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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『か』の素質

作者: 相戯陽大

七不思議は七つ知ると不幸になる。だから七つ知っている人はいない。不幸になるほど怖い話っていったいなんなんだろう?

「七不思議って知ってますか?」


「…は?」


 夏休み、部活帰りに校門の前で待ち伏せていた見知らぬ生徒にいきなり声をかけられた。小さいメモ帳とボールペンを手に、目を輝かせながら俺の方をまっすぐ見ている。


「七不思議ですよ、七不思議。全部知ると不幸になるっていう怪談たちのことです。」


「それは知ってる。知ってるけどな、お前は初対面で話しかける時のマナーっていうのを知らないのか?」


「ああ、申し遅れました。ボクはオカルト研究会部長の佐藤アサカと言います。部誌に七不思議について書こうと思っていて情報収集をしてるんですよ。」


 自分をボクと呼ぶ女子生徒、佐藤アサカが「怪しいものではない」と言うようにメモ帳をこちらに向けた。速記法でも使っているのかと思うくらいの殴り書きで何を書いてあるかまではよく分からない。


「墓地に変わる校庭。取り壊されたはずの旧校舎。霊が弾くピアノ。動く人体模型。聞くと帰れない夜中のチャイム。無人の放送室からの放送。これ以外に知ってる七不思議があれば教えてくれませんか?」


「トイレの花子さんとか赤マント青マントとか…」


「うちの高校にいるんですか!?」


「いや、知らないけど…」


「だめですよ、ちゃんと情報源をはっきりしないと!」


 そう言われて気付いたが、アサカの言った六つの不思議は噂として学校中広まっている。もちろんその不思議自体は本当かどうかわからない。しかしそれを見たり行方不明になったりした人は少なくとも実在する不思議たちばかりなのだ情報の正確性はあまりないが、情報源が確かという点ではアサカの言っていることは間違っていないのかもしれない。


「情報源が確かな怪談は知らないな。」


「そうですか…では七つ目の不思議ってなんだと思いますか?」


「それは俺の予想でいいのか?」


「情報源ははっきりしているので大丈夫です。」


 あまりにも根拠のない情報源をアサカはどうしようと言うのだろうか。


「あ、はっきりした情報源と言っておきながらお名前聞いていませんでしたね。」


「…浅井カズマだ。」


「浅井くん…ア、サイ…なるほど…」


「ちなみにお前はどんな予想をしてるんだ?」


「『七不思議を知ると不幸になる』という不思議こそが七つ目の不思議だと思います。なんで七不思議自体はカウントされないんでしょうね?」


「それを言ったら『七不思議自体が七不思議にカウントされない』っていうのも不思議になるぞ。…そうだ、そもそも七不思議の話を考えた人は七つ目を考えてなかったっていうのは?」


 アサカがあからさまに嫌な顔を見せる。これほど情報元にこだわる人が七不思議を本当に信じているとは思えないが、七不思議の実在を否定されるのはオカルト研究会の必要性を否定されたものだろう。機嫌が悪くなるのも当然といえば当然かもしれない。


「悪い悪い、ちゃんと考える。そうだな、それまでの六つの不思議は1つの大きな不思議の副産物でしかなかった、っていうのはどうだ?その大きな不思議こそが七つ目の不思議だ。その不思議を誰も知らないのも、知ると不幸になるのも、これで説明がつくだろ?」


「なるほど…で、その大きな不思議とはなんでしょうか?」


「そんなこと考えたら俺が不幸になる。それに、それを予想するのはオカ研の仕事だろ?」


「うーん…でも今までの中で一番しっくり来る七つ目ですね。なんて言ったって不幸にのを呼ぶ不思議ですから、スケールは大きくないと。」


 アサカはメモ帳にまた何か殴り書きをした。情報収集はスピードが重要なんだろうし本人が読めるのなら問題はないのだろう。


「美術室で水漏れが発生しました。先生の指示に従ってください。」


 校舎の方から放送が聞こえてきた。水漏れというのは赤牟高校での不審者侵入の隠語だ。


「あれ、今日って訓練か何かだったか?」


「はい、訓練の放送があったときに校舎の中にいた生徒は訓練に参加しないといけません。面倒だからボクはここで聞き込みをしていたんですけど。あ、あと夏休み明けすぐに部誌を刊行するので、よければ読んで感想を聞かせてください。」


「了解、じゃあ俺は訓練に巻き込まれないうちに帰るから。」


「はい、ご協力ありがとうございます!」


 しかし俺がその部誌を読むことはなかった。読む気がなかったわけではない、むしろあの日にアサカと話して七不思議に少し興味を惹かれていた。ただ、オカルト研究会が廃部になって部誌が刊行されなかったのだ。夏休み明けの教室はその話題で持ちきりになり、嫌でも真偽のわからない情報が耳に入る。


