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はじまり


人生には、今まで生きてきた道のりを根底からくるっとひっくり返して、丸ごと塗り替えてしまう決定的な瞬間、というものがある。


ある者には、PK戦でボールを蹴った瞬間かもしれないし


またある者には、屋上に憧れの先輩を呼び出して、好きです! と告白した瞬間かもしれない


そして私にとっては……


「行ってきまーす」

ヤバい。走らないと映画の待ち合わせに遅れてしまう


正しくは、憧れの人気声優、きゃんゆーさんの舞台挨拶最前列プラチナチケットなのだ!!

最前列!

ああ!見えすぎて困ってしまう心臓が!

マイクが拾いきれてない呼吸とか衣擦れの音とか直で聞こえちゃうよ!!


そう、私、琴峰桜はちょっとだけオタクなのである。

といっても、親友の類ちゃんとは違って、なんとなく好きな声優さんで乙女ゲームの攻略対象を選んだり、今期チェックするアニメを決める、程度のライトなオタクなのだ。

いや断じてライトだと言いはらせてもらう。


それでもやはり大好きな声優さんが、瞬き聞こえそうな距離まで来てくれるというのは、ものすごーく胸高なるものがある。耳の付け根がうずうずしてしまう


思わずサクラははウキウキとステップしてくるんっと回った。

満開の花びらに埋め尽くされた歩道をぴこぴこ飛ぶ

満開の桜吹雪のトンネルに可憐な乙女がくるくる回る。

つられるように桜吹雪もくるくる踊って。


あれ?


本当に踊っていないか?

私の動きに合わせて、桜の花びらがひらひらまとわりついて白く光る。

小さな蝶の群れのように桜の全身にとまる。

まるで私の身体中に蜜が塗られたようだ

きれいだが、いや、これはちょおっと、桜の花びらに襲われてないか?


などとぼーっと思っている間に幻想的では済まない異変が

靴底からアスファルトの味が消えた。

驚く間もなくふわりと体が浮くような感覚がして


くるん

身体が宙に放られる


「きゃああ!!!!」

ざあっと桜嵐が捲き上る。ハーフアップに結った黒髪がはねる


くるくるくるくる


きゃー! と可愛らしい悲鳴は次第にぎゃああ! と乙女らしからぬものに変貌し

やがてその悲鳴を上げる余裕もなくなった。

なんだこれ。

新手の絶叫マシン? 

すごいよ悲鳴も出ない。

って、ここんな勢いで回されたらリバースどころか鼻から脳みそが出てしまう。

乙女としてそれだけは避けたいところだ

いやはやしかし人間の意識というものは混乱すればするほど無駄に良く回るものだな


ぽんっとスピンがとまって真っ白な空間に放られる。


果てのない白


わけもわからぬまま直感的に思う。


ああ、ここは宇宙だ。


真っ白な宇宙にキラキラと桜吹雪が舞っている

桜嵐の奥底で、燃える様にキラキラと大きなクリスタルが回っているのを、ちらりと視界が捕らえる


……すごく綺麗で……懐かしい……こわくない

白む意識に声が響く


「おかえり……」


天も地もなく、真っ白な世界にホワイトアウトして……




さわさわ


後に揺れるは、何事もなかったような満開の桜の森


私、琴峰桜、花も恥じらう乙女15才は、こうしてこの世界からあっさり消えた



***


(うう……)


