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散策


「サクラ、本当に済まなかった、見知らぬ異世界でけな気にふるまうあなたが愛しすぎてつい……貴方が慎み深き国の人だと思い至らず……その、親睦を深めるつもりで…」


見事にビンタの跡を頬に刻印して、ディルが涙目で謝っている


一体どんな親睦を深めるつもりだったんだ!? 確かに物凄く深かったが……。


「もういいの、忘れる、忘れさせて、異文化の違いが招いた不幸な事故だったのよ…」

桜はブンブン頭を振って生々しい感触の記憶再生を阻止した


「でもおかしい、サクラをびっくりさせないよう、サクラの世界のマナーを勉強しておいたのだが…この書物で。」


ディルのかざした教科書の表紙には…

左から緑赤白の縦ライン。

はい。


「それイタリアのガイドブック…」


確かにアムーレアモーレの国では挨拶がわりかもしれないが、シャイな日本人に初対面

ベロチューは刺激が強すぎだよ。っていうか多分イタリア人でも怒ると思う


ディルさん、私は日本人の、しかも乙女なのです。


***


このお城で暮らすと言って、ディルの次に大騒ぎをしたのがメイドたちである。


「きゃーーーー!!!! 姫様!可愛いですっ!!!!!」


次から次へと着せ替え人形の如くドレスをくるくる着替えさせられる。


小さな桜の身体が、宝石とリボンとフリルで埋まってしまいそうだ


そのどれもが、マリーアントワネットの肖像画よろしく、コルセットでしめしめに締め上げて、胸元がぼんっ!となってしまうすごいドレスである。

一度、首元の締まったドレスにしてくれと懇願したら、「未亡人ですか?」「はっ」「論外です」っと、ぽいっと床に捨て去られてしまった。ひどい。


何とかしめしめコルセット上げ底ドレスは見逃してもらい、シンプルでゆったり仕様の桜色のドレスに勘弁してもらう。

それでも、胸元には大きなリボンと、真珠が親の仇のようにあしらわれていて大変豪華だ。

同様にヘアスタイルも巻き巻きに巻かれそうになったが、なんとか両耳の裏から一本ずつ縦ロールが控えめに垂れる程度にご勘弁していただいた。

ちっ、とメイドの軍勢から舌打ちが上がった気がしたが、バッハが爆発したみたいな頭にされてはたまらない。

「今日の所はこれで引き下がらせていただきます。ですが!お披露目パレードの日は、ボンっとしたゴージャスなドレスを着ていただきますからね!」

ひい、ちょっとまて、パレードってなに?パレードがあるの!?


こんこん


「サクラ、よかったら、少し街を見てみないか、その、誘わせてくれないか」


扉越しにディルの声


きゃーっとメイドたちから歓声が響く

「ああっ、氷の王子様からの情熱的なお誘い!!」

「凍り付いた王子をとろとろにとろかすのは、乙女の愛なのですね!」


怒涛の着せ替えラッシュのあとで、いろいろ訂正する気力は桜には残って居なかった。


ドレスアップした桜の姿を一目見るなりディルは感極まってしまった。

「ああっサクラ、可愛い!!!可愛い可愛い!」


とろとろに溶けた王子に問答無用で抱きすくめられる

クリスマスにわんこをプレゼントされた少年のごとく頬をすりすりされる。

そのまま流れるような自然さでお姫様抱っこ

うん?

あれ?

