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Hero of Magical girl

これはしばらく前にハーメルンの方で乗せた気晴らしを、ちょこっと修正したものです。

 プレートに〝所長室〟と書かれた部屋の玄関に、一人の少年が居た。

 少年は、コートような長衣を羽織っており、胸には〝H〟の紋章がある。

 長衣の乱れをチェックし、少年はドアをノックした。


『入りなさい』

「失礼します!」


 返事に応え、少年はドアを開け入室する。

 部屋は十畳ほどの広さだ。正面はガラス張りであり、外の曇り空が窺える。そして、もう一つ暗い雰囲気を放つものがあった。

 椅子に座る黒い長髪の女性だ。デスクに積まれた長大な書類に挟まれた彼女は、陰惨なクマと目ヤニのついた眼で少年を一瞥した。

 一瞬少年を捉えた視線は、すぐさま手元の書類に向けられ、


「それで? 用は何なのかしら、今私軽く世界滅ぼしたくなってるから、簡潔で手短にね」

「はい!」


 少年の返事を鬱陶しそうに聞き、黒い長髪の女性は書類を処理していく。

 その様子に若干の緊張を得たのか、少年は息を飲みつつ、出来るだけ柔らかく提案した。


「あの、魔法少女になるにはどうしたらいいですか?」


 黒髪の女性が顔を上げた。数秒ほど少年を見つめ、書類に目を落として、再び顔を上げ、


「は?」

「魔法少女になるにはどうしたらいいでしょうか!」


 問われ、黒髪の女性はもう一度少年をよく見た。

 職員の情報は、一応全て記憶している。該当する情報を整理した。

 少年の名は〝花岡・馨〟。十五歳。勤務歴はここ三年では優秀。素行や性格も好感が持て、人間関係や市民の人気もある。少し幼さを残した中性的な顔をしており、アイドル人気に一役買っている、と。

 ――――だが男だ。

 少年の発言を鑑みて、黒髪の女性はそう結論し、


「チンコ切ればいいんじゃない?」

「素で何怖いこと言ってるんですか!?」

「いや、だって君少年だし、少女になりたかったらチンコ切るしかないじゃん」

「そういう話ではなくてですね! そ、それに、女性が下品な言葉を使うのはいけないと思います!!」

「御柱ァ! とかの方が良かった? でもさあ、君の年齢だと割り箸くらいじゃない?」


 うわあ……、と馨からの視線を無視して、黒髪の女性は、


「で? 何がどうしてそんなトチ狂ったことを考えたの?」

「そ、それはですね……」


 口ごもり、もじもじとし出した馨を見つめ、黒髪の女性は思う。

 ……赤らめる頬も、少し潤んだ瞳も、ちょーっと色付ければ女の子に見えるかもねえ……。


「……」

「? どうしたんですか、急に黙り込んで」

「やっぱりチンコ切ろうかしら……」

「!?」


      ●


 馨は、先日、知り合いから問われたことを思い出していた。

 元々は、若い世代のヒーローが集まるイベントでの御仕事をしていたのだが、そんなとき、子供からこんな質問をされた。


「ヒーローと魔法少女はどっちが強いの?」


 現在、世界には多くのヒーローを志す人々がおり、各地で組織を立ち上げて活動している。玉石混交な社会現象であるヒーローは、次第にジャンルにも富んできていた。

 オーソドックスなコスチュームを着こんだ超人(ヒーロー)タイプ。そして、アイドル兼業の少女限定の魔法少女などもその一つだった。

 自分は前者だが、どうも露出が多かったためか、よく他のヒーローとの共闘も増えていた。そんな中、歌って戦える、どちらかと言えばビジュアル重視の彼女達、魔法少女とのイベントが舞い込んで来たのだ。

 正直、答え難い質問だった。

 ヒーローである以上、他者を貶めるような発言は控えるべきだし、何より自分と彼女達ではヒーローとして求めるものが違い過ぎる。

 互いに守るべきものがあり、それを比較することは主観の押し付けにしかならないだろう。

 しかし、相手は子供だ。そのことを上手く諭せすことが出来るか解らなかった。大切なことを、曲解させずに伝えるにはどうしたらいいだろうか……?

