第46話~到着~
「………成る程、行く先々でそんな事があったんだね」
「ああ。まあ感謝されて悪い気はしないんだが、何か気恥ずかしかったよ」
エーリヒと合流した神影は、アメリア達4人を馬車に戻し、各々が女性達を送り届けている間に何があったのかをエーリヒと話しながら、ルージュの門へと歩みを進めていた。
女性達を村へ連れてきた際には、神影やエーリヒは、無事だった村民達から立て続けにお礼を言われ、しかも、本来なら2人のものとなる筈だった戦利品すら返した事から、村民達の中での彼等の株が爆上げされたのだ。
更に村長まで出てきて、『是非とも礼がしたい』と言われたのだが、別の女性達を送り届けなければならないため、丁重に断って村を出る…………と言った事を繰り返していたのだ。
「………っと、そうしてる間に着いたよ」
エーリヒがそう言うと、神影は自分達が門の真下に居る事に気づいて足を止めた。
すると、彼等の前に槍を持った2人の門番が現れた。
「町に入る前に、ステータスプレートかギルドカードを見せてくれ」
そう言われた神影とエーリヒは、ポケットからギルドカードを取り出して門番に見せる。
「………ん?」
すると、門番の1人が何かに気づいたのか、もう1人の門番から2人のギルドカードを引ったくり、その2つと2人を交互に見る。
神影とエーリヒは、その門番の顔が段々と驚愕に染まっていくのを見た。
「お、お前達…………まさか、昼頃に凄い音立てて飛んでいった、あの2人じゃないのか?」
油の切れたロボットのようなぎこちない動きで神影とエーリヒに顔を向け、その門番は訊ねた。
「ああ、はい。そうですけど………」
神影がおずおず答えた瞬間、その門番は持っていた槍を放り捨てて神影の両肩を掴んだ。
「ほ、本当なんだな?嘘ついてないんだな?」
「も、勿論ですよ………ホラ、この機体……見覚えあるでしょ………!」
一先ず門番を引き剥がした神影は、"黒尾"の討伐で使ったハンターを展開する。
「………じゃあ、その馬車は?」
「………救出依頼が出ていたエレインさんと、捕まってたCランク冒険者パーティー"アルディア"の3人が居ます。他の女性達は、既に各々の村に送り届けました」
ハンターを解除しながら、神影が答える。
「…………た」
「「………?」」
何故か震え始めた門番に首を傾げる2人。
「た、大変だ!町長とギルド支部長に連絡を~!」
今が真夜中である事など知ったこっちゃないとばかりにそう叫び、その門番は最後まで戸惑っていたもう1人の門番に構う事無く、猛スピードで走り去ってしまった。
その場に残された神影は、同じく取り残されたもう1人の門番に事情を説明し、馬車を引いて町へと足を踏み入れるのだった。
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「さて………今日の分の書類は、コレで全部だね」
その頃、ルージュ冒険者ギルド支部長室では、支部長のイーリス・カートリップが机に向かっていた。
彼女の机には、書類の塔が2つ聳え立っており、その高さから、彼女がずっと書類整理に追われていた事が窺える。
「………あの2人は、どうなったのかな?」
筆を机に置いた彼女は、椅子に深々と凭れてそう呟いた。
あの日送り出した、2人の少年達。
並大抵の冒険者では先ず歯が立たない上に、王国の騎士団でも手を焼くような盗賊を相手に、たった2人の……………それも、その日に登録したばかりの駆け出し冒険者を差し向けるなど、犬死にする冒険者を増やす事と同じなのだが、彼女は彼等を送り出した。
当然、2人の出発後に彼女から話を聞いた他の冒険者達は動揺した。
『無謀にも程がある』、『出来る訳が無いのに、何故止めなかった』と詰め寄った。
彼女とて、2人を送り出したとは言え、やはり不安を感じていた。
真っ直ぐな視線を向ける2人を見て、この2人なら本当に出来るのではないかと思ったイーリスだが、それでも2人は駆け出し冒険者。
不安もあるし、駆け出しである2人を頼らなければならないと言う申し訳無さも感じていた。
それでも、彼女は2人を送り出した。
