第84話~解散後の双方~
「やれやれ、やっと行ったか………」
調査隊の面々を乗せた馬車が街道の向こうへと消えていくのを見送った神影は、清々したと言わんばかりの表情を浮かべてそう呟き、大きく体を伸ばしながら今日1日を振り返った。
迷宮を攻略してルビーンへ戻り、倒れていたエリスとエミリアを保護した事から始まった今日は、正にイベント盛り沢山な1日と言っても過言ではなかった。
何せ、ただでさえ帝国からの逃亡者の保護したと言う事だけでも十分一大事だと言うのに、王都からの調査隊がやって来てブルーム達と一悶着起こし、その際同行していた勇者パーティーの数人と再会。その後、自分達が強くなった事を知った太助から勇者パーティーへ復帰する気はあるのかと訊ねられた際、即答で否定した事を勇人から非難され、強引に自分達の今後の生活を賭けた模擬戦までさせられたのだ。
エリスとエミリアの保護については何も問題は無いのだが、調査隊メンバーとの一悶着は、神影にとっては面倒事以外の何物でもない。
それが漸く帰った事で何時もの平穏な時間を取り戻せたのだから、神影がこのような表情を浮かべるのは当然の事だった。
「まあ、その、何や………お疲れさん、ミカゲ」
神影の心情を悟ったマーカスが、背中を軽く叩いて労いの言葉を投げ掛ける。
城で生活していた頃の境遇を聞かされていた事や、勇人の理不尽極まりない言動をグースと共に間近で見ていた彼は、今の神影の表情に隠された大きな精神的疲労を読み取っていたのだ。
「………どうもッス」
困ったような笑みを浮かべて、神影はそう言った。
「さ、さて。取り敢えず一段落したんだ。家で夕飯にしよう」
この重苦しい空気を変えようとしたのかグースが話を切り出し、マーカスやエーリヒ達も賛同する。
神影も、このまま沈んでいても始まらないと思ったのかコクりと頷いてグース達の家へと向かい、既に用意されていた夕食を摂る。
その後解散となったのだが、エリスとエミリアの寝床をどうするかと言う話になり、エーリヒの提案で彼女等を家に置く事になった。
そしてエーリヒは、両親が使っていたベッドに2人と神影を寝かせ、彼は自室で休むと言うように割り振った。
当然ながら、年頃の男女が同じベッドで寝る事について神影は反対しようとしたのだが、彼女等2人だけで寝かせて不安な思いをさせる訳にはいかないとエーリヒに押し切られてしまい、結局彼女等と共に寝る事になるのだった。
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神影達が眠りについている頃、調査隊メンバーを乗せた馬車の列は暗闇と化した街道を進んでいた。
各々の馬車にはライト代わりのランタンが取り付けられているため、真っ暗な街道も順調に進んでいる。
そんな彼等が警戒するべき事と言えば、精々暗闇に潜んでいる魔物や盗賊程度だ。
「はぁ…………古代君と再会出来たとは言え、今日は散々な1日だったわね」
「全くだ」
先頭を走る馬車の中では、奏と太助がルビーンに着いてからの出来事について話していた。イリーナとソフィアは眠っているため、彼女等を起こさないように小声で。
「私の予想通り、聖川達は問題を起こしたじゃないか。だから彼奴等をメンバーに入れるのは反対だったんだ。私達のように、ちゃんと古代の気持ちを考えてやれる者が今回の件に同行するべきだったんだ」
吐き捨てるように言って、馬車の後方にある小さな窓から真後ろを走っている馬車を憎々しげに睨み付ける太助。その馬車には、神影達との模擬戦で気絶させられた者達が詰め込まれている。
「まあ、決めたのが宰相だから仕方無いわ。あの人も古代君を見下していたから、彼に味方する者全員が同行するのは我慢ならなかったのでしょうね」
奏が溜め息混じりにそう言った。
実は、神影捜索のために調査隊に同行しようと言う話になった時、最初は幸雄や太助、そして沙那達3人組と言った神影の味方をする者達が同行しようとしていたのだが、其処で勇人が待ったを掛け、神影と再会した際に和解させるために、謹慎を解かれたばかりの功も連れていくべきだと主張したのだ。
当然ながら彼等は猛反発し、言い争いに発展しかけたところで偶然通り掛かったカミングスが話に入り、双方の主張を聞いた結果、今回のような組み合わせにしたのだ。
