猫としっぽとヴァンパイアハンター
現代社会というのは、俺たち吸血鬼が生きるにはなかなか厳しい世界だ。
特に日本は難しい。社会のシステムが割合きっちり整っている。何をするにも戸籍だの住民票だの身分証明証だのが必要になる。家を借りるにも仕事を持つにもそういう書類の類が必要になる。もちろんそういうものを偽造してくれる連中はいるが、金がかかる。昔からずっと日本に住んでいるような連中ならまだしも、俺みたいな新参では金を工面するのは厳しい。あるいは何か金目のものを持ってたとして、出自のしれない物品は容易に買い叩かれるだろう。それで暮らしていけるかと言ったら、甚だ疑問だ。
仮にそういう仮初の身元を手に入れられたとしても俺たち吸血鬼には致命的な問題がある。
それは俺たち吸血鬼が、年を取らない、ということだ。
社会に紛れ込んで暮らすなら、他人との関わりを避けることはできない。俺たちと関わる人々は皆疑問に思うはずだ。はて、何故奴はいつまでたっても同じ姿なのか、と。
そうなれば芋づる式に用意された身元が偽物であることが分かるだろう。いや、現代人達の常識で考えれば、偽造や偽証を疑うしかない。彼らからすれば書類上の年齢は老人な若者、なんてものは存在しないのだ。
吸血鬼の中でも大物はそんなものなど頓着せずに暮らしていたりするし、金のあるものは名や立場を変えて各地を転々としていたりするが、残念ながら俺の吸血鬼としての力はさして強い方でもないし、金もない。だから俺は別の方法をとった。
人の姿を取るのをやめたのだ。
だが人の血を啜る吸血鬼である以上、人間と関わらずに生きていくことなど出来はしない。人間達にとって見慣れたものに化けなければならない。
犬はダメだ。自由に外を出歩けない。人の多い場所で野良が歩いていると即座に保健所に連行される。それは困る。
コウモリはどうだろう。見た目から警戒される。鳥は? あの口じゃ血は吸えない。ネズミ……さすがにちょっと弱すぎる。
それで俺が選んだのが、猫だった。
人間が見慣れていて、ある程度距離感もあって、面倒をかけない限りは放っておいてもらえる。そんな都合のいい存在が猫だった。
夜行性で夜中うろついていても警戒されないというのも、日光が苦手な俺にとっては都合が良い。
何より、しなやかで気位の高いネコって生き物は、吸血鬼のイメージに一番しっくり来るとは思わないか?
***
俺は猫としての日々を割合満喫している。
あくせくと毎日を過ごす都会の人間たちを見ていると尚更そう思う。この姿をしていると食餌を得るのも簡単だ。普通の猫みたいにネズミを捕まえたり生ゴミを漁ったりする必要もない。猫が好きで仕方ない人間というのは一定数いる。味の選り好みさえしなけりゃ、ちょっと甘えるだけで血をいただくくらいチョロいもんだ。
今はひと一人いなくなるだけで騒ぎになりかねない時代だ。昔と違って殺してまるごと血を頂く真似をして、狩りがしづらくなると困る。
もちろん、いなくなっても気にされない人種というのはいるが、そういう奴の血は大体不味いし、いちいち見分けるのも面倒だ。他の連中がどうだかは知らないが、少なくとも俺はちょっとずつ血をいただくようにしている。まあ、多少貧血くらいにはなるかもしれないが、少なくとも猫のせいだなんて誰も思わない。
さて、今日もそろそろ腹が空いて来たな。俺は民家のブロック塀の上に寝そべって、じっくりと通りを眺める。獲物を物色するのだ。