ここはどこだろう。


最初に感じたのは、知らない香。南国の花のような、とてもつもなくいい香り。


次に身体を包む熱


朦朧とした意識が、流れ込む話し声を聞くともなしに聞く


「どうだディル、魂の相手って感じ、するかあ?」

「……可愛い。」

「聞くまでもないみたい」


徐々に意識が戻ってくる。頭の中に染み込む音。澄んだ空気。


「……う」

瞼を上げてしぱしぱ瞬きしてみる。

真っ青な青空、眩いお日様に一瞬目がくらんで


それから、最初に目に飛び込んできたのは、空よりもずっと深く美しい瞳


「!?」


男の人だ。

しかも、どアップである

しかも、超イケメンさんである

キラッキラの宝石の様な瞳。長くてふさふさのまつげ。

すっと整った鼻梁。精悍な目元。そして、真っ青な髪。

氷の国の海のよう。


人間ではありえない色の髪も、その人にはとても自然で良く似合っていた。

イケメンさんのプラチナブルーの髪がサラリと流れて、私の鼻先を擽る


うおお、ちかいちかい。


おでここっつんとか、そういうレベルではない、

もうお互いの瞬きの音がぱちぱち聞こえて、ちょっと首を傾げれば唇が触れ合ってしまいそうだ

イケメンさんは、じいっと穴が開くほど私の瞳を見つめていたが


「おはよう、姫」


ニコッと不意打ちで笑ったりしてくるではないか

うおう、ただでさえ人間離れした美貌の美形の微笑みの弾丸

0距離で打ち抜かれれば、ひとたまりもない

ご気分いかがどころではない。口から心臓でそう


おもわずぎゅっと身体が硬直して、手をぐっと握りしめてしまう

ん? 手に何かが絡められている。熱くて大きな


……手のひら?

ぎゅむぎゅむ

イケメンさんの頬っぺたが真っ赤に染まる。

どうやらこのイケメンさんがお手ての持ち主のようだ。

それどころか、桜の身体を包むぬくもりが、かあっと熱くなったような気がした。


朦朧としていた意識が急速に収束する

状況を把握しようときょろきょろ見渡して、

(ぎゃあ!!!)

思わず心の中で絶叫してしまう


桜はイケメンさんにがっつり。もう密着していない部分がないくらいに抱きかかえられていた。


「ちょ、はなはな、離してください」

「姫、まだフラフラしてる、危ない」


なんとか逃れんともがけば、抱え直されてよりがっつりホールドされてしまう。

がっしりと太い腕に抱かれて、厚い胸板に不可抗力で頬がめり込む。

抗議を瞳一杯に溜めてイケメンさんを見上げれば、キラキラっと嬉しそうに満面の笑みを返されてしまい怒り半減、羞恥倍増。うう、いったいこれは何の罰ゲームなんだ


「おお、起きたか姫ー?」

ひょいっと、黒髪に褐色の肌のムキムキお兄さんが覗く。

頭にキンキラ黄金の王冠を被っている。重くないのだろうか


「お兄様、顔近すぎ、姫困ってる」

茶化すような声を見やれば、パールホワイトの髪に真っ赤な瞳のこれまた超美青年がくすくす笑っている


なんだろうこの人たち。

外国人? だよね。


みんなハリウッドスターかスーパーモデルみたいにかっこいい。

そんな方々にひしと見つめられるとなんだかお尻がもぞもぞしてしまうぞ。


それに格好だって変だ、なんというか王様とか、王子様とか、

そう正に超美形の王子様って感じで……。


でも、テーマパークの王子様にしては、ちょっと本格的過ぎると言うか、美しすぎる……。

服装も、本ものっぽすぎるというか、肩賞の錦糸とか、細部のアクセサリーとか、物凄く高級そうなのだ。


「ご気分はいかがですか? 姫」


私の戸惑いなどお構いなしで、青年が笑いかける。年頃の娘ならばみな腰が抜けて倒れ込んでしまいそうな強烈な微笑みだ。桜も思わず、くたっとしなだれてしまう。いかん。

それにしても私の事姫って呼ぶのは何なのだ。設定か。そういう設定のアトラクションかなにかなのか


「はあ、まあ……」

まあよろしくあるはずはないのだが、そこは曖昧な典型的日本人として曖昧的愛想笑いを浮かべてしまった桜である。それからまたしげしげと魅入ってしまう。ちょっと息をするのも忘れてしまう美青年である