 そうして、答えに詰まった自分を見かねたのか、隣に居た魔法少女の一人が、


「そんなの簡単よ。女の子の夢を守る魔法少女は、誰よりも強いもの」


 そう答えた彼女が、こちらに笑みを返した。答えに言いよどんだこちらを責めているのか、少女は少々嘲笑気味だった。

 ヒーローとして、己の信念をすぐさま答えられる。多少のことに動揺せず、子供にでもハッキリと答えた彼女の笑みを苦笑して受け取った。

 すると、彼女は急に眉をしかめた。その様子を疑問に思い、原因を考えて、


「そうね、勝負しましょう」


 彼女の発言に遮られた。

 え? と困惑する中、彼女はこちらに構うことなく続けた。


「ヒーローの派生系である魔法少女は、存在自体の歴史は結構古いけど、年齢制限と世代交代が早いゆえに、ベテランと呼べる実力者が存在しにくいのよね」

「え? え?」

「だから、ヒーローの中の立場はいつも若手扱いで舐められやすい。そこらへん、定期的に実力見せとかないとね?」


 営業スマイルを向けられ、ようやく事態を理解し、慌てて反論する。


「いやいやいや、ま、待ってください! いつからそんな話に成ってるんですか!?」

「今よ」

「展開早過ぎません?」

「まあ、そんなことはいいから、どっちが強いのかやりましょうよ、ほら、ね?」


 そうして機殻に包まれた箒を構える少女。

 ――ま、まずい……! このままではよく解らない暴力に屈してしまう! ヒーロー的にそれはアウトです……!

 小首を傾げた少女の笑みを見て、流石魔法少女と思いつつ、打開の糸口を探った。

 突然売られた喧嘩、理由も解らない暴力、どれもヒーローとしてはまともに相手をしてはいけないものだ。

 それに、ヒーローはそれぞれ自分の志を持っている。それは、正義や悪の基準を、誰かに委ねないためだ。

 個人的価値観に過ぎない善悪二元論は、同時に、それ自体が空論だと言われている。

 己にとっての悪が、誰かにとっての正義であるように、志を持って戦っても、それは正義ではない。

 だからこそ、ヒーローは、自分にとってそれは良いことか、悪いことか、その基準を揺らしてはならないのだ。

 自分にだって、志すヒーロー像がある。伊達でコスチュームを着ている訳じゃない。最近ヒーロー以外の露出が増えてきて、モデルの依頼なども舞い込んでくるが自分はヒーローだ。中身の人などいない。

 ならば、彼女の言い分が、自分にとってどういうものなのか、ハッキリと答える。今、そうして彼女が自分の前に立っているように。


「そんな猫なで声で騙せませんよ! ――演技力不足です!」

「……は?」

「大体、魔法少女のジャンルだって最近曖昧じゃないですか! 魔砲少女だったり、マミったり、円環の理に導かれたり、武神とガチンコしたり、自分達のキャラ見失ってませんか!?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「貴女も! 箒とは名ばかりのメカメカしい代物を携えて、一体何魔法少女なんですか!?」

