第37話~初めての僚機と、ギルドでの話~
「さて…………始めるぞ?」
「ああ。何時でも良いよ、ミカゲ」
黒尾を討伐する事に決めた神影とエーリヒは、ギルドの屋根の上で向かい合っていた。
エーリヒの額に手を当てた神影が言うと、エーリヒは頷いた。
これから、神影が"僚機勧誘"を使って、エーリヒの天職を書き換えるところなのだ。
「………"僚機勧誘"」
神影がそう言うと、彼の手が光を帯び、エーリヒへと伝わっていく。
「………ッ!」
頭の中に多くの情報が流れ込んでくる事で起こった軽い頭痛に表情をしかめるエーリヒだったが、天職のコピーが完了するまで、苦悶の声を発する事は無かった。
「良し、これで天職はコピー出来た筈だが………エーリヒ、体の方はどうだ?」
光が消えると、神影はエーリヒの額から手を離し、彼が体に異常を来したりしていないか訊ねる。
「いや、大丈夫だよ…………ちょっと、頭が痛かったけどね」
そう答えたエーリヒは、ステータスプレートを取り出して今のステータスを確認する。
名前:エーリヒ・トヴァルカイン
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:七光り魔術師
天職:航空傭兵
レベル:28
体力:600
筋力:590
防御:590
魔力:1350
魔耐:1350
敏捷性:850
特殊能力:詠唱破棄、全属性適性、全属性耐性、魔力感知、魔力操作、魔力応用、物理耐性、空中戦闘技能、僚機念話
「おお………」
"航空傭兵"に関する特殊能力が増えた事に、エーリヒは感嘆の溜め息をついた。
不名誉な称号は相変わらず健在だが、天職が"魔術師"から"航空傭兵"へと変わり、特殊能力も一気に増えた事を考えると、称号なんて些細なものは気にならなかった。
「うん、ちゃんと天職をコピー出来てるな。これで問題無し…………ん?」
ステータスを覗き込み、満足そうに感想を述べる神影は、見慣れない特殊能力を視界に捉えた。
「"僚機念話"………?そんな特殊能力あったか?」
疑問を口にしながら、彼もステータスを開く。
名前:古代 神影
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:異世界人
天職:航空傭兵
レベル:30
体力:810
筋力:790
防御:790
魔力:500
魔耐:480
敏捷性:1200
特殊能力:言語理解、僚機勧誘、空中戦闘技能、物理耐性、麻痺耐性、魔力操作、魔力応用、自動強化、僚機念話
「あっ、ステータス値がちょっとだけ上がってる」
以前と比べて上昇したステータス値を見てそんな感想を溢す神影だったが、一旦その事は脇に置いて本命の"僚機念話"を見つけると、直ぐに説明欄を開いた。
《僚機念話》
同じ"航空傭兵"の天職を持つ者同士で通信するための能力。
誰かに自分の天職をコピーすると、その者達との間で使用可能になる。
何処に居ても基本的に話せるが、能力無効化の魔道具をつけられると使えなくなる。
「(成る程な…………俺がエーリヒに天職をコピーして僚機にしたから、こうして使えるようになったって事か)」
説明を読み終えた神影は、そのように推測した。
何はともあれ、ステータス値が上がり、それに加えて役に立ちそうな特殊能力が手に入った事に、神影は頬を緩めた。
「それじゃあ、行こうか」
「ああ!」
2人は屋根から飛び降りると、それに驚く通行人達を無視してギルドのドアを開け放ち、中に足を踏み入れる。
「えっと、リーネさんは…………ああ、居た居た」
キョロキョロと辺りを見回した神影は、相変わらず食事スペースの隅の席に居るリーネを視界に捉えた。
あれから誰も、エレイン達の救出に名乗りを上げる者は居なかったらしく、泣き止んではいるものの、まるで生きる気力を失ったかのように項垂れている。
それを見た2人は、互いに顔を見合わせて頷くと、彼女の元に歩み寄った。
「リーネさん………でしたよね?」
「………はい」
神影がおずおず声を掛けると、リーネはゆっくりと振り向いた。
町を歩けば、間違いなく多くの者に注目されるであろう可愛らしい顔には生気が無く、エーリヒと同じエメラルドグリーンの瞳は、まるで余命3日を宣告された患者のように光を失っていた。
