プロローグ3
「おはよう、神影君!」
ニコニコと笑みを浮かべて神影に近づいてきた黒髪の少女は、明るさに満ちた可愛らしい声を教室に響かせた。
彼女の名は、天野 沙那と言う。
腰まで伸びる艶やかなロングストレートの黒髪や赤紫の瞳、そして整ったスタイルが特徴の美少女で、先程共に教室に入ってきた2人の女子生徒と共に"学園三大美少女"と呼ばれ、男子達から絶大な人気を集めている。
また、テニス部に所属しており、その腕は大会に出れば毎回トップになる程だ。
それも彼女が人気を集めている1つの理由なのだが、その詳細はあまり褒められたものではなく、今回は割愛させていただこう。
高校1年の6月に、ちょっとしたトラブルがきっかけで神影と知り合った彼女は、2年に進級して同じクラスになってからと言うもの、神影を名前で呼ぶ上によく構うようになっており、それが、神影が学校中の男子達から敵視される原因の1つになっている。
現に今、神影には教室に居る殆んどの男子から鋭い目が向けられている。
「ホラ、見て!この前神影君に聞いたヤツ、お店で売ってたから買って、土日で作ってみたの!初めてだから、あまり自信無いけど…………」
そんな事など意に介さず、沙那は鞄から小さな箱を取り出して神影の机の上に置き、その蓋を開ける。
そして現れたのは、旧日本軍の戦闘機、零式艦上戦闘機こと零戦のメタルパズルだった。
自信無さげな割りに出来栄えは中々良く、教室の明かりを浴びて光を反射するその姿に、神影も目を見開いていた。
「ほう、これはまた………」
「お~、マジ上手いじゃんコレ!」
感心したようにあちこちから眺める太助の隣では、幸雄が拍手している。
「ねえねえ、神影君。どう?上手く出来てる?」
褒めてほしいとばかりにキラキラした眼差しが、神影に向けられる。
「あ、ああ…………スッゲー上手いよ。とても初めて作ったとは思えねぇ」
「ホント?やったぁ!」
神影が称賛の言葉を口にすると、沙那は満面の笑みを浮かべ、軽くジャンプしてはしゃぐ。
「天野の奴、こんなに喜んで………」
「余程、古代に褒められたのが嬉しかったのだろうな」
そんな彼女に、幸雄と太助は微笑ましそうな目を向ける。
周辺の男子生徒達から怨嗟の眼差しを浴びる中、神影の席では和やかな雰囲気が流れ、それで少しずつ気分が良くなったのか、神影の表情も明るさを取り戻していった。
「沙那、また古代の所に来ていたのか?」
「やれやれ、沙那も飽きねぇよな。そんな年がら年中戦闘機の事しか頭にねぇ奴に構ったって、何の得も無いと思うんだが」
すると、その雰囲気に水を差すかの如く、2人の男子生徒の声が聞こえてくる。
「うわぁ、遂に彼奴等が来やがったか………」
溜め息をつき、神影は声の主の方へと視線を向ける。
其所には、沙那と共に教室に入ってきた残りの4人の内、3人が立っていた。
「沙那、この学校は公立だから持ち物についてはそれ程厳しくないけど、やはりこう言うのを持ってくるのは止めた方が良いよ。ホラ、戻しておいで」
最初に声を掛けてきた男子生徒は、名を聖川 勇人と言い、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の三拍子を揃えた、名前からして如何にも勇者らしい男だ。
黒みが強いネイビー色の髪に加えて、その目は意志の強さを思わせるように真っ直ぐであり、誰にでも優しい。彼をヒーロー戦隊の役に当てはめるならば、間違いなくリーダーとなるだろう。
そして整った容姿と相まって、学内、学外を問わず多くの女子生徒からの憧れの的になっているモテ男なのだ。
そしてもう1人、神影に対して見下すような発言をした男子生徒は、名を北条 一秋と言い、前は鎖骨まで、後ろはうなじが隠れる程に髪が長い神影程ではないが、長めの黒髪と180㎝の身長、そして引き締まった肉体を持ち、武術にも長けていると言う、主人公の相方ポジションがよく似合うイケメン男子である。
「でも、2人共。コレ神影君に見てもらうために作ったヤツだから…………」
「それは良いから、取り敢えず戻してこいって」
一秋に押し切られた沙那は、残念そうに零戦の模型を箱に入れ、鞄にしまうべく席に戻っていった。
そして鞄に箱をしまいながら、先に席に戻っていた1人の女子生徒と話を始める。
それで残りの3人も立ち去ればすんなり終わるのだが、世の中そう簡単にはいかないものだ。
「古代も、あまり沙那に変な事を教え込むのは止めてもらえないか?」
不意に、勇人が神影に声を掛けてきたのだ。
「幾ら沙那が優しくて、古代に話を合わせてくれるからと言って、何時までも甘え続けるのは良くないだろう?沙那だって、ずっと古代に構ってばかりではいられないんだから」
「……………」
