トカゲは喋るのか?
翌朝、起きてすぐに机のケースを見た。昨日見た時は力無く寝そべっていたが、今は丸くなってスヤスヤ寝ているようだった。
もし容態が芳しくなかった場合は爬虫類を扱っている動物病院に連れていく必要があるかと考えていたが、その心配はないようだな…と、一安心した俺はリビングへ向かう。
「サファイアちゃん、おはよう」
そう言いながら霧吹きを片手に大きなケージに近付く。シュッシュッ…と優しく水をサファイアにかけてやり、テレビを点けた。
「…ーーにて爆発事故があったものの、怪我人はなく…」
ニュース番組がやっていた。その内容をちらと見た俺はあそこって隣街じゃないか…と眉を潜めながらもすぐに興味を失い、朝食の用意を始める。
今日の朝御飯は焼き鮭に味噌汁、白いごはんだ。シンプル・イズ・ベスト。和の心は大事です。
鮭をしっかり焼いて皿に移し、醤油を適量垂らす。そして箸で身をほぐし、一口……。
「ほう、良い薫りがすると思えば美味しそうな魚だな」
「ーッぐ!? げほっごほっ!」
突然聞こえてきた声に驚いた反動で口に入れたものが危うく気管に入る所だった。
妙にリアリティのある、それでもってテレビからではなく近い場所から発せられた声を思わず探してサファイアちゃんを見る。
サファイアちゃんは此方を見ていた…が、聞こえた声はどちらかというと低く響く男性の、所謂「エエ声」だった。
サファイアちゃんはメスだ。俺の天使がそんなエエ声だったら俺は凄く嫌だ。
よく見ると俺の方を見てはいるが、見ているのは俺ではない事に気付く。視線を辿っていくと……そこには昨日拾った白トカゲがいた。しかも俺がほぐした焼き鮭の身をもぐもぐ食べている。
「ああっ!しょっぱいから駄目!…じゃない、なんで此処にいるんだ!?」
ギョッとして素早く掴み焼き鮭から引き離す。そもそもどうやってケースから出てきたんだ?と困惑している俺に更なる追い討ちが待っていた。
「美味であったぞ」
「それはお粗末様で……って、えぇぇ!?喋ったァ!!」
「ヌゥ…あまり強く握るでない、優しき人間よ。傷に障るであろう」
アッ、ハイ。
思わず手の力を抜く。どこからどうみてもこのトカゲが喋っている事実に動揺が隠せない俺に、立派な長い尻尾を揺らしながら頷いた。
「えっと…トカゲって、喋れる……っけ…?」
喋る犬とか、喋る猫とか人間側がなんかそれっぽく聞こえる的に騒ぐカワイイー!な喋る生き物は確かに動画やテレビで紹介されているが、そんな動物たちもこんなに、明らかに喋ってる感じではない。
そしてトカゲが喋っているとかそれっぽく聞こえる声を発するとかいうのも見たことがない俺は混乱がマッハだ。
「我はトカゲなどではない。今はこのような姿だが、気高きドラゴン族の一翼である」
フンス、と鼻を鳴らし(実際はピスッという音が鳴った)ながら語るトカゲに思わずエェ…?と疑惑の眼差しを向けてしまう。
流石に喋ってるからってドラゴンはないだろう。
そうか、きっとこれは動物番組やドッキリ番組によくあるペットがいきなり喋りだすという企画のアレかもしれない。
ははーん?なるほど。引っ掛からないぞ、と周囲を注意深く確認し始めた俺に少し怒った様子でエエ声が話しかけてきた。
「ヌゥ…そういえばこの世界にドラゴン族は居ないのであったな。ならば見よ!」
言うや否や、トカゲはかぱっと口を開き……炎を吐いた。シュゴーっと。
ワォ!最新の技術で作った火を噴くトカゲ型アンドロイド!ファンタスティック!などと半分現実逃避をしていた俺を驚いて固まっていると勘違いした火トカゲが得意気な表情を浮かべていた。
「どうだ、火を噴くトカゲなどこの世にはいまい」
「どうなってるんだこのロボット……どう見ても生きてるようにしか見えない…」
「ムゥ!? 馬鹿者!我は正真正銘ドラゴンだ!そのろぼっととやらではない!」
真剣な表情を浮かべながらフニフニし始めた俺に怒った自称ドラゴンに指を噛まれてしまった。痛キモチイイ。