年頃の女の子なんてのは格好の獲物だな。顔を洗えばかわいい、寝転がったかわいい、にゃんと鳴いたらかわいい、あいつらなんでもかわいいかわいいってひょいひょいついて来る。そこをちょっと、催眠術でもかけてやればおしまいだ。処女の生き血は一番美味だしな。
まあ、夜の間はあんまり出歩いていないのが難点だが……今日は幸運に恵まれたらしい。
一人で歩いている十代半ばから後半くらいの少女だ。長い黒髪と白い肌――化粧っけも少なく健康的な体つき。上物だ。猫のストラップをカバンにつけている。簡単にひっかかってくれそうだと判断すると、俺はすとんと硬いアスファルトの上に降りた。身軽なのは猫の体のメリットの一つだろう。
俺は音も立てずに少女の進路上に歩み出る。立ち止まり、しっぽを立てて、誘うように揺らす。顔だけをそちらに向けて「にゃぁん」と鳴いて見せる。
少女は顔を綻ばせた。大抵の猫好きはこれだけで相好を崩してついて来るのだ。
「あら、お腹が空いてるの?」
少女は言った。そうだよ。だからお前の血を飲ませてくれ。
そんな俺の内心など分かるはずもない。少女は「ちょっと待ってね」と言いながら肩にかけたスクールバッグの中身をガサガサとまさぐった。
人間の食べ物を猫にくれてやるんじゃないよ。体に悪いだろ。
そう言ってやろうと思ったが俺は気にせず、催促するように「なぁん」と鳴いた。
「あった!」
少女が喜色満面でスクールバッグから取り出したるものを見て。
俺の血の気が引いた。
白木の杭。吸血鬼の弱点の一つ。
「 シ ネ ! 」
少女は杭を全力で振りかぶると、その先端を叩きつけるように、俺めがけて拳を振り下ろした。
冗談じゃない! そんなものこの小さな体で食らったら消滅しちまう!
俺はひらりと宙返りすると、身を翻して間一髪、その不意打ちを回避した。
危ない!
なんだこいつ、ヴァンパイアハンターって奴か? 話には聞いたことがあるが、遭遇するのは初めてだ。吸血鬼自体が絶滅寸前なのに、物好きな人間もいたもんだな……。
この平和な国でこんなもん持ち歩いてるなんて、あらゆる意味で危ない奴だ。
――よし、しらばっくれよう。こいつが仮に本物のヴァンパイアハンターだとしても、傍からみたら猫を虐殺しようとしているメンヘラ少女だ。
俺は全身の毛を逆立てるとフーッと唸って見せた。
勘違いだよ、勘違い。お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ。ヴァンパイアハンターなんて思春期の妄想みたいなもんだ。そんなことをしている暇があったら勉強しろ。
「なんでかわすのよ!」
少女が地団駄を踏んでわめく。むしろなんでかわさないと思ったんだよ。猫の運動能力は人間の遥か上を行ってんだぞ。
「ふん、何よっ、何よっ、猫のフリなんてして、そんなんで誤魔化されると思ったら大間違いなんだからね!」
そういうと少女は杭を放り出し、またバッグをまさぐった。ところですっげぇ大声で喋ってるけど、お前今結構危ない奴だと思われるぞ。
少女が取り出したのは分厚い本だった。聖書か。見るにちゃんとラテン語で記されたもののようだ。聖書に記された聖句は、確かにキリスト教圏のデーモンの類には有効だが――。
「受けて見なさい!」
少女は右手で聖書を掲げると――。
――俺に向けて全力で叩きつけた!
「アホかー!」
それそうやって使うもんじゃねーから!
