第38話~出撃する2人と、捕らわれた女達~
神影とエーリヒがギルドの外に出ると、外は暗くなっていた。
町に着いた頃は活気に溢れていた大通りは、今となっては通行人も殆んど居らず、幾つかの店は閉店になっている。
「色々やってる内に、かなり遅くなっちまったな。もう"宴"が始まってなければ良いんだが………」
「ああ、それなら大丈夫だよ。話によると、連中が始めるのは結構遅い時間らしいから」
夜空を見上げて不安そうに呟く神影に、エーリヒが言った。
「ところで、例の場所にはどの機体で行くんだい?」
「そんなの決まってる、第1世代ジェット戦闘機だ」
神影は即答した。
エーリヒはあのように言ったが、もしかしたら本来より早く"宴"を始めるかもしれない。
そう考えると、早く目的地に着いた方が良い。
それに、捕まっている女性達の心理状況も考慮すると、尚更だ。
レシプロ機以上の速度で飛び回るため、機銃や爆弾等を上手く当てられるのかと言う問題もあるが、それに関する問題は、既に解決していた。
「(対地攻撃なら、コイツが適任だからな)」
航空兵器の一覧から『第1世代ジェット戦闘機』のリストを選び、その中に表示されている1機のジェット戦闘機に、神影は目をつけていた。
"ホーカー・ハンター"──
イギリスで開発された第1世代ジェット戦闘機の1つで、他の機体と比べて後半からの登場となったものだ。
世界が超音速機の時代へ移行しつつある中での登場だったために、戦闘機としては若干性能不足な面があったが、低空域での機動性や、武装の搭載量に長けた対地攻撃機だ。
神影はこの機体を使って黒尾のアジトに殴り込みを仕掛け、黒尾を全滅させようと考えていたのだ。
「エーリヒ、"ハンター"で行くぞ」
「………ああ、ホーカー・ハンターだね?了解だよ」
"航空傭兵"になった影響か、神影が口にした名前から、彼がどの機体を選んだのかを瞬時に理解するエーリヒ。
それから神影の指示を合図に、2人は機体を展開した。
2人の体が目映い光に包まれ、通行人や冒険者達は、軽くパニックを起こす。
そんな中、2人の体には戦闘機のパーツが装着されていく。
その配置は、神影が以前装着したF-86と殆んど同じものだった。
両足はブーツのような装甲に覆われ、臀部からは、エンジンノズルや垂直尾翼が一体化したパーツが尻尾のように伸びている。
下腿からは水平尾翼が外向きに現れ、背中からは後退翼の主翼が生えた。
そして両腕を覆う装甲には、ハンターの固定武装である30㎜リヴォルヴァーカノンが、各々の腕に2門ずつ装着された。
そして光が消えると、変わり果てた姿で現れた2人に、町の人間達は、信じられないとばかりに目を見開いた。
「お、おい。ありゃ一体何だ?」
「何か、変な形の鎧だな………恐らく、魔道具的な何かだろ」
「今日登録したばかりだってのにそんなの持ってんのかよ…………あの坊主共、何者だ?」
冒険者や通行人達から、次々に疑問の声が上がる。
「うわぁ………」
そんな状況を気にした様子も無く、エーリヒは今まで地上から眺めるだけだった戦闘機を自分が纏っていると言う状況に、感嘆の溜め息をつく。
そんな彼に苦笑を浮かべ、機体を離陸モードに移行させながら、神影は口を開いた。
「エーリヒ、感動する気持ちは分かるが、もう任務中だぞ」
「あ、ああ。ゴメン」
少し慌てた様子でそう言ったエーリヒは、神影と同じように、機体を離陸モードに移行させた。
各々の足の裏からは、まるでローラーシューズのように車輪が競り出し、主翼やノズル、そして水平尾翼が、地面に対して水平になるよう、角度を変える。
「(流石は"僚機勧誘"。戦闘機を使える能力を与えるだけではなく、使い方も全て叩き込んでるんだな)」
そんなエーリヒを横目に、神影は内心そう呟いた。
それから2人は、ハンターのエンジンを始動させた。
最初は小さかった音が、エンジンに意識を向けるに連れて大きくなっていき、それはやがて、屋内に居る住人達が何事かとばかりに外に出てくる程の轟音になる。
