第13話~訓練と頼み~
場所を変えた神影とエーリヒは、城の裏で訓練に励んでいた。
既に昼食が終わっている時間なのだが、神影が続行を選んだため、2人は訓練を続けていたのだ。
「ふっ!はぁっ!!」
「未だ未だ!間合いが遠い!」
2人は今、敵と生身で戦わなければならない状況を想定した肉弾戦の訓練として組手をしている。
勇者パーティーから外されるまでの間、日が経つに連れてクラスメイト達に差をつけられながらも必死に訓練に励んできた甲斐があってか、神影はエーリヒが伝えた体術を、思いの外早く吸収していた。
因みに、基本的に後衛に回るために、肉弾戦をする機会など殆んど無い"魔術師"であるエーリヒが体術を使える理由は、学生時代、同じ魔術科の同期から魔力弾の的にされると言う嫌がらせを受けていた時、それらを全て避けて一矢報いようとした時に編み出したからだ。
彼が神影に教えている体術は、魔力弾を避けるために使っていたものを攻撃にも応用出来るようにしたものだった。
嫌いな相手からの嫌がらせのお陰で自分の戦闘スキルが上がると言うのは、エーリヒにとってさぞかし皮肉な事だろう。
それを聞いた神影が、この国の士官学校の人間にはロクな者が居ないのかと思ったのは言うまでもない事だ。
「クソッ…………コレならどうだ!」
異世界に転移させられるまでは、自分を学校最速の座に君臨させていた、その持ち前の脚力で飛び出し、エーリヒに肉薄する神影。
それを見たエーリヒは、恐らく神影が勢いを乗せたストレートか、回し蹴りを喰らわせようとしているのだろうと予想を立て、何処からでも来いとばかりに構えた。
「うおらぁッ!!」
案の定、神影は勢いを乗せた右ストレートを放つ。
幾ら神影より高いステータスを持っているエーリヒでも、少なからずダメージは受けるだろう。
だが、それを見たエーリヒはニヤリと笑みを浮かべた。
「残念、そう来るのは分かってたよ!」
エーリヒは体を軽く捻って拳を避けると、そのまま右腕を掴み、一本背負いの要領で神影を投げ飛ばす。
「ソイツを待ってたぜ………ッ!」
先程のエーリヒと同じようにニヤリと笑った神影は、エーリヒの背中で転がると、先に両足を地面目掛けて勢い良く振り下ろす。
かなり勢いが強かったのか、一瞬、足を地面に打ち付けた痛みで表情を歪める神影だが、それを振り払い、直ぐに反撃に移った。
両足で踏ん張って腰を落とすと、エーリヒが離れようとする直前に地面を押し出し、ロケットのような勢いで後ろ向きに飛んでエーリヒに激突したのだ。
「ごはっ………!?」
そんな想外の攻撃に対処出来なかったエーリヒは、首筋から下までを使った神影の後ろ向きの体当たりを受け、肺の中の空気を一気に吐き出して軽く後方に飛ばされる。
そして、そのままドスンと尻餅をついた。
対する神影は、今日までの訓練もあってか転ばずに着地を決め、そのまま立っていた。
「ゴホッゴホッ……いやぁ~、まさかあんな攻撃方法があるとは思わなかったよ。中々やるねぇ、ミカゲ」
地面に座り込んで胸を押さえ、軽く咳き込んでいたエーリヒだが、それ程ダメージは残っていないらしく、直ぐに呼吸を整えて立ち上がった。
「…………お前、復活するの早いな」
「まあ、少なくとも君よりステータス高いからね。コレが同等だったら危なかったよ」
そう返したエーリヒは、自分と神影の両方に回復魔法を掛けた。
「さて、午前の訓練はこの辺りにして、ご飯食べようよ。お腹減っちゃった」
「でも、もう時間的に食堂では飯食えねぇだろ」
神影はそう言うと、休憩用なのであろうベンチの傍にある時計を指差した。
針は午後3時を指しており、どう見ても食堂に行って昼食を摂るような時間ではなかった。
だがエーリヒは、そんなの大した問題ではないとばかりに余裕そうな笑みを浮かべた。
「それなら、城下町に行けば良いよ。せっかくだから、何か奢ってあげる」
「そりゃ助かる。ゴチになるぜ」
そうして2人は、衛兵に事情を話した上で城を出ると、城下町に移動し、適当に軽食を購入して昼食を楽しんだ後、城に戻り、今度は魔法の訓練を始めるのだった。
「………良し、それじゃあ今日の訓練は終わりだね。お疲れ、ミカゲ!」
日が傾き始めた頃、時計で時間を確認したエーリヒは、訓練の終わりを告げた。
