第35話~新たな能力と事件~
初めての依頼を無事に達成し、魔石等の回収を終えた神影とエーリヒは、依頼完了の報告をするためにルージュへ向けて足を進めていた。
「それにしても、まさか都合良く魔物の群れに出会すとは思わなかったね」
「ああ、そのお陰で見ろ。ゴブリンや他の魔物の魔石も手に入った。一気に資金が増えるぜ」
討伐の証明として持ってくるように言われているゴブリンの耳、それからゴブリンの魔石の他にも、オークやコボルトの魔石を詰め込んだためにパンパンに膨れ上がっている袋を持ち上げ、神影はそう言った。
彼等が受けた依頼の内容は、ゴブリン5体の討伐。
だが、実際に彼等が出会したのは、ゴブリン10体にオーク3体、コボルト7体で構成された群れ。
本来討伐するべき数の2倍のゴブリンの討伐に成功した上に、オークやコボルトと言った、別の魔物の魔石もついでに手に入れる事が出来た。
その魔石はギルドで売れるため、神影はホクホクした笑みを浮かべていた。
「(それにしても、まさか城を出てからこんな成果を挙げるとは思わなかったな………)」
満足そうに笑っている神影を横目に見ながら、エーリヒは内心そう呟いた。
未だ城を出る前の頃、他の勇者や騎士団員達に見られないよう、人気の無い城の裏を利用していたためにあまり暴れる事が出来ず、成長具合も今一つだった2人。
だが城を出てからは、勇者達の目を気にせずのびのびと訓練に励めると言うのもあってか、城で訓練していた頃より大きく成長するようになっていた。
それに、今回の依頼で彼等が討伐した魔物の数は、合計20。
つまり神影とエーリヒは、20対2と言う数だけ見れば圧倒的に不利な状態で魔物達と戦い、蹂躙したと言う事だ。
勇者パーティーから外されて城の裏でひっそりと訓練していた頃からは考えられないような成長ぶりである。
「(そう言えば、ステータスはどうなったのかな………?)」
20体もの魔物を倒したのだから、レベルもそれなりに上がっているだろうと予想しつつ、神影はステータスプレートを取り出して眺める。
名前:古代 神影
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:異世界人
天職:航空傭兵
レベル:30
体力:780
筋力:760
防御:760
魔力:490
魔耐:470
敏捷性:1160
特殊能力:言語理解、僚機勧誘、空中戦闘技能、物理耐性、麻痺耐性、魔力操作、魔力応用
やはり多くの魔物を倒しただけあって、レベルが上がっているのは勿論だが、ステータス値も大きく上昇していた。
特に敏捷性に至っては、ステータス値の桁が4桁になっている。
「(それにしても、随分とステータス値が上がったよな。勇者でもねぇのに)」
内心そう呟きながら航空兵器の一覧を開こうとした、その時だった。
『一定レベルに達したため、特殊能力がアンロックされました』
またしても、あの無機質な女性の声が脳裏に響く。
今回新たに使えるようになったのは、戦闘機ではなく、特殊能力のようだ。
「(特殊能力ねぇ………ステータスプレートに書かれてるのは前のと同じなのに………)」
神影はステータスプレートを見ながら、依頼遂行前のステータスと今のステータスを比べるが、やはり彼の持つ特殊能力は以前のままだ。
壊れているのではないかと思い、エーリヒに訊ねようとした時………
「………ん?」
プレートの特殊能力の欄に、新しく文字が浮かび上がってくる。
新たにに浮かび上がった文字を見た時、神影は目を見開いた。
"自動強化"──
すかさず説明欄を開くと、レベルアップや訓練をしなくても身体が自動的に強化されてステータス値も上がると言う、何ともチートな能力だった。
残念ながら、ステータス値が一気に10や100上がる訳ではなく、少しずつ上がる程度なのだが、それでも十分強力な能力である事は確かだ。
しかも、この能力は常時発動しているため、今こうしている間にも、神影の身体は強化され、ステータス値も僅かながらに上がっていると言う事になるのだ。
「ははっ、こりゃ参ったな………こんなチート能力貰えんのかよ…………」
「………?ミカゲ、どうしたの?」
額に手を当てて乾いた笑みを浮かべる神影に、エーリヒが怪訝そうな表情を浮かべて訊ねる。
「ああ、実はな………」
神影は、自分の今のステータスを話すと共に、新たに追加された特殊能力について話した。
「何もしなくてもステータス値が上がるなんて………規格外な能力だね」
「ああ、俺もそう思うよ」
苦笑を浮かべて言うエーリヒに、神影はそう返した。
それからエーリヒのステータスを確認したところ、彼のステータスは以下の通りだ。
名前:エーリヒ・トヴァルカイン
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:七光り魔術師
天職:魔術師
レベル:28
体力:600
筋力:590
防御:590
魔力:1350
魔耐:1360
敏捷性:850
特殊能力:詠唱破棄、全属性適性、全属性耐性、魔力感知、魔力操作、魔力応用、物理耐性
「………流石は魔術師と言うべきか、魔法には強いんだな」
「どうやら、そうみたいだね」
そう返し、エーリヒは微笑を浮かべた。
そうしている内に、ルージュの町が見えてくる。
2人は早く依頼達成の報告をするため、町へ向けて走り出すのだった。