《うわっ、人がワラワラ出てきたよ………》
エンジンの轟音で自分の呟きが掻き消されると思ったエーリヒは、早速"僚機念話"を使って神影に話し掛けた。
《そりゃ仕方無い事さ。ついこの間までは、こんなの存在しなかったんだからな》
神影もエーリヒと同じ考えなのか、"僚機念話"で返した。
《まあ、町の人達には悪いが、今は戦闘機の事を説明してる時間は無いからな…………行くぞ!》
《う、うん!》
そうして、2人はエンジンの出力を上げて地面を滑走する。
轟音と共に迫り来る2人に住人達が驚く中、彼等の足の裏から競り出ている車輪が、地面から離れた。
それから自動的に飛行モードの体勢に変わった2人は、体を傾けて門を通過すると、上昇すると共に進路を調整し、黒尾のアジトへと向かうのだった。
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場所は変わって、此処はヴィステリア王国とクルゼレイ皇国の国境線上に位置する山岳地帯。
其所に根城を構えている盗賊団"黒尾"の男達は、今夜開かれる"宴"の準備をするべく、砦の中を動き回っていた。
そんな彼等は、揃いも揃って下卑た笑みを浮かべていた。
あちこちの村から盗んできた食料を貪り食い、拐ってきた女達を裸で踊らせ、自分達の性の捌け口にして楽しみ、最後には奴隷商人に売り飛ばす。
一般人が聞けば吐き気を催すような非道極まりない行為だが、彼等にとって、それは伝統行事のようなもの。罪悪感など、当然ながら全く無いのだ。
「しっかし、"宴"ってのは準備するのが一番面倒なんだよなぁ………」
蓙を敷き終えた1人の男が、大きく体を伸ばしながらそう呟いた。
「そう言うなよ。後少しで美味い食いモンや女にありつけるんだぜ?まあ数は此方の方が多いから、マワす形になるだろうがな」
「つか、お前は蓙敷くだけなんだから明らかに楽な方だろうが。文句言うな」
そんな彼に、拐ってきた女達を踊らせるステージを作るための丸太を運んでいる2人組の男が言う。
「そうだけどよぉ、それなら見張りやってる奴はどうなるんだ?」
その言葉に、2人は返す言葉を失った。
彼等"黒尾"が根城にしているのは、周囲を険しい岩場に囲まれた平地。
その岩場には幾つもの穴が掘られており、それらは全て、彼等が休むための部屋や、盗んだ食料や金目のものを置いておくための倉庫として使われている。
その中でも一際目立っているのが、槍や斧を肩に担いだ2人組の男に守られている穴だ。
この奥には牢屋があり、拐ってきた女性達を閉じ込めておくのだ。
「俺等がせっせと準備してる中、見張りの奴は女共の体を見放題なんだぜ?」
「まあ、そりゃそうだが………」
それについては同意らしく、男は左手の指で頬を掻いた。
「まあ、そのストレスは女共とヤりまくって発散するか」
「そうだな。こんなショボくれちゃあ、せっかくの"宴"も楽しめねぇよ」
「恥ずかしそうに乳揺らしながら踊って、俺等にヒィヒィ言わされるのが目に浮かぶぜ!」
そう言って、ゲラゲラと下品な笑い声を響かせる男達。
彼等の会話が聞こえていたのか、周囲の男達も下卑た笑みを浮かべ、自分達に犯される女達の姿を想像しながら、"宴"の準備を再開するのだった。
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それと同じ頃、洞穴の奥にある広めの牢屋には、リーネが言っていたエレインを含めた23人の女性達が閉じ込められていた。
盗賊に狙われるだけあってか、全員が美女、美少女で、揃いも揃って巨乳の持ち主だ。
人数の割合で言えば、冒険者と思わしき3人の少女と、エレイン。そして残りが、村から連れ去られてきた女性達だ。
元々着ていた衣類や装備は全て剥ぎ取られており、今は胸や腰回りにボロ布を巻き付けるだけと言う何とも粗末な姿にされ、両手足を縛られている。
