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攫われた花嫁


「さあさ今日も大忙しですわよよ! ららら~」

「式までもう一月~! ららら~」

パタパタせわしなくメイドさんたちが駆けていく


忙しいなのになぜ絶対歌うのだろう。

どんな時でも歌だけは忘れない音楽と情熱の国の人たちである


埃一つ見逃さない大掃除。銀食器の一本一本までピカピカに磨き上げる

それ以上に念入り執念的に磨き上げられるのは桜のお肌だ


キュッキュキュッキュ高価そうな美容液を塗り込められ仇の如く磨き上げられて、もうつるつるの卵のようだ。

枝毛一本見逃さず手入れされた桜を見て、ディルがきゅんきゅん感極まる。


「ああ、可愛らしいうえになんて美しいんだサクラ!!!光り輝くよう!日ごと見るごとにどんどん魅力を増していくサクラ! あの太陽よりももっと眩しいのはサクラ!そしてもっと熱いのは私の愛!」


今日も一目でぶっちぎりで感極まったディルが胸を押さえて叫ぶ


らー! らーらららー!!!!


猛る想いのまま一しきり歌われる


ふう、なんとか受け流せるようになってきたぞ


「ああ、いつかサクラと愛のデュエットをするのが夢なのだ!」

さらなる試練を満面の笑みでぶち上げるディル。そ、それは一生無理かもしれない


「ああ、桜これを」

ディルがほほえんで、桜の手のひらに何かを包み置く

キラキラと輝く青い宝石の首飾り。ディルの瞳のよう


「王家の者だけが作り出せる法石です。この世界のかけら。本当は結婚式に渡すものですが……待ちきれませんでした。サクラの喜ぶ顔が」

「……綺麗。」


不思議な輝きだ

七色の煌めきが陽の光に弾けて、世界中の喜びを讃えるよう

煌めきの底に、淡く白い炎が燃えている


「この炎は……花びら?」

「ええ、サクラの花の精の加護を宿らせました。あなたがいつでも故郷を思い出せるように。そして、サクラ。私はこの世界のどこにいてもあなたを思っていますよ。」


これほど美しく、桜を魅了する宝石はないだろう

愛しい人の瞳以外は


「ディル……嬉しいわ! だってだって、この石を見つめれば、いつでもあなたの瞳を眺められるもの」

「サクラ!ああ、世界中に私の愛を伝えたい。誓いのキスまで待ちきれません」

「もうとっくに私の心は貴方の虜だわ。永遠に!」

「サクラ、あなたは私の最初で最期の恋の相手!! 運命の人!!」


真夏の太陽も溶け去るほど熱く熱く熱く熱く、口づけを交わす二人。


「んん……」


傾いた二人の身体が生垣に沈み込んむ

繁みの中、口づけ以上へと甘く潜り込もうとして


ぱたん!


突然響いた本の音に驚いて二人が跳ねる


おそるおそる生垣の裏を覗きこんで……


「ユ、ユーリ、いつからいたの?」


「……あの太陽よりももっと眩しいのはサクラ……くらいから?」

ほぼ全部じゃないか


「邪魔しちゃいけないと思ってたんだけど」

本を抱えてベンチを立つユーリ。いつも通り絶やさぬ微笑み


「僕の前で花が散るのは見たくなかったから」

涼しげな流し目をくれると踵を返して去って行く


「珍しいな、あいつがあんなに怒るなんて」

ディルが怪訝そうにつぶやく


え!?

あれ、怒ってるの!?

わ、わからないぞ、ユーリ……


花々がざわざわと騒めいて揺れる


ひらひらと真っ白な蝶が太陽目指して昇っていく

太陽に恋した蝶はいつか焦れ落ちてしまうのではないか



***


「姫様―!!!」

「逃げても無駄ですよー! 結婚式の誓いのお歌のレッスンですよー!!」

「今日も全身エステフルコースで全身ツルピカの刑ですよー!!!」


手をワキワキさせたメイドたちが桜捜索網を展開する


ひい、あれにつかまったら最後、もう怒涛のお姫様修行レッスンエステフルコースの猛烈ジェットコースターカリキュラムに載せられ全身磨き上げられた上に、仕上げは感動の「今日もお姫様修行を頑張ったえらいサクラ様を讃えるフィナーレ」大合唱、そして「ああサクラ会いたかった寂しかったサクラいい匂い可愛い愛しい」と乱入してきたディルが感極まって私をクルンクルン回しながらキスの雨を降らせ、なぜか毎回スタッフたちが感涙し、文化祭の準備で親睦深めちゃった男女的法則で新しいカップルが生まれ、そのカップルを讃える歌が開始され、右も左もキスの嵐……


という、もはやなにがなんだかわからない宴エンドレスな大騒動に巻き込まれるのである

ひい、絶対捕まりたくない


桜は庭園から逃れて、城門へとはしった

門に泊まる馬車に誰か乗り込もうとしている


今日も真っ白王子様ルックに深紅のマント


ユーリだ!