勘違いでなければ、その青年は、私の笑顔をみて少しホッとしたようだった。それからもっと気のせいじゃなければ、何かもっと深い感情も……その、宝石のような瞳の底に灯ったような気がした


「おかえり、姫」

青年が笑う。笑うとイケメン度五割増しだ。美しさに気おされて、何がお帰りなのか聞きそびれてしまった


「気付けに暖かいものを飲んだほうがいい。飲める?」

「あ、え? あ、はい」


慌てて見事な金彩の高価そうなティーカップを受け取る。琥珀色の液体が揺れる

なんだか、ぼやぼやしているといると、ふーふー冷まして口移しで飲まされてしまいそうな謎の気迫を感じたのである。


嗅いだことのない不思議な香。

恐る恐る口に含むと、甘くてフルーティなのに、スパイスがちょっときいてて、めちゃくちゃ美味しい。体の中に小さな炎がぽっとついたような気がした。少しアルコールも入ってるのかな


腕の中でふーふーちまちま飲んでいる私を、甘い微笑みをたたえてイケメンさんがすぐ上から覗きこんでくる、落ち着かない。しかもなぜか瞳がうるうるしている。一体何なんだ


もしかして、もしかしなくても初対面のイケメンさんに抱っこされて成分不明のお茶を飲んで和んでいる場合ではないのではないか


私はもう一度よく考える。あたりをはっきりと見渡す。

ああ、わかる、これはテラスってやつだ。お城のテラス。

真っ白で巨大なお城の、見晴らしの良いテラス


ネズミの王国だったらシ〇デレラ城というやつだ

違いと言えば、ちょっと荘厳ぶりが桁違いだったことと、見晴らしが……絶景過ぎたことだ。


360度パノラマどこを見渡しても真っ白な城と、赤レンガに白壁の可愛らしい城下町が広がっている。

一見テレビで見るヨーロッパの街並み風だけれども、走るべき車はすべて馬がひいている、


ちょっと、どんなテーマパークだってここまではこだわれないのではないだろうか。予算的に。

巨大な凱旋門に馬車が走っている。巨大な鐘がリンドンなっている。遠くに見えるのは歌劇場だろうか。


21世紀的文明を徹底的に撤廃した世界が眼前に広がっていた

そういえば空も高いし、空気も深く澄んで透明なかんじ

私の思索は改めて根本的な疑問に回帰する


……ここどこ?


「ここどこ?」

声に出た


「ディルお兄様、まずは僕達、姫に色々説明するべきじゃないかな。抱きしめている非礼も詫びるべきだと僕は思うよ」

腕を組んでいた美青年が冷ややかに言う。真っ赤なルビーの様な瞳が笑う


あれっ

やっぱり

この人たち日本語じゃない。

日本語じゃないけど、わかる……。なんで? と思う一方で、理屈ではなく急激に納得して書き換わって行く自分がいた。


「姫、どうか、突然あなたの御魂をこの世界にお運びしたことを、お許しください。私はこの国の第二王子ディル」

包み込まれた熱に力がこもって、腕の檻の主が笑う。魂を射貫く青い瞳。

覗きこまれれば息もできない。


「そして僕は、第三王子ユーリ」

冷たい手のひらに救われて、手の甲に口づけられる。

真珠を砕いてまぶしたような、輝く細い髪

朝焼けを閉じ込めたような真っ赤な瞳。華奢な身体に真っ白な衣装が良く似合っている。知的で冷たそうで、どこか儚げな美青年。短い深紅のマントだけが、まだ幼さを残していて可愛らしい。


「ここは、貴方の魂の還るべき場所、情熱と音楽の国、そして私はこの国の王、グラン」

最後に、褐色のお肌にムッキッムキの身体、そして深紅のマントを翻した威厳の塊みたいなお兄さんに微笑みかけられて……


ああ、王様というのは本当に頭に王冠を被っているのだなあ、などとぼんやり私は考えた。



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