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夜の書庫


桜15才乙女、異世界トリップ第一日目の華麗なる夜は、籠城となった


「サクラ!!!すまなかった!!! すまなかった! 許してくれ!!」


トントントントントントントン


物凄い勢いでディルがドアを叩いている


「サクラ本当にすまなかった、もう絶対しないから!その、キスを…。もう信用無いかもしれないが…許してくれ」


違う、

怒っていない

キスされたから怒っているのではない


何と、乙女の唇という、この世で最も不可侵なものを奪われたのにもかかわらず、私は怒っていない


信じられない事に、私は不覚ながらもときめいてしまったのだ


し、しかたないじゃないか、世界中の女の憧れる、王子様のキスだぞ!

しかも見つめられるだけで心臓が止まりそうになるイケメンなのだ。

物凄くいい香りがするのだ。

ときめかない方がおかしいではないか。


唇を奪われたから怒っているのではない


わたしの事どーとも思ってないくせに、運命の婚約者がいるくせに軽々しく出会ってすぐにチューしてくるから怒っとるのだ

残念ながら私は、「わーいイケメン王子にキスしてもろうたラッキー!」っと、割り切れるタイプではないのだ

胸が痛くて痛くてディルの顔を見れる気がしない。怒るしかないのだ


「サクラ、サクラサクラサクラサクラ…」


トントントントントントントントン


しつこい!!!


本当しつこい!!!すごい!!!


高級レストランも敵わない、超ゴージャスなフルコースディナーは、お部屋食でとらせていただいた。

が、まさかのバックミュージックは落ち着かないドアトントンと、ディルの呪詛のごとき怨嗟の声であった


まさか夕焼けからとっぷりお月様がお空のてっぺんに上るまで、絶え間なくトントンされるとは思わなかった。


さすが情熱の国の王子である。執念の間違いかもしれない。


「サクラ、突然キスして申し訳なかった。欲望を抑えきれなかったんだ。だが後悔はしていない。私の情熱に嘘偽りはないのだから」

ディルが扉に取りすがる


「サクラ、私はこの国の第二王子、我欲に溺れることなく、常に正しく国を統べるべく心を凍らせて生きてきた。そんな私についたあだ名は、氷の王子。ああ、けれども、サクラ、貴方を前にすると私の氷の心は見る間に溶けてしまう。ついには己を失って、その愛らしい唇にふらふらと口づけてしまったのです。でもどうして私ばかりを責められます?瞬きの一つまで私を魅了する愛らしい貴方に、少しも罪がないとお思いにはならないか。可憐な花に吸い寄せられる哀れな蝶ばかりを責めないでください。サクラはあまりにも可愛らしすぎる」


うおおお、やーめーろー!


顔から火の出そうな言葉を廊下中にシャウトするんじゃない!


や、やめてくれ。扉越しにライフがガリガリ削られる。

それにしたってこの国の人たちは感情表現過剰すぎるぞ。

ごく平凡的娘っ子を大げさに褒めすぎだ。


「ああ、愛しいサクラ、可憐なサクラ、らー…。らーらー…!!!!!」


しかも歌い出した!最悪だ!


「やめて、歌うのだけはやめて!」

「じゃあ許して……」

「許さない!」

「ううう。」

がりがり扉をひっかいたって無駄だぞ


「お願い、もう今日は疲れてるの。お願い静かにして。放っておいて」

「サクラ……じゃあせめてお休みの子守歌を」

「今すぐどっかへ行って!!!!」

「サクラ……」


トン……


扉をたたく音から力が抜けて


ごつん


頭突きしたらしき痛そうな音が響く


ずるずる


そのまま沈んでいったらしき音


しばしの沈黙ののち


「おやすみ、サクラ……」

扉越しに口づけの音


衣擦れの音とともに悲しそうな足音が去って行く


「はあ…」

嵐が去ったか


嵐の去った後に訪れるのは、嘘の様な静寂


「……」


あれだけ付きまとわれていたのが居たのが、急になくなるとにわかに不安になる

なんだかんだで、ディルが今日一日いてくれたから、不安が和らいでいたことにあらためて気付く


――キスしたことは後悔していない

ディルの声を思い出す


一晩開けて頭が冷えたら、きっと馬鹿な事をしたと後悔するだろう

それどころか、怒って私の事嫌いになってしまうかもしれない

やばい

というか、思えば、王子様に結構な無礼を働いてしまったぞ。ビンタ二発だ

きっと傅かれて育ったディルのことだ、ここまでコケにされたことなどないだろう。それもこんな年下の小娘に。


もしもディルに嫌われたら……

嫌だ!