そして、2人が出発してから丸1日が経つのだが………………彼等は、未だに戻ってこない。
救出が成功したなら、他の女性達を村に送り届けているために時間が掛かっていると納得出来るのだが、逆に、返り討ちにされた可能性も否めない。
成功したのか、それとも返り討ちにされ、殺されたのか…………その結果が分からない以上、気は抜けなかった。
現に彼女は、2人を送り出してから今までの間、心配で一睡もしていないのだ。
依頼主であるリーネは、一先ずこの町の宿へと向かわせたのだが、彼女も同様の表情を浮かべていた。
「………自己責任とは言え、やはり何も思わないって訳じゃないんだよなぁ………」
力無く呟き、イーリスは溜め息をついた。
依頼とは無関係な事故や事件に巻き込まれたりしない限り、何があろうと自己責任とされている冒険者だが、だからと言って、彼等が死んでも何も思わないと言う訳ではない。
それに今回は、彼女も2人に向かって、『頼む』と口にしていたのだから、尚更心配だった。
だが、そんな時…………
「し、支部長!」
部屋のドアを勢い良く開け放ち、茶髪ポニーテールに赤紫の瞳を持った少女が駆け込んできた。
それは、神影とエーリヒの冒険者登録に立ち会った、あの受付嬢だった。
「え、エスリア………どうしたんだい?そんなに慌てて」
ドアが開かれる音に驚き、未だに心臓がバクバクと音を立てる中、イーリスは訊ねる。
「さ、先程………門番の、マーキスさんが……来たん、ですけど………」
「マーキスが………一体、どうして?」
階段を駆け上がってきたためか、途切れ途切れに話す受付嬢、エスリアは、顔を上げて言った。
「く、"黒尾"討伐に向かった2人が、先程帰ってきたとの事です!」
「ッ!?」
その言葉に、イーリスは珍しく、表情を驚愕に染めた。
ちょうど2人がどうなったのかを考えていた時に、彼等に関する情報が飛び込んできたのだ。
「ま、まさか……本当に…………?」
エスリアからの報告を受けたイーリスは、普段の落ち着いた立ち居振舞いなどかなぐり捨てて走り出し、それによる風で書類が数枚落ちるのも構わず部屋を飛び出すと、1階に向かう。
そしてロビーに到着すると、彼女より先に、門番のマーキスが声を掛けた。
「し、支部長さんよ!大変だ、あの時の2人が………!」
「それはエスリアから聞いている。それで、2人は?」
「それは………」
2人をその場に放置して此処へ来たので、マーキスは彼等の所在を知らない。
そのため、一旦門の方へと戻ろうと外へ出た時だった。
「……!来たぞ!」
月明かりに照らされて、2つの大きな影がカラカラと音を立てながら近づいてくるのが見えたマーキスは、イーリスに向かって叫ぶ。
近づいてくる程、それらの正体がはっきり見えるようになる。
そして、その2つの影がギルドの前で動きを止めた頃には、神影とエーリヒ、そして2人が各々引っ張っていた馬車の姿が見えていた。
「き、君達…………本当に、無事だったんだね……」
信じられないと言わんばかりに目を見開き、イーリスは覚束無い足取りで2人に近づく。
「はい。ミカゲ・コダイとエーリヒ・トヴァルカウン、ただいま帰りました。それから………」
そう言って、神影は引っ張ってきた馬車を指差した。
「リーネさんからの依頼にあった通り、エレインさんや他の女性達も救出し、村に送り届けてきました。因みに、全員無事ですよ」
「………!」
その言葉を受けたイーリスは腕を大きく広げ、2人を抱き締めた。
「めちょっ!」
「ど、どうしたんですか支部長さん!?」
急に抱き締められて軽くパニック状態になった神影とエーリヒは、一先ず逃れようとするものの、イーリスは抱き締める力を強め、2人を離そうとしない。
「……で………った」
「………え?今、何て言いました?」
ボソボソと呟くイーリスだが、それが聞こえなかった神影は聞き返す。
「……無事、で………本当、に………良かっ、た………!」
2人が依頼を達成し、無事に帰還した事の嬉しさや、ずっと心配していた事が解消された事への安心感もあって、イーリスは声を震わせてそう言った。
それから暫くの間、2人はアワアワしながらも、イーリスからの抱擁を受けるのであった。