第27話~離脱・後編~
「えっと………教材に筆記具、制服、弁当箱に水筒…………良し、コレで忘れ物は無いな」
一旦エーリヒと別れて部屋に戻ってきた神影は、持っていく荷物の確認作業を行っていた。
この城に戻ってくる事はもう無いだろうと考えているため、何1つとして忘れ物をしないよう、確認作業は普段学校に行く前に行っていた時よりも念入りなものになっていた。
そして忘れ物が無い事を確認した神影は、ボストンバッグを肩から提げてサブバッグを背負い、長剣を右手に持った。
そして部屋のドアを開け、廊下へ半歩踏み出すと部屋の中へと視線を向ける。
「……短い間だったが、お世話になりました」
そう言ってドアを閉めた神影は、幸雄の部屋の前へ移動すると、ボストンバッグから例の羊皮紙を取り出し、ドアと床の間から中へ送り込んだ。
そして、その隣にある太助の部屋のドアと交互に見る。
「今まで、世話になったな…………また機会があったら会おうぜ」
小さくそう言って、神影は自然と目に浮かんできた涙を拭った。
学校中の男子生徒から嫌われるようになっても普段と変わらず接してくれる2人は、神影にとっての心の拠り所だった。
頭が良い割には何時もおちゃらけた雰囲気で楽しませてくれた幸雄や、真面目だが、何処か天然な部分があった太助。
神影が今日まで折れずに居られたのは、幸雄や太助の2人、それから沙那達美少女3人組のお陰なのだが、彼女等3人よりも、この2人の存在の方が大きかった。
そんな2人と会えなくなるのだから、自分で決めた事とは言え、悲しくなるのは当然の事だった。
「行こう………これ以上居ても悲しくなるだけだ」
そう呟き、神影は踵を返してその場を立ち去った。
建物を出るまでの間、彼と擦れ違った騎士や魔術師達は、右手に長剣を持ち、大きな2つの荷物をユッサユッサと揺らしながら歩く神影を訝しそうに見ていたが、話し掛ける者は誰も居なかった。
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神影がやる事を終えて城の裏へ向かっている頃、エーリヒも城を出る準備を整え、着替えや教材を入れた大きなリュックを背負い、とある部屋の前に立っていた。
彼の右手には1枚の封筒が握られており、それには"退団届け"と書かれていた。
「今思えば、魔術師団長の部屋の前に来るのは初めてだな…………」
そう呟きながら、ドアをノックして名乗るエーリヒだが、返事は返されなかった。
部屋の明かりが消えており、ドアの鍵も閉まっている事から、魔術師団長は留守で、勇者達の訓練に行っているのだろうと予想を立てる。
「う~ん、辞める時は団長に直接渡さないと駄目なんだけど、帰ってくるのを待つなんてもっての外だし………こうするか」
エーリヒはその場にしゃがむと、神影が手紙を幸雄の部屋に送り込んだように、ドアと床の隙間から、封筒を中に送り込んだ。
「さてと、それじゃあ行こうかな………じゃあね、魔術師団」
神影とは違い、エーリヒは魔術師団に対して何の思い入れも無い。
勿論、魔術師団長も彼の事はぞんざいに扱っていたため、決まりに則って、律儀に団長の帰りを待つ気なんて毛頭無い。
そのため、彼はやる事を終えると、もう此処に用は無いとばかりにさっさと踵を返し、神影と合流するべく歩き出した。
騎士団員、魔術師団員達の寮を出て、城の裏へと歩みを進めるエーリヒは、同じく城の裏に向かっている神影の後ろ姿を視界に捉えた。
其処でエーリヒに、ある悪戯心が芽生える。
出来る限り気配を消して神影の背後に忍び寄り、声を張り上げた。
「ミカゲ!」
「ヴェッ!?」
後ろから声を掛けると、神影は奇声を上げて勢い良く振り返る。
そして声を掛けてきた人物がエーリヒだと分かると、安堵の溜め息をついた。
「な、何だ。エーリヒか………ビックリさせやがって」
「ククッ………ゴメンね、ミカゲ」
ジト目を向ける神影に謝るエーリヒだが、クスクス笑っているために反省の色は全く見られなかった。
実を言うと、エーリヒの悪戯好きは今に始まった事ではない。
学生時代とは違い、今の彼には肩書きや成績など一切関係無しに、真っ正面から自分を見てくれる友人が居る。
それが何よりも嬉しく、同時に安心したのもあり、時折、先程のように背後から忍び寄って驚かす程度の軽い悪戯を仕掛けるようになったのだ。
勿論エーリヒには、本気で悪意がある訳ではなく、この悪戯には、『ちょっと悪戯する程度なら、ミカゲは自分を嫌わない』と言う信頼が隠されていた。
「………やれやれ」
呆れたようにそう言う神影だが、その表情には笑みが浮かんでいた。
日本に居た頃、よく幸雄や太助とじゃれていた事もあり、神影はエーリヒの行動の意図を理解していたのだ。
そのため、彼はエーリヒからの悪戯を本気で嫌がるような事はしなかった。
「まあ取り敢えず、待ち合わせる暇が省けた訳なんだから、さっさと行こうぜ。お互い、コレ見られたらマズいからな」
「フフッ………了解だよ、ミカゲ」
相変わらずクスクス笑いながら返事を返したエーリヒは、自分の胸についているバッジを外した。
これは、騎士団や魔術師団と言った、国の軍隊に所属した者につけられるものだ。
だが、もう退団届けを出したエーリヒにそんなものは必要無く、寧ろ邪魔になるものだった。
