第11話~切り離しと専属講師~
神影達が異世界に召喚されてから、早くも1ヶ月と少しが経った。
あの訓練で他の生徒達との格差を思い知らされた神影は、毎日死に物狂いで訓練に励んできたのだが、その努力も虚しく彼等に追いつく事は叶わず、寧ろ引き離されるばかりだった。
時折、幸雄や太助が神影の訓練に付き合ったり、沙那や桜花、奏がアドバイスしたりするのだが、やはり結果は変わらなかった。
それに、どうやら"勇者"の称号を持つ者は持たない者と比べて成長速度が速く、レベルアップによるステータスの伸びも大きいらしい。
更に後半になると迷宮に潜っての訓練も取り入れられた事により、神影以外の生徒達は、最低でもレベル10に達している。
その中でも、勇人や一秋、そして沙那達美少女3人組の5人はレベル15になっており、勇者パーティーのトップに君臨している。
それに比べて、"勇者"の称号を持っていない神影のレベルは5で、既にかなりの大差をつけられていたのだ。
"勇者"の称号を持っている者と持っていない者との間で、大きな格差が生まれていた。
「それに戦闘機を使う練習だって、1回も出来てない訳ですしね…………」
「………?ミカゲ様、何か仰有いましたか?」
「あ、いや。何でもないッス」
食堂への道中にそう呟いたため、何時ものように神影を先導するレイヴィアが聞き返すが、神影は軽く笑って誤魔化した。
自分が戦闘機を使う能力を持っている事が判明した神影だが、扱うのがレシプロ戦闘機だろうとジェット戦闘機だろうと、やはり騒音を伴う。
そのため、夜中に抜け出して王都の外で練習しようと考え、適当な理由をつけてフランクに夜中の外出許可を求めてみたが、『1人で行くのは危ない』と言って止められたのだ。
それには他の騎士達も賛成していたのだが、基本的に訓練は、神影以外の生徒達のペースに合わせて行われ、神影が訓練のペースについてこられていない事については殆んど考慮されていない。
そのため神影からすれば、もう自分の事なんて放っておいてほしいと言うのが本音だった。
「(おまけに貴族や他の上層部の人からも、結構馬鹿にされてるからな………)」
そう。この1ヶ月の間に、神影の成長が他の生徒達に大きく遅れを取っている事から、国の貴族達は、成長の遅い神影の事を"無能"や"役立たず"と呼んで蔑むようになったのだ。
更に1人だけ称号が"異世界人"である事から、"成り損ない勇者"と呼ぶ者も居た。
「(宰相もそうだし、王妃さん達は…………まあ馬鹿にはされないけど、勇者に夢中っぽいからな…………って言うか俺、もう完全に要らん子扱いじゃねぇか)」
神影は窓の外を眺めながら、つくづく自分の周囲からの扱いが良くない事を実感し、苦笑を浮かべる。
そうして食堂に到着し、レイヴィアと別れた神影は、また何時ものように食堂へと足を踏み入れるのだった。
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「…………で、専属講師の人が来てないんですけど?」
朝食後、また何時ものように訓練が行われるのだが、神影はただ1人、城の中庭に立っていた。
そうなったのは、今から30分前の事だ。
何時ものように他の生徒達と共に訓練に向かおうとしたところをフランクに呼び止められた神影は、今後は勇者達の成長を最優先にするために、神影が勇者パーティーから外される事を伝えられたのだ。
これは、成長が大幅に遅れている神影を邪魔に思ったカミングスや他の上層部の意見もあって決められたもので、今日から神影は、勇者達とは別行動になる。
それを知った幸雄や太助、そして沙那達美少女3人組が驚愕で目を見開く中、男子生徒達はニヤニヤと笑みを浮かべていたのだが、中でも功達3人組や恭吾の顔が、それはそれは侮蔑に溢れていたのは余談である。
「はぁ………いっそ追い出してくれた方が、俺としてもやりやすいんだけどなぁ……誰の目も気にせず戦闘機使えるし………」
そう呟きながら辺りを見回し、神影は専属講師の到着を待つ。
