第22話~模擬戦後の話~
恭吾によって組まれた、神影と功と言う最悪なペアでの模擬戦は、功からの一方的な攻撃を避け、エーリヒから教わったオリジナル魔法で大ダメージを与えた神影の奮闘も虚しく、功の勝利に終わった。
実際は、横槍を入れるかのように攻撃されて倒れた神影に功が止めを刺しただけなのだが、それでも審判からの判定は変わらなかったのだ。
《し、試合終了!勝者、勇者トミナガ様!》
審判からのアナウンスが訓練場一帯に響き渡り、観客席に居る取り巻き達と視線を合わせた功が、訓練場から立ち去ろうと歩き出す。
それを見た観客達も我に返り、功に拍手を送った。
「ッ!ミカゲ!」
そんな中、倒れたきり全く動かない神影に、エーリヒは声を張り上げる。
そして、自分の両足に魔力を流して飛び上がり、他の観客達の頭上を超えて訓練場に着地すると、神影に駆け寄って抱き起こす。
神影の表情は苦痛で歪んでおり、未だに痺れているのか、時々身体中にバチバチと電流が迸っていた。
「ミカゲ、しっかりして!ねえ、ミカゲ!」
その電流が当たって痛みが走るのも構わず、必死に神影の肩を揺さぶって呼び掛けるエーリヒだが、神影は何も答えなかった。
その様子から最悪な未来が彼の頭を過るが、神影の胸が上下して小さく唸っている事から、幸いにも未だ息があるのを確認したエーリヒは、一先ず安堵の溜め息をつく。
「待ってて、直ぐに治すから………!」
そう言って、エーリヒは周囲の状況に構う事無く、神影の胸に手を翳して回復魔法を使う。
彼の手が柔らかな光を放ち、それは瞬く間に神影を包んだ。
すると、神影の顔や腕についていた傷や、バチバチと身体中を迸っていた電流が消え、表情も穏やかなものになった。
そして神影を抱き上げたエーリヒは、倒れている神影の事など気にも留めず、功に拍手を送っている観客達を、今まで感じた事が無い程の憎悪を含んだ眼差しで睨み付け、他の勇者達が怪我をした時には回復役の者を直ぐ寄越した癖に、神影の時だけほったらかしにしている審判達を恨みながら、神影を安静に寝かせられる所に運ぶべく、その場から走り去った。
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エーリヒが場内を去った頃、幸雄や太助、そして沙那達美少女3人組の5人も、神影を助けるべく観客席を飛び出し、場内へと向かっていた。
「(クソッタレ………なんで直ぐに動けなかったんだよ!)」
先頭を走っている幸雄は、内心で自分を責めていた。
あの模擬戦で、神影が勝負を決めるかと思って注目していると、何処からともなく伸びてきた鎖らしきものが神影に巻き付き、電撃を受けた神影が倒れ、それに功が止めを刺すと言う、あまりにも予想外の事態に頭がついていかなかった彼は、神影が倒れた後も動けず、我に返ったのは、エーリヒが神影を抱き上げて場内を去った後だった。
本来なら、神影が倒れた時点で直ぐに助けに行くべきだったのに、予想外の頭の処理が追い付かず、他人が先に飛び出した事で漸く我に返った自分が、情けなくて仕方無かったのだ。
それは太助も同じで、自分達を置き去りにするような勢いで前を突っ走る幸雄の背中を見ながら、内心で神影に謝っていた。
そして沙那達は、エーリヒによって運び出された神影の安否を確認するべく、幸雄と太助に続いて疾走する。
一行は階段を駆け降り、場内へ入るための廊下に差し掛かる。
其所はエーリヒが通った筈の廊下なのだが、彼の姿は何処にも無かった。
「クソッ、さっきの金髪の奴は何処に居るんだ………!」
ブンブンと音が出るような勢いで顔をあちこちに向ける幸雄だが、その廊下に居るのは、自分達5人と、呼ばれるのを待っている数人の生徒だけ。
「おい、赤崎!さっき金髪の男を見なかったか!?」
幸雄は、近くに居た紺色のセミロングを外側に若干カールさせた少女、赤崎 涼子に言った。
「え、えっと………見たわよ。皆が来る前に、古代を抱えて訓練場から出ていったわ」
そう言って、涼子は出口の方を指差す。
どうやら、彼等が到着するより先に、エーリヒは訓練場を後にしていたようだ。
「そっか、ありがとな!」
それだけ言うと、5人は再び走り出す。
そして外に出ると、辺りを見回してエーリヒの姿を探した。
「畜生、何処にも居ねぇじゃねぇか………!」
「仕方無いわよ。私達が来るより前に、彼は彼処を通っていたのだから」
焦った様子で呟く幸雄に、奏がそう言った。
「でも、それじゃあ神影君は、何処に連れていかれたのかな………?」
不安そうな表情で、沙那は呟いた。
神影とエーリヒの関係を知らない彼女等にとって、得体の知れない人物に神影が連れていかれたのだから、あの時神影を回復させていたとは言え、やはり不安になるものだ。
「こうなったら、手分けして彼等を探すか………?」
「良いとは思いますが、この広い敷地内で闇雲に探すと言うのも………」
太助が案を出すが、桜花がそう返した。
彼女の言う通り、この城の敷地面積は非常に広い。
幸雄と太助、沙那達美少女3人組の2つのグループに分けようが、1人1人バラバラになって探そうが、ある程度の目処が立たなければ、ただ時間を無駄にするだけだ。
