第20話~嘲笑だらけの模擬戦~
騎士団や魔術師団と言った士官学校関係者の他、貴族や王族で観客席が埋まっている中、勇者達の模擬戦は着々と進んでいた。
ヒューマン族に残された希望である彼等の模擬戦は、観客を何度も沸き立たせており、特に、勇人や一秋のようなハイスペック男子や、沙那や桜花、奏やシロナのような美女・美少女達の模擬戦の盛り上がりようは凄まじいもので、出番待ちや試合を終えた面子が耳を押さえていたのは余談である。
そうしている内に、遂に神影の出番が回ってきた。
「次はお前だ。頑張れよ、古代!」
「応援しているからな」
既に試合を終えた幸雄と太助が、神影に声を掛けた。
「神影君、頑張ってね!」
「健闘を祈ります」
2人に続くようにして、沙那と桜花も言う。
奏は何も言わなかったが、力強く頷いた。
「皆…………ありがとな」
笑みを浮かべて言うと、神影は先に、訓練場へ向けて歩いていった。
「……………」
その後に続く功や、その取り巻き達の暗い笑みに気づかず。
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「おい、見ろよ。あの黒髪眼鏡の奴だぜ。例の異世界人」
「ステータスが勇者様の中で最弱である上に、勇者の称号も無い…………何処かの落ちこぼれと同じく、人生が終わっていますわね」
「勝負の結果は、もう1人の勇者に瞬殺されて終わりだな」
神影が訓練場に出てくると、早速観客達からの嘲笑を頂戴する。
ほぼ毎日受けてきたものである上に、異世界に転移させられるまでも学校中の男子生徒から敵視され、転移後も嫌味を言われていたのもあってか、今ではすっかり慣れっこになってしまっていた。
《これより、勇者トミナガ様と、異世界人コダイによる模擬戦を開始します!》
観客達に加えて、まさかのアナウンサーにすら差別されると言う状況に、神影は思わず苦笑を漏らした。
どうやら、彼等は本気で神影の事を嫌っているらしい。
自分のステータスがクラス最弱である上に、勇者の称号すら持っていない事が判明してから、早いもので2ヶ月と少しが経っている。
この間に、城の人間から見た古代神影と言う人間の価値は、下落の一途を辿っていた。
神影のステータスが知られた当初は、戸惑っていたり、期待外れだと言う眼差しを向けられる程度で済んでいたが、日が流れ、彼が勇者パーティーから切り離されてからは、神影への悪口が、貴族や騎士達の間での世間話のネタになっていた。
神影が勇者パーティーから切り離された後、彼の専属講師として用意された人物が、士官学校の落ちこぼれだったエーリヒだと言う事も関係しているのか、ブルームのように神影に絡み、一方的に罵る者も、少なからず居たのだ。
当然、彼等は神影や、彼と一緒に居たエーリヒにあしらわれて怒りの表情を浮かべていたが。
「おやおや。この2ヶ月で盛大に嫌われちまってるなぁ、古代。天野達と仲が良いからって調子に乗ってた罰でも当たったんじゃねぇのかぁ?」
約2ヶ月前、自分のステータスを盗み見た恭吾からも言われたような台詞を、功は口にした。
この模擬戦では、前衛組は支給された武器──アーティファクト──の使用を禁止されているため、両者共に木刀を持っていた。
「お前は知らないだろうから一応言っといてやるが………お前以外の連中は皆、少なくともレベル15。高い奴は25に達してんだよ。因みに、俺のレベルは18だ」
聞いてもいないのに、自分のレベルを言う功。
そして、レベルを訊ねられた神影が自分のレベルを言うと、功は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、次の瞬間には腹を抱えて笑い始めた。
「ギャハハハハッ!お前、俺のレベルの3分の1もねぇのかよ!?本当に役立たずだな!最早お前に生きてる価値ねぇだろ!」
その声が訓練場一帯に響き渡り、それを聞いた観客達も、功の笑い声を掻き消さんばかりの声量で嘲笑を響かせた。
「んじゃ、勝負にもならねぇだろうが、お前の特訓って事で付き合ってやるよ!」
功がそう言うと、観客達からの嘲笑の声が徐々に小さくなっていく。
そして、その声が完全に消えると、再びアナウンスが響き渡った。
《それでは、模擬戦開始!》
その号令が発せられた瞬間、功は砲弾のような速さで飛び出して神影に肉薄し、木刀の先を突き出した。
「くっ…………!」
それを神影は、間一髪のところで体を横に向け、後ろに下がる事で避ける。
レベルや、それによるステータスの差からすると、普通なら当たってもおかしくない。
だが、此処でエーリヒとのトレーニングの成果が出ているようで、レベルがかけ離れている相手の動きでも、功レベルなら何とか目視で確認し、回避行動を取れる程度の動体視力が身に付いていたのだ。
「(危ねぇ………あれで当たったら一撃で倒れてもおかしくなかったぜ)」