時計は午後6時を指しており、7時から始まる夕食までの休憩を考えると、中々ちょうど良い時間だった。
「おお、終わったか…………今日は、基本的な魔法攻撃を撃てるところまでしか出来なかったな………」
訓練で疲れたのか、仰向けになっている神影がそう言った。
「まあ、仕方無いよ。君は魔力がトンでもなく低い上に、魔法の適性もかなり低いからね……………イメージトレーニングの時間を含めると、寧ろこの段階まで辿り着けた方が凄いよ」
苦笑を浮かべながらそう返したエーリヒが、神影の傍に腰を下ろした。
「それにしてもエーリヒ、お前色々と魔法使えるのに、なんで落ちこぼれ扱いされてたのさ?おかしいだろ」
訓練中、エーリヒは手本として様々な魔法を使っていた事から、彼が落ちこぼれ扱いされている事に疑問を覚えた神影が訊ねる。
「恥ずかしい事に、こうやって応用系の魔法を使えるようになったのは、卒業した後なんだよ。学生時代は、基本的な魔法しか使えなかったし、そもそも応用系の魔法を教えてもらえなかったからね」
どうやらエーリヒは、学校では同級生のみならず、教師からも除け者にされていたようだ。
それから話を続けるエーリヒ曰く、王立騎士・魔術師士官学校の生徒は17歳で卒業する事になっており、卒業後は、騎士科なら騎士団、魔術科なら魔術師団への入隊が決められている。
そのため、エーリヒは魔術科の卒業生である事から魔術師団に入っているのだが、学生時代は落ちこぼれで蔑まれていたエーリヒを一員として認め、訓練に加えようと思う者など誰1人として居らず、魔術師団の訓練は、エーリヒ抜きで行われていたのだ。
その際、彼が訓練に参加出来ないようにするため、日時はエーリヒのみ知らされていなかったと言う。
そして極めつけには、自分を魔術師団から抜けさせ、この城から追い出す事も考えていると、彼は見ていた。
「マジで最悪だな、騎士団や魔術師団の連中は」
今までの訓練で、自分も彼等から見下すような視線を何度も向けられていたが、まさか、こんなにも酷い事になっていたとは思っていなかったために、神影の表情が嫌悪感に染まった。
「まあ、士官学校や城の連中って、皆してプライドが高いからね。自分が一番優れた存在だと思っている。だから、ああやって格下だと見なした相手を見下すんだよ。貴族出身でもなく、"終わりの町"と呼ばれているルビーン出身の僕が相手なら、特にね」
「(となれば、あの時王女さんが引っ込んだのは、落ちこぼれとか言われてるエーリヒと話したくなかったから……………いや、それなら、なんで辛そうな表情をしてたんだ?)」
自分を見つけて駆け寄ってくるエーリヒの姿を見た時、苦しそうな表情を浮かべて彼の名を呟いた後、逃げるように建物の奥へと引っ込んでしまったフィオラの姿を思い出した神影は、エーリヒの方を向いた。
「なあ、エーリヒ。王族はお前の事をどう見てるんだ?王妃とか王女とか」
「どうもこうも、最初から歯牙にも掛けてないと思うよ?社交界で何度も顔を合わせたけど、全く話し掛けられなかったからね。まあ、何故か表情が辛そうだったのが気になるけど」
どうやらエーリヒ自身、自分が王族からどのように見られているのかは知らない……………と言うより、そもそも興味が無いようだ。
王族なんて知った事じゃないと言わんばかりに明後日の方向を向き始めたエーリヒを見て、神影はこの話題をすっぱり打ち切る事にした。
「そ、それより!ちょっと頼みがあるんだけどさ」
「え?」
急に話題を変えられたエーリヒは、目を丸くして振り向いた。
「今夜なんだけど、俺、どうしても町を出てやりたい事があるんだよ。でも、この前同じようにフランクさんに頼んだら、『1人で行くのは危ない』って断られてさ……………何とか出来ねぇかな?」
「…………」
あまりにも唐突な話に、一瞬言葉を失うエーリヒだったが、暫く考えた後に頷いた。
「まあ、1人じゃ駄目なら誰かが付き添えば良いだけの話だろうし…………分かった、付き合うよ」
「おお、助かるぜ!」
笑みを浮かべて言う神影。
一体何をするつもりなのかと疑問に思うエーリヒだったが、夜になれば分かる事だと、一先ず置いておく事にした。
それから2人は、夕食の時間が迫ってきているのもあり、夜10時頃に城の裏で待ち合わせる約束をして解散するのだった。