第97話~規格外同士の鍛練と思わぬ再会へのフラグ~
さて、約1カ月ぶりに投稿した今日、9月7日は、本作の主人公、古代神影の誕生日です!
翌朝、昇ってきた太陽が世界を照らし、人々が夢の世界から現実世界へ戻ってくる頃、ルビーンの門の前には何時もの鍛練に励む神影とエーリヒの姿があった。
普段は軽く体操してからの組手で終わらせる2人だが、今回は神影の希望もあり、彼の魔法系のステータスを高めるための鍛練になっていた。
と言うのも、神影は日頃から魔力、魔耐のステータス値が他のステータスと比べて低い事を気にしており、それを補うべくエーリヒに久々の稽古を頼んだのである。
数値だけ見れば非常に高く、勇者のステータスを遥かに上回っているため、他の者が見れば無理に向上させる必要は無いのではないかと思うだろうが、エーリヒは快く神影の頼みを受け入れていた。
その理由が、城を出てから久々に講師役を頼まれたのが嬉しかったからだと言うのはここだけの話である。
「ミカゲ、集中切れかかってるよ!それと魔力にムラがありすぎ!もっと満遍なく、体全体に行き渡らせるんだ!!」
「お、おうッ!」
静かな朝を迎えたルビーンに、エーリヒと神影の声が響き渡る。
久々に専属講師と教え子の関係に戻っているためか、2人は何時も鍛練している時より遥かに気合いが入っているように見えていた。
それこそ、暇潰しがてらに彼等の鍛練を見物している門番が、『朝っぱらから元気な奴等だ』と微笑ましげに呟く程に。
「あの門番さんは微笑ましげにしてるけど、事情知ってるアタシ等からすれば………」
「は、ハード………ですよね……」
だが、そんな門番とは対照的に、若干引き気味な表情を浮かべる者が居た。
アイシスとユリシアだ。彼女等は今後に備えて自分達のスキルアップを図るため、今日から神影達に混じって鍛練する事になっており、今は姉妹で組手をしていた。因みに、この鍛練にはエリスやエミリアも参加しており、今はエーリヒの指導の元で鍛練に励み、あちこちにクレーターを作る神影を見ていた。
普段の組手とは違って魔力を使った組手であるためか、神影はエーリヒに押され気味であり、何度も地面に叩きつけられた事で身体中傷だらけになっていた。
「それに加えて、エーリヒさんって結構スパルタだから、尚更キツいでしょうね………」
そう言葉を続けるエリスに、エミリアはコクりと頷いた。
魔術師団に所属していた頃のエーリヒは、訓練ではずっと除け者にされていた上に、そもそも訓練に参加させてもらえない事もあった。
そうなれば、エーリヒが持つ多種多様な魔法や高い魔法関係のステータスは、全て彼が汗を流し、時には泥に塗れ、大怪我を負う。そんな血の滲むような努力を積み上げてきたが故に手に入れられたものと言う事になる。人に教える時にスパルタになるのも、それが原因だ。
そして、そんな彼に教えを請うと言う事は、つまり彼が積み上げてきた地獄のような特訓をそっくりそのまま行うと言う事になる。何せ、彼の訓練の内容を評価し、客観的な改善点を指摘したり、これより効率的な方法を教えてくれる者が誰1人として居なかったのだから。
元の天職が"魔術師"で、それなりの魔法適性を持っていたエーリヒとは違って魔法適性の無い神影にとっては、この鍛練は今まで積んできたどの訓練よりも過酷なものなのだ。
それがたとえ、全身に魔力を纏った状態でひたすら組手をすると言う単純な内容だったとしても。
「ぐっ、うぅ………!」
「頑張れ、もう少しだ!」
ステータス全体で足を引っ張りがちである魔法関係のステータス値でも4000を超えている神影だが、それでもエーリヒのペースに最後までついていく事は出来ない。何故なら、エーリヒの魔法関係のステータス値は、神影の3倍以上あるのだから。
魔力切れが近くなり、組手を続けながらも食いしばった歯の間から苦しそうな声を漏らす神影に、エーリヒが檄を飛ばす。
何の事情も知らない者が見れば無理をさせ過ぎだと叫ぶだろうが、今の神影にはこれくらい厳しくした方がちょうど良いのだ。
因みに、これ以外にもトレーニング内容の候補はあり、それはエーリヒが神影の体に魔力を直接送り込み、その状態で神影が魔法トレーニングをぶっ続けで行う事により、彼の魔力量を無理矢理増やすと言うものだ。
ただ、これは加減を間違えたり慣れていない状態で長時間行ったりすると、神影の体がエーリヒの膨大な魔力に耐えられず、壊れてしまう恐れがあった。
そのため、これはあくまでも最終手段とし、もし行うとしても、神影が魔力を体に纏った状態でのトレーニングに慣れてから行うものとして一先ず封印する事となった。
そうしている内に、彼等の組手にも終わりが見えてきた。
体に纏っている魔力のオーラを一層強めたエーリヒが、拳を構えて叫んだ。