「聖川の意見もあっさり通した上に『勇者パーティートップクラスの者達が一気に抜けられるのは困る』などと言っていたが、私には理解出来ないな」
そう言う太助だが、奏はカミングスの決定に隠された彼の魂胆を見抜いていた。
それは、神影の味方をする人物の数を減らし、逆に彼を嫌ったり、見下したりしていた者の人数を多くする事で、彼に都合の良い展開になるのを防ごうと言うものだ。
幸雄や太助、沙那達と言った神影の味方をする者は、神影の望みを出来る限り叶えようとする。
そのため、彼等の意思に反対しそうな者を多く組み込み、神影の思い通りにはならないようにしたのだ。
つまり、神影が弱いままだった場合は彼が何れだけ復帰を望もうと拒否させ、逆に、強くなっているが復帰を拒むと言うなら、無理矢理にでも連れ戻させて都合の良い駒として利用しようと、カミングスは考えていたのだ。
実力者が居なくなっては困ると言っておきながら勇者パーティーのリーダー的存在である勇人を同行させたのも、このためだろうと奏は考える。
「(成る程、あの宰相が考えそうな事だわ。富永君達の不正云々に関する話はどうでも良いから、兎に角自分の思うがままに物事を動かそうとしているのね)」
そう考えた奏は、とんだ最低な連中に呼び出されてしまったものだと内心呟く。
国王の安否に関する詳しい情報は一切話さず、ただ彼等の言い分のみを信じさせる。
これまで国王と言葉を交わして現状を確認した事など、1度も無い。
おまけに、彼等の都合で無関係な自分達を勝手に呼び出しておきながら、期待に沿わない者は徹底的に冷遇して遠ざける。
その者が理不尽な扱いを受けようとも、ロクに取り合わない。
何故自分達は、このような連中の言い分を易々と信じ込み、少なくとも彼等より一緒に居た時間が長い神影を遠ざけていたのかと、奏は後悔した。
勿論、彼女や太助や幸雄、そして沙那や桜花の5人は神影へのいじめには関わっておらず、寧ろ彼の味方をしていたし、この世界に召喚されてからも、何度も彼のサポートを行っていた。
しかし、他の男子生徒は言うまでもないが、女子生徒の多くも、神影へのいじめを見て見ぬふりをしていたり、召喚後のステータスは最弱で、日に日に訓練についてこられなくなる神影を見下していたと言うのも、また事実。
神影が勇者パーティーを離脱し、復帰を拒むようになった事については、自分達が一切関わっていないとは言えない立場になっているのだ。
「はぁ……」
これまでも、そしてこれからも、神影に関するトラブルは絶えないだろうと予想した奏は、壁に寄り掛かって憂鬱げに溜め息をつく。
突然の溜め息に首を傾げる太助だったが、それよりも気になる事があるのか、口を開いた。
「ところで白銀、城に着いたら聖川達をどうするんだ?あんな勝手な事をしたんだから、説教の1つはしてやるべきだと思うんだが」
そう訊ねられた奏は体を起こし、少し考えた後に首を横に振った。
「多分、城に着いて直ぐにお説教と言う訳にはいかないでしょうね。着く頃には真夜中でしょうから、一旦休んで朝食後にするんじゃないかしら?」
王都とルビーンは非常に離れているために高速馬車を使っている調査隊一行だが、それでもかなりの時間が掛かる。
ルビーンへ向けて出発する時も早朝に出発して昼過ぎに漸く到着するような状態なのだから、夜になりかけている時間にルビーンを出発すれば、城に着く頃には間違いなく真夜中だ。長時間の移動等で全員疲れているだろうし、何より真夜中に説教すれば、周りにも迷惑が掛かってしまう。
そのため、城に着いたら一先ず解散して休息を摂り、翌朝に改めて話すのだろうと、奏は予想していた。
「まあ、今回の一件について勇者パーティーの皆で話し合う事になっているから、お説教は話し合いの前、または後でしょうね」
「そうか………」
自分が知りたかった事への答えが聞けて満足したのか、太助は頷いて目を瞑った。
彼もまた、長時間の移動やルビーンでの一件で疲れていたのだ。
「さて………じゃあ私も、少し寝ようかしら」
そう言って奏も目を瞑り、王都に着くまで軽く眠る事にした。
その後、夜中の1時に城に到着した調査隊一行は、移動中に目を覚ましていた勇人達と共に馬車を降り、シロナから翌朝の予定を伝えられた後に解散となった。
「幸雄…………例の計画は、話し合いの時に実行だ」
自分の部屋へと向かいながら、太助は今は夢の中に居るであろう親友に向けて、そう語り掛けるのだった。