俺は(比喩ではなく)猫を被るのを忘れて思わず突っ込んでしまった。
「物理的にそれで殴ろうとするなよ! なんの意味もねぇよ! 中身を読み上げて初めて効果があるんだよ! 俺には効かねぇけど!」
「しょうがないでしょ、ラテン語なんて読めないもん!」
「はァ!? なんで使えないもん持ち歩いてんの? 馬鹿なの?」
「馬鹿じゃないわよ! 強いていうならヴァンパイアハンター、略してヴァハよ!」
「お前みたいなヴァンパイアハンターがいるか!」
俺はもう一度フーッ、と歯を剥く。
「帰れ! 帰ってママに精神安定剤でも処方してもらえ!」
「帰んないわよ! 人を精神異常者みたいに言わないでくれますぅ!?」
「十分頭おかしいじゃねぇか! いきなり笑顔で猫に襲いかかってんじゃねぇよ!」
「仕方ないじゃない! 吸血鬼がいたんだからっ! べ、別に前から目を付けて張り込んでたわけじゃないんだからねっ!?」
「それで吸血鬼じゃなかったらどうするつもりだったんだよ!? お前、どうやって吸血鬼を判別してんの!?」
俺がそう指摘すると、少女は黙り込んでさっと目を逸らした。額に汗が滲んでいる。
……判別する手段はないらしい。
「やっぱ適当に襲いかかってんじゃねぇか! このキ○ガイ!」
「ぐっ……でも結果的にあんたただの猫じゃなかったじゃない! 別にいいでしょ!」
言われて気づいた。俺普通に喋っちゃってるぞ。……これはちょっと言い訳できないか。
「ちっ、しょうがーねぇな……で? 俺が吸血鬼だったらどうするんだ?」
「もちろん殺すわ! ヴァンパイアハンターたるものの義務として!」
ない胸を張って少女が言った。
「ああそう……で、どうやって?」
俺が白けた声でいうと、少女はふふん、と不敵に笑った。
そして聖書を放り捨て……罰当たりだなおい。あー、とにかく放り捨てると、またバッグの中から何か取り出した。
取り出したのはシルバー製のロザリオだった。
少女は自信満々の表情で俺に向けてロザリオを突きつける。
「あのな……言っとくがそんなもん効かんぞ? この街にだって教会はあるんだしそんなんでダメージ受けてたら……」
少女は何も言わずに拳の中にぐっとロザリオを握りこむ。握りこんだ指の隙間から尖ったロザリオの先端が突き出ているのが見えた。
少女は全力で拳を振りかぶり、世界チャンピオン顔負けのフックを俺めがけて叩き込む――!
「ギャァー!!」
だがその強烈な拳(凶器付き)は俺には命中しない。
つまり今の悲鳴は俺ではない。躱された少女の拳はアスファルトに思い切り激突し、文字通り当たって砕けた。
バカめ。格闘技の経験もない人間がそんな真似すりゃ、そりゃそうなるわ。
俺は勝手に自爆して勝手に悶絶している少女を無視してひらりと身を翻すと、少女の手の届き辛いブロック塀を伝って、さらに木の枝によじ登った。
これでもうどうにもなるまい。
「あーもういい。帰れ帰れ帰れ。無駄だから帰れ。そして病院にでも行け」
整形外科と精神科な。
「くっ……殺せ!」
なんでそうなる。
「いちいち人なんて殺してられっか……警戒されると狩りがし辛くなるし、別に血が飲めればそれでいいし。蚊が人を刺すのと大差ねぇよ」
「人を刺す……っ、ヴァンパイアめ、恐ろしいことを平然とっ」
「お前の脳みそが一番恐ろしいわ」
俺は、はぁ、と人間臭い仕草でため息をついた。
「あのなぁ、俺は確かに多少人の血を頂いちゃあいるが他には何も悪さはしてねぇよ。問答無用で殺される謂れなんかねーんだ」
「よくないわっ、人の血を吸うなんてほら……感染症とか!」
「生々しいな……」
ファンタジーもへったくれもない。
「大体今時吸血鬼なんてお前らがやたらめったら狩るせいで数ほとんどいない絶滅危惧種だしヴァンパイアハンターなんて職業として成立しねぇぞ? 悪いことは言わん、お前まだ若いんだから諦めて勉学に専念しろよ。どうしても吸血鬼に関わりたきゃ、民俗学か文学でも学んで研究者にでもなるんだな。そっちもあんまり金にはなんねーが、ヴァンパイアハンターよりはなんぼかはマシだろうよ」
俺がそう説教すると、少女は唇を噛んで俯いた。
そのまま拳を握ろうとして――折れているので当然出来ず、悔しそうに俺を睨みつけると小走りにその場を去っていった。
はぁ、腹減った。酔っ払ったOLでも通りかかんねーかな……。
***
数日後。
俺は先日の自称ヴァンパイアハンターのことなどすっかり忘れ、お気に入りの木の上で惰眠を貪っていた。
別に日光を浴びたからと言って灰になるわけではないが、体にはよくない。こういう鬱蒼とした木というのは日光を遮ってくれるのでちょうど具合が良いのだ。俺は大体、一日の大半をこうして眠って過ごす。怠惰なわけではない。エコだ。
もともと人間なんかより遥かに長い時間を過ごして来た俺は、こんな生活でも退屈することはない。むしろ気に入っているくらいだ。
そうして俺がまどろんでいると――。
ズン。
俺が寄りかかっている木が、大きく揺れた。
地震かと思ったが、違った。
工事でも始まったのかと思って地面を見下ろすと、先日の自称ヴァンパイアハンターがいた。
懲りていなかったらしい……というか、そいつが手にしている物体を見て俺はぎょっとした。
――斧だった。
「まーさかりかーついだぁ」
振りかぶって、
「マジカル美少女ヴァンパイアハンター♪」
思い切り木の幹に叩きつける!