「知ってるか?オカ研のうち部長以外全員が行方不明だってよ。夜の学校に忍び込んでから帰ってないらしい。」


「…そうか。」


「なんだよ、もうちょっと驚いてもいいんだぞ?」


「ごめん、俺ちょっとこれから用事ある。」


 夏休み明け最初の日、俺は元オカルト研究会部長の佐藤アサカに呼び出された。あんな噂を聞いていなければ七不思議についてもっと興味深い話が聞けると思って楽しみにしていたかもしれないが、さすがに身近な人が行方不明になってしまってはそう楽観することもできない。


「久しぶりだな、佐藤アサカ。」


「呼び出してごめんなさい、浅井くん。どうしても聞いて欲しい話があったんです。」


 アサカの目の下にクマを化粧で隠したような跡があるのが見えた。平静を装っているものの、今もなお精神的に追い詰められているのだろう。


「ひとつ言っておく。俺はお前を癒してあげられるほど器用ではないからな。」


「話を聞いてくれるだけでいいんですよ。」


 アサカの顔に笑みが浮かぶ。頬が引きつって目が笑っていない、痛々しい笑み。つい先月まで七不思議の話題で目を輝かせていたアサカが七不思議のせいで笑うこともできなくなるあまりの皮肉に見ているこっちもどうにかなりそうだった。


「浅井くんが責任を感じる必要はありません。ボクが不注意に夜の学校にオカ研の部員を集めたのがいけないんです。それに、ボクも疑問に思っていました、なんで七不思議と呼ばれる怪奇現象が起こるのか。ボクは、実際に七不思議を体験すれば七不思議が起こる原因、七つ目の不思議を知ることができると思いました。だから浅井くんに会った次の日、ボクはオカ研のメンバーを集めて7人で学校に行ったんです。加藤くん、木下さん、三上くん、根本くん、井上さん、葛西くん、そしてボク。七不思議のうち噂になっていた6つを確認することもできました。ただ、七不思議を1つ体験するごとに人が1人いなくなっていくんです。加藤くんがピアノに食べられ、木下さんが人体模型に肉を剥がされ、三上君が…」


 その悲痛な声は、聞いているだけでどうにかなりそうだった。部員の一人ひとりがアサカにとって大切な仲間だったのだ。それが無残に一つ一つ潰されて出た叫びを聞いて平常でいられる方がおかしいのだ。それでも俺はアサカの話に耳を塞がなかった。全部効くことでアサカが少しでも楽になるのなら、と思ったのだ。


 アサカ率いるオカ研のメンバーは昼のうちに学校に忍び込み、音楽室に隠れていた。警備員は楽器を壊すのを恐れて楽器の裏まで確認しないから、隠れるにはうってつけなのだ。怪談をその目で見るべく昼の間は仮眠をしていたが、結局部員全員が夜まで熟睡していたそうだ。アサカたちを起こしたのは真夜中の校内放送だった。


「4階の音楽室で水漏れが発生しました。先生の指示に従って行動してください。」


 放送がアサカたちを不審者扱いしている、しかも誰もいないはずの真夜中の学校で。当事者ではない俺から見ると、その夜の学校で暮らす「何か」にとってアサカたちは不審者だったのかもしれない。でもそんなことは命の危険に比べればどうでもいい。ここから逃げなければ死ぬ、アサカたちの頭の中はそれだけ。死にものぐるいになって音楽室から出ようとすると、ピアノや鉄琴が不気味な音色を奏でながら扉を塞ぐ。後ろからシンバルとか大太鼓が煽るように大きな音を立ててアサカたちを追い詰める。パニックになって動けなくなったそのとき、後ろから部員たちの声。


「部長、早く!こっちです!」


 声の方を振り返ると、部員たちは服を結び合わせたロープで窓から校庭に逃げている。恐怖のあまりアサカは他の部員たちを差し置いて我先にとロープを降りていった。アサカがそれを後悔したのは1階に降りた直後、加藤という部員が残っているはずの4階の窓が鮮血で染まった。


「あ、ああ…!」


 アサカの口から声にならない声が漏れる。しかし恐怖はそこでは終わらない。加藤のことに目がいっていて、3階の窓の前に白衣を着た人体模型が立っていることに誰も気が付かなかった。


 ブチッ。


 人体模型が服のロープを引きちぎる。校舎から脱出する途中だった4人が地面に叩きつけられた。大怪我はしたものの、4人は幸運だった。3階よりも上にいた木下さんが校舎に取り残されたことに比べれば。


