第50話~パーティー名~
"黒尾"の一件が完全に解決してから約1時間後、ルージュ冒険者ギルドの食事スペースの1席には、肘をついて唸っている神影とエーリヒ、そして、そんな2人を心配そうに見守るアメリア達"アルディア"の3人の姿があった。
テーブルに置かれている登録用紙の裏面には、彼等が考えたのであろうパーティー名候補らしき単語が所狭しと書き込まれていた。
彼等はイーリスにパーティー登録用紙を受け取ってから、ずっとパーティー名を考えていたのだが、幾つもの候補を出したものの、2人が気に入るようなパーティー名が無く、ずっと頭を悩ませていたのだ。
「駄目だ、全然浮かばねぇ………」
椅子の背凭れに凭れ掛かり、神影は天井を仰いだ。
「パーティー名を考えるのって、結構大変だったんだね…………今の僕、パーティー組んで活動してる冒険者達の事をマジで尊敬出来るよ」
気だるげにテーブルに突っ伏し、エーリヒが言葉を続ける。
今の2人は、さながら子供の名前を考える親のようにも見えるが、ずっとパーティー名を考えてはボツになるのを繰り返していたためか、2人が纏う雰囲気は非常に重苦しいものとなっており、アメリア達3人を除いて彼等が座っている席に近づこうとする者は1人も居らず、遠巻きに彼等の様子を見ていた。
「えっと………2人共、パーティー名はそんなに難しく考えなくても良いんだよ?」
「そ、そうよ。後から変更する事だって出来るんだから」
オリヴィアとアメリアはそう言うが、それでも2人の思い詰めたような表情は変わらず、唸り続けていた。
今の2人からすれば、この場で一先ず適当なパーティー名を書いて後から変更すると言う事は、これまで必死に頭を捻って候補を出してきた自分達の苦労を無駄にする事であり、許しがたい事だった。
そのため彼等は、何が何でも自分達に相応しいパーティー名を考えてやろうと意地になっていたのだ。
「駄目だ………コレは、パーティー名を決めるまで動きそうにないね」
自分達の提案にも無反応な2人に、オリヴィアが肩を竦めた。
「……ミカゲ達、真剣………」
相変わらず神影の隣に座っているニコルが、ウンウン唸っている2人を見ながら小さく呟いた。
「まあ、2人は男の子なんだし、どうせならカッコいいパーティー名にしたいって思いがあるのかもしれないわね」
アメリアがそう言った時、エレインとリーネがやって来た。
未だにギルド職員用の制服を借りている3人とは違って既に着替えの服を用意されていたエレインは、リーネと同じ紫色の修道服に着替え、銀色の十字架がついたネックレスを身に付けていた。
「あら、エレイン。着替えに随分と時間掛かったのね」
「ええ。あの時の事を話していたので」
元々着替えるために職員用の仮眠室に向かったのだが、その割りには1時間も出てこなかった事をアメリアが言うと、エレインはそのように答えた。
「ところで、彼等は何を………?」
「ああ、パーティー名を考えているんだよ。2人が着替えに行ってから、ずっとこの状態さ」
苦笑を浮かべながら、オリヴィアが答えた。
「そう、ですか………」
そんなオリヴィアの返答を受け、神影を見るエレインだが、全く気づいた様子を見せない彼に、何処と無く残念そうな表情を浮かべる。
アメリア達3人と同じように、"黒尾"のアジトでの一件から神影の事を意識している彼女は、自分の本来の姿を神影に見てほしいと言う淡い思いがあったのだが、当の本人はパーティー名を考えるのに夢中になっており、自分達の事など眼中に無い。
下手をすれば、自分が着替えを終えて戻ってきた事にも気づいていないのかもしれない。
そう思うと、彼女の心には、自分に気づいてほしい、自分を見てほしいと言う感情が沸き上がってくる。
「……………」
そんなエレインの思いを感じ取ったのか、ニコルが神影の服の袖を掴み、クイクイと引っ張った。
「………ん?」
