SS5~桜花の過去・第7部~
や、やっと書けた………
あれから数日経ち、遂に25日を迎えました。
空が暗くなりつつある中、私と沙那さん、そして古代さんの3人は、例のショッピングモールを目指して歩いていました。
「ホラ、此方だよ2人共!早く早く!」
並んで歩く私と古代さんの前ではしゃいでいる沙那さんに自然と頬を緩め、私は2人を誘った終業式の日を思い出します。
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「………イルミネーションショー?」
「はい。25日に、このショッピングモールで行われると篠塚さんから聞いたんです」
終業式の日、帰ろうとしていた2人を呼び止めた私は、篠塚さんから貰った広告を差し出して言いました。
不思議そうな表情を浮かべていた沙那さんは、広告を見て目を輝かせます。
「あっ、コレ知ってる!ずっと行きたいって思ってたの!」
そう言った沙那さんは、何の迷いも無く参加する事に決めたのですが………
「…………」
古代さんは何も言わず、ただボーッとした様子で広告を眺めていました。
その表情は、何処と無くどうでも良さそうにしているようにも見えました。
「あ、あの………古代さんは、このイベントに行った事は…………?」
「いや、1回もねぇな」
あっさりした口調で言いながら、古代さんは首を横に振ります。
話によると、彼はこのようなイベントにはあまり興味が無く、行くか行かないかは、その日の気分で決めているらしいのです。
「えっ、古代君コレに行った事無いの!?綺麗なのに勿体無いよ!私なんか行きたくても行けなくて、ネットで画像を見る事ぐらいしか出来なかったんだよ!?」
それなりに距離がある上に時間も遅いため、中学時代は行かせてもらえなかったと言う沙那さんが声を張り上げます。
「いや、そう言われてもな………」
ですが、当の本人は相変わらず興味を示しません。
「そもそも、古代君って25日は何する予定なの?」
「プラモ組み上げる」
淡々と答える古代さんに、私は転びそうになるのを何とか堪えます。
それから続ける彼曰く、終業式の前日に注文した戦闘機のプラモデルが25日に届くため、それを組み上げるのに充てるつもりだったのだと言います。
「ぷ、プラモって………」
思わず唖然とする沙那さんでしたが、正直なところ、私も彼女と同じ気分でした。
まさか、せっかくのクリスマスをプラモデルの組み上げで費やすなんて………
「それなら尚更勿体無いよ!私がコレの魅力教えてあげるから、古代君も行こうよ!」
「あぁ、いや。でもなぁ………」
中々乗り気にならない古代さんに、どう説得したものかと頭を悩ませる私でしたが、其処で救いの手が差し伸べられたのです。
「古代、行ってきたらどうだ?」
未だ帰っていなかった篠塚さんが、話に入ってきたのです。
「このイルミネーションショーはクリスマス限定だ、そうそう見られるものではない。君の趣味は知っているが、たまには普段行かないようなイベントに行ってみるのも、悪くないんじゃないか?」
「そ、それは………確かに、そうだけど……」
友人である篠塚さんからそう言われ、古代さんが徐々に此方側へ傾きつつありますが、それでも未だ、プラモデルを組み上げるのを捨てきれないようです。
そんな彼に、篠塚さんはこんな一言を放ちます。
「それに、君がついていく事で、彼女等を安心させてやる事が出来るんだぞ?」
「………?どういう意味だ?」
不思議そうに首を傾げる古代さんですが、篠塚さんが言おうとしている事は、私には大体察しがついていました。
イルミネーションショーが行われるのは夜遅くであるため、私達は、ショッピングモールまで夜道を歩いて行かなければなりません。
行きは勿論ですが、帰りはもっと遅くなるため、女2人で歩くのは危険です。
そのため篠塚さんは、古代さんがイルミネーションショーに興味が無いなら、ボディーガードと言う名目で参加させようとしているのです。
「見ての通り、イルミネーションショーが行われるのは夜遅くだ。会場に行くのもそうだが、帰りも夜道を歩かなければならない。暗い道をか弱い女の子2人で歩くのは、心細いと思わないか?」
「………まあ、心細いわな」
胸の前で腕を組んだ古代さんが、ウンウンと相槌を打ちます。
「其処で古代、君の出番と言う訳だ」
「………つまり、俺に2人のボディーガードをやれってんだな?」
「そう言う事だ」
思った通り、安全面での問題を利用して、古代さんを参加させる作戦だったようです。
「それに、プラモなんて何時でも作れるし、もしかしたら、コレは君が思っている以上に面白いかもしれないからな。1度行ってみても、君に損は無いと私は思うが…………どうだ?」
「…………」
そんな篠塚さんを暫く黙って見ていた古代さんでしたが、やがて小さく溜め息をついて頷きました。