くどくど続く勇人の話を、机に頬杖をついた神影はどうでも良さそうに聞いていた。
自他共に認める戦闘機マニアである神影だが、それに関する知識自慢をする趣味は無いし、そもそも構ってくれと沙那に頼んでいる訳でもない。
彼にとっては、相手の方から勝手に近づいてきているだけなのだ。
それなのに、何故自分がこうして説教を受けなければならないのか、疑問で仕方無かった。
「それに古代、また富永達から嫌がらせをされそうになったらしいが………何か、彼等を怒らせるような事をしたんじゃないのか?もしそうなら、ちゃんと謝った方が良いぞ」
「はぁ………」
その台詞を受けると、神影は遂に溜め息をついた。
幸雄と太助は『また始まったか』と言わんばかりの表情を浮かべつつ、事の成り行きを見守っている。
正義感が強い勇人だが、それはあくまでも彼の中での正義である上に、彼はそれに関して何の疑いも持たない。
そのため、己の正義を信じ込んで、勝手に突っ走る事が殆んどだ。
おまけに彼は、基本的に善人論で物事を考えるためか、神影が誰かに嫌がらせを受けた際、必ずと言って良い程神影に原因があるのではないかと疑うのだ。
当然、神影は功達に何かした訳ではなく完全に被害者であるため、勇人の言葉は見当違いであるのだが。
「(ったく、何時もコレだよ………)」
内心そう呟いた神影がヤレヤレと言わんばかりの表情を浮かべていると、一秋が睨み付けた。
「おい、古代。何溜め息ついてやがる?溜め息つきたいのは此方なんだぞ?何時も何時も、口開きゃ出てくるのは戦闘機の話ばかり…………お前、沙那や奏達と話す時だってその話ばっかしてんだろ?はっきり言ってウンザリなんだよ」
そんな神影の態度が気に入らなかったらしく、一秋がそう言って勇人に加勢し始める。
だが、それでも神影の態度は変わらなかった。
寧ろ、先程より更に面倒臭そうな表情を浮かべている。
確かに神影は、戦闘機の話をするのが好きだ。だが、だからと言ってその話ばかりする訳ではない。
日常的な会話は勿論するし、ただ自分が一方的に話すのではなく、相手の話だって聞いている。
そのため、この2人が言うように、自分が一方的に話を聞かせて相手に迷惑を掛けている奴と勝手に見なされている事が、不服だった。
おまけに、神影はこの2人と話した事は殆んど無いため、そんな相手に自分を語られるのは、不満で仕方無かった。
「「……………」」
其処で、ずっと事の成り行きを見守っていた幸雄と太助に変化が見えた。
幸雄は無表情になり、太助は笑みを浮かべているが、目が笑っていない。これは、2人が怒っているサインだ。
その証拠に、2人は殺気とも言える雰囲気を纏っており、周辺に居た生徒達が、そそくさと教室の端に避難していく。
その状況を見かねたのか、勇人達と居た女子生徒が割り込んできた。
彼女は白銀 奏と言い、幸雄と同じく全国模試トップ5に入る秀才にして、沙那や勇人、一秋の幼馴染み。そして、沙那と共に"学園三大美少女"と呼ばれている中の1人だ。
つり目に紫色の瞳を持つ整った顔、そして沙那と同じくロングストレートに下ろされた長い銀髪を靡かせる姿がクールさを思わせる一方で、グラビアアイドル顔負けのプロポーションを持っており、特に目を引く、制服を大きく押し上げる豊満な胸が、言いようの無い色気を放っている。
女でありながらカッコ良いとすら感じさせるクールな佇まいや、学校トップクラスの秀才と言う肩書きに似合わぬ色気と豊満さに満ちた体には、これまでに何人もの男が釘付けとなり、時にはグラビア雑誌の取材や勧誘を受けた事もある。
当然ながら彼女は全て断っているのだが、それでも取材や勧誘の話は絶えず舞い込んでくる。
「勇人、一秋。もうその辺りにしておきなさい。古代君達も迷惑そうにしているわよ」
「でも、奏。俺は古代のためにだな………」
「良いから、さっさと行きなさい。ホラ、一秋も」
うんざりした様子でそう言って2人を追い払った奏は、神影達の方へと振り向いた。
「ごめんなさいね、古代君。またあの2人が迷惑掛けて………」
「………いや、良いよ白銀。お前のせいじゃねぇから気にすんな」
申し訳なさそうに謝ってきた奏に、神影は投げやり気味に手をヒラヒラ振りながらそう返した。
本音を言えば、もう少し早めに勇人達を追い払ってほしかった神影だが、このような表情をされると、それを言うのは流石に憚られた。
そうしている間にチャイムが鳴り、幸雄や太助達は自分の席に戻っていった。
神影は机に肘をつくと、これから始まる地獄の5日間への憂鬱さから、またしても溜め息をついた。
だが放課後、その考えが杞憂に終わるとは、今の神影には知る由も無かった。
桜花と比べて沙那や奏の紹介があっさりしているとのご指摘をいただき、26日、設定を追加しました。