「さあ、最後の1発だ!思いっきり打ち込んでこい!!」
「………ッ!」
その言葉を受けた神影は勢い良く飛び出し、言われた通り最後の力を振り絞った拳の一撃をエーリヒへと叩き込む。
勿論エーリヒも同じように拳を振るうため、彼等の拳がぶつかって衝撃波が起こり、それによって砂埃が舞い上がって2人の姿を隠した。
「「………………」」
それから数十秒程度過ぎると砂埃も晴れ、互いに拳をぶつけ合った状態で固まっている神影とエーリヒの姿が現れた。
彼等2人を中心として、地面は2~3メートル程陥没しており、そのクレーターも直径10メートル近くある事から、あの一撃が何れ程強力なものだったのかを物語っている。
先程まで微笑ましそうに見物していた門番の男は、『ん?コレただの組手だよな?』等とブツブツ呟きながら、一旦神影達を見てから両目を擦り、再び見ると言う行為を繰り返しており、アイシス達女性陣は、改めて神影とエーリヒが規格外な存在である事を見せつけられて言葉を失っていた。
「「………………」」
そんな外野を他所にしばらく無言で見つめ合っていた2人は、やがてどちらからともなくフッと笑みを浮かべた。
「良い一撃だったよ、ミカゲ。お疲れ様」
「ああ…………お前に、そう言ってもらえるとは……光栄だぜ………」
労いの言葉を掛けるエーリヒに、途切れ途切れになりながらもそう返した神影は、全身の力が抜けたかのようにその場に倒れ込んだ。この鍛練で己の持つ力を全て出し切ったのだ。
何時もの組手をしていた時には到底感じられなかった、体が悲鳴を上げる程の苦しさや疲労が、この地獄のような組手が終わった事への達成感を神影に与えていた。
別にこれまで手を抜いていたと言う訳ではないが、やはり今回の方が、鍛練中に感じた疲労感や、それが終わった時の達成感が大きかったのだ。
「………俺、今日1日このまま寝転んで過ごしたいな」
「いやいや、そんなの駄目に決まってるだろ?ホラ、回復魔法掛けるから」
クレーターの中で大の字になり、晴天を見上げながら呟く神影に苦笑を浮かべながらツッコミを入れたエーリヒが、回復魔法で神影の傷や疲れを癒し、両者の破れた服を"万物修復"で修復する。
魔力切れになって動けない神影とは違い、元から桁外れな量の魔力を持っているエーリヒには、未だ余裕があるようだ。
それからエーリヒは、呆然としているアイシス達に今日の鍛練の終わりを告げると再び神影に視線を戻し、今日の予定を訊ねる。
「そうだな…………今日はちょっと趣向を変えて、南の方に行ってみるか」
これまで、主に王国北部を主な活動範囲としてきた神影達"ジェノサイド"は、南部に行った事が殆んど無い。行ったとすれば、精々"黒尾"から救出した女性の村だったり南部にある迷宮程度であるため、王国南部にある町には行った事が無い。
そう遠くない内にこの国を出る事を予定しているのだから、それまでに1度くらいは行ってみようと考え付いたのだ。
「了解。アイシス達はどうする?一緒に来るかい?」
同じ町で暮らしているとは言え、神影達"ジェノサイド"と他の女性陣の扱いは別々の冒険者だ。そのため、彼女等はどうするつもりなのかをエーリヒは訊ねた。
「是非ともお供させてもらうわ。王国南部には行った事無いからね」
アイシスの言葉にユリシアもコクコクと頷き、エリスとエミリアも、神影達についていくと答えた。
「分かった、それじゃ1時間後に出発しよう。鍛練で疲れてるだろうからね」
先程から然り気無く色々と仕切っているエーリヒの言葉を受け、女性陣は汗を流すためにオールダム家へと歩いていった。
「さて………ミカゲ、何時まで其所で寝そべっているつもりだい?早く出てこないと埋めちゃうよ?」
「おっと、ソイツは勘弁願いたいね」
そう言いながら、クレーターから神影がのそのそ這い出てくる。
それから直ぐに、エーリヒは"万物修復"を発動させてクレーターだらけになっていた平野を元のまっ平らな状態に戻した。
あの鍛練の後でこのような事を平然とやってのけるのだから、流石は"魔術の鬼"と言う称号を持っているだけの事はある。
「それじゃあ、僕等も家に戻って体を休めておこうか」
「おう」
そうして、神影とエーリヒも家へと歩き出した。
アイシス達女性陣より、遥かにキツいトレーニングを積んだ2人。神影は既に傷や疲れを癒されているし、エーリヒも自分に魔法を掛けて回復する事も出来るのだが、それで1時間も外で突っ立って待つくらいなら、家でリラックスして待つ方が良いだろうと判断したのだ。
そして1時間後、神影とエーリヒが展開したブラックホークのコンテナに、アイシスとユリシア、エリスとエミリアのペアが各々乗り込み、南部へ向けて飛び立った。
その直ぐ先で、思わぬ人物と再会する事になるとは知らず。