ならばどうするべきかと頭を悩ませていると、太助が閃いた。
「古代の部屋に行こう。安静に寝かせるなら、其所以外は考えられない」
太助の意見に反対する者は、誰も居なかった。
そして5人は、彼の部屋へ向けて走り出すのだった。
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その頃、神影を訓練場から運び出したエーリヒは、普段トレーニングで使っていた城の裏に来ていた。
其所にはベンチがある上に草が生い茂っており、大きめの木が1本生えている。
全体的に日陰になっていて気温もちょうど良く、昼寝をするには、其所は最適の場所と言えるだろう。
「よいしょっと…………」
軽く地面が盛り上がっている場所を選び、生い茂る草のベッドの上に神影を優しく横たえたエーリヒは、洗浄魔法を使って神影の顔や服についた汚れを消すと、改めて神影の容態を確認した。
頬や首に両手を添えたり、胸の上下を見たりして、神影の呼吸が乱れていないかを見る。
「汚れもちゃんと落ちてるし、呼吸も安定してる…………うん、異常無しだね」
そう呟き、エーリヒは神影の傍に腰を下ろす。
「それにしても、こうしてミカゲの事を心配してるのは僕だけか…………やっぱり僕の時みたいに、連中は力と肩書きしか見ないんだな…………」
彼は溜め息をついた。
学生時代も、そして卒業後も、エーリヒは周囲から冷遇されていた。
自分が、"終わりの町"と呼ばれているルビーン出身である事と、強力な特殊能力を持っていながら上手く使いこなせず、成績が下位である事。
この、たった2つの事から、城の者達から見たエーリヒ・トヴァルカインと言う人間の価値は、あっという間に最底辺のものだと決められてしまった。
おまけに、強力な特殊能力を持つ割りには上手く使いこなせない事から、称号も"七光り魔術師"と言う、あまりにも不名誉なもの。
ただでさえプライドが高く、格下と見なした相手への当たりが強い者が殆んどであるこの士官学校や城での生活が、エーリヒにとって苦痛なものになるのは言うまでもない事だった。
学生時代、騎士科や魔術科の同期達からの嫌がらせや暴力を受けるのは日常茶飯事である上に、将軍などの職に就いている卒業生からは、"士官学校の面汚し"、"国の不要品"と蔑まれていた。
今となれば、あの場で激怒して問題を起こしたり、精神を病んで自殺を図ったりせずに今日まで生きているのが、彼には不思議に思えていた。
周囲からの暴言や暴力には屈しない強い精神があったのかどうかは、彼にも分からなかった。
「(それから何だかんだあって………今、僕と似たような境遇の人が居る………味方の有無に違いがあるみたいだけど…………僕と同じように、肩書きと表面上の強さだけしか見てもらえなかった人が………)」
エーリヒは、傍らで眠っている神影に目を向けた。
勇者として召喚されたにも関わらず、勇者の称号を持たない上に、ステータスも勇者パーティーの中で最弱。
おまけに天職も、当時はどのようなものなのかは誰にも分からなかったため、結果的に"成り損ない"として扱われるようになる。
衣食住に関しては他の勇者達と同じだが、勇者基準の訓練に遅れを取っている上に、レベルも他の勇者達程上がっていない事から、彼の生活の質が勇者達と同じである事について、貴族や騎士、魔術師達が陰口を言い合う事もあり、それはエーリヒも耳にしていた。
そして終いには、勇者パーティーから切り離されると言う始末。
専属講師としてエーリヒが指名されたが、それは単なる厄介払いでしかない。
エーリヒが神影を鍛えられるとは、誰も期待していなかったのだ。
エーリヒは、神影が勇者パーティーから切り離された事や、彼の専属講師として自分が指名された事が、落ちこぼれ同士を集めて、後は自分達の邪魔にならなければそれで良いと言う魂胆なのだろうと予想し、表情を憎悪に染めた。
「皆して、僕やミカゲを邪魔者扱いか…………僕が士官学校の面汚しなら、連中はヒューマン族の面汚しだ」
嘲笑を浮かべて、エーリヒはそう呟くのだった。
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神影がエーリヒによって運び出され、それを追って訓練場から飛び出した幸雄達が神影の部屋へと向かっている頃、訓練場への出入口に1人の少女が立っていた。
整った顔立ちとスタイルに加え、ロングストレートの銀髪に碧眼を持ち、何処と無くミステリアスな雰囲気を纏っているその少女は、片手に持った水晶を見ていた。
「成る程、興味深い戦いをしていた彼が急に倒れたから何があったのかと思ったけど、あれはこう言う事だったのね…………まさか、同郷の人間にこんな事をするなんて………」
彼女が持つ水晶には、謎の鎖に巻き付かれ、電撃を喰らって倒れる神影の姿が映っていたのだが、彼女が見ているのは神影ではなく、彼に巻き付いた鎖の先に居る人物だった。
倒れた神影に功が止めを刺し、試合終了のアナウンスが流れた後、その2人は功と視線を交わして笑っている。
「…………これだと勇者達の…………いえ、この国の先が思いやられるわね」
そう呟き、その少女は訓練場を後にするのだった。