内心そう呟きつつ、トレーニング内容に、動きが素早い相手との戦いを想定したものを組み込んだエーリヒに、神影は感謝した。
元々の敏捷性の高さもあったかもしれないが、大部分はエーリヒのお陰と言っても過言ではなかった。
「(んだよ、この野郎。避けやがって……後ちょっとだってのによぉ………!)」
攻撃を躱された功は、小さく舌打ちした。
レベルが3倍以上離れている自分なら、神影を一撃で仕留めるのは容易い事だと思っていたのだ。
因みに、神影を模擬戦相手に指名したのは、公開処刑のためだった。
敏捷性以外では対して強くない神影を一方的に叩きのめす事で、自分の強さをアピールしようと言う魂胆なのだ。
そもそも彼は、元々神影を毛嫌いしていた。
部活ではサッカー部に所属し、足の速さも体力もそれなりにあり、テクニックも決して下手ではないと自負していた功だが、部活には所属しておらず、ただ教室で戦闘機の画像を見ているだけの男に自分の得意な面で劣っている事が気に入らなかったのだ。
それに加えて、彼は小中共に沙那や奏と同じ学校の出身で、中学時代から、沙那に好意を抱いている。
だが、肝心の彼女は自分の事など全く相手にせず、高校に入ってからは、何時の間にか知り合っていた神影に構っている。
おまけに2年生になってからは、名前で呼ぶようになる始末だ。
それに加えて、彼女の幼馴染みである奏も、当初は神影に対して疑うような目線を向けていたものの、何時の間にか、彼を信頼するような素振りを見せており、桜花も神影に懐いている。
功や、彼を含む沙那と同じ学校出身の男子から言えば、数年想い続けた高嶺の花である2人の女の子が、いきなり現れた男子に掠め取られた上に、他の女の子との仲の良さを見せつけられているようなものであり、到底納得出来るものではなかった。
そして、9月に起こった、とある出来事が原因で、神影への本格的な嫌がらせが始まったのだ。
それらの事を全く意識していない神影からすれば、迷惑極まりない話だった。
功は再度肉薄すると、今度は木刀を使わず、勢いに任せたストレートパンチを放つ。
だが、その動きは単調であるため、回避するのは容易である上にカウンターも喰らわせやすい。
神影は拳が突き出される瞬間にしゃがみ込んでパンチを避けると、直ぐ様立ち上がって腕を掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばした。
これは以前の組手で、エーリヒがやった事をそのまま利用したものだ。
「うおっ…………っと!」
投げ飛ばされた功だが、直ぐに体勢を立て直して着地を決め、神影と睨み合うのだった。
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「良いぞ、ミカゲ。僕とのトレーニングをちゃんと活かせてるじゃないか」
その頃、観客席ではエーリヒが満足そうな笑みを浮かべていた。
試合開始前は、神影への嘲笑の渦で怒り狂うのを何とか抑えており、かなりフラストレーションが溜まっていた彼だが、それなりの立ち回りを見せる神影に周囲が驚いているのを見て、少し気分が良くなっていた。
「ほう………あの少年、中々やるな………」
エーリヒの隣では、その様子を見ていたイリーナが感心した様子で呟いており、ソフィアも頷いていた。
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「おお!古代の奴、結構良い動きしてるじゃねぇか!」
「ああ。間一髪な部分もあるが、それでもレベルが3倍以上の富永を相手に彼処まで動くとは…………そう言えば、彼には専属講師がついたとか言っていたが…………一体何者なんだ?その専属講師は」
試合を終えた勇者達も観客席に移っており、幸雄と太助は神影の様子を見ていた。
予想外の立ち回りを見せる神影に興奮する幸雄の隣では、太助も神影の動きを褒めつつ、彼の専属講師は誰なのかと予想していた。
「おい、何か古代の野郎、かなり良い動きしてねぇか?」
「あ、ああ…………功の奴、調子出てねぇのか?」
そんな中、功の取り巻きである淳と慎哉は、最前列の席に座り、誰にも聞こえないような声で囁き合っていた。
訓練場へ移動する前、功から、ある計画を伝えられ、それを了承した2人だが、神影の弱さから、その計画の出番は無いと思っていたのだ。
だが、神影が予想以上に立ち回っているため、内心驚いていた。
「ん?…………おい、淳。あれ見ろよ」
「え?…………ああ、成る程な」
その時、訓練場の方から視線を感じた慎哉が淳に話し掛け、ある一点を指差す。
それに淳も視線を向けると、自分達の方を向いている功が目に留まった。
「…………どうやら、此方も準備しといた方が良さそうだな」
「ああ。あの調子に乗った野郎に、出過ぎた真似はするモンじゃないって事を教えてやるぜ…………役立たずは役立たずらしく、底辺に居りゃ良いんだよ」
小さな声でそう言って、2人は功からの合図を待つのだった。