「こ、これは別に、協会からの支給品を改装しただけだし……」

「そんなものは魔法少女ではない! 流行に持て囃された邪道です……!」

「なんですって!? ただのオールドタイプのヒーローに何が解るっていうのよ!」


 その言葉に、今度は自分が笑みを見せた。端の口角を上げ、そのまま背を向けた。

 背後から言い募る声が響く。


「なら、一週間後にもう一度ここに来て下さい。本物の魔法少女を御覧に入れますよ」


 彼女が息を飲むのを聞き、その場を立ち去りながら気づく。

 ――大変なことになってしまった。


       ●


「と、いうことなんですけど……」

「馬鹿じゃないの?」

「い、いや、自分でもそう思ってましてけど、そこを何とか」

「何とかってさー、チンコ切る以外何かあるの?」

「いい加減その話題から離れましょうよ!」


 再びツッコミを入れる馨に、所長は書類の処理を続けながら言う。


「ていうかさー、おもっくそ他の組織と揉めてんじゃん? うちがどんだけ微妙な立場か解ってる?」

「うっ、確か、所長の知り合いと立ち上げたばかりの中堅組織ですよね」

「そーよ、昔の仲間に声掛けて立ち上げたはいいんだけど、やっぱ実力はあっても経営の長い大手には敵わないしね。回される仕事も限られてくるから、今は災害派遣とか多少危険な依頼もやってるのも売名行為なわけよ」

「……理解してます」


 ヒーローは、志す目的のために戦う。だが、一人の力で出来ることなどたかが知れている。その為、大体のヒーローは組織に属するのだ。

 しかし、組織を運営する以上、世知辛い話だが、御金が必要となる。当然、資本として自分達を売り込むために営業を行う。自分がイベントなどの露出を増やしたのもそのためだ。