そう思っただけで、なぜかぎゅうっと胸が痛くてたまらない

しまった、ディルに嫌われて、王族の後ろ盾を無くしたらどうしよう


胸がぎゅうどころではない。現実的に食っていけなくなってお腹がぐうだ

今の私のお姫様ライフはディルの心ひとつの上に成り立っているのだ。


王様たちの機嫌をそこねれば、あっというまにこんな優雅な暮らしはおしまい

無一文でお城どころか国から出ていけ! なんてこと、十分あり得る


うーばかばか、娘っ子一人がこんな世界生きていけるわけないぞ。

一度滲んだ不安の種は、にわかにどんどん不安になる


きい


「ディル、いる?」


扉の隙間から、か細く灯りの続く廊下を見渡す

影が長く伸びる


沈黙


誰もいない……


真っ赤な絨毯をさくりと踏んで、そろっと廊下に出る

皆眠りに落ちたのだろうか、物音一つしない


ぱちぱちと灯りのはぜる音のみ

心細い壁の灯りよりも、窓から射す月の光の方が強い。


さくさく


長い回廊をひたむきに歩いて歩いて、

若干後悔しはじめる


うう、これはダンジョン探検失敗ではなかろうか。

やっぱり戻ろうかと思いだしたころ


「あ……」


廊下に一筋強い明かりがさしている。

「た、助かった……」

いや、特に危機でも何でもないのだが。道、真っすぐだったし

なんとなく旅人が宿を見つけた心境に浸っただけ


半開きの扉を覗きこむ。

暗がりになれた瞳に、光が眩しい。


そこは巨大な書斎のようだった。

のよう、と言ったのは、あまりにも蔵書が多すぎたからだ。


高い天井まで四面びっしり本の包囲網。

はしごが設置されて無ければ取り出せない


本だなの底にいかにもな書斎テーブルがなければ、図書館だな


テーブルの上も凄い

どっちゃり本の山。窓辺に一輪挿しの青いバラ


しかしそれより目を引くのは雑に置かれた不思議なアイテムたちだ、


黄金にダイアモンドの歯の髑髏、猿の手にしか見えないミイラ、付ければ魅了されそうな仮面、

おどろおどろしい物ばかりでもない。

大粒のサファイアの首飾り、虹色の貝殻のオルゴール。


おお、これぞファンタジーの世界の魔法のアイテムと言った感じ

隅に追いやられたティーカップと鈴蘭のシェードランプの肩身が狭そうだ


本棚に背を預けて青年が一心に本を読んでいる

巨大な本を両手で支えて、非常に重そうだ


本が巨大すぎて頭から食べられてるみたいだ


確かこの人は……ユーリ、だわ。ディルの弟で第三王子とかいう…。


さらりと髪を流して、青年が書物から目をあげる


「もう痴話喧嘩は終わりですか? 面白かったのに」

キラリと瞳が潤んで笑う


朝焼けの最も美しい一瞬を閉じ込めたような、真っ赤な瞳


それ以外は真っ白だ


白磁のように白い肌。

輝く真珠の様な髪。

どの線も細く柔らかく、何処か儚げ


年頃はきっと同じだろう。大人びたしぐさに、僅かに幼さが残る美貌のおもて

つい昨日青年になったばかりのよう。


弟も兄に負けず劣らぬ美貌だ。だがこちらは美しい芸術品のよう


ディルが超イケメン! なお兄さんならば、

ユーリは物凄く、美しい……触れれば壊れてしまいそう…と、おもわずため息ついて見惚れてしまうタイプの美貌の持ち主だ。

下手すれば国宝に指定されて博物館に飾られそうな勢いで美しい


「サクラ? 私の顔になにかついていますか?」

「い、いいえ!!!ほくろ一つなくて凄いですね!!!」

慌ててごまかす

しまった。ほくろの有無まで凝視していたことがバレバレじゃないか?


「そんなに見つめられたら照れてしまいますね」

やっぱりばれてーら


「こんな時間に一人でどうしたの? 迷子?」

「え、えっと、眠れないからちょっとお散歩しようと思って」

「なあんだ、てっきり、寂しくなってディルを探してるのかと思いました」

おう、さっきから見透かされまくっている気がするぞ


「ユ、ユーリは何してるの?」

もうこうなったらごり押しで話題を変えるしかない。


「魔術の調査ですよ」


魔術! 

すごい。どファンタジーだ


「ユーリ、凄ーい!」

今度は素直に声に出てしまう


「そ、そんな事ないです。こんなの、この国の上に立つものとして当然のことで……す」

もごもご言いよどんでそっぽを向かれてしまった


頬がほんのり薄紅色に染まっている

あれ、照れてる? なんか可愛いぞ


「ねえ、何か魔法を見せて」

調子に乗っておねだりしてみる


「……じゃあ、お風呂にははいった?」

「まだ」

「じゃあ。浄化の法術。」

ぱちん、とユーリが指を鳴らす


しゃるん


光の泡が全身を駆け抜けていく


「あ、なんかさっぱりした。」

「旅の者などが使う術です。」


おお、凄い。


しゃるん。


??? 