と思う間もなくのしのし連行される。すごい、片手抱っこだ

それにしても、角を曲がるたびにメイドさんたちの嬌声が上がっちゃうディルさんさすがですねとか、というかメイドさんたちディルではなく私の方ガン見ですよねのか、お似合いですねってなんなの降ろしてくださいー!とか、

いろいろ桜の心の中では抗議が渦巻いていたのだが


「サクラ、可愛い。可愛い愛しい可愛いいい匂い。どうしてそんなに可愛らしく私の心をくすぐるのか?そんなに煽らないでください。小さな吐息一つで私の心に情熱の嵐が吹きすさんでしまう。可愛い可愛いすーはー可愛い」


立て板に水の如く注がれる甘々な言葉にぐうの音も出ず

またしても問答無用で連行されていったのであった。


***


ふつう、どんなに大きなテーマパークだって、細部までは作り込めない。裏路地は現代的な通気口があったり、張りぼてだったり。

試しに裏路地を覗きこんだら、どう見ても吸血鬼なオジさまが美女の血を吸って居た。

まだ昼間だぞ


「作りものじゃない……」


どうしようもないままかたかた馬車に運ばれていく。名残惜しい午後のホラー

若干ダークなものも目撃してしまった気もするが、この国は凄い


まさに情熱と音楽の国だ


街道沿いにずらずらっと並ぶは、楽器屋、楽譜屋、カフェ。トゥシューズ専門店。オペラ座。大聖堂に巨大な鐘の音が響く


石畳に舗装された道を馬車が走る。

劇場は少し走っただけで並んで15軒!セレブ御用達のキラキラ大劇場から、庶民の憩いの地下小劇場まで


かたたん

馬車がとまって扉が開く。ディルが傅いて誘う。お姫様抱っこは頑なにご遠慮願う

馬車から降りて、一歩街に繰り出せば音楽音楽。音楽のこぼれぬ家はない

真っ青な青空に溢れる音楽

真っ白な漆喰の軒先から、アンサンブルがこぼれる


窓から身を乗り出して、青年がバッサバッサとボロボロのズボンを振っている。


「あれは資金援助求むのサインです。ズボンのポケットを裏返して、財布が空っぽだとアピールしてるんですよ。もーすぐ仲間が酒と楽器を持ち込んで宴会が始まるよ。」


目ざとくディルを見つけた街角のご婦人から悲鳴が上がる。

「きゃー!ディル様だわ!今日もとってもお美しい!」

「冷たい表情が素敵―!!!」

「待って!!!今日は笑ってるわ!!!氷の王子が笑ってる!!!」

「きゃーーーー!!!!激レアショットよ!!!」


キャーキャー言っている。ディル凄い。王子様なうえにイケメンだもんなあ。氷の王子なんて呼ばれちゃってるよ

もーこうやって毎日毎日キャーキャー言われてんだろうなあ。


「まって!!!! ディル様の隣に女がいるわ!!!」

「なんですって!!!!?」

「きゃーーー!!! きゃーーーーーー!!!」

ご婦人方の視線が私に殺到する。ひい、私までキャーキャー言われてしまった。ディルへの熱視線と違って、刺さりそうなほど冷たくて冷たい。怖い。


「大丈夫、サクラは私が守る!」

「いえ、お姫様抱っこは結構です」

さっと逃げる。コツがわかってきたぞ

「むう……」

獲物を捕まえそこねた指が、所在なげに青い髪をくりくり弄る。


「サクラ、さっきはその……本当に済まなかった」

「す、すまなかった。何とかサクラと打ち解けたかったのだ。サクラの国の流儀に従って…従ったと思っていたのだが…」

見る間にディルが真っ赤に染まる。真っ青な髪と見事なコントラスト

そうだった、ついさきほど、不幸な勘違いででディルにファーストキスを奪われてしまったのだ。

こんなに照れるなんて、もしかしてディルもはじめてだったとか?

まさかね。ディルならご婦人が列をなしてより取り見取りだろう。


何にせよディルにも申し訳ないことをさせてしまった。


「わ、私のことを嫌いになった…か?」

「ううん、全然! 間違ってたとはいえ、私の世界を理解しようと頑張ってくれたんだもん、うれしい。」


おおう、ただしイケメンに限るの極地だな


「だから、お互い水に流して速やかに忘れよう。」

和解のしるしに、にっこりスマイルでディルを見上げる。

「くうっ」

なぜかディルは今までで一番真っ赤に紅潮した

「くっ、可愛すぎる…!サクラの初めては私のもの。…あの甘美な口づけ、一生忘れるものか!口づけだけでなくあれもこれもこれからのサクラの全てはわたしのもの」


やめて! 忘れてくれ! たのむ! あとなんか小声ですごい不穏なことを口走らなかったか


「ああ、サクラ可愛い可愛い、らー…!らーーらー」


あっ、やめろ!歌うのもやめて! 喉の調子を整えないで!!!


