第43話~盗賊の根城で一泊・中編~
「さてと………」
轟音と共に飛び去っていくエーリヒを見送った神影は、彼に服を取りに行かせた事を伝えるため、後ろに居る女性達の方へと振り返る。
「(うわっ、コレめっちゃ居心地悪いんですけど………)」
自分に突き刺さる46個もの視線に、神影は思わず後退りした。
エーリヒを送り出した今、裸同然の格好をしている23人もの美女、美少女に対して、男は神影ただ1人。
傍から見ればハーレム天国と言えるだろうが、実際に立ってみると、それが非常に居心地の悪いものだと言う事を思い知らされる。
「……………」
神影は再び彼女等に背を向け、心を落ち着かせようとした。
先程は女性達を安心させ、逸早く解放する事だけを考えていたために平気だったが、改めて向かい合ってみると、彼女等の格好は刺激が強すぎたのだ。
大きく深呼吸して落ち着きを取り戻し、改めて向き直ろうとした時だった。
「えっと………ミカゲ、だったわよね?」
自分が行動するより先に、相手の方から話し掛けてきたのだ。
彼が振り向くと、目の前にはアメリアが立っていた。
「ああ、そちらさんは…………」
そう言いかけた神影だが、未だ女性達の名前を聞いていなかった事を思い出して言葉を詰まらせる。
「私はアメリア。Cランク冒険者パーティー"アルディア"のリーダーで、天職は"剣士"。よろしくね」
そんな神影の様子で察したのか、アメリアが名乗った。
「今回は、本当にありがとう。貴方達のお陰で、誰も穢されずに済んだわ」
「い、いえ…………どういたしまして」
見惚れるような笑みを向けられた神影は視線を逸らし、面映ゆそうに頬を掻いた。
自分の趣味に一直線で、異性については二の次程度にしか考えていなかった神影でも、アメリアのような美少女に真っ正面から感謝の言葉を投げ掛けられるのは、流石に気恥ずかしいようだ。
そんな彼を見て小さく笑っていたアメリアの背後から、また別の声が響いてきた。
「おや、アメリア。もう打ち解けたみたいだね」
その言葉に、アメリアと神影は声の主の方へと視線を向ける。
其所には、ロングヘアの黒髪に透き通るような赤紫の持つオリヴィアと、ツインテールの金髪と碧眼。そして3人の中でもトップクラスの豊満な胸を持つ小柄な少女、ニコルが立っていた。
「ええ、中々可愛い冒険者さんよ」
そう言ってアメリアが神影を紹介している傍らでは、男でありながら『可愛い』と評された事に複雑な気持ちを抱いた神影が遠い目をしていた。
「………………」
「ん?ニコル、ミカゲがどうかしたの?」
神影の紹介を終えたアメリアは、ニコルが神影を凝視している事に気づいて声を掛ける。
「………黒髪に、金色の瞳………超、タイプ……」
「ああ。そう言えばニコル、牢屋でも彼の事を見ていたね」
未だ牢屋に居た時、土下座していた神影が顔を上げた瞬間、ニコルがまるで雷に打たれたかのように目を見開き、それ以来ずっと神影を見ていた事を思い出したオリヴィアがそう言った。
「間違い、ない………この出会い、正に運命…………!」
「………ッ!?」
そう呟いたニコルの目が神影をロックオンし、怪しげな光を放つ。
その視線を感じ取ったのか、神影は身震いした後に勢い良く振り向いた。
「…………?」
そしてオリヴィアとニコルを視界に捉え、キョトンとした表情を浮かべた。
「ああ、紹介するわね。彼女等は私の冒険者仲間なの」
そんなアメリアの言葉を合図に、2人が神影の前に歩み出た。
「ボクの名はオリヴィア。"アルディア"のメンバーで、天職は"軽戦士"だ。助けてくれてありがとう、冒険者さん」
「ニコル………天職は"回復師"……助けてくれて、ありがとう………」
「ど、どういたしまして………」
裸同然の格好をしたスタイル抜群の美少女2人に礼を言われると言う前代未聞の状況に戸惑いながら、神影は返事を返した。
その面映ゆさや気まずさから、神影は自分の顔が赤くなるのを感じていた。
やはり自分の趣味に一直線だった神影でも、年頃の男と言う事だ。
「おや?顔が赤くなっているね」
「ホラ。私が言った意味、分かったでしょう?」
「ん………可愛い……」
「(こうなった原因アンタ等だって事自覚しろよ!?)」
それに気づいてニヤニヤと笑みを浮かべる3人に、神影は内心でツッコミを入れた。
それから神影は、他の女性達に囲まれ、次々に感謝の言葉を浴びせられた。
"黒尾"の男達に狙われるだけあって、全員揃いも揃って美女、美少女だ。
