夕焼け
「起立、気を付け、礼」
学級委員の声の後に教室のみんなが鞄を持って一斉に家や部活へと急ぐ。かくいう私も早足に部室へと足を延ばす。
私が入っているのは文芸部。少し古びた扉をノックして中に入る。
「こんにちは!ってあれ?先輩だけですか?」
「よぉ佐藤。見てのとおり俺だけだ。他の奴らはやれ歯医者だの、やれデートだのでどっか行きやがったよ」
そういって先輩は缶コーヒーを飲む。
つまり今日私は先輩と二人きりというわけで……
目の前にいるのは萩先輩。私は『先輩』とだけ呼んでいる。特筆するほどの特徴があるルックスではないが、声がとてもいい。聞いていて落ち着く、とでもいえばいいのだろうか。私が先輩と特によく話をする理由はそれが最初だったと思う。今は……その……先輩に恋、をしてるからだけど。
「部長もですか?」
「あいつが一番張り切って休んでたよ。妹の誕生日だそうだ」
「そうですか、困りましたね。作品のアドバイスをもらおうと思ってたんですけど……」
「ん?じゃあ俺がやってやる。どんな話書こうと思ってんだ?」
「えっと、その……恋愛小説です」
この『作品』というのは文化祭で販売する部誌に載せる短編のことだ。なぜか恋愛ものを書く羽目になってしまったけれど、任されたからには頑張りたいと思う。
「うっわ、悪い前言撤回。今日はあきらめろ」
「嫌です。ほら先輩の恋バナでもなんでもいいですから。今先輩好きな人とかいないんですか?」
むしろ作品とかどうでもいいからそれを聞かせてほしい。
「いない、こともないな」
胸が痛んだ。教室に入ってくる夕日のせいで先輩の顔は見えない。
「告白、とかしないんですか?」
「できない、かな。そんなにいいルックスってわけでもないし、そいつには好きなやつがいるらしいしさ」
「じゃあ、じゃあ先輩は諦められるんですか!?」
yesなんて言わないでだってそれじゃああんまりにも……
「無理に決まってんだろ」
「……え?」
「なんだその顔は。そんなに意外だったかよ」
意外だった。先輩は|現実主義者≪リアリスト≫だと思っていたから。
「他のことならともかくこれは無理だっての」
先輩は少し息を吸って
「だって諦められないから恋なんだろうが」
とても胸を打つ言葉を紡いだ。
じゃあ、じゃあ私も
「なら私も諦めません」
「ん?」
よくわかってないような声を出す先輩。一歩先輩に近づいて、息を吸って、先輩に伝える。
「私も、先輩を諦めません」
「……え?」
夕日も沈み始めて、目を丸くしている先輩の顔が見えるようになった。
先輩はとても柔らかい微笑みを浮かべながら私に言う。
「俺が好きなのはお前だよ」
夕日もないのに先輩の顔はとても赤くて、思わず私は駆け寄って先輩にキスをしてしまった。
ファーストキスはコーヒーと、焦がれた恋の味がした。
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