激情の発散に蓋をされたディルが恨めし気にサクラを睨む


「サクラを抱くのもだめ、歌うのもだめ、甘美すぎる想い出は忘れろという。サクラは可愛いが小悪魔のよう、私にどれほどの試練を課すのか?」


いやどれも至極まっとうな要求だと思う


「あ、あの、サクラ、ならばせめて」

思わず声を上げそうなほど熱い熱に手を包まれる、ディルの手。


「手は、つないでもいいですか。」

そっと優しく指が絡められる。


かああ。

見上げれば、氷の王子様のはずのディルの首元まで真っ赤で


どうしよう、ディルの手に心臓まで掴まれたようだ、熱くて痛いくらい。


ギャラリーからきゃーっと歓声が上がる。

ぱしぱし

世界が真っ白に輝いているのは、乙女のトキメキ世界ではなく、いつの間にか集ったパパラッチの猛烈なフラッシュである。この世界にはカメラがあるのか。


し、仕方ない。映画とかでも、お貴族様は女の人の手をつないでエスコートしているものね。ここいら辺りが、情熱の国の王子ディルと日本人の桜の妥協点というところだ。


ん?しかし一体何の妥協なのだろう


ちらりと掠めた疑問も、穏やかな午後の音楽に溶けていく

ゆったりと流れる河のほとりを並んでほてほて歩く

甘いデート中の貴婦人たちの日傘が点々と咲く。おお、鴨川等間隔の法則は異世界にもあるのか


キラキラと穏やかに凪ぐ湖面

小さな帆船が泊まっている。甲板ではもちろん熱狂的なフラメンコ


「サクラの国は恋愛結婚?」

藪から棒に何を聞く、王子様よ

「えっ、う、うん。お見合いとかもあるけど、やっぱり私は恋愛結婚に憧れるかな……」

「そうか……。がんばる。」

くっと空を見上げるディル


なにを?


でも、そういう言い方をするってことは

「もしかしてこの世界は……恋愛結婚は主流じゃないの?」


「出会ってその日に親同士が話をつけて結婚するのが普通です」

ひええ。なんか昔の中世ヨーロッパとかそんな感じだ。そんなの絶対嫌だ


「……生まれる前から相手が決められていることもあるんですよ。私のように」

ディルが桜を瞳に映してほほ笑む。


ひええ


「嫌だと思わないの!?」

「全然! こんなに神に感謝したことはない!」

がっつり恋人繋ぎのおててがぎゅむうっと握られる


「サクラ、運命って信じる?サクラはこの世界に来た時、結構ありえないくらいすんなり受け入れたよね。」

そういえばそうだ


「それって、桜の魂がこちらの世界のものだったからでしょう? そういう風に、理屈じゃなくて魂で惹かれ合う相手がいるんだ。魂の相手を生まれる前から神様に指名されて、婚約する」


ふむう、生前葬ならぬ生前婚。


つまりいわゆる運命の相手ってやつか。


ふーん。


じゃあ、このイケメン王子は、将来を誓い合った人がいながら、私のお手てを恋人繋ぎでぎゅむっと握っとるわけだ

ふーん。

しかも、間違えたとはいえチューなんてできちゃうわけだ。しかもあんな過激なやつ。くそっ、イケメンめ王子め

むかっとしている桜など全く意に介せずに、ああっと何故かディルが感極まる


「ああっ、サクラ、サクラに出会えてよかった!」

何を口走っとるんじゃこのイタリア人的遊び人め。


お手手を離せ。指を絡ませてぎゅうっと力を込めるんじゃない!