それに気づいた神影は、思考を一旦中止してニコルに目を向けた。
「どうした?」
「………エレイン、戻ってきた」
そう言って、エレインを指差すニコル。神影はエレインを見ると、何時の間に戻っていたのかとばかりに目を丸くした。
どうやら、彼女の予想は当たっていたようだ。
因みに、気づいていなかったのはエーリヒも同じだったらしく、彼女を視界に捉え、軽く驚いていた。
「お前、戻ってたんだな………悪い、気づかなかった」
「い、いえ………」
エレインがそう返事を返すと、神影は立ち上がって大きく体を伸ばす。
「う~ん、体がガチガチだな………」
「そうだね……僕も、思うように体が動かないよ………」
エーリヒもそう言って首を左右に倒すが、その都度パキパキと音を立てる。
それから立ち上がろうとするが、その速度は非常にゆっくりだ。
「仕方無いわよ。だって貴方達、1時間ずっと同じ姿勢で悩み続けていたんだもの」
「「…………は?」」
苦笑混じりに言ったアメリアに、神影とエーリヒが揃って間の抜けた声で聞き返した。
「おや、気づかなかったのかい?君達が此処でパーティー名を考え始めてから、もう1時間も経ってるんだよ」
「「嘘ぉっ!?」」
オリヴィアの言葉に、またもや揃って声を張り上げた2人は、時計へと目を向ける。
アメリア達が言ったように、2人がパーティー名を考え始めてから1時間が経過していた。
「マジかよ、そんなに考え続けてたのか………そりゃ、体が思うように動かなくもなるわな…………」
時計を見た神影は腕を組み、納得したように頷いた。
実を言うと、長時間同じ姿勢で居続けて体が思うように動かなくなるのは、今回が初めてと言う訳ではない。
戦闘機マニアである神影は自室に多数の戦闘機のプラモデルを所有しており、当然ながら、それらは全て彼が組み上げた事になる。
異世界に召喚される前の夜、ロシア空軍の戦闘機、Mig-29のプラモデルを徹夜で完成させたように、ずっと自室の床に座って、説明書や何十ものパーツとにらめっこしてきたのだ。
彼にとっては、これは久し振りの感覚だった。
「(ああ、置いてきてしまった我がコレクション達よ………今頃どうなってるのなぁ……)」
「あの………ミカゲさん」
自室に置き去りになっている戦闘機コレクションの事を憂いているところへ、エレインがおずおず話し掛けてきた。
「………?何だ?」
「えっと、その………着替えて、来たのですが……どう、でしょうか………?」
恥ずかしそうに訊ねるエレインだが、神影は質問の意味が分からずに首を傾げるだけだ。
実際に修道服を見るのは初めてな神影だが、シスターが登場するアニメやラノベは幾つか見ていたため、それ程珍しいとも思わない。
加えて、彼は女性の服装への興味は皆無であるため、エレインに修道服姿の自分をどう思うかと聞かれても、逆にどう答えれば良いのかと聞き返したいところだった。
「え、えっと……そうだな………」
だが、だからと言って『どうでも良い』等とストレートに言う事は出来ない。
ファッションと言ったものには全く無関心である神影でも、何かしら気の利いた事を言うべきである事は何と無く感じ取れるのだ。
そうして神影は、修道服姿のエレインをまじまじと見つめた。
彼女の服は、リーネと同じ紫を基調としており、チャイナドレスのようにスリットが入っている。
その深さは彼女の腰まであるため、彼女のスラッとした美脚や白いガーターベルトが、ふとした拍子にスリットからチラチラ覗き、修道服を押し上げる豊満な胸や整った顔立ちと相まって艶かしさを醸し出している。
そんな美女に見つめられている事や、一瞬見惚れてしまった気恥ずかしさを誤魔化すように、神影は目線を逸らし、軽く頬を掻きながらコメントをつけた。
「あ~、うん。何つーか………まあ、一言で言えば、気安く触れる事の許されない高嶺の花…………と言った感じかな。神々しさっつーか、兎に角そんな感じがするよ」