「………分かった、俺も行くよ」
「やった!」
彼が参加する事となって安堵する私の隣では、沙那さんが嬉しそうにしています。
こう言う訳で、彼も私達と一緒にイルミネーションショーを見に行く事になったのです。
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「ホラ、2人共!着いたよ!」
どうやら、終業式の日を思い出しながら歩いている内に着いたらしく、何時の間にか直ぐ近くに来ていた沙那さんが、私と古代さんの肩を叩き、軽くジャンプしながら前方のショッピングモールを指差します。
建物は光り輝くイルミネーションで彩られ、まるでお伽噺の世界に来たような幻想的な光景が、視界全体に広がっていました。
「ほぉ………こりゃ凄いな……」
先程までは大して興味無さそうにしていた古代さんも、感嘆の溜め息をついています。
「こんなの序の口だよ?屋上に行ったら、もっと凄いんだから!」
そう言う沙那さんに連れられるままに屋上へ向かう私達ですが、行く先々で輝いているイルミネーションに、何度も感嘆の溜め息をついてしまいます。
そして屋上に着くと、私と古代さんは揃って目を見開きました。
「こ、コレは………」
「何つーか、凄いな………」
私と古代さんの口から、そんな感想が溢れます。
屋上広場の真ん中に立つクリスマスツリーや壁に描かれた花畑に取り付けられたイルミネーションが様々な色に光り輝いていたのです。
「ホラ、あっちの方も見てみようよ!」
インターネットで調べていた沙那さんが、まるで自分の家を案内するように先に立って歩き出し、あのイルミネーションはどうだとか、このイルミネーションが素敵だとかを楽しそうに話しています。
それから一通り廻ると、一旦休憩する事になり、古代さんは近くの売店でお菓子を買いに行き、私と沙那さんはその場に残りました。
「ねえ、桜花ちゃん」
先程までのはしゃいだ雰囲気ではなく、何処と無く落ち着いた雰囲気で、沙那さんが話し掛けてきます。
「誘ってくれて、ありがとね。凄く楽しかったよ」
「い、いえ……」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる沙那さんに一瞬見惚れてしまう私でしたが、其処でボーッとする訳にはいかないため、何とか返事を絞り出します。
そして今日、こうしてやって来た事の目的を達成するため、私は深呼吸してから、沙那さんに向き直ります。
「あの……沙那さん」
「何?」
イルミネーションから目を離して私の方を向く沙那さんに、私は思いきって、自分の気持ちを打ち明けます。
「私、古代さんの事が……………好きなんです」
そう言った瞬間、沙那さんの動きが止まりました。
そして、まるでそれに連動するかのように周囲の音が聞こえなくなり、私の目には、沙那さんしか映らなくなっていました。
「友達としての好きではありません。異性として、彼が好きです」
そして、暫くの沈黙が流れた後、沙那さんはおずおず口を開きます。
「え、えっと………それって、告白………だよね?どうして私に………?」
そんな反応を返す沙那さん。
彼女の言う通り、何の前触れも無く彼への恋愛感情を打ち明けたのですから、このような反応を返されるのも無理はありません。
でも…………
「沙那さん…………貴女も、古代さんの事が好きですよね?」
「ッ!?い、いきなり何を言って………!」
彼女が古代さんへ向ける気持ちは、私と同じ。
なら、後悔する前に、互いの気持ちを打ち明けておかなければなりません。
「実は、私…………貴女に嫉妬していたんです」
それから私は、奏さんに謝られた日から感じていた事を、全て彼女に打ち明けました。
古代さんと仲良くしているのが面白くないと感じていた事を…………
そして、彼女に古代さんを取られてしまうと思っていた事を…………
「………ですから、この気持ちを伝えたくて、貴女を誘ったんです」
「………………」
そんな私の話を黙って聞いていた沙那さんでしたが、やがて小さく溜め息をつきました。
「何だ………桜花ちゃんも、私と同じ気持ちだったんだね………」
そう言って、沙那さんも彼女の気持ちを語り出したのです。
中学3年の後半辺りから急に告白されるようになり、その理由が自分の体目当てだった事が分かってから男嫌いになった沙那さん。
高校に入っても邪な眼差しを向けられる生活は変わらず、日々の生活に嫌気が差していた時に古代さんが現れ、彼が自分に邪な眼差しを向けない事がきっかけで、彼に興味を持ったのだと言ったのです。
「それに、古代君と奏が喧嘩した時なんだけど…………実は、私も其所に居たの」
その際聞いた彼の本心や、翌日聞かされた言葉に胸を打たれて彼への恋心を自覚したのだと、彼女は言いました。