「………さよなら」
それだけ言うと、彼は先に歩き出した神影の後に続きながら、バッジを無造作に放り投げる。
高く舞い上がったバッジは、やがて重力に従って落下を始め、地面に叩きつけられたが、その音は神影やエーリヒの耳には入らなかった。
それから2人は、敷地内の警護をしている衛兵や、談笑している貴族達から訝しそうな眼差しを浴びながら歩みを進め、遂に、敷地内へ入るための門に差し掛かった。
其所では槍を持った2人の衛兵が立っているが、神影とエーリヒは構わず通過しようとする。
「止まれ!」
だが、やはりと言うべきか、衛兵達は各々が持つ槍を交差させて2人の行く手を遮った。
「お前達、何処へ行こうとしている?」
衛兵の1人が、神影とエーリヒを睨みながら訊ねる。
一応、異世界から召喚された面々は殆んどから敬語で話されているのだが、神影は"役立たず"であり、衛兵もそれを知っているのか、普通に高圧的な話し方をしていた。
「ちょっと遠征して、迷宮で訓練するだけさ」
エーリヒが神影の前に立って嘘を言うと、衛兵達は目を丸くした。
「お前達が………」
「遠征で迷宮に………?」
そう言った2人の衛兵は、互いに顔を見合わせた後、槍を引き寄せ、腹を抱えて笑い始めた。
「くはははっ!たった2人で迷宮に行くのか!?」
「じ、自殺行為以外の何物でもないだろ!片や昨日の模擬戦で無様晒した成り損ないで、片や士官学校の落ちこぼれじゃないか!」
何がそんなに面白いのか、目尻に涙を浮かべてゲラゲラと笑い転げる衛兵達。
「このクズ共が、何も知らない癖に………!」
エーリヒが険しい表情を浮かべるが、神影が肩に手を置いた。
「ミカゲ………?」
振り向いたエーリヒに向かって首を横に振ると、神影は衛兵達に話し掛けた。
「あのさぁ、そうやってゲラゲラ笑ってる暇あんなら、さっさと通らせてくんね?どうせアンタ等からしたら、俺等なんて"不要品"なんだろ?なら、態々俺等の事を気にする必要なんてねぇだろうが」
態と自分達を卑下するような言葉をぶつける神影。
下手に怒って話を拗らせるより手っ取り早いと思ったが故の、この言葉だった。
因みに今の神影は、長剣を野球のバットのように肩に担いで軽く打ち付けており、『さっさと通せ』と言わんばかりに鋭い視線を向けていた。
「ッ………コイツ、成り損ないの癖に生意気な口を……!」
「おい、チック。落ち着け」
その態度に腹を立てたのか、眉間に皺を寄せ始めた衛兵の1人、チックをもう1人の衛兵が宥める。
そして神影達の方を向き、口を開いた。
「ああ、お前の言う通りだよ………ホラ、さっさと行け」
そう言って衛兵達が道を開けると、2人は何も言わずに衛兵達の間を通り過ぎていった。
後は何1つとして気にせず城下町を通り抜け、遂に王都へ出入りするための門を潜り、2人は王都の外に広がる、何度も夜間飛行の訓練に使った広野の土を踏みしめた。
その後、自然と頬が緩みそうになるのを何とか堪えつつ無言で歩き続ける2人。
そして、王都が遥か後方に見える程に離れると、思い荷物を背負っているのも構わず、両手を勢い良く突き上げた。
「よっしゃあ!離脱成功!」
「あばよ王都!」
声を張り上げた2人は互いに顔を見合わせ、拳を付き合わせた。
「コレで、晴れて俺等は自由の身になれたな」
「うん!」
神影の言葉に、エーリヒが満面の笑みを浮かべて頷くが、その表情は直ぐに曇りを見せた。
「でも、ミカゲ。良かったのかい?君には友人が居たんだろ?」
エーリヒに訊ねられた神影は、彼と同様に表情を曇らせた。
「………そうだな。彼奴等への未練が無いと言ったら、嘘になる」
そう言って、遥か後方に小さく見える王都に視線を向ける神影。
「でも、どの道俺は追い出される身なんだ。お別れするタイミングが、ちょっと早くなっただけさ」
神影は、昨日聞いたカミングスとフランクの会話を話し、その内容を聞いたエーリヒは、カミングスに対して怒りを通り越して呆れの感情を抱いていた。
全く関係無い世界の住人を自分達の都合で巻き込んでおきながら、自分達が期待するようなステータスでなければ、やれ"成り損ない勇者"だと、"役立たず"だと蔑み、挙げ句の果てには追放しようとする。
それにフランクは反対した訳だが、神影の話の内容から、彼の本意ではなかったとは言え、カミングスの言いなりになって神影を模擬戦に参加させたと言う事に、エーリヒは怒りを覚えた。
──そうやって気遣いが出来るなら、何故もっと早くミカゲを気遣ってやらなかったのか?
──何故、カミングスの言いなりになったのか?
そんな気持ちが、エーリヒの心の中で渦を巻く。
「…………」
それを悟ったのか、神影は先程のようにエーリヒの肩へ手を置いた。
「ミカゲ………」
悲痛な表情で名を呟くエーリヒに、神影は微笑む。
「………ありがとな、俺のために怒ってくれて」
それだけ言うと、神影は前方へ視線を向けた。
「さあ、こんなシケた雰囲気はもう止めにして、さっさと行こうぜ」
「………うん!」
そうして2人は、先ず暫くの拠点となるであろうエーリヒの家へと向かうべく、彼の出身地であるルビーンへ向けて歩き出すのだった。
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