「少し、話があるんですが…………良いですか?」
「……………分かりました」
半ば投げ遣りな様子で返事を返して、ゆっくりと立ち上がるリーネ。
そんな彼女の手を引き、神影とエーリヒはカウンターまで行くと、例の受付嬢に声を掛け、部屋を貸すように頼んだ。
「………一体、どのようなご用で?」
「それは、まあ………ね?」
怪訝そうな表情を浮かべて訊ねてくる受付嬢にそう言って、神影はチラリと、リーネに視線を向ける。
「ま、まさか………!?」
その仕草から、神影とエーリヒが何をするつもりなのかを悟った受付嬢は、ドタバタと足音を響かせながら階段を駆け上がり、1分もしない内に、イーリスを引っ張って戻ってきた。
急に連れてこられたらしく、最初は何事かと戸惑っていたイーリスだが、リーネと、その傍に居る神影とエーリヒを見て、何が起こったのかは直ぐに悟った。
「………取り敢えず、支部長室に行こう。其所なら邪魔は入らない」
駆け出し冒険者が、城の騎士団でさえ手を焼く存在である黒尾に挑むなんて、自殺行為以外の何物でもない。
だが、2人の目を見て何かを感じ取ったイーリスは、先に立って支部長室へと歩き出す。
神影とエーリヒは、話についてこられていないリーネを連れて、イーリスの後を追うのだった。
──────────────
「そ、それで…………お話、とは?」
訳が分からないままに支部長室に連れてこられ、高そうなソファーに座らされた事に未だ戸惑っているらしく、おずおずと疑問を口にするリーネ。
そんな彼女に、神影は率直に言った。
「リーネさんからの依頼を、俺達に受けさせてほしいんです」
「……………え?」
暫く沈黙した後、リーネの口からは、間の抜けた声が漏れ出した。
「連れ去られたエレインさんや他の女性達の救出を、彼等が引き受けると言っているんだよ」
「えっ……………ええ!?」
彼女の隣に座ったイーリスが言葉を付け足すと、リーネは目を見開いた。
「ほ、本当ですか!?相手は、あの黒尾なのですよ!?」
身を乗り出して、反対側のソファーに座っている神影とエーリヒに詰め寄るリーネ。
「ええ、本当です」
「…………ッ!」
神影が頷くと、先程まで引っ込んでいた涙が、再びリーネの目尻に浮かんだ。
「良かった………やっと……依頼を、受けてくれる、人に……会えた……ッ!」
嗚咽を漏らしながら、リーネはその場に崩れ落ちるのだった。
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それから暫くしてリーネが泣き止むと、2人は黒尾に関する詳しい情報を確認した。
リーネによると、彼女の村が襲われるよりも前に、既に黒尾に捕まっている女性が居るらしく、彼等が"宴"を開くのは、間違いなく今夜との事だ。
「今の時刻は…………もうこんな時間か」
神影は、支部長室の壁に掛けられている時計に目をやった。
思いの外時間が流れていたらしく、時計の針は、午後7時を指している。
「グズグズしちゃ居られねぇな………なあ、エーリヒ」
神影は、隣に座っているエーリヒに目を向けた。
「ぶっつけ本番で、離陸から戦闘まで出来るか?」
「勿論だよ」
エーリヒは即答した。
「何度も君の飛行訓練を見ていたし…………何より、君から能力を貰ったからね。きっちりやり遂げてみせるよ」
「そうか…………頼むぜ、2番機」
満足そうな笑みを浮かべて言う神影に、エーリヒは頷いた。
そして立ち上がった2人は、そのまま支部長室を出ていこうとする。
「あ、あの!」
そして、ドアノブに手を掛けたところでリーネに呼び止められ、神影は顔だけ彼女の方に向ける。
「え、えっと……その………」
しどろもどろになっていたリーネだが、何とか落ち着きを取り戻して言った。
「依頼を受けてくださって、ありがとうございます!先輩達の事、よろしくお願いします!」
「駆け出し冒険者の君達に頼るなんて、ギルド支部長として情けない限りだが…………私からも、よろしく頼む」
そんな彼女等を暫く見つめ、神影は敬礼した。
「了解。必ず全員助けて、此処に戻ってきます」
そう言って、2人は今度こそ支部長室を後にするのだった。