7章-01 We are Alright!だよっ
やっぱ異世界ってのはおかしい
いや、おかしいから“異”世界なんだろうけど
通信や交通が何世紀も過去の状態に近い文化形態でありながら
21世紀の科学が届きもかすりもしない技術があったりする(※1)
少なくともこの世界のダンジョンってのは『隣の世界』との境界の『別空間』って聞いた
これが比較的身近なものとして存在してるんよね
中継地点のダヌパに朝がきた、ここから分かれ道
アタシと鎧さんはここから北の道、ティル村へ
マミさんは西の道、マーハへと帰る
ギルドの依頼掲示板に、やたらと目立つ大きな告知が貼り出してあった
まー、クエストってのはフツーに貼り出されるもんだよねー
そーいやむ巻き込まればっかしでまともに冒険者らしいクエストやってなかったにゃあ
ちょっと覘くだけのぞいてみよーっと
『急募、ラズハ調査隊 捜索
送迎船便確保済み、交通費用全支給』
その下に報酬とか、注意書きとか細々とした詳細が併記してある
「急募のクエスト依頼だな、こーいうのは大抵急な分報酬が破格に良い事が多いんだよな」
鎧さんも腰を曲げてうなづくように掲示板を覘く
彼の身長ではこうしないと細かい所は読みにくい、貼ってある高さが人間の目線だからね
目が悪いのではなく鎧の胸板の厚さとかで死角になってしまう、かつてのアタシも足元が見えてない娘だったけど、掲示板は大抵高い位置にあったので問題なかった(昔も今もチビだしー)
「ラズハって黒豹がいるところ?」
単語が気になったので聞いてみた
「そうだよ、よく知ってたね。あそこの黒豹は強い上に数も多い、できれば出会いたくない魔物さ」
「アタシは、見てみたい・・・かな。遠いの?」
いちおー、比喩的に使われた魔物だし・・・(2章-01参照)
「けっこー遠いね、ラディ港から船で3日くらいかかるからね」
「ギルド側で船はチャーター済みなんだー、出発が5日後かー
急募ってワリにはけっこーのんびりしてんのね」
「そうかな? 仮に全ての町村で同時にこの掲示がされたとしても、準備と移動のことを考えたらかなりタイトなスケジュールになると思うけど」
むー、よくよく考えてみれば町から町へ移動するだけで1~2日かかってしまうんだっけ
旅支度だって遠い未開の地へ向かう事を思えばそれなりに必要だよね
いかんいかん、高速の騎乗召還獣を前提にしちゃいけない
「船で3日・・・だよね、別の大陸?」
「大陸ってワケじゃないんだ、途中に渓谷山脈の絶壁が多くて陸路から回れる道がないんだよ
ぐるっと海から回ったほうが安全確実かつ速いのさ」
確かにこの世界に大型飛行機はないし、当然航空航路なんてものもない
アタシのチートな召還獣でも大勢を一度に運ぶ事はできない。せいぜい数名程度
やっぱこの世界、まとまった人数での長距離移動は船が主流なんだね
「そーいや、ダンジョンってのは『別の世界』との中間点って言ってたよね・・・お気軽に入ったりしてたけど」
う~ん、別世界より遠い場所
しかも、捜索隊出してるって事は開拓中のフロンティアって事になるよね
何か興味でてきたにゃあ・・・
We are Alright! 結果 Alright!
笑えて 毎日が光って ジャンプして みんな飛び込んじゃえ
一緒にいれば なんとかなるよ
アタシ個人としては行ってみたくてうずうずし始めた
「ところで、ラディ港ってどこの港?」
「あれ、知らなかった? ここダヌパから東へ徒歩で1時間も掛からないところにある港だよ
利用しているのは商人がほとんどで、冒険者には余り縁がないんだけどね」
ンな事言われても知らなかったんだからしょーがないよっ
でもなんとなく分かる気がする。コストやリスク的なののせいで、商人しか使わないって事なんでしょね
陸路に比べて運賃は高く付きそうだけど、護衛とか人員管理とかは交易馬車隊組むより船の方が楽な面もあるのかも(※2)
ある程度以上大量な商品を扱うのに向いてるんでしょね
「シドー山脈(※3)越えて北に行くんだよね、ついでだから里帰りがてらに参加してもいいかな」
「鎧さんの実家?」
「ヴァンドールって言うジャイアントの町だよ、寒いところだよ」
むー『ベルクマンの法則(※4)』はこの世界にも適用されるのかー
多分ドワーフの里は暖かいのだろう、エルフの森って暑いのかもしれない
あ! 解っちゃった!