布が足りなかったのか、中には全裸で居る事を余儀無くされている者も居り、胸や秘部を隠すように、近くに居る者と身を寄せ合っている。
そんな彼女等が、見張りをしている男の良い見物になるのは言うまでもないだろう。
「いやぁ~、今日の俺はマジで運が良いぜ。見張り役になったお陰で、こんなにもエロい女共を見放題なんだからな」
粗末な椅子の上で胡座をかき、ねっとりした不快な眼差しを向け、舌舐めずりする見張りの男。
「アンタ達みたいなゲスな男共なんかに、絶対犯させてやらないんだからッ!」
そんな彼に女達が怯える中、薄い紫色の髪をハーフアップにして、頭部左側面の髪をストレートに下ろした、神影やエーリヒと同い年ぐらいの少女が叫ぶ。
そのコバルトグリーンの瞳には、何をされようと屈しないと言う強い意志が宿っていた。
「ほう、中々言うじゃねぇか。そう言うのは嫌いじゃないぜ」
椅子から立ち上がった見張りの男は、自分と女性達を隔てている木の格子に近寄った。
「だがなぁ、お嬢ちゃん。もう少し自分の立場ってのを考えた方が良いぜ?丸腰で、しかも身を守るのはそのボロ布だけ…………そんな状態で、お前等の2倍は居る上に、今まで誰も討伐出来ていない俺等に勝てるとでも思ってんのか?」
「くっ………!」
嘲笑を浮かべて言う男に、その少女は歯軋りする。
「それに、その強い瞳の中から恐怖を感じるぜ…………犯されるのが怖いんだろ?なぁ」
「…………ッ!」
男の言葉に、その少女は目を見開いた。
「図星みてぇだな…………まっ、それを聞いたところでお前等の運命は変わらねぇんだがな!」
その言葉に、遂に少女の怒りが限界を迎えた。
「殺してやる………アンタ達なんて、皆殺しにしてやる!」
「おお、怖い怖い。だが、今にお前も、俺等と一緒に快楽の虜になるんだぜぇ?」
装備を全て奪われて縄で拘束されている自分達に対して、何時でも武器を振り回す事が出来る上に、数や強さでも優位に立っている事で良い気になっているためか、男の態度は最後まで崩れない。
いっそ、格子の間から顔だけを出して噛みついてやろうかと少女が思った時、外から男を呼ぶ声が響いてきた。
「おっと、お呼びが掛かっちまったか…………そんじゃ、残り少ない処女生活、精々楽しみな!また"宴"で会おうや!」
それだけ言うと、男は下品な笑い声を響かせながら去っていった。
「………ッ!待ちなさい、このクソ野郎………痛ッ!?」
整った顔を憎悪に染めて怒鳴る少女は、格子の間から顔を出そうとするが、自身を縛っている縄がそれを許さない。
ミシミシと音を立てる縄に豊満な体を締め付けられ、彼女は苦痛で表情を歪めた。
「落ち着きなよ、アメリア」
そんな彼女を宥めるように、彼女の仲間と思わしき黒髪ロングヘアに透き通った赤紫の瞳を持つ少女が言った。
「オリヴィア!?でも、彼奴………!」
「君の気持ちは分かるよ。ボクだって、縄が無ければ彼奴等を殺してやりたい」
「それなら………ッ!」
尚も言い募ろうとするアメリアだが、それを遮るように、オリヴィアが言葉を重ねた。
「でも、今こうして縛られている状態では、ボク達に出来ることなんて無い。彼奴等が隙を見せる時を待とう」
「ん………オリヴィアの、言う通り………一先ず、落ち着く………」
「ちょっと、ニコル。貴女まで………」
ツインテールのブロンド髪や碧眼に加え、3人の中では一際大きな胸を持ちながら、座っている状態でも小柄である事が分かる少女、ニコルにもそう言われ、アメリアは先程までの勢いを失った。
「………………」
そんな中、牢屋の隅では桃色のロングヘアを持つ1人の女性が、恐怖で泣き出す外の女性達を必死に宥めていた。
自分でも、数分後にはやって来る残酷な未来に怯えているのに、自分の気持ちを後回しにしてでも、周囲を気遣っている。
彼女、エレイン・ディスコルディアは、縛られて自由の利かない体を必死に揺らして、怯える女性達に寄り添うのだった。
せめて、逃がした教え子が無事である事を祈りながら。