「だかんね? あんたが喧嘩売った魔法少女組織の大御所、〝過ぎ去る願い星(ワープ・シューター)〟と揉めるのは、うちとしてはデメリットなのよ」


 唇を噛み絞める。自分は確かに、ヒーローとしての志を揺らさないかった。だが同時に、大恩ある彼女の立場を危うくしてしまった。

 ヒーローとして、どちらが正しかったのか、自分の浅慮や後悔があり、そのことを考えていると、


「――んで? 具体的にはどうすんの」


 そう、聞き返された。俯きかけた顔を上げ、所長である彼女の顔を見る。

 寝不足で顔色の悪い彼女の目は、こちらを真っ直ぐに見据えている。……書類の処理は継続しているが。

 どうするのか、と自分の判断を聞いている。それは、こちらにまだ信用を寄越してくれる問いだ。

 どうするのかを、決めさせてくれている。ヒーローとしてのこちらを、まだ尊重してくれているのだ。

 頭を下げ、深呼吸すると同時に、覚悟を決めた。

 言った。


「はい、初めの問いに戻ります。

 ――魔法少女には、どうすればなれますか?」


      ○


 人が行き交う道路の真ん中。そこには複数の人影がある。

 防弾ジョッキや小銃で武装された男達のほとんどは、皆一輪の花を携えて気絶している。

 そんな中、動き続ける影があった。巨躯の男と、帽子を目深に被った薄手の衣装を着た少女だ。

 互いに最適な位置を獲り合う二人。男は少女を捕らえるため、少女はそれから逃れるためだ。

 そして、少女は、一つの動きを見せながら言った。

 杖の振り下ろしと共に放たれたのは、呪文と稲妻だ。


「悪を禊いで花になれ! エンチャント・ブルーム!」

「ぐあああ――!?」


 巨躯の男に、曇りでもないのに稲妻が直撃した。凄まじい悲鳴に周囲がドン引きする中、薄手の衣装を纏った少女が言った。


「フィニッシュ!」


 宣言と共に、稲妻が消え男が膝をついた。白目を剥き、完全に失神している男に、少女は躊躇いもなく近づいていく。

 簡易のメディカルチェックを周囲に悟られないように済ませると、少女は男の額にそっとキスを落とした。

 周囲の野次馬がざわめくのを無視する。少女は、薄手の衣装に施してある菊の花を男の耳元に飾った。


「もう、悪いことしちゃダメですよ?」


 そう言って、少女は立ち上がり、一礼した後この場から消えた。

 人々は呆然とする中、一連の出来事を思い出す。小柄な少女が、武装した屈強な男達を華麗に屠る姿を。圧倒的な力を見せながら、彼ら一人一人に花を添える優しさ。

 そして何よりも、可憐で花のような笑顔が、少女の雰囲気をより幻想的にさせていた。

 まるで、本当に魔法を使ったかのように……。


      ●


 その様子を眺める者がいた。

 騒ぎのあった道路の向かいにあるビルの屋上。そこに、機殻で包まれた箒を携えた少女がいた。

 少女は、道路での一部始終を観察し、口元を引き攣らせながら言う。


「よくもまあ、あそこまで見事に女の子出来るわね……」


 言って、それだと見事と思ってしまうほど、自分に女子力足りないのか? という疑問が出たが、あまり深く考えないようにした。

 確かに、異性を真似る、演じることを趣味とする人間がいることは知っていた。奴もその類なのかと思ったが、事態を収拾した後落ち込んで人生にため息ついているので、そうではないようだ。

 そうなると、あの可憐な少女は演技だ。

 花岡・馨。彼の提案が通ったとき、所長の正気を疑ったが、〝大丈夫、私もパンツ脱がせたくなったから〟とは、一体どういうことだ。

 とにかく、そんな女装趣味の変態野郎をこのまま見逃すことは出来ない。知り合いにも協力して貰い、奴の個人情報を徹底的に調べ上げた。

 その中で、よく目にする言葉がある。


「〝成績優秀〟、ねえ……」


 そう、奴の一定評価は、どれも〝何やっても優秀〟というものだった。

 12歳のとき、新興組織〝何でも屋(エクスペンタブルズ)〟のメンバーとしてヒーロー活動を開始。それから三年間、私もたまに耳にするくらいには有名になり、活躍もしている。

 何でも屋とうちの所長は昔馴染みらしいが、かの組織は業界でもかなり異端な扱いを受けていると聞く。

 能力発現型の超人系は勿論、ただの人間だけど怪物な達人、ロボットや異族、他にもジャンルに富んだヒーロー達が所属している。それだけなら、大手の〝ボロ小屋警備会社アットホーム・カンパニー〟などの人材派遣を主とした組織がある。

 だが、〝ボロ小屋〟と自ら呼ぶように、あの組織はヒーローとしての〝志〟ではなく、利益や資金を得るために一時しのぎとしての集団だ。烏合の衆と言ってもいい。そういう組織は、基本的に過ぎ去る願い星(うち)のような組織とは折り合いが悪い。

 だが、何でも屋は、不思議とそういう噂が無い。ヒーローとしての志、立場が違っても、何処か互いの距離を見誤らない仲間意識がある。……らしい。

 らしい、というのは、所長から聞いたことだ。若々しい姿からは想像も出来ないが、アレでも老れ……、れ、歴史を重ねていらっしゃるので、ときどき、懐かしむように話すことがある。

 その中でも、何でも屋のことは特別視しているようで、彼らの活躍を聞くたびに、笑顔か、悪い笑顔をしている。

 花岡・馨。字名(アーバンネーム)赤雷雲(レッドスプライト)〟。ヒーローネームでもあるそれは、彼自身の能力を現したものだ。

 眼下の騒ぎを収拾させたのは、彼の発電能力での制圧術だ。強力なうえ、電子機器の多い現代では汎用性にも高い。


「才能、ね……」


 もちろん、それだけではないのは知っている。ヒーローという存在が現れて数十年、歴史を重ねただけに、国家論のようにその存在の本質については語り尽くされている。

 ――ヒーローとは、単純な勧善懲悪を差すものではない。

 たとえば、ヒーローが強盗犯を捕まえたとする。その強盗犯を捕まえたことで、自分ではない誰かは被害を受けずに済んだ。これは善だ。

 だが、強盗犯には、どうしても金が必要だった。それは、自分の大切な人に治療を受けさせるためだった。強盗犯を捕まえたことで、自分ではない誰かは治療を受けられなかった。これは悪だ。

 つまり、ヒーローとして行動するということは、善も悪もどちらも打倒することだ。

 ヒーローとして活動する者は、まず何よりもその戦いの醜悪な本質を理解させられる。決して己の行動を見誤らないようにだ。

 そうした〝ヒーロー像〟を理解出来なければ、それはただの〝俺カッケー〟と妄想するだけのバカだ。

 彼も、それを理解したうえで、己の志を捨てなかったのだろう。それも、まだ子供の時分からだ。

 何が彼をそこまで決意させたのか、それを考えってしまったことに気づき、


「あ、七海さーん。お待たせしましたー」

「うひゃあっ!?」


 しまった。考えこんでいたせいで気配に気づかなかった。しかも動揺して変な声出たし……!

