第9話~"航空傭兵"と言う天職~
あれから時間は流れて、今は夕方。
この日初めての訓練を終えた神影は、部屋に戻ってベッドに腰掛けていた。
「それにしても、俺に支給された武器はただの長剣か…………まあ、俺の天職に合う武器が宝物庫には無かったんだから、支給されただけありがたいと思わなきゃな」
壁に立て掛けている1本の長剣に視線を向け、神影は苦笑を浮かべた。
生徒達のステータスの確認後、彼等は城の宝物庫へと案内されて各々が持つ天職に合う武器を支給されたのだが、神影の場合は別だ。
そもそも、"航空傭兵"と言う天職を持つ者の前例が今までに全く無かったため、その天職にはどの武器が似合うのか判断出来なかったのだ。
そのため、何れにすれば良いのかの話し合いの末、神影にはフランクや他の騎士団員が持っている長剣が支給される事になったのだ。
他の生徒達に支給された武器のように、特殊な素材は使っていない上に何の追加効果も無い、ただ質が良いだけの長剣だが、今後の事を考えると丸腰より何かしらの武器を持っていた方が良いだろう。
「つーか、そもそも"航空傭兵"ってどんな天職なんだよ?こんなのネット小説でも見た事ねぇぞ」
神影はステータスを開き、天職の欄を指でコツコツと突っつく。
「大体、"航空"って単語がつく天職なんだから、戦闘機使えたりしねぇのかよ?ロシアのSu-35とか、アメリカのF-22とかさぁ」
ステータスを閉じてベッドから跳ね起き、意味も無く部屋の中を歩き回りながら愚痴を溢す神影。
今日1日の出来事や今後への憂鬱さから、かなり精神が削られているらしく、半ば投げやりな言い方をする。
そんな時だった。
『レベル不足により、機体を展開出来ません』
「…………ッ!?」
突然、聞き覚えの無い女の声が神影の頭に響いた。
「だ、誰だ!何処に居る!?」
あまりにも突然の出来事に、神影は直ぐ様、壁に立て掛けていた長剣を手に取り、剣を鞘から抜いてあちこちに向ける。
「………………」
だが、返事は返されない。
その光景は、第三者からすれば、ただ何かの役になりきっているだけの痛い人にしか見えないだろう。
「………気のせいか?」
神影は警戒するのを止め、剣を鞘に収めて壁に立て掛ける。
そして再びベッドに腰掛けようとするが、其処で動きを止めた。
「そう言えば、さっきレベル不足だとか何とか言ってたよな………」
神影は再びステータスを開き、航空傭兵の欄に軽く触れる。
すると画面が切り替わり、文章が表示された。
《航空傭兵》
実在する航空兵器(爆撃機や戦闘ヘリ、多用途ヘリ等を含む)を展開、使用するための天職。
試作機の無い機体でも、形や性能、武装等の情報があれば、設計段階でも展開・使用が可能。
特殊能力、"僚機勧誘"により、互いに了承し合った相手にこの天職をコピーし、相手にも航空兵器を使えるようにする事も可能。
その際、コピーした天職を解除する事は出来ない。
「ま、マジかよ…………俺、トンでもねぇ天職手に入れちまったぞ………」
神影は小刻みに体を震わせながら、文章を読み進めた。
その結果、未だレベル1である神影が展開出来る航空兵器は、1945年までに登場した戦闘機と攻撃機に限られる事が判明した。
「………コレ何てご褒美?」
神影は、自分の頬がニンマリと緩むのを感じた。
1945年に登場した航空兵器となれば、ほぼ全てが零戦のようなレシプロ戦闘機になるのだが、その中には、神影が好きなものが多く含まれている。
おまけに、ホンの一握り程度しか無い上に、実機では性能面で問題が多数あるが、ジェット戦闘機も存在している。
そのような機体をレベル1の時点で使えるのだから、嬉しくなるのは当然の事だった。
「だが、まぁ…………それを、他の奴等に言いふらす訳にはいかないんだよな………絶対面倒な事になるし」
ふと冷静さを取り戻し、神影はベッドに腰掛けた。
ファンタジー系の創作物に詳しい神影は、戦闘機のような現代兵器が、異世界ではどのようなものとして捉えられるのかを知っている。
殆んどの作品において、これ等の現代兵器はオーバーテクノロジーの塊として認識されている。
彼の知識通りの場合、もし自分の本当の力が知られたら、間違いなく戦力として利用されるだろう。
戦争への参加を強要される事に加えて、自分の能力を寄越すように要求される事だって容易に予想出来る。
そして、それを断った場合、今のステータスのままでは悲惨な目に遭わされると言うのは、火を見るより明らかな事だ。
前例が無かったためにどのようなものなのか全く分からなかった自分の天職が、実はこれまでの神影の立ち位置すら引っくり返してしまう程強力なものだと言う事が判明し、彼を蔑む者達からつけられた"成り損ない勇者"や"無能"、"役立たず"と言った不名誉な呼び名を撤回させる絶好のチャンスが沸いてきた訳だが、少なくとも現時点で本当の自分の力をクラスメイト達に見せるのは、得策とは思えなかった。
幸雄や太助が相手なら話は別だろうが、それでも何時、何処で秘密が漏れるか分からない。
そのため神影は、この天職の事については時期が来るまで2人にも伏せておく事に決めていたのだ。
親友達に隠し事をする事に対して罪悪感はあるが、仕方無い事だと割り切るしかないだろう。
「それに俺自身、この力は今日知ったばかりだし…………暫くの間は、皆の目を盗んで初期の戦闘機を使って練習した方が良さそうだな。あまりスピードも速くないし、訓練にはもってこいだろ」
そうしていると、部屋のドアがノックされた。
「レイヴィアです。入ってもよろしいですか?」
「はーい」
自分の天職が持つ力を知り、少しだけ気分が良くなっていた神影はドアを開け、レイヴィアを出迎えた。
「……………」
すると、目を丸くしたレイヴィアの顔が視界に飛び込んできた。
「………?レイヴィアさん、どうしました?」
そんな彼女の様子を疑問に思った神影は、彼女の目の前で軽く手を振る。
「い、いえ………お気遣い、ありがとうございます」
昨日の落ち着いた雰囲気が消え失せた様子で、レイヴィアは恭しく一礼した。
「(………あっ、そう言えばレイヴィアさんって使用人だから、俺が態々ドアを開ける必要は無かったな)」
未だ日本で生活していた頃を基準に考え、自分の部屋を訪ねてきた家族にするかのような対応をした事に気づいた神影は内心そう呟くと共に、自分が居るのは、もう自宅ではないと言う事を再確認した。
「ところでレイヴィアさん、俺に何かご用ですか?」
「はい。夕食の用意が出来ましたので………」
「了解です」
そう言って、神影はレイヴィアの後に続き、食堂へと向かうのだった。