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「………で、何この状況?」
「さ、さあ……?」
2人が町に戻ってきた頃には、もう日が傾き始めていた。
依頼達成の報告をするべく、ウキウキとギルドに入ってきた神影とエーリヒだが、登録しに来た時の賑やかな雰囲気とはうって変わって、まるで葬式のようにどんよりした雰囲気を漂わせているギルド内の様子に困惑する。
周囲を見渡せば、冒険者やギルド職員達が、気まずそうな、気の毒そうな表情を浮かべ、ある一点に目線を集中させている。
そちらに目を向けると、長い金髪を後頭部で1束に纏めた、神影やエーリヒと同い年程度の少女が、食事スペースの隅の席で啜り泣いているのが目に留まった。
神影達は、取り敢えず受け付けカウンターへと向かい、先程の受付嬢に依頼達成の報告を済ませ、ゴブリンの耳や魔石を袋から出してカウンターに広げた。
それらを受け取った受付嬢が、神影の分とエーリヒの分に分けてカウンターに置いていく。
そんな様子を見ながら、神影が然り気無く話題を振った。
「さっきと比べて凄くどんよりしてますが、何かあったんですか?」
「ッ……え、ええ……それが………」
神影達が駆け出し冒険者であるためか、一瞬、言うのを躊躇うような仕草を見せる受付嬢だったが、この雰囲気では誤魔化そうとしても意味は無いと悟り、話し始めた。
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始まりは、神影とエーリヒが魔物狩りに出掛けてから暫く経った頃、ギルドのドアが勢い良く開け放たれて、例の少女が飛び込んできた事だった。
彼女はリーネと言い、このルージュから南東に20㎞離れた所にある村の教会の聖女見習いで、先輩シスターであるエレインと共に働いていたのだが、数時間前に村が盗賊に襲われ、エレインが、村の若い女性達と共に連れ去られてしまったのだと言う。
彼女に逃がされたために捕まらずに済んだリーネは、助けを求めてルージュにやって来たのだが、誰も向かえないらしい。
それなら他を当たれば良いのだが、この周辺にギルドがある町は無く、一番近い町でも王都だ。つまり、移動時間を考えると、今日中に救出に向かえる者は居ない事になるためにこうなっていると言う訳なのだ。
「成る程………でも、なんで誰も向かえないんですか?冒険者ならこんなに居るのに」
「そ、それは………」
「それは私が説明しよう」
神影の質問に、答えるべきか否かと悩む受付嬢だが、其処へ、2階へ続く階段の方から女性の声が響いた。
そちらへ視線を向けると、若干ウェーブしたクリーム色のロングヘアに赤縁の眼鏡を掛けた女性が近づいてきていた。
「し、支部長………」
「「はい?」」
小さな声で呟いた受付嬢に聞き返す神影とエーリヒだが、受付嬢が言い直すより前に、"支部長"と呼ばれた女性が口を開いた。
「初めまして。私はイーリス・カートリップ、此処の支部長をしている者だ」
「はあ、どうも………ミカゲ・コダイです」
「え、エーリヒです………」
落ち着いた様子で話すイーリスに、神影とエーリヒも挨拶を返した。
「さて、早速君の質問に答えるけど………その盗賊団が、"黒尾"だからだよ」
「ッ!?」
「………"黒尾"?何それ?」
エーリヒが驚きのあまりに目を見開いている傍らで、神影は聞き慣れない単語に首を傾げていた。
「おや、知らないのかい?"黒尾"と言うのは、この国や隣国では結構有名な盗賊団だよ」
そんな彼にそう言ったエーリヒは、話を続けた。
曰く"黒尾"は、このヴィステリア王国と、その東に隣接するクルゼレイ皇国との国境線上にある山岳地帯を根城にしており、メンバーが少なくとも40人は居るとされている、それなりの規模を持つ盗賊団だ。
王国内、または隣国の領土内での近い村や商人、または冒険者を襲っては、食料や金品、はたまた若い女性を拐ってアジトに連れていき、性の捌け口にして楽しんだ後、奴隷商人に売ると言う残忍極まりない盗賊団だと言うのだ。
「質の悪い事に、連中は大人数な上にレベルも結構高いから、並大抵のレベルの冒険者じゃ、何人で挑んでも返り討ちにされるんだよ。それが女性だったら……………ね?」
『言わなくても分かるだろ?』とばかりの表情を浮かべ、エーリヒは肩を竦める。
「………まあ、彼の言う通りの連中なんだ」
イーリスが口を開いた。
「助けに行きたいのは山々なんだけど、分が悪すぎるんだ。何せ、国の方でも手を焼いているくらいだからね。現役時代はそれなりにブイブイ言わせてた私でも、勝算があるかは分からない…………あの見習いシスターの娘には気の毒だけど、今回ばかりはどうしようもないんだ」
そう言って、イーリスは悲痛な表情を浮かべる。
「……………」
彼女を見た次に、未だに啜り泣いているリーネに目を向けた神影は、顎に手を当て、何かを考え始める。
そんな彼を見たエーリヒは、怪訝そうな表情を浮かべて話し掛けた。
「ミカゲ、どうしたの?」
「い、いや。何でもないんだ………」
そう言う神影だが、啜り泣くリーネに何か話し掛けているイーリスに視線を移しては、複雑そうな表情を浮かべている。
彼女等を助けたいが、何か大きな枷に邪魔をされているようにも見えた。
エーリヒは、そんな神影の手を握って話し掛けた。
「ねえ、ミカゲ。ちょっと来てくれるかな?」
「………?い、良いけど………」
神影が戸惑いながらも頷くと、エーリヒは彼をギルドから連れ出すのだった。