 タイミングの悪い奴め、と睨み付けると、奴は若干怯えた様子で身構えた。

 ――しかし、よくよく見ると、本当に女みたいな奴ね……。

 帽子を被っているが、黒のウィッグを付けた髪は腰まで届くストレートになっている。薄い衣装は、インナースーツのようにピッチリしていて扇情的。コートを着て上半身を隠してはいるが、太もものラインなど嫉妬してしまう。くそっ、いや、くそとか言っちゃ駄目ね、ここは、そう、太くなれ……! ムチムチに太くなれ……! 

 あれ、男である奴的には、筋肉質な太さはプラスなのだろうか? なにそれずるい。


「ふぁ!? ふぁにすん、いふぁいいふぁいれす! ほっふぇたやめっ」

「うるさいわね……」

「ひぃ」


 小さく悲鳴を上げて後退った奴を解放し、憎らしいその姿を再び目に納める。

 くそっ、やっぱり可愛い……! こいつホントにチンコ付いてんの!?

 いけない、今の少し下品だった。魔術(テクノ・マギ)反省。一息つき、改めて言う。


「で? 今日一日見せて貰ったけど、これがあんたの言う魔法少女ってわけ?」

「はい! その通りです!」


 奴は、両こぶしを胸の前で握りながらそう言った。だから、何で一々ツボを押さえてるのよ……!

 やはり、ここまで自分を可愛く魅せることが出来るということは、元からそういう趣味があるからじゃないか?

 疑いの視線を受けた奴は、少々俯きがちに答えた。


「あ、あのどうでしたか? ここ一週間ほど、うちとそっちの所長に指導して貰ったんですけど、ちゃんと出来てますかね」

「所長――!! 一体何をしてるんですか――!!」


 誰だ、魔法少女としての技術を男の子に仕込む馬鹿は。うちの所長か、そうか……。

 現実に負けそうになったが、何とか踏み止まる。いけない、このまま所長に任せてたら、そのうちジャンル:魔法少女(♂)とかが出来かねない。そうなれば、先日こいつが言っていたように、魔法少女としての存在意義が揺らぐ――!

 ああ、なるほど、そういうことか、


「全部お前が悪いのか……」

「あっれ? 何か酷く勘違いしてませんか!?」

「そうね、あんたが可愛く見えるのも、全部勘違いなのよね。そう、私は正常だものね」

「か、可愛い……!」

「そこで嬉しそうにするんじゃなーい!」


 砲撃術式を搭載している機殻箒を抱え、奴へと照準を合わせて言う。


「魔法少女の未来のために、あんたはここで消えなさい――!」

「あ、結局こうなるんすかー……」


 ぶち込んだ。


      ●


 くっ……! 厄介だ!

