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航空傭兵の異世界無双物語  作者: 弐式水戦
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SS4~沙那の過去・第2部~

 高校に入学してから、早いもので2ヶ月が過ぎた。


 私は小学生の頃からテニスを習っており、中学でもテニス部に所属していた事もあって、当然ながら高校でもテニス部に入部し、充実した毎日を送っている………………と、言いたいところだが、残念ながら、当時の私は内心荒れていた。

 その理由は言うまでもなく、他の男子からの視線だ。


 同じ中学出身の男子からの視線もあるが、当然ながら、高校には別の中学から来た男子も大勢居る。

 そのため、彼等から向けられる視線も、非常に鬱陶しい。

 月日が流れるに連れて成長していく私や奏の体に、男子からは下心に満ちた眼差しが向けられ、それは、話し掛けられた時だって同じだ。

 加えて、その高校のテニス部で使われているテニスウェアは、水着みたいに体に張り付く事にデザインであるため、ボディラインがはっきり出てしまう。

 おまけにスカートが短いため、ボールを打ったりした拍子にスカートが翻り、アンダースコートが見えてしまう。

 別に下着ではないのだが、それと同じような形をしているため、やはり恥ずかしい。

 強めの風が吹くと、反射的にスカートを押さえてしまう程だ。

 そのため、そんな私の姿を見ようとしているのか、部活中には、偶然を装った男子がコート付近をチラホラ通り掛かるのを見掛ける。

 思春期とは言え、自分の欲を満たすために其処までやるのかと嫌悪感が募り、ストレスは溜まる一方だった。 


 そんな私だが、たった1つだけ、ストレス発散方法を見つけた。

 それは、朝練習だ。


 朝早く、誰も来ないような時間に登校してテニスコートの使用許可を貰い、ただひたすらボールを打ちまくると言う単純な作業だ。

 手に持った黄色く丸いボールに、私や奏に邪な眼差しを向ける男子の顔を当てはめ、フォームとか、ボールが飛んでいく方向とかは一切考えず、ただ力任せに、その男子の顔をラケットで殴り付ける事を想像しながら打つ……………言わば、子供の八つ当たりと同じだ。

 

 そうして、朝練習と言う名目の憂さ晴らしをしながら過ごしている内に、6月を迎えた。


 この月の中旬には体育祭があり、各々が出場する競技は、既に決まっている。

 私は、綱引きや玉入れと言った無難な競技だけを選び、部長から持ち掛けられた部活対抗リレーへの参加は拒否した。

 私が部活対抗リレーに出ない事を知った男子達の残念そうな顔は見ていて気分が良く、私は内心で嘲笑を浮かべて彼等に指を差し、それから一言、『ざまあみろ』と言ってやった。

