深緑の髪に碧眼を持つソフィア・フォアランだった。
今、こうして世間話をしながら王都内を歩き回っている2人だが、決して仕事をサボっている訳ではない。
城や迷宮での訓練に励む勇者達に付き添うのは勿論だが、王都内を歩き回り、何か問題が起こったりしていないか見回るのも、立派な仕事なのだ。
「しかし解せないのは、"黒尾"討伐に加えて捕まっていた女性達を全員無傷で救出すると言う偉業を成し遂げておきながら、全く名を出さないと言う事だな」
大きな胸を持ち上げるかのように腕を組んで言うイリーナに、ソフィアは相槌を打った。
「ええ。宰相や王族の方々が名を教えるように言っても、使いの方は断固として言いませんでしたし…………」
「そして理由が、『本人達が名前を出されるのを拒んでいる』と言うものだからな………私も、それを聞いた時には驚いたよ」
国のトップから注目されるなど、この世界の住人なら誰もが憧れる名誉な事だ。
それは、城や迷宮で訓練に励んでいる勇者達でも同じだろう。
なのに"黒尾"を討伐した者達は、自分達の名前が知られる事を拒み、使いの者にも名を言わせなかった。
何故、そんな一生に1度あるか無いかのチャンスを自ら手放すと言う勿体無い事をするのか、彼女等には全く理解出来なかった。
「(余程謙虚な冒険者なのか、それとも国のトップに名前を知られると不都合な事でもあるのか………いや、そんな人間など居る筈が………ん?)」
内心呟いた時、イリーナは歩みを止めた。
「(いや、居る………それが、彼等だとしたら…………)」
彼女の頭に浮かんだのは、城で"落ちこぼれ"と呼ばれ、蔑まれていた2人の少年の姿だった。
「………?どうしました?」
そんな彼女に、ソフィアが訝しげに振り向く。
「あ、ああ。その冒険者について、少し考えたのだが………それって──」
「あら、イリーナにソフィアではありませんか。ごきげんよう」
イリーナの言葉を遮るように、アニメでもよくあるお嬢様口調の言葉が投げ掛けられた。
2人が振り向いた先に居たのは、ポニーテールに纏められた黄緑色の髪と、ルビーのように赤い瞳を持つ女性騎士と、サイドアップにした長い黒髪につり目、そして青い瞳を持ち、何処と無く侍を思わせる風貌を持つ女性騎士の2人組だった。
「ああ。ごきげんよう、フィーナ。それにシルフィも」
イリーナが言うと、シルフィは軽く頭を下げて会釈した。
「それにしても、珍しい組み合わせだな」
「ええ。でもエリート騎士同士、悪くはないと思っておりますわ」
フィーナと呼ばれた女性騎士が、ポニーテールに纏められた黄緑色の髪を掻き上げて言う。
風に靡く長髪や、ルビーのような赤い瞳と相まって、お嬢様らしい優雅な雰囲気を醸し出していた。
貴族出身である彼女は、士官学校関係者の性格を体現したような性格をしている。つまり、プライドが高いのだ。
だが、高飛車で自信に溢れた態度を取るだけあって、実力は確かだ。
何せ、剣を軽々振り回して踊るように戦うその姿から、称号の欄には"戦場の舞姫"と記され、それが彼女の別称となっている程なのだから。
そしてシルフィも、士官学校騎士科ではトップクラスの実力者で、卒業後はブルームと共に親衛隊員に抜擢されたエリートの1人である。
「それはそれとして、イリーナ。先程の話ですが………」
「………?」
「一体、何の話ですの?」
ソフィアに言われて話を戻すイリーナに、フィーナとシルフィは首を傾げる。
「実は、"黒尾"を壊滅させた冒険者について考えたのだが………」
そうしてイリーナは、自分の考えを話した。
彼女の考えは、"黒尾"を討伐した冒険者の正体は、神影とエーリヒなのではないかと言うものだった。
その理由が、国家規模での悩みの種を取り除くと言う偉業を成し遂げておきながら名前を出さないと言う点だ。
国の騎士団ですら手を焼いた相手である"黒尾"。それを討伐すれば、間違いなく国から英雄扱いされると共に、注目される。
その名声目当てに、多くの冒険者達が討伐に乗り出し、散っていった程だ。
それに、国でも何度か討伐隊を編成して派遣したものの、討伐する事は出来なかった。それは恐らく、クルゼレイ皇国でも同じだっただろう。
そんな盗賊団を壊滅させたのだ、普通なら討伐したのは自分だと名乗り出るだろう。
だが、本人達は名乗り出なかった上に、使いの者にも名前を教える事を許さなかった。
つまり、討伐した本人達が、自分達の身元が知られる事を良く思っていないと言う事になる。
そして、その条件に当てはまる存在が、神影とエーリヒだと言うのがイリーナの考えだった。
「有り得ませんわね」
「ええ。こればかりは私も同感です」
だが、イリーナの考えを聞いた2人の返答は、冷めきったものだった。
後輩であるシルフィでさえ、白けたような表情を浮かべてイリーナを見ている。
「イリーナ。あの2人の事は、貴女でも聞いている筈ですわよ?片や"終わりの町"出身である七光り魔術師。片や成り損ない勇者………どうやっても考えられませんわ」