そんな彼女等が、ボロ布を巻き付けただけと言う姿を晒し、何人かはボロ布すら無く、自分の手で胸や秘部を隠した状態で取り囲んでくる。
「(や、ヤバい。刺激が強すぎる…………だが、耐えろ!耐えるんだ古代神影!)」
あまりにも刺激の強すぎる光景に理性が飛びそうになる神影だが、必要とあらば自分自身を攻撃して無理矢理にでも理性を保つ事も厭わない覚悟で、女性達からの言葉に応じるのだった。
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「や、やった………俺は、勝った………よくやったぞ俺ぇ……」
あれから数分経ち、遂に理性を飛ばさず耐え抜いた神影は、岩場に背を預けて両手を掲げ、あの気まずい状況の中、ずっと耐え抜いた自分を労っていた。
今、女性達は穴の奥に戻っており、今外に居るのは神影だけだ。
「エーリヒの奴、早く帰ってこないかなぁ………?」
送り出した頼れる相棒が一刻も早く帰ってきてくれる事を望む神影。
そんな時だった。
「あ、あの………」
「……?」
突然、横から控えめに話し掛けられた神影は、その声の主の方へと視線を向ける。
其所に立っていたのは、桃色の髪をロングヘアにした美女だった。
「えっと………そちらさんは?」
「エレインと申します。今はこんなはしたない姿ですが、これでもシスターをしています」
そう言って首から下げているチェーンを引っ張り、胸の谷間に埋もれていた十字架を取り出すエレイン。どうやら、それだけは盗まれずに済んだらしい。
「(エレイン…………確か、リーネさんの先輩だっけ?)」
目の前に居る女性が、リーネの言うエレインで合っているのかと考える神影を他所に、彼女の話は続いた。
「今日は助けていただき、本当にありがとうございました。貴方やもう1人の方が来てくださったお陰で、誰も傷つかずに済みました」
「あ、ああ。もうお礼は良いですって。さっき、他の人達からも言われたばかりですから」
20人以上の美女、美少女達から立て続けに礼を言われて流石に耐性が出来たらしく、神影は普段のペースを取り戻していた。
「ですが、だからと言って何もお礼を言わない訳にはいきません。貴殿方は、私達の命の恩人なのですから」
何人からも言われたのだから、これ以上の礼は要らないと言わんばかりに手をヒラヒラ振りながら言う神影に、エレインは真剣な表情を浮かべてそう返した。
其処までされると、変に礼を拒み続けるのも失礼だと思った神影は、大人しく彼女の言葉を受け入れる事にした。
「それで、話は大きく変わるのですが………1つ、お聞きしたい事がありまして……」
「はい、何でしょう?」
一体何を聞くつもりなのかと首を傾げながら、神影は聞き返した。
「………」
エレインは暫く視線を彷徨わせていたが、やがて大きく深呼吸して再び口を開いた。
「リーネと言う金髪の少女を、ご存知ありませんか………?」
「…………!」
その質問に、神影は目を見開いた。
「(やっぱり、彼女がそうか)」
自分の予想が合っていると言う答えに辿り着いた神影は、笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、知っていますよ」
「ほ、本当ですか!?」
神影の返答に過剰なまでの反応を示し、エレインは彼に掴み掛かる勢いで迫った。
「お、教えてください!あの娘は………リーネは今、何処に!?」
余程心配だったのか、顔を数㎝まで近づけてリーネの所在を訊ねるエレイン。
「ちょ、ちょっと待って。取り敢えず落ち着いてください。顔めっちゃ近いですから」
「………ッ!?す、すみません!」
神影に言われて我に返ったエレインは、顔を真っ赤に染めて下がった。
それに安堵の溜め息をついた神影は、改めてリーネの居場所を口にした。
「彼女ならルージュに居ますよ。そちらさんに逃がされた後、ルージュまで走ってきて皆さんを助けるように依頼してましたから。今頃、ギルドか宿で待っていますよ」
「そ、そうですか…………良かった……」
目元を緩めたエレインは、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
牢屋に居る間は、自分達に訪れる未来や、逃がした教え子の安否で気が気ではなかったのだろう。
「明日、皆さんを各々の村へと送ります。ルージュへ行けば、リーネさんに会えますよ」
彼女の傍に膝をつき、神影はそう言った。