桜が乙女的怒りに任せて桜がディルの手を振りほどかんとした、その時

「ぎゃっ」


あろうことか、桜の足がふわっと浮いた!本日三度目である!


そのまま熱い胸板にムギュッと頬を抑え込まれて、お姫様抱っこされてしまう


きゃーッと悲鳴混じりの歓声があがる

だ、だからどうして脈絡なく私をかつごうとするの!?

こ、この人はさっきから私のことを子犬かなにかと勘違いしてるんじゃないか!?

もしくはアメフトのボール。


「やめ、やめて降ろして」

「サクラ、可愛い」

耳元を吐息が舐める。すんっと髪の匂いを嗅がれる。ひい。

とろりと潤んで甘い瞳で射貫かれる

うっ……、

不覚ながらドキドキしてしまう。仕方がないじゃないか。ちょっと地球には存在しないレベルの美形なのだ。

このレベルのイケメンに微笑まれて心拍数に支障をきたさない人類は、アームストロング宇宙飛行士、あるいはターミネーターくらいだろう。あっしかも一人は人類じゃないじゃないか。

とにかく! ごく平凡な女子桜の乙女心は不可抗力でときめいてしまうのだ。

捕まってしまえば逃れようもない。くたりと力が抜けて子猫のように運ばれても、誰が責められよう


***


河のほとりへ、すとんと降ろされる

もちろんがっつりお膝抱っこのままだ


どうしようもなく熱に包まれる

さきほどからこの筋肉の檻の主は、とろけるほどに甘い視線で隅から隅まで私を嘗め回し、時折縦ロールやら耳たぶやらをつっと撫ででは、魂が抜けたように「サクラ可愛い可愛い可愛い」とぶつぶつに呟く、完全に怪しい人になってしまった。瞳が完全にトリップしていてかなり怖い


熱い吐息がかかるたびに思わずうなじがぞくぞくしてしまう

身体を包む熱がどんどん上昇しているのは、気のせいだと思いたい


「うう……」

ああ、どうしたものか


涙目で遠くをみやる桜の瞳に、ひらひらと白い粒が映る

「あ…」

ふわっと花びらが鼻先を掠めていく

見上げれば、上流のほうに雲のように広がる、大きな桜の大樹

「……さくら」

「サクラ?」

怪訝な顔をするディル

「ううん、私の名前じゃなくてこの花の名前。この世界にも桜は、あるんだ…」


そういえば、この桜の嵐に巻き込まれてこの世界にきちゃったんだったな。お母さん、みんな心配してるかな。まだ心配される時間じゃないか。そうか、まだ半日も経ってないんだ…。なんだかすんなりなじんでしまったな


「サクラ…!!!」

ぷるぷる

遠い目をして黙り込んでしまった桜に勝手にディルが感極まる

「あーー!サクラ!遠く故郷を離れて異国の地で、健気に笑うサクラ、何と気高く可憐なのだ!サクラはまるでサクラのように可憐!ああ……歌いたい」

「ごめん、やめて、お願いだから歌うのだけはやめて」


恐るべきことになんか街の人たちがスタんばっている気配がするのだ。冗談ではなくマジで。

「歌うのか? 王子、歌うのか!?」という目で、隣のカップルは手拍子の準備をしているし、パン屋のおじさんはアコーディオンを引きずり出してばっちり構えている。


やばい、王子の歌で街中フラッシュモブミュージカルを始める気満々だ


「じゃあ、他の方法で心を鎮めてもいい?」

「もう歌わないでくれるのなら何でもいいです……」

「言ったね」


さあっと、王子の笑顔が満開になって


顎をクンと引かれる


そのまま吐息が重なって

あ、と気付いた時には

人生二度目の唇を奪われた後


全ての音が遠のいていく


とくん


心臓の音だけが残った


最後にぐんと深く潜られて

ディルの唇が離れる。薄く微笑んで。宝石のような瞳に、情熱がキラキラ燃えている


氷の王子と侮るなかれ


ここは情熱と音楽の国なのだ



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