第26話~離脱・前編~
「……………」
翌朝、普段より早く目が覚めた神影は、レイヴィアが起こしに来るまでの間、ベッドに腰掛けて昨晩確認し忘れていた自分のステータスを見ていた。
名前:古代 神影
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:異世界人
天職:航空傭兵
レベル:5
体力:110
筋力:110
防御:110
魔力:60
魔耐:60
敏捷性:250
特殊能力:言語理解、僚機勧誘、空中戦闘技能、物理耐性、麻痺耐性
先日の模擬戦に加え、夜間飛行をした際に最高速度で飛び回り、急上昇や急降下、急旋回等も繰り返していたためか、能力値もそれなりに伸びていた。
体力、筋力、防御の数値も3桁になっており、神影は頬を緩ませた。
今まで数値が3桁なのは敏捷性だけだったため、それが一気に3つも増えたのが嬉しかったのだ。
レベルは上がっていないため、使用可能な機体は全く変わっていないが、それについては城を出てからレベルを上げていけば良い。
何せ城を出れば、クラスメイトや騎士団、王国上層部からの目はつかなくなるため、心置き無く戦闘機で魔物と戦えるのだから。
「………っと、何時までもボケッとしてる場合じゃねぇんだよな」
ベッドから立ち上がり、テーブルセットの傍にある鞄から筆箱を取り出すと、テーブルセットに腰を下ろし、羊皮紙の束の中から取り出した1枚を置く。
そして筆箱からシャーペンを引っ張り出し、ある文章を書き始めた。
「瀬上達には、色々世話になったからな………手紙くらい書かねぇと罰が当たっちまう」
スラスラとペンを動かし、文章を書きつけていく神影。
そして最後の1文を書き終えると、それを4分の1程度の大きさに折り畳んだ。
「良し、後はさっさと飯を終えて、瀬上の部屋に入れとくだけ………いや、いっそ今出るか?城の裏でエーリヒを待って、後はこの町を出る事を伝えれば…………」
そう呟いた時、背後でドアが開く音が鳴り、神影は大急ぎで、羊皮紙を鞄に隠した。
そして背後に顔を向け、意外そうな表情を浮かべたレイヴィアを視界に捉える。
「ミカゲ様………もう、起きていたのですね」
「え、ええ。ちょっと早く目が覚めたのでね」
それだけ言うと、神影はシャーペンを筆箱にしまい、鞄に突っ込んでファスナーを閉めた。
テーブルセットから立ち上がり、レイヴィアから今日の服を受け取ると、脱衣所に入って着替えを済ませ、畳んだ寝間着をレイヴィアに渡す。
「ミカゲ様…………何時も申し上げておりますが、衣類を畳んだりするのも私の仕事ですので、貴方は畳まなくても良いのですよ?」
苦笑を浮かべてそう言うレイヴィアだが、神影は首を横に振った。
日本に居た頃から、脱いだ寝間着は自分で畳む事が当たり前だった神影は、誰に何と言われようと、自分の寝間着を畳む事を忘れなかったのだ。
「いや、最低でもこれだけはしないと」
幾らレイヴィアがメイドで、主人の衣類の片付けも彼女の仕事だとしても、これだけは絶対に譲れないとばかりに、神影はそう言った。
「そうですか……………フフッ」
レイヴィアは微笑を浮かべた。
神影や一部を除いた殆んどの勇者達は、自分の身の回りをメイド達に任せており、VIP扱いな生活を満喫している。
そんな中、未だ異世界での生活に慣れていなかったとは言え、部屋を訪ねた自分のために態々ドアを開けたり、脱いだ寝間着を畳んでから渡す神影は、レイヴィアにとって色々な意味で面白い存在だったのだ。
「さて………んじゃ、ちょっと早いけど飯食いに行きますので」
そう言って部屋を出ようとする神影だが、レイヴィアは確かめたい事があると、神影を呼び止める。
「何ですか?」
振り返って訊ねる神影に、レイヴィアはある質問を投げ掛けた。
「つかぬ事を聞きますが、ミカゲ様は…………魔人族の事を、どのように思っているのですか?」
真面目な表情を浮かべて、彼女はそう訊ねた。
あの夜、同族や同盟国の王族が描かれた看板を射撃訓練の的にして、零戦の機銃掃射で木っ端微塵にする神影の姿を目撃したレイヴィア。
その時は怒りに任せて、何も知らなかった神影を睨み付けたり、的を用意したエーリヒを問い詰めてしまったが、それに戸惑う2人を見てからと言うもの、彼等がそれ程魔人族への敵意を抱いていないように見えたため、彼等の魔人族に対する認識を確かめようと思っていたのだ。
それが、ある人物からの命令と言うのもあるが、彼女の個人的な興味も含まれていたのは余談だ。
「魔人族をどう思うか、ですか………」
顎に手を当て、暫く悩むような仕草を見せる神影だったが、少しすると、コクりと頷いてレイヴィアの方を向いた。
「別に、どうも思いませんね」
「…………ッ!?」
その返答に、レイヴィアは目を大きく見開いた。
そもそも神影達が召喚されたのは、ヒューマン族VS魔人族&魔人族側に寝返ったヒューマン族による種族間戦争に勝利するためだ。
それはつまり、本来魔人族は、神影達から"敵"として認識される存在だと言う事を意味している。
それなのに、『何とも思わない』の一言で片付けてしまう神影の心理が、レイヴィアには理解出来なかった。
「まあ、敵なら敵で、何時かは戦わないといけなくなる訳ですが…………未だ実物には会ってませんからね。良い奴なら仲良くしますし、悪い奴なら敵として見る……………コレが返事じゃ、駄目ですかね?」