 ビルとビルの間を飛び移りながら、こちらを追う少女、日高・七海を見る。

 彼女は機殻箒に跨り、高速飛行により追って来ている。それは、推進力をもった直線の動きだ。軌道はほとんど戦闘機などと同じになるので、旋回は大きく回り込む動きになる。

 だが、入り組んだ建物の隙間をノンストップで擦り抜けてくる。市街地での戦闘に慣れている。

 やはり、新型の魔術具である機殻箒を所持するだけはあり、相当な実力者なのだろう。

 今も、ビルの高さの違いを利用して隠れようとしたが、瞬時に砲撃の態勢を移られた。

 砲撃術式は箒部分に仕込まれており、飛行時にはエンジンになる。飛行から砲撃に移るには、様々な過程を含んでのアクションが必要だ。

 彼女は、その通常の手順を無視して、直進の状態から〝身体だけ〟を翻したのだ。

 そうすることで、推進力を殺すことなく、砲撃体勢に移れ、


「ぶっ放せ!!」


 青白い光線が、こちらに向けて放たれた。

 魔法少女の技能である〝魔術(テクノ・マギ)〟には、大別して二種類ある。自然と融和する民間療法を基礎とするため、その考え方に沿って魔術は作られている。

 変化や反発の力としての黒魔術。

 不変や結合の力としての白魔術。

 プラスとマイナスで例えられるそれらは、特性としては正反対だ。だが、磁力を操る能力を持つ自分には理解出来る。どちらも、本質的に自分に近い属性だ、と。

 向かう砲弾を包む光も、魔術の現れだ。ならば、


「これならどうですか!」


 瞬間、幾条の光線が、馨に激突した。


     ○


「よし! 吹き飛んだ!」


 光線の爆発に、七海は声を上げた。

 黒魔術による反発射撃は、誘導性は無いがその分速度に勝る。本来は白魔術と併用して使うのが基本だが、今回は咄嗟の対応で余裕が無かった。

 反射神経に優れる自分の持ち味は、こういう咄嗟の射撃だ。魔法少女として何かが間違っている気がするが、大した問題ではないだろう。

 何にしても、これで魔法少女を脅かす諸悪の根源は粉々だ。大丈夫、魔法少女だからたとえ粉々でも魔法で何とかなる。治療費は貰うけど。

 一応警戒の構えは崩さず、土煙が覆う着弾点を注視する。そろそろ視界が確保出来る筈だ。

 晴れた。それは、土煙内から飛び出したものによる、予想とは違う展開だった。

 土煙より飛び出したもの、それは、


「――無傷!?」


 魔法少女の格好をした花岡・馨だ。彼は、飛び出した勢いそのままに隣のビルへと飛び移る。

 何故? まさか奴も魔法少女の技を会得したというのか。所長魔術ガッデム。

 その答えは、視界に過った完全に土煙の晴れた着弾点にあった。

 ビルの屋上は、面制圧の光線を受けたにもかかわらず、着弾を示す跡がない。これは、つまり、


赤雷雲(レッドスプライト)の能力ね!」


 彼は、おそらく磁力による反発を壁にしたのだ。衝撃を減衰は、こちらが引き撃ち(・・・・)したこともあるのだろう。その結果、一切の破壊を受け止められた。


「やるじゃない、まさかこの私がタイル一枚も破壊出来ないなんてね……!」


 ここで彼を仕留められなければ魔法少女の名が廃る。既に実力は見せつけられた。なら次は、こちらの番だ。


「最新式の魔術砲撃師(テクノ・ガンナー)一番槍(ライト・アロー)こと日高・七海! 私の速度と破壊から逃げられると思わないでよね!」


 加速した。向かうのは、魔法少女の格好をした超人(ヒーロー)だ。


      ●


 ――一瞬でも展開が遅れてたら抜かれてたなあ、アレ。

 冷や汗を掻きながら、馨はさきほどの砲撃を思い返していた。

 推進方向とは逆向きの砲撃だったことで、磁力壁の展開が間に合ったのだ。出力調整する暇が無かったので、広範囲な大きさになってしまった。そのせいで、光線にギリギリ抜かれかけた。

 次の砲撃が、もしちゃんとした態勢で行われていたら、あんな甘い防御なぞ軽々とぶち抜かれる。

 本来不本意な戦闘ではあるが、手を抜けば一気に食われる。


「ならば、やることは一つ!」


 ――全力で逃げ切る!

 相対とは、どちらかの優勢を決めるために互いに向き合うことだ。だが、必要に駆られていないならば、そもそも相対する必要はない。

 つまり、戦闘の理由が無い自分には、彼女に付き合って戦闘を継続する理由は無いのだ。

 そのために、手を抜かず、全力で出来ることは――!