 日頃から私や奏に下心満載の眼差しを向けてきたから、その罰が当たったんだ。



 そんな気分の良かった私だが、6月に入ったばかりのある日、ちょっとした事件を起こしてしまう。


 それは、最早日課となりつつあった朝練習をしていた時の事だった。


「ふぅ………最後に1回だけ打って、今日は終わろうかな……」


 体操着のポケットに入れてあったスマホで時間を確認し、私はそう呟く。

 スマホの画面には時刻が映し出されており、ちょうど8時を指していた。

 本鈴が鳴るのは8時30分であるため、未だ時間はある。

 だが、ボールとラケットの片付けや着替え、鍵の返還や教室への移動に掛かる時間を考えると、あまり長居する訳にはいかない。

 そのため、最後に1回、平手打ちのようにラケットで横殴りに打ってから終わろうとして、大きくラケットを振るった、その時だった。


「あっ!」


 ふとした拍子に手の力を緩めてしまったのか、ラケットが手からスポッと抜けて、ちょうど真横へ向けて飛んでいってしまった。

 しかも空振りだったのか、ボールは私の足元でコロコロ転がっている。

 何をやっているんだと自分に呆れていた時、事件は起こった。


「お~い、其所で突っ立ってるテニス部さんや。コレそっちのボーr………いってぇ!?」

「………えっ?」


 いきなり聞こえた男子生徒の声に何が起こったのか分からなかった私だが、何と無く嫌な予感がしていた。

 恐る恐る顔を向けると、開いていた門の直ぐ傍で、1人の男子生徒が蹲っているのが見えた。

 そして彼の傍には、彼のものなのであろう黒縁の眼鏡と、私が放り投げてしまったラケット……………

 この事から、私は自分が何をしたのかを悟った。


「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」


 慌てて彼に駆け寄り、声を掛ける。


 流石にラケットがぶつかったぐらいで死んだりはしないが、それでも痛い事に変わりは無い。

 しかも見る限り、ラケットが当たったのは彼の顔面だ。

 もし、このラケットが彼の目に当たっていたら……………最悪の場合、彼は失明してしまう。

 何せ、私が使っていたラケットはそこそこ古くなっており、フレームの一部が捲れたりしていて、下手な触り方をしたら怪我をする可能性もあるのだから、尚更だった。


 もし失明するような事になったら、彼は視界に不自由な生活を強いられる事になるし、治療するならその費用を払う事になるだろうから、私の家族にも迷惑を掛けてしまう。

 それに私は、今後どのような顔をして学校に来れば良い?

 この男子生徒が不自由な視界で苦しんでいる中、普通に登校して学校生活を送るなんて、絶対に出来ない。


 そんな考えが頭の中で渦を巻き、私はその場でオロオロしてしまう。

 

「あ~、クソ…………朝っぱらからツイてねぇな」


 其処で初めて口を開いた彼が、顔を覆っていた手を退かしてゆっくりと顔を上げた。

 一秋君より長い黒髪の間から覗く金色の瞳が、私に向けられる。

 よく見ると、顔立ちは結構整っていた。


「…………ッ!」


 そんな彼に思わず見惚れた私だったが、彼の頬に深めの切り傷が数㎝程刻まれており、その傷から血が流れ出ているのを見て怯み、思わずしゃがんだまま後退りしてしまう。

 だが、その行動により、またしても不運な事故を起こしてしまう。


──パリンッ!


「うげぇッ!?」


 何かが割れる甲高い音が鳴った瞬間、まるで踏み潰された蛙のように濁った声が、目を大きく見開いた彼の口から飛び出した。

 呆然とする私だが、彼が凄い表情を浮かべて私の足元を見ている事や、先程の甲高い音から、何が起こったのかを察して冷や汗が流れ出てくる。

 そして、恐る恐る立ち上がって下を向くと、やはり私の足元に、両方のレンズが割れて右側のフレームが折れ、見るも無惨な姿になっている彼の眼鏡があった。


「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」


 パニックを起こした私は、ひたすら謝り倒す。

 もう何が何だか分からなくなり、固く瞑った両目から涙が溢れてくる。


「ま、まあ落ち着けよ。別に怒ってねぇし、泣いて謝る事でもねぇから」


 私と不注意で怪我をさせ、更に眼鏡を壊したのにそう言ってくれる彼だが、思いっきりパニック状態になっている私にとって、落ち着くなんて到底無理な事だった。

 結局私は、ひたすら謝りながら泣き続けていた。



──────────────



「………落ち着いたか?」


 あれから暫くして、何とか泣き止んだ私は、おずおず話し掛けてきた彼の言葉に頷いた。

 因みに、あの時壊した眼鏡は、誰かが踏んで怪我をしたりしないようにレンズの破片を側溝に落としており、今は2つになったフレーム部分だけを彼が持っていると言う状態になっている。


「えっと、その………本当に、ごめんなさい………怪我させた上に、眼鏡壊しちゃって………」


 また泣きそうになるのを堪えながら言うと、彼は右手をヒラヒラ振った。


「もう良いって、なっちまったモンは仕方ねぇんだから、気にすんな」


 そう言って、彼は私の肩をポンポン叩いてから立ち上がった。


「さて、何時の間にか血も止まってるし、俺は教室行くわ。アンタもさっさとしねぇと、遅刻扱いされちまうぞ」

「え?あ、あの………!」


 私が手を伸ばした時には、彼は物凄い勢いで走り出しており、あっという間に校舎へと飛び込んでしまった。


「……………」


 私は暫くの間、その場に呆然と座り込んでいた。

 彼は、今まで会った男子とは違い、私に対して普通の接し方をしていた。

 彼の目からは、他の男子から向けられたような下心を感じられず、寧ろ、私に興味すら持っていないように見えた。


 そんな男子に出会ったのは、彼が初めてだ。


「あの上靴の色からすると…………同じ学年の人、だよね………?」


 無意識の内に、私はそんな事を呟いていた。

 見覚えが無いため、恐らく別のクラスの生徒だろう。


 それから急いで片付けと着替えを済ませ、コートに入るための門の鍵を返して教室に向かうが、何故か、彼の事が頭から離れる事は無かった。


 彼が私の初恋の人になるとは、その時の私には知る由も無かった。

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