「いやだ…死にたくない…!誰か助けて…!!」


 人体模型が木下さんの足から肉を引き剥がす。木下さんが言葉にならない叫び声を上げる。アサカはその異様としか言えない光景をただ見ることしかできない。


「肉ダ…肉ダ…!」


 頭上で人体模型が木下さんの肉という肉を剥がしていく。足元では部員たちが大怪我をしている。血の雨に当たりながらはなんで自分だけ逃げようとしたのか、アサカは後悔の念に溺れた。救急車を呼ぼうにも携帯が繋がらない、応急手当をするための道具もない。ふと周りを見渡すと一面の墓場になっていて、墓場の向こうには白黒写真でしか見たことのない旧校舎が建っている。


 本来、校庭が墓場になったり旧校舎が現れたりしたところで不都合は何もない。しかしそのときのアサカは違った。七不思議のうちの2つを味わってしまったことは七つ目の不思議に近づいたことにほかならない。今更七不思議なんて調べなければ良かったなんて思ってももう遅い。怪我を負った仲間たちを見捨ててでも学校から逃げなければやがて夜中のチャイムが鳴り帰ることができなくなってしまう。


「みんな…ごめんなさい…!」


 アサカは耳を塞いで校門へ走った。どこをどう走ったのか覚えていないらしいが、気がつけば家で寝ていたらしい。全てが夢ならよかったのに、そう思ったらしいが現実は甘くない。オカ研の部員たちはが行方不明になっているという連絡その日の朝すぐに学校から来た。それからの夏休みは休みなんかではなく、学校の中でただひたすら行方不明になった部員たちを探していたらしい。


 そこまで話すと、アサカの手の震えは一層激しくなった。


「…ここだけの話なんですけど、実は部員たちは見つかってるんです。」


「それは…どういうことだ?」


「誰にも話していないんですけど、部員6人の遺体を学校の中に隠してあるんです。」


 アサカは引きつった笑みを再び俺に向けた。恐怖のあまり笑えなくなった獲物の顔というより、獲物を捉える直前の捕食者の顔。


「加藤、木下、三上、根本、井上、葛西…こんな人たちがボクの周りに集まってくれるなんて嬉しいですよ。」


 アサカはおもむろにノートに五十音表を書き始めた。だが俺にはそれが五十音表だとわかったとき、すぐになぜアサカが五十音表を書いているのか理解した。


「カ東、キの下、ミ上、ネ下、イの上、カ西…あ、く、ま、の、あ、さ…悪魔の朝?」


 俺がそうつぶやくと、アサカは五十音表を書くのをやめた。


「浅井くんならすぐにわかってくれると思ってました。ねえ、ア西くん?」


「まさかそれを七つ目の不思議にするつもりじゃないだろうな…?」


「するつもりです。七つ目の不思議を知るのに比べれば、人ひとりを殺すなんて怖くありません。」


 アサカはどこからか隠し持っていたカッターナイフを取り出し俺に向ける。


「冗談じゃない。そんな言葉遊びのために死ねるかよ。」


「そうですか…浅井くんなら喜んで死んでくれると思ったんですけど…」


「お前、狂ってる…」


 アサカはそれを聞いて鼻で笑い、カッターを引っ込めた。緊張が解けたせいか俺は足の力が抜けてしまった。それを見てまたアサカは笑う。


「じゃあ浅井くんは七つ目にしてあげませんよ。代わりに私が最後の不思議になります。」


 次の瞬間、アサカの胸にカッターが刺さっていた。


「おい…どういうことだよ…!」


「どういうことって…私は佐藤…サ東ですよ…?私が死ねば部員たちは語り継いでもらえるんですよ…みんな無駄に死んだんじゃ、ないんです…」


 アサカはその場で倒れこんだ。悪魔のアサカ。彼女は自分で命を絶つことで七不思議最後の不思議となった。




 10年後。会社へ行く間の電車の中で、赤牟高校の生徒が近くで話しているのが聞こえた。今の今まで忘れていた七不思議の話だった。


「なあ、うちの高校の七不思議って知ってる?」


「知らないけど、あれって知らない方がいいんじゃないの?」


「いや、七つ全部知っても不幸にならない方法があるんだ。知りたい?」


「もちろん。」


「七つ目を知ったと同時に『悪魔のアサカ』と唱えるんだ。すると昔七不思議を全部知って自殺したアサカっていう生徒が助けてくれるらしいぞ。」


「そんなに優しいのに悪魔呼ばわりなのな。」


「なんでも七不思議に巻き込まれた当時のオカ研の部員の名前が…」


 アサカたちはきちんと語り継がれていた。七不思議の七つ目としてではなく、学校の守り神のような存在として。

ムラサキカガミは対処法があるのに、七不思議は対処法がないんですよね。怖いので七不思議の対処法を作ってみました。


ちなみに僕はあと2年で成人ですが、ムラサキカガミの対処法が覚えられません。

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― 新着の感想 ―
[一言]  言葉遊び、こういうのは好きです。自分も、よくやります。日本に生まれてよかったと思います。ラストのオチが怖いのか、怖くないのかは賛否が分かれそうですが、わたしはありだと思います。怪談に。対処…
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