「……どうしてユーリもかけたの?」

ユーリが薄く微笑んで、歩み寄ってくる……


「密室、夜中、男女二人きりで、淑女の方からこの術を使ってと殿方にお願いするのは、どういう意味かわかります?」

「わか……らないです」


わからないけど、もしかしてちょっとやばい?

ど、どうして私が一歩下がると二歩進んでくるんですか


とん


とうとう本棚に追い詰められてしまう


「男の人と深夜に二人きりって、貴方の世界では普通なのですか?」

とん

頭のすぐ横に手を置かれる。美しいお顔が迫ってくる


ちっ、近い! ユーリの白銀の髪がさらりと鼻先を擽りそうだ


「普通じゃない……かもしれな…いです」

顎をクイっとされる


ユーリの艶やかな唇が近づいてきて

耳元を囁きが炙る


「僕の世界でも普通じゃないから気をつけましょうね」


ぱっと身体が開放されて、ひらひら手を振られる


にこー


「サクラは可愛いのに隙だらけ、サクラに何度もキスしたお兄様の気持ちわかった気がします」


かっ……

からかわれた!


「もう! からかわないで! ちょっと心臓が止まるかと思った!」

「本気の方が良かった?」


もっとだめ!


ばしばしどつく


「怒っても怖くないよ。可愛いだけ。お兄様は世界の終末の如く怯えていたけど」


くすくすユーリが笑う


「サクラ、お兄様の無礼を許してあげてくれませんか。確かにあなたの唇を奪ったことは許し難いですが」


う……

親しみたっぷりの瞳で言われると辛い


「実は、その……怒っているわけではないの」

「そうなのですか? 僕には物凄く怒ってるように見えたけど?」

怪訝そうに首をかしげるユーリ


「違うの。キスされたことを怒っているわけじゃないの。ディルって、その場限りの熱で浮気な真似ばかりするから怒ってるの。ディルには運命の婚約者とやらがいるんでしょう? それなのに……。怒るというより胸が痛くてたまらないの」


「サクラ……何を言ってるの? …ディルの運命の人は……」

ユーリが小さくつぶやいてそこで言い淀む。


「……確かにディルは今まで言い寄られた女の数、知れずですね……。年も僕より4つも上の19。いろーんなことを知ってる」


うっ、

いろーんなこと!


思わずここには書けないいろんなことを想像してしまう


「ディルのバカ!不潔!」

思わず声に出た


くすくす笑うユーリ。

真紅のマントがサラサラ流れる


「ディルが聞いたらまた嘆いて大騒だね」

やけに嬉しそうだな。瞳がキラキラだ。


しまった!


大騒ぎどころじゃない。怒りを買ってしまう恐れがある。


ディルはやたら私のことを可愛い可愛いと過剰評価してくれるが、それって危険と隣り合わせなのだ


よく、可愛さ余って憎さ百倍というじゃないか。怒って嫌われてしまったらどうしよう。

今更ながら私はビビってきているのだ


「えーーー。ディルがこんなことであなたを嫌うとは思えないが…そうだな。」

手を顎にかけて少し考えたユーリが、ほほえんでぱっと指を掲げる


「もしディルがあなたを捨てたら、私が貴方と結婚しましょう?」


素早く手を取られて、キスを落とされる。

いたずらな瞳は私を射抜いたまま


びっくりした。この人クールそうに見えてさっきから冗談ばっかり。

しかもそんな笑顔で。心臓に悪いからやめてくれ


「冗談のつもりではないんですが」

それが冗談だというのだ


……それに、やっぱり、ディルがいい。

とんでもない美青年ユーリを目の前に、何選り好みしてるんだって思うけど

王子様相手に何高望みしてるんだとおもうけど


どんなに浮気人で、運命の婚約者がいて、身を固めるまでの遊びでぽいと捨てられてしまうとしてもディルのそばにいたい


ディルがいつか運命の人とやらと結ばれて、情熱的なキスを交わす。

なんて、考えただけで黒い嫉妬に囚われて、胸が抉れそうになるけれども


なんでこんなにディルが気になるんだろう?

今日会ったばかりの人にこんなに強烈に執着するなんてどうかしてると自分でも思う


「ねえユーリ、運命で繋がれた二人に割って入ることってできると想う?馬に蹴られて死んじゃうかな。」

「馬? ペガサスじゃなくて?」


ペ、ペガサスいるのか


「そうですね、運命を決めているのは神だから、抗いたいならば、悪魔に魂を売るくらいの覚悟が入りますね。だが悪魔と契約すれば、願いの成就の代わりに魂は汚され、人生はめちゃめちゃになる。」


ひう、なんというハイリスクローリターン


「でも、そうだ、運命といえど絶対ではないんだ……」

低く絞られた声でユーリが呟く。暗い熱情を帯びた声


「え?」

「なんでもないよ」


にっこり。


桜が見上げた時には、熱情は嘘のように冷え去り


真っ白な王子の、無垢な笑顔が咲いていたのだった




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