第87話~貰い物の力でも~
「つ、疲れた………」
「まさか、迷宮攻略して宝物庫ゲットしただけであれだけ騒がれるとは思わなかったね………」
彼等が持つ宝物庫に目をつけた冒険者による騒動も落ち着きを取り戻した頃、ルージュ冒険者ギルドの食事スペースにはぐったりとテーブルに突っ伏す神影とエーリヒ、そして、そんな2人に同情するような視線を向けているエリスとエミリアの姿があった。
あの騒動が起こると、冒険者達はこぞって、やれ『宝物庫を見せてくれ』、『迷宮での話を聞かせてくれ』と言い寄ってきたのだ。
下の騒ぎを聞き付けて下りてきたイーリスも、彼等が難易度の高い迷宮を攻略して宝物庫を手に入れたと言う話を聞くや否や、他の冒険者達と一緒になって神影達の話を聞こうとしたのだから収集がつかなくなり、結局全て話す羽目になったのだ。
次々に押し寄せてくる質問の嵐ですっかり体力を失った2人だが、彼等の宝物庫を盗もうとしたり、エリス達に目をつけて絡んだりする不遜な輩が現れなかっただけ、未だマシな方と言えるだろう。
「いやはや、お疲れだねぇ2人共」
すっかりグロッキーになっているところに、若干ウェーブしたクリーム色の長髪に赤縁の眼鏡を掛けた女性がやって来た。
彼女こそが、ルージュ冒険者ギルド支部長、イーリス・カートリップである。
休憩に入ったのか、手にはジュースの入ったグラスを持っていた。
「誰のせいだと思ってるんスか」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながら隣に腰掛けたイーリスに、顔だけ向けてジト目で睨みながら言い返す神影。
何も言わないが、エーリヒも『どの口で言ってんだ』と言わんばかりの目線を向けている。
余談だが、2人に最も質問したのは彼女なのだ。
「仕方無いじゃないか。引退したとは言っても元は冒険者だったから、つい昔の事を思い出してはしゃいでしまったんだ」
『許してくれよ。ね?』と、グラスをテーブルに置いて両手を合わせるイーリスに、神影とエーリヒは呆れ顔を浮かべる。そして互いを見た後、盛大に溜め息をついた。
到底支部長に対して取るような態度ではないのだが、イーリスは怒りもせず、他のギルド職員も彼等の態度を諌めようとはしない。
これが何時もの光景である上に、時として、他の職員達も彼等と同じような態度を取っているからだ。
元は腕利きの冒険者で、今は支部長と言うこの町の冒険者ギルドのトップの座に君臨しているイーリスだが、このような子供っぽい一面を見せたり、仕事を放り出して他の冒険者にちょっかいを出し、それを見かねたギルド職員に正座させられて説教を受けたり、首根っこを掴まれて支部長室へ引き摺られていく光景が何度も見られている事から、此処等の人間には、支部長と言うより近所の悪戯好きなお姉さんと言った視線で見られていたのだ。
勿論、真面目に仕事をしている時は支部長としての顔に戻るのだが。
「それにしても、2人も一気に成長したよね。少し前までFランクだったのに、今ではAランク。それも、後少しでSランクと言うところに迫っているんだから」
神影の隣に腰を下ろし、懐かしむような表情で言うイーリス。
「まあ、それが100%俺等の実力によるものだったら良いんですけどね」
苦笑混じりにそう返した神影は、自分のステータスプレートを取り出して彼女に見せる。
彼のプレートには、次のように記されていた。
名前:古代 神影
種族:ヒューマン族
年齢:17歳
性別:男
称号:異世界人、血塗られた死神、無慈悲な狩人、人間兵器、這い上がりし者、世の理を外れし者、迷宮荒らし、守護者殺し、殺戮嵐、異界の怪物
天職:航空傭兵
レベル:86
体力:8940
筋力:8780
防御:8750
魔力:4600
魔耐:4650
敏捷性:10000
特殊能力:言語理解、僚機勧誘、空中戦闘技能、物理耐性、麻痺耐性、魔力操作、魔力応用、自動強化、僚機念話、成長速度向上(極)、展開『アレスティング・ワイヤー』、展開『カタパルト』、魅了・催淫無効化、石化耐性、気配察知、魔力感知、高速回復、高速魔力回復、機体回復速度向上
「これはまた、とんでもないステータスだね。称号も一般人とは比べ物にならない数になってるし」
