第12話~エーリヒ・トヴァルカイン~
「…………………」
未だ若干の赤みが残る顔に笑みを浮かべて右手を差し出したエーリヒの姿に、神影は思わず目を奪われていた。
その中性的で整った顔は、彼のスマートな体つきと相まって、"少年"と言うより"少女"に見える。
後頭部で1房に纏められた長い金髪に加え、捲られた袖から覗いている細い腕、そしてハミングするような声音が、それに拍車を掛けていた。
ふと視線を落とせば、差し出されたエーリヒの右手が、神影と握手を交わす時を待っているのが見える。
神影より一回り小さいその手の指は細く、その1本1本が、少しでも力を入れて握ってしまえば、あっさりと折れてしまうのではないかと思われる程だった。
「え、えっと………どうかしたのかい?そんな、ボーッとしちゃって」
ボーッと見つめられている事に疑問を感じたのか、エーリヒが恐る恐る声を掛ける。
「あ、いや!何でもないです」
慌てて取り繕い、神影は咳払いしてからエーリヒの手を握り返した。
「俺………失礼、自分は古代神影…………もとい、ミカゲ・コダイです。よろしくお願いします」
緊張しているためか辿々しく自己紹介する神影に、エーリヒは微笑を溢した。
「そんなに畏まらなくても良いよ。それに敬語も要らない。だって同い年だからね」
「そ、そう………なのか……?」
恐る恐る聞き返した神影に、エーリヒは頷いた。
「うん。騎士団長から聞いたんだけど、君達異世界人って、ほぼ全員17歳なんだよね?僕もそうなんだよ」
エーリヒはステータスプレートを取り出すと、それを神影に見せた。
名前:エーリヒ・トヴァルカイン
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:七光り魔術師
天職:魔術師
レベル:15
体力:200
筋力:150
防御:150
魔力:360
魔耐:360
敏捷性:240
特殊能力:詠唱破棄、全属性適性、全属性耐性、魔力感知、魔力操作、魔力応用
年齢の欄を見ると、エーリヒが言った通り、自分と同い年である事が分かった。
"七光り魔術師"と言うあまりにも失礼な称号が少々気になるが、やはり士官学校の卒業生である事に加えて専属講師を任されるだけあってか、神影より遥かに高いステータスを持っていた。
天職が"魔術師"である事もあって、魔法系に長けている事がステータスからも分かる上に、特殊能力も、"詠唱破棄"や"全属性適性"等のように、かなり強力なものが揃っていた。
そんな彼とは逆に魔法系のステータスが頗る低い神影は、取り出した自分のステータスプレートと見比べ、羨ましそうに溜め息をついた。
因みに、今の神影のステータスは以下の通りだ。
名前:古代 神影
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:異世界人
天職:航空傭兵
レベル:5
体力:70
筋力:70
防御:70
魔力:20
魔耐:20
敏捷性:200
特殊能力:言語理解、僚機勧誘、空中戦闘技能
相変わらず物理系の数値は微妙で、魔法系のステータス値は兎に角低く、逆に敏捷性は非常に高い。
アニメの台詞でもあるような、"逃げ足だけは速い奴"と言う言葉は、正に今の神影にピッタリだろう。
「やっぱり強いなぁ………こんな人が講師とは、ありがたいぜ」
「本当かい?そんな事を言ってくれる人は初めてだよ」
そう言ったエーリヒの表情は、何処と無く嬉しそうに見えた。
「皆、僕がルビーン出身だからとか、応用系の魔法を上手く発動出来ないからとかで、何時も嫌がらせをしてきたからね。魔術科の同期からは勿論、騎士科の同期からも、よく嫌がらせを受けたものだよ」
別の学科の生徒からも嫌がらせを受けていたと言う事実に神影が目を丸くする中、エーリヒは話を続けた。
「魔術科の同期からは魔法の訓練の的にされて、騎士科の同期からは袋叩きにされていたし…………まあ、毎回抵抗していたんだけど、その都度酷さを増すばかりだったからね」
そう言って溜め息をついたエーリヒに、神影は表情を悲痛に歪めた。
学校中の男子生徒からは敵視され、クラスメイトの男子からは毎日嫌がらせを受ける。
学校内での居場所を失うような、ありもしない事を大声で叫ばれる事もあれば、如何にも不良の風貌をした男子に殴られる事だってあった。
それも、1度や2度ではない。
少なくとも、それで怪我をした際には、適当な理由をつけて身内や幸雄達を誤魔化す事に苦労したのを、今でも鮮明に覚えている。
そうした理不尽な経験をしてきた神影には、同じく理不尽な扱いを受けるエーリヒの気持ちが、痛い程伝わっていた。
「それに、騎士団長や魔術師団長、他の士官学校の卒業生の人達も、暴力は振るってこなかったけど、やはり扱いは酷かったね。貴族もそうだったよ…………まあ、上流階級の人なんて、何処に行ってもそんなものなんだけどね。ただ態度が大きくて身勝手なだけで、平民の事なんてロクに考えてないのさ…………」
そう言うエーリヒの表情に怒りの色は無く、ただ、達観したような表情を浮かべていた。
その表情に含まれているのは、恐らく、同期達や卒業生、貴族達への失望だろう。
「エーリヒ………」
似たような体験をしていた神影は、彼に同情の眼差しを向ける。
それにハッとなったエーリヒは、頭を振って苦笑を浮かべた。
「ゴメン、今はこんな話をしてる場合じゃなかったね」
そう言って、両手で頬を軽く叩いたエーリヒは、神影に向き直った。
「さあ、話が長引いちゃったけど………これから一緒に頑張ろうね、ミカゲ!」
「…………おう!」
その返事を受けたエーリヒは、笑みを浮かべて歩き出した。
「(エーリヒ、こんなにも良い奴なのに………なんで王女さんは、コイツを見るなり逃げちまったんだ………?)」
先程のフィオラの行動を不思議に感じながら、神影はエーリヒの後に続き、それから始まる訓練に励むのだった。