「私の同期でも、あの者達は能無しだと、目の上のたん瘤だと言う意見も多数出ています。」
シルフィがそう言った瞬間、イリーナの目付きが鋭くなった。
「本当に彼等は能無しか?」
「「は?」」
その問い掛けに、目を丸くして聞き返すフィーナとシルフィ。
そんな彼女等に、イリーナは更に続ける。
「本当に彼等は、目の上のたん瘤なのか?」
「何を仰有るのです?それは、あの者達の"落ちこぼれ"と言う成績が証明しておりますわ」
フィーナの言葉に、ウンウンと相槌を打つシルフィ。
「…………」
口にこそしないが、ソフィアも今回ばかりは、彼女等の意見に賛成だった。
あの模擬戦での神影の立ち回りは素直に素晴らしいと感じ、後にエーリヒが彼の専属講師をしていた事が分かって以降、イリーナ共々、彼等に興味を持つようになっていたソフィア。
彼等は彼等なりに強くなったのだろうと好評価を下したが、それでも戦力として見れば、彼等は未だ、その領域には届いていないと思っていた。
それは、神影とエーリヒが城を去った事を聞いた際には、無謀だと小さく呟いた程に。
仮に、城を出てから猛特訓してレベルを上げたとしても、ベテラン冒険者や騎士団ですら成し遂げられなかった事を、あの2人に出来る訳が無いと脳内で結論を出したのだ。
「それはどうかな?」
誰からも賛成してもらえないイリーナだが、それでも意見を変える事は無かった。
「成績は所詮、成績だ。その者の情報を一時的に表しただけのものに過ぎない」
「!そ、それは………確かに、そうなのですが………しかし………」
納得しそうになるシルフィだが、学生時代のエーリヒへの見解が邪魔をして、頭の中で上手く処理出来なくなる。
「貴女、随分あの者達の肩を持ちますわね…………何時から鞍替えしたんですの?」
「鞍替えした訳ではない。ただ、気づきかけているだけだ」
「………何にですか?」
其処で初めて、ソフィアが口を開いた。
「………………」
イリーナは、ソフィア、フィーナ、そしてシルフィの順に見てから言った。
「彼等は、本当は能無しでも目の上のたん瘤でもなく、何か凄い力を隠し持った逸材だったのではないか、と………ソフィア、君も覚えているだろう?あの模擬戦で、ミカゲ・コダイ殿が見せた立ち回りを………そして、あの時エーリヒ・トヴァルカインが放った言葉を」
「………ええ」
ソフィアはコクりと頷いた。
あの模擬戦において、神影の立ち回りに感心していた2人の耳に、エーリヒの意味深な台詞が飛び込んできたのだ。
──やっぱり、ミカゲに技を教えたのは正解だったな。全部上手く使いこなしてる。
この台詞からイリーナは、神影が功に食らいついていけた事には、エーリヒが深く関係していると予想したのだ。
そして、後に小耳に挟んだ話で、神影の専属講師をエーリヒが務めていた事を知り、予想は確信へと変わった。
「君達は、あの立ち回りを見て何も感じなかったのか?あれが能無しの動きか?あれが目の上のたん瘤が教えられる事なのか?」
イリーナは、フィーナとシルフィに向かって捲し立てるように言葉をぶつけた。
「もし私や君達が彼等の立場だったらどうなった?他の勇者ならどうした?ブルームやアーシアなら、騎士団長や魔術師団長ならどうだ?あのように出来たか?少なくとも私やソフィアは無理だ。何せ、足から魔力を放つなんて聞いた事も無いからな」
「「……………」」
そう言われた2人は、遂に言葉を返せなくなった。
彼女等もイリーナやソフィアと同じように、足から魔力を放つと言うのは聞いた事も無く、当然、出来ないからだ。
「………そう言えば5日後、数人の勇者と騎士達がルビーンへ向かうんだったな?」
「「え?」」
突然変えられた話題に、思わず間の抜けた声を発してしまう2人だったが、直ぐ我に返って答えた。
「ええ、そうですわ………何でも、数日前の轟音について調査するとか。私も参加しますし」
「その轟音がルビーンのある方向から聞こえてきたので、一先ずルビーンで聞き込みをすると、噂で聞きました」
2人からそのような返答を受け取ったイリーナは、暫く考えた後に言った。
「ならば私も、それに同行しよう。轟音の正体は前から気になっていたし、それに、もしルビーンに彼等が居たら、この噂の真偽をちゃんと確かめたいからな」
イリーナはそれだけ言い残すと、呆然とする2人を残して歩き出し、ソフィアが慌てて追随する。
「(もし、私の考えが正しければ、彼等は国の戦力として十分な力を手に入れていると言う事になる…………私達はもしかすると、非常に優秀な人材を失おうとしているのかもしれないな…………)」
空を仰ぎながら彼女がついた溜め息は、つうっと吹いた風に乗って、何処へと飛び去っていくのだった。
はい。こう言う訳で、今回はイリーナsideでの話でした。
クラスメイトsideを期待した方、すみません。
そして、轟音の調査に勇者達が付き添う理由は、それに関する話を書く際に明かしますので、それまでお待ちください。