そして風邪を引かないよう、一先ず穴の中へ戻らせようとした時、遠くからジェット機の轟音とは違った音が響いてきた。
それは大きさを増していき、穴の奥に引っ込んでいた女性達がワラワラ飛び出して平地の真ん中に広がると、月明かりに照らされながら上空を旋回しているエーリヒを見上げ、何事かと騒いでいた。
「皆さん、ご心配無く!さっきルビーンに向かわせたエーリヒが帰ってきただけですので!」
そう呼び掛けた神影は、再びエレインに向き直った。
「エレインさん、光属性魔法は使えますか?」
「……?え、ええ……一応使えますが………」
その返答を受けて満足そうに頷いた神影は、エーリヒが安全に着陸出来るよう、魔法で平地を照らすように頼み、他の女性達には、穴の方へ戻ってくるように指示を出した。
それから数分して準備が整うと、神影は"僚機念話"でエーリヒに繋げた。
《エーリヒ、聞こえるか?》
《ああ、よく聞こえるよ》
エーリヒが即答で返事を返した。
《遅くなってゴメンね。ちょっと準備に手間取っちゃって》
《別に良いさ。それより、エレインさんの魔法で平地を照らしてもらったから、今の内に》
《うん、了解!》
そうして通信が切れると、高度を下げながら大きく回り込んできたエーリヒが、砦のあった場所から進入してきた。
既に着陸体勢に入っており、足の裏から競り出てきた車輪が地面に近づいている。
「それにしても彼奴、帰りはP-51使ったのか………行きはジェット機だったのに帰りが遅いと思ったら」
そう呟く神影を他所に、着陸を決めたエーリヒは暫く地面を滑り、ゆっくり動きを止めた。
「ふぅ………ただいま、ミカゲ。頼まれてたもの持ってきたよ」
機体を解除したエーリヒは、肩から提げていた神影のボストンバッグを渡した。
「ああ、ありがとな………それにしても、なんでレシプロ機を?」
「仕方無いんだ。マッハで飛べば鞄が壊れるかもしれないから、抱き抱えて巡航速度で飛ぼうと思ってたのに、殆んどのジェット機は、展開すると腕に機銃が装着されるんだよ」
エーリヒがそのように説明した。
確かにジェット戦闘機は、展開すると殆んどが腕と一体化する形で装着される。
それにより、ボストンバッグを抱き抱えて風圧から守る事が出来ないと判断し、機銃が翼に搭載される事で両手が空くような機体を展開しようとしたのだが、その条件を満たすジェット戦闘機が思うように見つからなかったのだ。
そのため、速度が落ちる事を覚悟でレシプロ戦闘機を使う方が手っ取り早いと判断したと言うのがエーリヒの言い分だった。
「そ、それより!早く着てもらった方が良いんじゃない?」
話の流れを変えたかったのか、エーリヒはそう言った。
神影は一先ず頷くと、ボストンバッグを地面に置いてファスナーを開けると、詰め込まれている服を取り出していった。
そして全て出すと、女性達に向き直った。
「えー、皆さん。エーリヒが服を持ってきたので、適当に着といてください。流石に、何時までもそんな格好で居られたら気まずいので」
神影にそう言われた女性達は、自分達の格好を再確認して顔を赤らめると、服を1着ずつ手に取って穴の奥へと引っ込んでいくのだった。
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それから暫くして、着替えを終えた女性達が穴から出てきた。
これで少しはマシになると思った神影だったが、彼女等は皆、"上"しか着ていなかったために一瞬言葉を失う。
ボロ布を巻き付けていた時とは違った危なさを感じた神影は、横に居るエーリヒに話し掛けた。
「おい、エーリヒ。下は持ってこなかったのかよ?」
「仕方無いだろ?下は人数分も無かったんだから」
ジト目を向けて言う神影にそう返し、エーリヒは肩を竦めた。
「成る程………それじゃあ仕方無い、か………」
そう言った神影だが、やはり彼女等の格好が目に毒である事は変わらないため、彼女等の下が視界に入らないよう、細心の注意を払った。
「ま、まあ取り敢えず、もう遅いので寝ましょうか。明日、皆さんを各々の村へと送りますので」
そう言って、神影は女性達を穴の奥へと押し込み、彼女等が体を冷やさないよう、格子を使って火を起こすようエーリヒに頼み、奥に向かわせる。
神影はその場に残り、岩場に背を預けた。
「やれやれ………こんな展開になるとは誰が予想したんだろうな………?」
そんな神影の呟きは、風に乗って何処へと飛び去っていくのだった。