『本来華奢なはずのエルフが日本の作品でだけ、ボン・キュ・ボンがやたら多い理由』
日本には四季があるから温度変化に対応するために部分的に大型化したんだ・・・きっと
種族特有の高慢気質を消失させたそれはもう『和エルフ』という独自進化系
日本って罪深い国だったんだなー・・・って脱線はほどほどにしとこう
「火山地帯からは少々離れてるけどね、クエストが終わったらその足で一度帰ってみてもいいかな」
「このクエスト受けるの?」
「受けてもいいかなって思った程度、里帰りトンとして無かったから渡りに船かもって思ったりはしたけどね。船便ってチケットなかなか取れないんだよ
おーちゃんはどうしたい?」
「アタシは見聞広めたいよっ」
やっぱ、大自然の中のフロンティアって心踊るものあるじゃん
狭っくるしい地下ダンジョンとかとはまた異なった雰囲気
アウトドアライフもまたいいよね
「マミ、おまえさんは?」
「むふっ、私は被写体ある限りどこまでもっ!」
「決まりだな、なら急がないとな
必要なものはあらかじめ用意して持っていく必要がある。町や村が近くにあるとは限らないからな、買出しに行きたくても店自体がない場合がほとんどだからね」
う~ん、アウトドアに必要なもの・・・ねぇ
『衣・食・住』・・・冒険者生活ってどれもキャンプみたいなものだと思うんだけど
あ! ピンときた、ジャンプ大Kから中足ゆるキャン昇竜拳ってくらいにひらめいた
これがあったら多分ずっと楽しくなる、でも問題は時間・・・間に合うかな
大丈夫、あと5日はある、なんとかなる
「思い当たる節があるんで、大急ぎでティルまで飛ぶよっ!タヌ子手伝って!
鎧さん、ゆっくりでいいんでオギの方ヨロシクお願いっ」
アタシは駆け出した。食料品店で手早く食材を買うと、町の門を出るのももどかしく
「召還する 、天駆ける雷の翼、アムルっ!!」(※5)
――――――――――
5分ほどでティル村に着いた。目指すはケイティさんの食堂、タヌ子を半ば引きずるように駆けつける
「お願い、一番大きなお鍋を貸して! 」
「いいけど・・・これ扱えるかしら?」
いかにも業務用といったカンジの寸胴鍋、要領10数リッターってトコかな、むしろちょうどいい
ぐらぐらと煮立った鍋には、牛すね肉・牛の脛骨・鶏肉・鶏がら・タマネギ・ニンジン・ネギ、さらに香味野菜(セロリ・パセリ・ローリエ・タイムetc)、コショウとスパイス少々
火を弱めてあくをとる。ここからはずっと弱火でコトコトと・・・あくとの戦い
うん、これは正義なのだよっ
「タヌ子 修行だ、鍋に浮いてくるあくを殲滅せよ
そして、鍋の内容量が煮詰まって半分を切ったら連絡せよ」
・・・そう、アタシが作っているのはスープストック、別名『ブイヨン』
煮込み系の洋食のベースとなる『西洋だし』、これが有ると無いとでは仕上がりに大差が出る
大抵の料理経験アリの人は粉末やキューブ状になった『固形スープ』を使った事があると思う
便利だよね、でもこの世界には無いだから作って持っていく
ブイヨンはあくまで「だし汁」、これで肉野菜を煮込み味の調整をして初めて「スープ」となる。
コンソメってはブイヨンを使った透き通った琥珀色のスープの事だからねっ
固形のを買って使う人は、その辺り混同しないようにねっ、溶かしてそのままスープとして飲めるのはコンソメ
前に聞いた話によると、サバイバルの必需品はカレー粉だって聞いた事がある
慣れない土地の慣れないものを食べないといけないときは、カレー粉で香りをごまかして食べるんだそうで、どんな歴戦屈強のゲリラ戦士でも、カレー粉が尽きたら撤退するんだそうな
・・・なんて薀蓄を語りながらアタシが用意しているのは『容器』