この世界において、称号とは資格のようなものだ。
かつてエーリヒが持っていた"七光り魔術師"のような一部を除くと、称号の数は、多ければ多い程その人物の強みになる。
神影が持つ称号の数は、現時点で10個。イーリスが知る中では最多数となるのだ。
「俺等だって全く努力しなかったって訳じゃないですけど、半分はこの天職の恩恵ですよ。つまり今の俺やエーリヒの力は、半分貰い物って感じですね」
"航空傭兵"と言う天職を持った事でもたらされた、圧倒的な攻撃力や急激な成長。
それは、かつて"落ちこぼれ"と呼ばれ、蔑まれていた神影やエーリヒを世界最強レベルにまで引き上げた。国家規模での悩みの種だった盗賊団"黒尾"は勿論、勇者や騎士・魔術師団でさえ彼等には手も足も出なかった。
だがそれらの実績は、あくまでも"航空傭兵"の天職がもたらした恩恵。つまりこの天職が無ければ、自分達がここまで成り上がる事は出来なかったと神影は言っているのだ。
「成る程…………確かに、君の言う通りかもしれないね」
神影にステータスプレートを返し、イーリスは言う。
「君の天職は、正にご都合主義の塊とも言うべきものだ。この世界で無双するために用意された天職だと言っても過言じゃない。君はこの世界で、そんな天職を与えられたんだ」
態とらしく『与えられた』の部分を強調するイーリスだが、その表情に負の感情は無かった。
「君は、自分達はその天職におんぶに抱っこだと思っているのかもしれない。その考えは間違いではないけど、だからって何時までも沈んでたって始まらない。それに、貰い物の力と言うのは、君達2人だけの話じゃないんだ」
その言葉に、神影とエーリヒはハッとした。
イーリスの言う通り、貰い物の力と言うのは神影やエーリヒだけに留まった話ではない。勇者パーティーの面々にも言える事なのだ。
元は神影と同じように、戦争とは無縁な生活を過ごしてきた勇者パーティー。武術を習っていたり、喧嘩やスポーツで多少の身体能力を持っている者も居るだろうが、それだけではこの世界でやっていく事は出来ない。
この世界に召喚されて直ぐの頃は力を振るってはしゃぎ、はたまた自分達より遥かに劣っている神影を見下していた彼等の力も、結局は貰い物なのだ。
「それに、何も貰い物の力だからと言って自分を卑下する必要は無い。たとえ貰い物でも、それを如何に上手く使いこなせるのかも実力の内だからね。本当の能無しは、与えられた力を過信して、無謀な行動を取って自滅したり、その力に溺れ、振り回されたりするような連中なんだ」
「「……………」」
元冒険者と言う事もあり、普段のおちゃらけた態度を引っ込めて先輩冒険者としての表情で語る彼女の言葉には説得力があった。
現に、神影とエーリヒは感心したような眼差しを向け、つい先程冒険者になったばかりであるエリスとエミリアも感動している。
「まっ、コレはあくまでも私の意見だから、頭の片隅にでも置いといてくれたまえ」
そして、最後に何時もの態度に戻したイーリスは、グラスに注がれたジュースを一気に飲み干すのだった。
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あれから、更に時間が流れた。
「支部長、そろそろ仕事に………」
彼女が何時までも神影達の席から動かず、あれやこれやと話している事に業を煮やした職員の1人が、仕事へ戻るよう促しに来る。
「ちぇっ、もう少し話していたかったのになぁ」
「もう十分話したじゃないですか。全くもう………」
不満げに唇を尖らせるイーリスに呆れ顔で返した職員は、『さっさと仕事を片付けてくださいね』とだけ言い残して去っていった。
「残念だけど、もう時間切れらしい。私は仕事に戻るよ」
そう言って席を立とうとするイーリス。
「ねえ、ミカゲ。あの事言わなくて良いの?」
それを見送ろうとした神影にエーリヒが声を掛けると、イーリスは動きを止めた。
「ん?何かあるのかな?」
「え、ええ。まあ………」
そう言って、気まずそうな表情を浮かべて顔を見合わせる神影とエーリヒ。
その表情からこの場では言いにくい事だと察したイーリスは、彼等4人を連れて支部長室へと向かうのだった。