ぱたん


巣穴へ逃れる子兎のように、桜は馬車の中へ飛び込んだ


「か、匿ってください、ユーリさん」

突然飛び込んできた子兎に、わずかにユーリの瞳に驚きが灯る。


「いいですけど、僕用事がありますよ。街に行く」

「街へ?」

「うん、事件の聞き取り調査をしに」

「事件?」

「ええ、近頃夜ごと、若い貴族の令嬢が襲わて、声を奪われる事件が発生しているのです。おそらく悪魔がらみの事件でしょう。……そうだ」


ふと思いついてサクラを見つめる


「サクラ、ご一緒してくださいませんか。男の僕一人よりもサクラがいてくれた方が、被害者方もお心を開いてくれるでしょう」


白く柔らかな頬にふっくらと笑みが浮かぶ。

御者が鞭をぴしりと鳴らして、ごとりと狭い車内が揺れた


***


ロココだか何だかな豪奢でセレブな邸宅に馬車が泊まる。


「こちらへ」


煌びやかで可愛らしい内装のお部屋へ通される


天蓋付きのベッドに年若きご令嬢が伏せっている


波打つゆるふわウェーブの金髪碧眼、その瞳は悲しみをたたえて……

おお、まさに貴族のご令嬢と言った美しい容姿。


ご令嬢がユーリの姿を捕らえて目を剥く。

胸に手を当ててビクッと身を竦ませる。


「淑女の寝室に入ることをお許しください。……ご令嬢、誰が貴方の声を奪ったのです?どのような姿でした?忌まわしい記憶を呼び覚ますのはお辛いでしょうが、どうか教えてください。」

ユーリが枕元に傅いて優しく問いかける


彼女はとっさにもの言いたげに口をパクパクさせたが、吐息しかでない。

かわりに涙の滴がこぼれる。


かわいそうに、悪魔に襲われるなんて、なんて恐ろしかっただろう。

ましてや声を奪われてしまうなんて恐怖はいかに。

すっかり怯えて震えてしまっている。


ご令嬢が大慌てでペンを掴んで走らせた。

必死の形相だ。

そりゃ、犯人逮捕の決め手は自分の証言にかかっているのだから必死で伝えたいだろう。


『好きです』


んん!?