「所長ォ――!」

『んぁ!? なに、なによなに、寝てないわよ、眠ってない……』

「後で牧原さんに報告しときますけど緊急事態です!」

『んー? ああ、花岡ね。一瞬、〝うわ、何この美少女、私!?〟とか思ったけど。何か用?』

「中盤聞き流しますけど、今、大変突発的な緊急事態でして、――魔法少女に追われてます」

『ごめん、よく解らないわ。いつから悪役(ヒーラー)になったのか知らないけど、一応言っとくと切っていい?』

「見捨てるの早っ!? もう少し逡巡しましょうよ! 今回自分、何も悪くないですからね!?」

『またまたー、どうせ無駄に鍛えた女子力で相手のプライド傷つけたんでしょ?』

「一応言っときますけど、自分は男です……!」


 追撃の誘導弾を避けつつ、装着式の通信器で所長と連絡を取り続けた。低速の誘導弾なら建物を壁にすれば躱しきるのは難しくない。

 貯水タンクが撃ち抜かれて派手に噴水を上げる。よく市民団体から〝街に被害を出すな〟と言われるが、各組織から〝諦めろ〟と返されるのがいつものパターンだ。修繕費などもヒーローの給料から天引きされるので半々だろう。

 この場合、どっちの負担になるんだろうか……、と考えたが、今はこれ以上被害を増やさないことに意識を集中せねば、主に自分の。


「そんなわけで、所長から〝過ぎ去る願い星(ワープ・シューター)〟の方へ連絡をお願いします! ――っとぉ!?」

『何か苦労してるっぽいね。私もだけど』

「後でお土産のシュークリームを」

『〝賑や菓子〟の一個五百円する奴ね、十分待ってなさい』

「展開早っ! 御願いします!」


 よし、これで後はこの戦闘を凌いで御土産持参で本社に戻ればいいだけだ! ……今月のお小遣い持つかな……。

 思わず、現実の負の面を直視しそうになったが、何とか前向き思考で耐えた。まだ自分は若い、未来は明るい筈だ。

 ヒーローなのに女装して魔法少女に追い掛けられる僕の未来って……?


「これならどう!?」

「なっ――!」


 高速飛行を保っている魔法少女が、いつもの間にか眼前に回り込んでいた。

 機殻箒での旋回には、長い航行距離が必要な筈、一体どうやって……!?

 答えは、機殻箒の先端部にあった。それは、先端部に癒着した水の帯だ。水の帯は直線だ。自分の真横から迫るそれがいつ用意されたものか、馨は気づいた。

 さっき撃ち抜いた貯水槽か!

 つまり、彼女は水を牽引帯として、強引なドリフトで回り込んで来たのだ。貯水槽の質量ならば、高速のドリフトに耐え切るだろう。だが、

 ――彼女自身に掛かる負荷は甚大な筈!