そんな時だった。
「何方か、お探しですか?」
「ん?」
不意に後ろから声を掛けられた神影は、振り向いて声の主を確認する。
其所に立っていたのは、薄紫のドレスに身を包み、茶髪のポニーテールと紫色の瞳を持ち、何処と無く桜花と同じ和風美人な雰囲気を感じさせる、ヴィステリア王国第1王女、フィオラ・フォン・クラルスだった。
「えっと、王女さん………でしたよね?」
辿々しい言い方をする神影に、フィオラは頷いた。
「はい。第1王女のフィオラと申します。初めてお会いした時にも名乗りましたが…………覚えていませんか?」
「はい、全く覚えてないッス」
「えっ…………?」
神影のあっさりした反応に驚き、目を見開くフィオラ。
だが、一旦冷静になってこれまでの生活を振り返ると、神影がこのような反応を見せるのは無理もない事だと言う結論に辿り着いた。
召喚された日の自己紹介以降、彼女等3人の王族は、神影と全く接触していなかったのだ。
王妃であるクラウディアや第2王女のジーナは、主に勇人や一秋達のように勇者の称号を持つ生徒達の方へ話しに行く上に、フィオラは元々、人と話すのが得意ではない。
だが、今後のためにも彼等との繋がりを強めておく必要があり、2人について歩いていたのだ。
そのため、あのステータスの確認以来、格下として見られていた神影と彼女等王族との接点は皆無となった上に、神影自身も自分の事に精一杯で、王族の名前を覚えている暇など全く無かったため、彼女等の名前は、とうの昔に彼の記憶から飛んでいたのだ。
「(そう思うと、彼が私を覚えていないのも当然ですね)」
彼女が内心そう呟いている中、神影は『和風美人がドレスを着るのはミスマッチなのではないか』と、思い切り場違いな事を考えていた。
「…………っと、それはそれとして、話は戻りますが……」
考えが脱線しそうになったフィオラは、両手を軽く打ち付けて話を戻した。
「ああ、誰か探してるのかって話でしたよね?いや、実はですね…………」
神影が先程フランクに言われた事を説明しようとした、その時だった。
「お~~い、其所の人!」
「…………?」
またしても、背後から声を掛けられる。
この世界の住人は背後から声を掛けるのが好きなのかと内心呟きながら振り向くと、長い金髪の少年が手を振りながら、此方に駆けてくるのが見えた。
後頭部で1房に纏めている金髪を振り回しながら駆けてくる少年は、透き通ったエメラルドグリーンの瞳を持つ、かなりの美少年だった。
それを見た神影は、その少年が、あの晩餐会の時、謁見の間の隅に独りぼっちで所在無げに立っていた少年だと言う事に気づいた。
「エーリヒ・トヴァルカイン殿………」
「え?」
駆けてくる少年の名前らしき単語を呟いたフィオラに、神影が聞き返す。
そして、彼の事を詳しく聞こうとした神影だが、それよりも早く、彼女はそそくさと建物の方へと引っ込んでしまった。
彼女の背に声を掛けようとしたところで、駆けてきた少年が神影に話し掛けた。
「え、えっと…………異世界から来た人って………君、だよね…………?」
「は、はい。そうです」
神影を見つけるまでずっと走り回っていたのか、膝に両手をつき、肩で息をしながら訊ねてきた少年に神影が答えると、彼は安堵の溜め息をついた。
「よ、良かったぁ………やっと、やっと会えたよ…………さっき、騎士団長と魔術師団長がいきなりやって来て、『今日から、勇者パーティーから外した異世界人の専属講師をしろ』とだけ言って、場所も教えず戻っていったから、ずっと探し回ってたんだ…………」
そう言って、少年は何とか呼吸を整えようとする。
それから暫くして、ある程度落ち着きを取り戻した少年は、背筋を伸ばして改めて神影を正面から見据えると、未だ走り回った事による赤みが残った顔に笑みを浮かべ、右手を差し出して言うのだった。
「今日から君の専属講師をする事になった、王立騎士・魔術師士官学校魔術科卒業生の、エーリヒ・トヴァルカインです。これからよろしくね、異世界人さん!」