第19話~模擬戦前のエーリヒ~
「おい、見ろよ。あの落ちこぼれだぜ」
「うわっ、マジだ」
「なんで来てるのかしらね?」
「あんな奴お呼びじゃないっての」
神影と別れたエーリヒが観客席にやって来ると、既に来ていた他の騎士や魔術師達、そして他の貴族からの侮蔑に満ちた視線が彼に突き刺さった。
ヒソヒソと話す声も聞こえているが、エーリヒはその全てを無視していた。
軽く観客席を見渡すと殆んど埋め尽くされており、その中でも一番見やすい席と思われる場所に王族の3人が居て、その周囲を数人の衛兵が守っているのが見えた。
彼等の近くに座るのを避けるため、人が居なかった一番後ろのスペースの柵に凭れ掛かり、王族達をどうでも良さそうに見ていると、またしてもヒソヒソ話が聞こえてくる。
「落ちこぼれと言えば、勇者様の中にも似たようなのが居たわよね?」
「ええ。何でも、ステータスが勇者様の中でも最弱で、おまけに勇者の称号すら無かったとか」
「ソイツ、今日は参加するのか?」
「知らね。つか、ソイツが参加しても直ぐやられるだけだって!勇者にもなれないような奴が出る幕じゃないっての」
どうやら彼等は、エーリヒだけでなく神影に対する悪口も言っているらしく、それを耳にしたエーリヒは不快そうな表情を浮かべた。
士官学校の生徒は、確かに実力がある。その上エーリヒ以外の殆んどが、貴族や成功した商人のような裕福な家庭の出身だ。
その観点で考えると、公爵家の息子であるブルームが典型例と言えるだろう。
だが、そう言う恵まれた環境で育ったためか、下位の人間を見下しているのだ。
「(コイツ等、人を見下す事でしか自分の優位性を確認出来ない癖に………)」
ただ自分の力や家柄を鼻に掛けて威張っているだけの同期達の事が、エーリヒは嫌いだった。
彼等は自分達こそ優れていると思い込んでおり、格下と見なした者の言う事には聞く耳を持たない。
特に、成績下位である上に、騎士団や魔術師団からは"終わりの町"と呼ばれているルビーン出身であるエーリヒは、意見を聞くに値しない存在と見なされている。
そのため、彼等の理不尽な言い方に対してエーリヒが反論しようとすると、複数で寄って集って無理矢理黙らせようとしたものだった。
「(そう考えると、回復魔法や体術のスキルを上げたのは正解だったな。あの時は誰も助けてくれなかったし)」
内心そう呟くと、エーリヒは溜め息をついた。
「(本当、この国の騎士団や魔術師団にはロクな奴が居ないな)」
そう考えていると、観客席の出入口付近で歓声が沸き起こった。
勇者が入ってきたと思って訓練場へ視線を向けるが、誰も居ない。
「…………?」
それに首を傾げたエーリヒは、出入口の方へと視線を向ける。
彼の視線の先には人集りがあり、その中心には、プラチナブロンドの長髪に紫色の瞳を持つ女性が居た。
その隣には、付き人と思われる深緑のロングヘアに碧眼の女性が侍っている。
2人共美人である上にスタイルも抜群で、男性陣のみならず、女性陣も見惚れていた。
「(彼女は確か、イリーナ・レクサス………僕等の1つ上で、士官学校トップクラスの騎士…………それで、横の深緑の髪の人が、彼女と同じ騎士の、ソフィア・フォアランだったかな………まあ、どうでも良いけど)」
それを横目に見ていると、人集りの中から抜け出してきたイリーナが近づいてくるのが見えた。
空いている場所を探しているのだろうと予想して視線を戻し、勇者達が出てくるのを待っていると、横から凛とした声が聞こえた。
「隣、良いだろうか?」
「………?」
横目だけ向けると、其所にはイリーナとソフィアが居た。
彼女等は最初から、エーリヒの所に向かっていたようだ。
「見られそうな場所を探していたんだが、生憎、何処も人が多くてね。此処はかなり空いているようだから、出来れば、此処に居させてほしいんだ」
どうやらイリーナ達は、空いている場所を見つけられなかったらしく、他の同期達から除け者にされているために、周囲にそれなりのスペースがあるエーリヒの所を選んだらしい。
エーリヒが"落ちこぼれ"と呼ばれており、それが、エーリヒの周囲に人が居ない理由である事を2人が知っているのか否かは、彼女等のみぞ知る。
「無論、貴方が嫌じゃなければ、ですが…………どうですか?」
「…………別に、構いません。ご自由に」
イリーナに続くソフィアに、面倒事を避けたいエーリヒはそれだけ言って、視線を戻した。
それに礼を言う2人だが、エーリヒは視線を2人に向けて小さく頷くだけだった。
そして、2人には微塵の興味も無いとばかりにさっさと2人から視線を外し、訓練場の方へと視線を向ける。
観客席にやって来た時の盛り上がりようから、2人がかなりの人気者だと言う事が分かった訳だが、今のエーリヒは神影以外…………特に騎士団や魔術師団、士官学校の関係者や、貴族達を全く信用していない。
そのためエーリヒは、この2人ともあまり関わりたくなかったのだ。
だが、そんな彼の態度は、ギャラリーからの反感を買うものだった。
「あの落ちこぼれ野郎、イリーナ様やソフィア様に声を掛けられておきながら………!」
「終わりの町から出てきた薄汚い下層民の分際で…………自分の立場ってのを教えてやろうか………!」
「ちょ、止めなさい!あの方がそんな言い方を嫌ってるって事、知ってるでしょ!?」
エーリヒの素っ気ない態度に怒る男性騎士達を、近くに居た女性魔術師が落ち着かせようとする。
イリーナとソフィアの登場で明るくなっていた観客席に再び暗い雰囲気が立ち込めようとしたその時、アナウンスが響き渡った。
《これより、勇者御一行による模擬戦を開始します!》
そのアナウンスが響き渡ると、エーリヒを視線だけで殺さんとばかりに睨んでいた観客がハッと我に返った。
そして、最初に出てきた2人の少年を見た女性陣が、黄色い声を上げる。
「(さてさて、ミカゲは何時出るのかな………)」
内心そう呟きながら、エーリヒは事の成り行きを見守るのだった。