「でも、その時から桜花ちゃんは、古代君の事が好きみたいだったし………私はクラス違うから、桜花ちゃん程古代君には会えないし…………だから、私が知らない間に、桜花ちゃんと古代君の仲が進展しているのが、嫌だったの。これ以上仲良くならないでほしいって…………私を置いていかないでほしいって…………そう、思ってたんだ」
「沙那さん………」
自嘲するかのような笑みを浮かべて自分の気持ちを語る沙那さんに、私は、どう言葉を返せば良いのか分かりませんでした。
でも、そんな時…………
「悪い、待たせたな」
売店にお菓子を買いに行っていた古代さんが戻ってきたのです。
どうやらお菓子を買うついでに妹さんへのお土産を買っていたらしく、戻るのが遅くなったと言うのです。
「あ、コレはお前等の分な」
そう言って彼が袋から取り出して差し出したのは、マフラーを巻いた雪だるまのキーホルダーでした。
「此処に戻る時に見つけてな………ホラ、俺等3人お揃いだ」
私達に渡した後、自分のキーホルダーを取り出して笑みを浮かべる古代さん。
「「………フフッ」」
そんな彼を見た私と沙那さんは、揃って笑ってしまいます。
空気が読めなくて、その上自分に向けられる恋愛感情には呆れる程に鈍感で…………でも誠実で、人を安心させてくれる。そんな彼に、私も沙那さんも、恋心を抱いたのでしょう。
それから3人で写真を撮り、駅に戻って解散する事になったのですが、沙那さんは、何故か彼を先に帰してしまい、その場には私と沙那さんだけが残されました。
暫く見つめ合うこと数分、漸く沙那さんが口を開きました。
「ねえ、桜花ちゃん…………古代君の事、好き?」
「ええ」
そんな愚問とも言える質問に、私は即答します。
「私も、古代君が好き………だからさ」
そして、沙那さんはこんな事を言い出したのです。
「何時か2人で、古代君に告白しない?」
「………えっ?」
あまりにも唐突な提案に、思わず口をあんぐり開けてしまいます。
「だって、私と桜花ちゃんが古代君に向ける気持ちは同じだし、それに優劣なんてつけられないよ。だから、2人で告白しようって思って」
「でも、それは浮気とか………」
昔なら兎も角、今の日本では夫と妻で1人ずつが基本。もし昔のように複数の妻が居るとなれば、世間では"浮気"とか"二股"とか、そんな不名誉な認識をされてしまいます。
「関係無いよ。大体、愛し合う事を制限する方が間違ってるんだもん」
ですが、沙那さんはそんなものを気にするような気配はありません。
「それに古代君は、浮気関連のニュースで取り上げられてるような人とは違う……………そうでしょ?」
「そ、それは………確かに……」
彼女の言う事には賛成出来ますが、やはり今までの文化への"慣れ"が、私を邪魔します。
「じゃあ桜花ちゃんは、古代君を巡って私と争いたい?どちらかが古代君と結ばれて、どちらかが諦める………そんな結果を望むの?」
「ッ!」
そう言われた私は、反射的に首を横に振ります。
私にとっては、沙那さんも古代さんも大切な人。
どちらかが幸せになるより、全員で幸せになる方が、良いに決まっています。
「それじゃあ、決まりだね」
「………はい!」
こうして私と沙那さんは、どちらか一方が古代さんと結ばれるのではなく、2人で彼と結ばれる事を誓ったのでした。
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「………今思えば、沙那さんの提案がきっかけだったんですよね」
夕食を終えて部屋に戻り、シャワーを浴びながら、私はそう呟きます。
天井へと立ち上る湯気に混じって、古代さんとの思い出が浮かび上がります。
シャワールームを出て体を拭き、寝間着として用意されたネグリジェに着替えると、鞄につけている例のキーホルダーを外し、そっと抱き締めます。
「古代さん………」
高校生になって初めて訪れた、私の恋。
この1年以上続いてきた恋心を伝えたくても、今は伝える相手が居ません。
「でも………何時か、きっと………」
──古代さんを見つけ、沙那さんと共に自分達の恋心を打ち明ける。
勿論、出来る事なら、彼には此方へ戻ってきてほしいですが、男子生徒やこの国の貴族達、そして騎士団員や魔術師団員からの扱いは良いものではなかったため、それは出来ないでしょう。
ならば、せめて私達の気持ちだけでも知ってもらいたい。
この冷める事の無い恋心を沙那さんと共に伝え、3人で結ばれる………
あのクリスマスの日、古代さんがくれた3人お揃いのキーホルダーのように。
「………ずっとずっと、お慕いしています。古代さん」
最後に、この場には居ない彼へ向けて愛の言葉を呟き、ベッドに入って眠りにつくのでした。
何時か必ず、彼に想いを伝える事が出来るのを祈りながら…………
コレで、ヒロイン2人の過去編は終わり、次から漸く本編に戻ります。
飽きられない内に、戦闘機での無双描写を描かねば!