何考えてんだこいつ! ていうか語呂悪っ!
「おい、やめろ馬鹿」
「馬鹿じゃないですぅ、ヴァンパイアハンター略してヴァハですぅ!」
「木を切り倒そうとするな! 犯罪だぞ!」
俺がそう言うと、少女は虚を突かれたように怯む。
「だ、だってしょうがないじゃない! あんたが、そんなところにいて、あたしのところに来てくれないんだから! もう力づくで降ろすしかないじゃない!」
頬を赤らめてそんなことを言われましても……。
「あ、あんたが悪いんだからねっ!」
何それ。もしかしてそれツンデレのつもりなの?
斧を叩きつけながら言われても1ミクロンも萌えんわ!
どうしよう、無視して逃げてもいいが……それはそれで後々面倒そうだ。というか、この自称ヴァンパイアハンター、もう猫と見たらとりあえず殺すみたいな感じになりそうで怖い。
警察が来たら確実に逮捕されるだろうけどこちらも野良猫だ。保健所に通報されたら困る。
ここはもう、歯向かう気が起きないよう心から折っておくべきか。
いや……まあ最悪、殺してしまってもいい。多少手間ではあるが狩場を移せばいいだけの話だ。
そんな風に打算を付けてから俺はひらりと地面に降り立った。
「な、何よ」
思わぬ行動だったのか自称ヴァンパイアハンターの手が止まった。木の幹についた傷は深い。この木はもうダメかもな。
「お前はどうしても俺を殺したいんだな?」
「も、もちろんよ! あなたを殺してまた来世!」
何言ってんだこいつ。いや、理解しようとすると正気を失う気がする。気にしないようにしよう。
「分かった。なら一回だけお前と戦ってやろう」
「えっ」
「でも俺も黙って殺されてやるわけにはいかない。死ぬのは誰だって嫌だろう? お前がなんのつもりでヴァンパイアハンターなんてやってるかは知らんが、俺は全力で抵抗するからな。吸血鬼ってのは本来凶暴で危険な生き物だ。普通の人間の歯が立つ相手じゃない。神の威光と集団の力があって初めて対抗出来うる存在なんだよ」
俺は三日月のように閉じている同行を開くと、ぎらりと光る眼差しで自称ヴァンパイアハンターを睨みつけた。
「ただまあ、俺は吸血鬼としては弱い方なんでな? 手加減出来なくても恨むんじゃねぇぞ」
俺の中で、カチリ、とスイッチが入る。
猫の姿は、俺の本来の姿ではない。普段封じている吸血鬼としての力が、体の奥底からずず、と鈍い音を立てて隆起していくのを感じる。全身の皮膚が裏返るような薄気味悪い感触と共に俺の体が大きくなって行く。小さな哺乳類の姿から中肉中背の青年の姿に。あまり見られて良いものではない。吸血鬼とは言っても魔法使いじゃない。都合よく服の用意があるわけじゃないのだ。
つまり猫の姿から本来の姿に戻った俺は、全裸――丸出しなのである。
もちろん、俺のそれはさして立派なものではないのだが、思春期の少女にはいささか刺激が強かったのかも知れない。
「ギャアー!」
少女は悲鳴をあげた。悲鳴を上げて、ひっくり返った。ひっくり返った先に、ちょうどよく石ころがあった。少女は石ころに後頭部を打ち付けて、目を回した。そのまま白目を剥いて、起き上がらなくなった。
気絶したらしい。
久々に本気を出そうとしたら、コレである。
アホらしすぎる。
アホらしすぎるが、もらえるものはもらっておこう。猫の姿に戻るにも、それなりの力を消耗するし。
俺は遠慮なく、少女のなめらかな首筋に歯を立てた。
***
また数日後。
間抜けな負け方をしてもう来ないだろうと思っていた自称ヴァンパイアハンターだが。
――また来た。
「吸血鬼! 探したわよ!」
「ただいま留守にしております。ピーッと言う発信音の後に――」
「いるじゃないのよ!」
少女は地団駄を踏もうとして――はっとして止めた。
「いけない、あたしったら……もうあたし一人の体じゃないのに」
は?