『大ファンです』

『結婚してください』


「お嬢様は事件のせいで大変お心乱されておられて……」

侍女が涙をハンカチで拭う


「おかわいそうに……取り乱して怯えてしまっても仕方のないことです。」

真剣そのものでこくこく頷くユーリ。


いや、少なくとも今心乱れているのは別の要因ではなかろうか

ご令嬢の瞳がキラッキラのウルウルに輝いている。悪魔に怯える恐怖絶望は微塵も無く、希望と生命力にあふれているように桜には見えた


むしろギラギラに燃え盛って完全にユーリをロックオンしているようにも見えた。


「ああ! おいたわしやお嬢様―!……大丈夫です! お嬢様の想いは、すべて私が歌い上げて差し上げます!!らーーー!!らららー!!!」


突如、感極まり高らかに歌いだす侍女

ひい、ご令嬢の高まりを侍女が熱唱しだしてしまった。

情熱と音楽の国の深窓の令嬢、おそるべし。


もっと恐るべきことは、この後回ったどの邸宅でも、同じような光景が繰り広げられたことである


***


真っ赤な夕陽が王都を朱に染める


かたたん


馬車が巨大なお城に吸い込まれていく


傅いたユーリに誘われて、馬車から降りる


「つ、疲れた……」

深刻な事件調査に身構えていたのに、かなり別の意味で物凄く疲れた


あれから何件か事件調査に回ったが、信じられない事に、終始同じ調子だった

みんなユーリを一目見た途端、メロメロにのぼせてしまって話にならない


そして見事に侍女たちが熱唱しだす。たまに執事のシャウトが入るところもあり

事件の聞き取り調査どころか、熱烈求愛(代弁)ライブのハシゴとなってしまった


というか完全にわたし、お邪魔虫だったんじゃなかろうか。

露骨に皆から睨まれたし。しっしって扇子で小突かれたし。


「うう」

徒労と言う言葉の意味をかみしめる


ようやくなんとか聞き出してまとめられたことは


「不思議な歌声にささやかれて意識を失い、気付けば声を奪われていた。思い出そうとすると記憶にもやがかかる……」


ということだけだ。


あとユーリがこの国で結婚したい男ナンバー2という知識もいや程得た


うーん、全然悪魔を捕まえる参考にならなそうだ


それから最後に……気になるのは

皆が唯一記憶に残って居る言葉

意識を失う直前、みな囁かれるらしい


「ハズレ」と……。


「ハズレってなんだろう……。」

「……わからないですが、悪魔は何かを探して居る。おそらくは、魔王への供物……」

ぽつりとユーリが呟く


「え?」

振り向いたユーリの横顔はぞっとするほど深く沈んでいて、深刻そうだった

夕闇の影に溶ける様。

瞳だけが太陽よりも赤く燃え盛っている


「攫われているのは法力の強く美しい娘ばかりです……。そして奪わる声……。声には強い力がこもります。早くなんとかしないと。なんだかものすごく、嫌な予感がするのです。」


この世界を強く憂うユーリの瞳は強い焦燥が宿っていて

……ユーリは、こんなに底の読めない陰りある人だったかしら

なんだかユーリの方が心配になってしまう


思いつめるユーリは見ているこっちの胸が痛くなるほど切迫するものがあって


「ちょっとユーリ、息抜きもした方が良いわ。もっと心のままに肩の力抜いて遊んで見てもバチ当たらないわ。明日は遊ぼう? 何かやりたいこととか、ある?」


だってユーリはまだ幼いのだから。

年相応に無邪気に遊んだって罰は当たらないと思う


「……あなたがそんなことを言いますか!?」


途端、ユーリの眉根が歪む。強い衝動を抑えて絞り出すような声

乱暴に腕をつかんで引かれる。

よろけた反動をユーリの胸が受け止める


驚いてユーリを見上げれば、その瞳に取り込まれそうになって息をのむ


迫る夕闇の影に、真っ赤な瞳だけがギラギラと燃えるよう


ど、どうしちゃったのユーリ!?


た、確かに私は遊びすぎかもしれないが、そんなに怒らなくっても


「……っ! 失礼しました」


どんっ。


身体が乱暴に突き離される


よろけた視線が戻った時には、ユーリはもう遠く駆けだした後で


ぼうっと赤く翻るマントを目で追う

ひと際輝いて沈む太陽だけが、桜を真っ赤に照らしていた


***


リーンドーン

リーンドーン


透きとおった青空に、大聖堂の鐘がなる

国中を揺るがす、結婚式の鐘


「姫様!お美しいです!」

「輝く花の精霊のようです!」

「ぼんきゅっ……、…ぼんきゅっ!……です!」

メイドたちがぐっと、喉を詰まらせる

ボンキュッボンのナイスバディとは言い切れないらしい


「ディル様を呼んでまいりますね!」

ぱたぱたメイドたちが去って行く


遂に迎えたディルとの結婚式

神の前で永遠の愛を誓う

そのあとは都じゅうを練り歩くお披露目パレードが待ち構えている


な、なんだか緊張だ。


桜はあらためて鏡のなかの姿を覗きこんだ


巨大な鏡が可憐な花の姿を映す


ダイアのびっしり輝く純白の豪奢なドレス。メイドたちが苦心して磨き上げた玉の肌。何とかご勘弁していただいたしめしめコルセット。……を使わずして、どうにかこうにか相当苦心して不屈の執念で築き上げられた、やや、ぼんな胸元。品よくまとめ上げられた髪には、輝くダイアモンドのティアラ


そして、胸元にはディルのくれた、輝く美しい青の法石


けれどもどんな宝石も敵わないのは、可憐な花の頬の色づき


ううむ、馬子にも衣裳。

人生で一番輝くと言う瞬間だけあって、思わず魅入ってしまう


さあっと風もないのに天鵞絨のカーテンが揺らぐ

部屋に影が落ちる


ふいに鏡のなかの桜が笑った


『おいで花嫁よ』


ひとりでに動いて喋る


!?


飛び退ろうとして、身体が動かないことに桜は気づく

悲鳴を上げたいのに声が出ない!


真っ青な桜を嘲るように嗤って、鏡の中の桜が手を伸ばす

冷たい指先が桜の頬を撫でる。


『おいで花嫁よ』

『罪深き花よ』


囁くように歌う。ぼうっと頭に霞がかかる。

囁かれるままに、勝手に身体が動く。


鏡の中へ。


とぷん


銀の波紋が揺らいで桜が鏡の中へ吸い込まれる


鏡の中の桜がほほ笑んで桜を抱き抱く。

抱きしめた腕が姿を変えて悪魔の姿を象る


仮面の男


意識が溶けていく

闇に落ちる意識に響く最後の声


耳元を炙る男の低い声


『あたり』


リーンドン

リーンドン


鐘が鳴る


悪魔の笑いを掻き消して


リーンドン…


鐘の音が止んだとき、


花嫁の姿はどこにもなかった



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