クラフトスキルでトレイや木箱を加工して今回の仕上げ用の容器を作る
スープストックが煮詰まるまでに用意しとかないとね
カレー粉はまだこの世界に存在しないだろうけど、存在する素材で作れるものは作っておく
近代料理無双なんかの為じゃなくって、冒険を成功させる為に
とりあえず、鍋はタヌ子に任せて旅支度を進めておこう
――――――――――
夜も更け始めた頃、ようやくスープストックが完成したみたい
これを布で濾して容器に小分けする
念のためにちょっと味見、うん、まずまずかな・・・一応お出汁だからねー
スープとしては薄味、塩分調整するだけで十分一品になる
そしていよいよ仕上げ
まだ少々暖かいけど、この程度なら問題ない
「これをどうするの?」
ずっと観察に徹していたケイティさんも最終工程が気になるらしい
「保存性と携帯性を最後に加えるんだよっ」
まずは凍らせちゃう、足つきトレー状の容器を重ね一定間隔を空けた状態に
「フリーズ・ブラスター」
そして凍ったトレーを用意しといた密閉容器にセット
蓋をして先ほど改造しといた手のひらサイズの弁に意識を仕向ける
「ウィンディ・ブロー」(※6)
本来突風を生み弾き飛ばす呪文だけど、意識を集中する事でその向きを変える事ができる
今回は通常に「打ち出す」のと反対に「引き込む」様に放ってみた
容器の中の風・・・空気をバルブの所から一気に引っこ抜いた
- これでこの容器の中は、だいたい真空だ -
しばらく待ってから容器を開ける。トレーの中はそれなりに何とか固まってくれた
きっかりとしたキューブというより、やや柔らかさを残したカレールウみたいなカンジ
形的には板チョコっぽいかな
一応ワケ解らない人のためへの説明~
高い山の上など、気圧の低い所では「沸点」=「お湯の沸く温度」 =「水分のよく蒸発する温度」は下がる
(富士山山頂だと88度Cで沸騰したはず)
もっともっと気圧を下げると、冷たいままでも沸騰するし、さらには凍ったまま蒸発するようになる
これがカプ麺なんかでよく見かける『真空凍結乾燥』
アタシは『固形スープの元』を手に入れた
拙い作品をお読みいただきありがとうございます
固形スープ、ほんと便利だよね
【解説】
(※1)21世紀科学が届きもかすりもしない技術があったりする:魔法というエネルギー保存の法則を超えた技術。マナという無尽蔵なクリーンエネルギー。意思・気合・感情等に反応するBMIインタフェース技術。魔物と転移に関する部分は研究中でまだ結論が出ていないとの話
(※2)護衛とか人員管理とかは交易馬車隊組むより船の方が楽な面もあるのかも:陸路は積荷が多くなると馬車の台数が多くなり、必要な御者や護衛の人数も増える、当然全体をマネジメントするのも大変
船便はその辺りはシンプル
(※3)シドー山脈:ティル村の北端の雪山もこの山脈の一部、崖とか断崖絶壁が多くて登山家すら足を踏み入れたがらない、事実上人類生存圏の壁になっている。
ゲーム的に言えばエリア区切りの壁
(※4)ベルクマンの法則:「同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」という学説。ぶっちゃけ「寒いところに住む動物はデカい」
(※5)召還する 、天駆ける雷の翼、アムルっ!!:後でギルド長にこっぴどく怒られた(後日談)
「町の入り口でドラゴン呼び出さないでください」
(※6)ウィンディ・ブロー:本文でもあるけど、本来は突風吹き飛ばし呪文。一定量の空気の塊を任意の方向に動かす。あくまで突風、連続で吹き続けることはできない
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