……もしかして妊娠してるって意味か? 昔だったらまあ珍しくもないが、最近だと母親になるには若い年だな。
まあどうでもいい。おめでたいことだ。
「そりゃあ目出度い。で?」
「で、って何よ!」
「俺に何の関係が?」
「あるわよ! ありまくりじゃない!」
自称ヴァンパイアハンターが喚いた。
「あんたの子よ!」
……。
「なんで!? どうしてそうなった!?」
「なんでって」
少女が芝居がかった仕草で両腕を広げた。
「気絶した少女の前に全裸の男が現れて、することって言ったらもう決まってるじゃないっ。あたしにいやらしいことしたんでしょ!? エロ同人みたいに! エロ同人にみたいに!」
「してねぇよ! なんで俺がお前みたいな乳くせーガキに欲情するかよ! 大体吸血鬼は一度死んでるんだぞ! よしんば欲情したとしても子供なんて作れねぇよ!」
俺は当然のことを言う。ヴァンパイアハンターなら俺自身よりよく分かっていることのはずだ。俺たち吸血鬼は不死者、子孫を残す必要がないので、そういう欲求自体がないし、子孫を残す能力もまた持ち合わせていないのだ。もしそんなヴァンパイアがいたら今頃世界は吸血鬼だらけだろう。
しかし自称ヴァンパイアハンターは、何故かふふん、と自信ありげに鼻を鳴らした。
「苦しい言い訳ね……」
苦しいっていうか……え? 何なの? なんでそんな自信満々なの? そもそも人間の妊娠ってそんな数日で判明するもんなの? 万が一お前が妊娠してたとしてもそれ、別の男の子供じゃね?
「とにかく、あんたには責任を取ってもらうわ!」
そう宣言されて俺は思わず身構える。少女がまたスクールバッグをごそごそやり始めた。今度はどんな凶器が飛び出すのだろうか、と注視していたが、バッグから出てきたのは薄っぺらい紙切れだった。
優れた猫の視力なら分かる、これは――。
「婚、姻、届……」
OH……。
ぶっちゃけどんな凶器より重い……。
「べ、別にあんたが好きで結婚するわけじゃないんだからね! 父親がいないなんて可哀想だから、仕方なく結婚するんだから、か、勘違いしないでよね!」
「嫌なデレ方すんな!」
俺は心底うんざりして身を翻す。木から木へと飛び移って逃げようとする。が、その鼻先をなにかの物体が物凄いスピードで通り抜けた。
眼前にある木の幹に、矢が突き立っている。
俺はちらりと木の足元に目をやった。そこにはボウガンを構えた自称ヴァンパイアハンターがいた。
「――責任取ってもらうっていったわよね?」
……この女、どうすれば妊娠なんてしてないと納得してくれるのだろうか?
俺は思春期の少女の猛烈な思い込みの激しさに底冷えするほどの畏怖を抱きつつ、次の攻撃に備えた。
ヤンデレと呼ぶにはやや温すぎた気がしますね。