「要するに、『凄く美しい』って事だね」
神影が捻り出した精一杯の褒め言葉を、エーリヒが要約する。
「それにしてもミカゲ、そんな難しい表現使わなくても良いだろうに」
「し、仕方ねぇだろ?女の服褒めた事なんて殆んどねぇんだから」
神影は言い返すが、エーリヒは相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべているだけだ。
「それなら一言、『美しすぎて見惚れちまった』って素直に言えば良いじゃないか。実際そうなんだし」
「めちょっ!?」
自分が見惚れていた事をあっさり暴露され、神影の顔が珍しく真っ赤に染まる。
「おい、エーリヒ!お前何言って…………!」
「おっ、赤くなった。いやはや、可愛いねぇ~」
神影の声など何処吹く風とばかりにエーリヒは冷やかしの言葉を投げ掛け、エレインは真っ赤に染まった頬に両手を当て、イヤンイヤンと体をくねらせ始めた。
「やっぱり、ミカゲも男の子なのね」
「……エレイン、羨ましい…………」
「ボクも服を買う時は、彼が見惚れるようなものを選ぼうかな………」
その傍らでは、"アルディア"の3人がそんな会話を交わしているのだった。
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「……………さて、お遊びは終わりにして真面目に考えるか」
「うん、そうだね。ちょっと遊びすぎちゃったよ」
あれから更に数分後、食事スペースには相変わらず、神影とエーリヒが座っていた。
今ではからかいモードもすっかり消えており、先程のように真面目な雰囲気に戻っている。
因みに女性陣は、"アルディア"の3人の服を購入するために席を外している。
「やっぱり、適当に考えたパーティー名をつけるのだけは嫌だね」
「ああ。俺等に合うようなパーティー名を考えねぇと………」
そう言い合う2人だが、如何せんアイデアが浮かんでこない。
「はぁ………中々良い名前が浮かばねぇな」
溜め息をついた神影は、何を思ったのか自分のステータスを開き、ある項目に目を通し始める。
その項目とは、"称号"だった。
現時点で神影が持つ称号は、"異世界人"と"血塗られた死神"、"無慈悲な狩人"の3つだ。
「(………駄目だ、良さそうなのが無い。称号から名前をつけようと思ったが………案外上手くいかねぇモンだな)」
内心そう呟き、またしても溜め息をつく神影だが、ふと、"黒尾"との戦闘を思い出す。
「(そう言えば俺等、あの時何十人も殺したんだよな………)」
戦闘に夢中だったために詳しい人数は把握していない2人だったが、あの場には56人もの男が居た。
そのスケールの大きさへの認識は人によって異なるだろうが、少なくとも『殺人』の一言で片付くような数ではない。
神影とエーリヒによる蹂躙は、『大量殺戮』と呼んでも、少なくとも違和感は無いだろうし、これから先、あの時のように何人もの敵を殺す事だってあるだろう。
そして、英語には滅法強い神影の脳裏に、この漢字4文字からなる単語を意味とする、ある英単語が浮かび上がった。
「……"ジェノサイド"」
「えっ?」
神影の口からポツリと漏れ出した単語に、エーリヒが思わず聞き返す。
「俺等のパーティー名………"ジェノサイド"なんてどうだ?」
「…………まあ、中々カッコいい響きだから僕としては良いと思うけど…………因みに、何か意味はあるのかい?」
そう訊ねるエーリヒに、神影はこのパーティー名の意味を言った。
それによって表情を一瞬引き攣らせるエーリヒだったが、彼も"黒尾"との戦闘を思い浮かべ、神影の言う事も間違いではないと納得したらしく、彼の口から反対意見が出る事は無かった。
「………それじゃあ、決まりだな」
そんな神影の言葉に、エーリヒはコクりと頷いた。
こうして、何とも複雑な雰囲気になりながらも、彼等のパーティー名は決定されるのだった。