 実際、一瞬にして相当な負荷を耐えたためか、彼女の顔は歪んでいる。

 何故、そこまでして自分との戦闘に拘るのかは解らない。しかし、彼女は本気だ。

 ならば、こちらも本気で相対しなければならない。


「食らいなさいな!」

「くぅあああ――!?」


 脇腹に、水の帯を高速で叩き込まれた。


      ●


 やっと当てたわね……。

 こちらの高速飛行に対し、彼は障害物を用いることでの攪乱を行っていた。それでも、常人より遥かに速い。気を抜けば、一瞬で彼を見失いかねなかった。

 だからこそ、回り込んで彼の動きを止めなければならなかった。引きつける力は白魔術の本分だが、自分の腕では媒介の質に制限される。

 貯水槽に水が溜まっていたのは行幸だった。強引なドリフトで機殻箒とあばら骨が悲鳴を上げたが、彼を捉えることが出来たので良しとしよう。


「さあ、これで――!」


 止めの砲撃を加えるため、機殻箒を構える。

 砲撃は、放たれない。


「え――?」


 疑問を思考するより先に、変化があった。構えた機殻箒に、縦の亀裂が入ったのだ。

 驚愕と同時に、砲撃のためにセッティングした術式を解除した。このまま無理に撃ち出せば、機殻箒が完全に破損する。

 速度を落とさない強引のドリフトではあったが、着地のために途中から出力はカットしていた。こちらが出力を提供しなくても、円運動を利用すれば、逆に速度が上がるからだ。

 つまり、この破損は、


「やってくれるわね……!」


 見れば、高速の水圧を受けた彼は立ち上がりつつあった。薄い衣装が濡れ、素肌が透けて見える。下着は無い。当然だが。

 思っていると、彼が言った。


「自分にはこれ以上戦闘を続ける意思はありません! 攻撃を中止してください!」

「愛機を壊されて黙って引けると思う? 大体、何で戦闘してるかなんて私も忘れたわよ!」

「えええええ!?」


 驚愕する彼を見て、少し胸がスッとした。ざまあみろ。

 でもこれ、完全にこっちの言い掛かりよね。本当に何で私砲撃ぶっ放してたのかしら?

 困惑した表情の彼女、いや、彼? が、濡れた衣装の肩に掛け直していた。……なんかこう、エロい。男の子のくせに色気というかそういうのが。

 ……ああ、そうか。私は、こいつが魔法少女なのが違和感ないのが気に入らなかったのだった。うん、でも、やっぱりエロい。


「と、とにかく! これ以上の戦闘は無意味です!」

「そう、ならあんた、ちょっと服を脱ぎなさいよ」

「えっ」

「え? だって濡れてるでしょ? 着替えなきゃ駄目でしょ? だから、脱がなきゃ駄目でしょ?」

「いや、あの、なんか凄い嫌な予感がするので嫌です」

「いいから、戦闘やめるから、ちょっと脱がせなさいよ」

「うわあ――!? 所長ォ――! 早く何とかしてくださーい!!」


 ええい! 抵抗するんじゃないわよ! 興奮するでしょうが!

 涙目のかの……彼を抑えつけ、無理矢理衣装を脱がせていく。くっ、動悸が荒い。何かに目覚めてしまいそうだわ……!


「あ、そこはっ、そこは脱がしちゃダメえええ――――!!」


 ――こんな魔法少女が居てもいいかもしれないわね。


      ●


 所長室のデスクに足を乗せた女は、携帯を手にして会話をしていた。


「どーもども、うん、何か仲良くなちゃったってんで、よく解んないけど魔法少女ってことでそっちでも登録しといて」

『……あんたも無茶言うわね。あの子生物的に男でしょうが』

「いやあ、そうなんだけどね? 超人系ヒーローとしてよりウチの知名度上がりそうだからさー」

『あの子も苦労するわねえ……。まあ、新人として宣伝してもウケそうだけど』

「でしょ――! あれも才能かしら」


 会話中、ドアを叩く音がした。紙束の山越しで見ると、


「所長、今月の依頼集計です。決算と承認を御願いします」

「げえっ! 牧村ちゃん!?」

「おや、お話し中でしたか。申し訳御座いません」

『お久しぶりね、牧村さん。安心して、もう用事は済んだから』

「ええ、家の所長がまた何か企んでいたようですが、まあ、申し訳ありません」

「ちょっ、待ってよぉ菊子~」

『彼のことは任せて、あんたも仕事終わらせるのね』


 そう言って切れた通話。追加された紙束を見て、所長は溜息を付く。

 落ち込む所長を無視して、牧村は処理された書類を纏めつつ言った。


「それで、今度は何をやらかしたのですか」

「け、結構私の信頼を垣間見せる発言よね、それ」

「一昨日、花岡くんと過ぎ去る願い星に向かったようですが、本日の魔法少女の騒動と何か関係があるのですか?」

「話し早いわねー。……まあ、それも込みで花岡が御土産持ってくるから、休憩がてら話しましょうか」

「全く……、仕方ありませんね」

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