困ったような笑みを浮かべながら、神影は首を傾ける。
レイヴィアからすれば嬉しい答えだが、敢えて厳しい表情を浮かべてその言葉が本気で言ったものなのかを確認しようとする。
「………この王国は、人間主義を掲げています。つまり貴方の考えは、王国の主義に反する事になるのですよ?」
「知ったこっちゃないですね。実際に攻撃を受けた訳でもないですし………そもそも、出会った事も無い相手を一方的に悪って決められませんよ」
レイヴィアの言葉に、全く狼狽えた様子も見せず言ってのける神影。
他人の肩書きに対する興味が一切無く、分け隔て無く接する性格が、この場面でも効力を発揮していた。
それに加えて、彼がファンタジー世界に憧れていたと言うのもある。
日本に居た頃は、戦闘機に関するグッズを集めながら、ファンタジー系の創作物を読み漁っていた神影は、ヒューマン族以外の種族にも興味を持っており、この世界に来てからは、出来るならヒューマン族以外の種族とも交流を持ちたいと考えていたのだ。
たとえそれが、この国では敵としてみなされ、自分達が討伐するべき相手である魔人族であっても。
「……………」
神影を真っ直ぐ見つめるレイヴィアは、彼の言葉に嘘偽りが無い事を感じた。
「前々から思っていましたが………やはり貴方は、不思議なお方です。何時も私は、貴方にペースを乱されてばかり…………」
そう言うレイヴィアだが、彼女の表情から不快さは感じられず、寧ろ笑みを浮かべていた。
「でも、そんな貴方だから……私は、こんなにも………」
「……………?」
途中で口を閉ざしたレイヴィアに、神影が首を傾げる。
「レイヴィアさん?」
「…………1つだけ、約束していただきたい事があります」
おずおずと声を掛ける神影にそう言って、レイヴィアは歩み寄る。
そして、両手を神影の頬に添えた。
「どうか何時までも、その考えを忘れないでください。他人から聞いたものを無条件に信じるのではなく、貴方自身の目で見たものを、信じてください」
それだけ言うと、レイヴィア手を離して部屋を出ようとする。
「あ、そうだ…………レイヴィアさん」
神影は、立ち去ろうとするレイヴィアに声を掛ける。
そして、振り返ったレイヴィアにこう言うのだった。
「お疲れ様でした」
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それから食堂に行った神影は、功達からの嘲笑や、勇人からの説教染みた言葉を全て無視して普段通りに朝食を終えると、さっさと食堂を出て城の裏に来ていた。
「おはよう、ミカゲ。早いね」
珍しく遅れてやって来たエーリヒが声を掛けた。
「おう、飯食って直ぐ出てきたんでな」
「ははは………訓練熱心なのは良い事だけど、無理はしないでね?」
苦笑を浮かべながら、エーリヒは言った。
「まあ、それはそれとして…………ミカゲ、大丈夫だった?」
「………?何が?」
「模擬戦が終わってからだよ。君、クラスの殆んどの男子達から嫌われてるんだろ?何か昨日の事をネタにして嫌がらせされたりしなかった?」
「……………」
「まさか、何かされた?」
その言葉に、神影は暫くの沈黙の後に頷いた。
道中、擦れ違う騎士や魔術師、貴族達からの視線に晒されながら食堂にやって来た神影を待っていたのは、神影を嫌う男子達からの嘲笑だった。
勇人によって犯人探しが中止されたのもあって良い気になっている功達や、勝手にペア申請をした恭吾が神影を嘲笑い、他の男子達がニヤニヤと笑みを浮かべていたのだ。
勿論、幸雄や太助達はそれに怒って止めようとしたのだが、幾ら勇者パーティーでトップクラスの実力があっても、彼等2人では、嘲笑の渦を止めるには力不足だった。
おまけに、何処からエーリヒが専属講師として神影についていた事を聞いたのか、勇人がやって来て『専属講師までつけてもらっていたのに、あの結果は何だ』との説教。
自分が何れだけ努力を重ねてきたのかも知らず、ただ試合に負けたと言う結果だけを見て難癖をつけてくる。
それで神影が失望するのは、言うまでもない事だった。
「………ソイツ等、本当に勇者なの?」
「ああ、残念ながら」
そう言って腰を下ろした神影は、遂に自分の計画を話した。
「つー訳で俺は、今日にでも此処を出ようと思うんだ。俺を心配してくれた奴等やお前には迷惑掛けるが……………これ以上連中と一緒に居ても、意味ねぇからな」
「…………ッ!」
その言葉に、エーリヒは目を見開いた。
エーリヒも同じ事を提案しようと考えていたのだが、彼とは違い、神影には友人が居る。
その事に遠慮して提案出来なかったのだが、まさか、神影の方からその話を持ち出してくるとは思わなかったのだ。
「ね、ねえ!その事なんだけど……!」
今がチャンスとばかりに、エーリヒは自分の考えを述べた。
まさかエーリヒが、既にこの城を出る事を考えていたとは知らなかった神影は驚いて目を見開くが、彼も学生時代から理不尽な目に遭わされてきた身。
同じように城を出ようと考えても、何ら不思議ではなかった。
それからエーリヒは、城を出た後の計画を神影に話し、神影はそれを承諾した。
「んじゃ、俺はちょっとやる事があるから、一旦部屋に戻るよ」
「うん。僕も魔術師団長に渡すものがあるから、また此処で落ち合おう」
そうして2人は、各々のやる事を果たすために一旦別れ、その場を後にするのだった。