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界喰の石  作者: 五葉ノート
界喰の石
7/17

07

 暫く続いた音が消え、光が晴れて空には再び闇が広がった。

 オルカが最初に目にしたのは、崩れかけた界喰石だった。界喰石を中心に辺りの物は何もかも無くなっていたが、規模は思ったより小さく、遠目には森の木々や小高い丘が確認出来る。

 オルカは扇に付いた紐を千切り、黄金色の珠を握り締めた。

 珠の中で小さな人影が動き、影がゆっくりと歩いて来たかと思うと、突如、目の前に一人の青年が姿を現した。

 腰まで伸びた黄金色の髪は絹のような光沢を放っていた。背丈はオルカよりも頭一つ分高く、切れ長の目と精悍な顔立ちは、女性のような美しさを兼ね揃えている。

「……おやおや、珍しい。外に呼ばれるのは一年ぶりですか? 久々だと言うのにひどい有様ですね」

 青年は言葉とは裏腹に驚いた様子は無く、冷静に淡々と言った。

「セーレ! 助けて欲しい、今すぐ治療が必要なんだ」

 セーレと呼ばれた男は、辺りを見渡し状況を確認した。

「ほうほう……助けたいのはそちらの女性ですか? 暴走に巻き込まれたのでしょうか? その方も不運でしたね」

 オルカはセーレが現れた事に一安心すると、力なくその場で倒れ込んだ。

「理由は……あとで話すよ。それより何としても助けて欲しい、僕の恩人なんだ。死なせるわけには――」

「ふむふむ、しかし厳しい状態ですね。命を取り留めるのは無理でしょう」

 オルカが言うよりも前に、セーレは決断を下し、簡単に言葉を吐き捨てた。

 ココの呼吸音は次第に小さくなり、体から流れた多くの血が地に染み始めていた。

「な、なんとかしてくれよ! お前は時を操る魔神だろう!?」

 オルカは起き上がると、セーレの腕を掴んだ。

「そう言われましても、私の本体はナホ国にあるのですよ? 魔力で意識を実体化させた今の状態では、そこまでの力は扱えません。傷が浅ければ私の静刻(トランキル・タン)で傷の損傷を止める事も出来ましたが、この方の傷はあまりに深すぎる……空間転移で上手く運べたとしても、医者も同じ結論を出すでしょう。ひどい言い方かもしれませんが、諦めなさい、オルカ」

「そんな……そんなの嘘だ、そんな事……なんとかならないのか……!」

 オルカは視線を落としココの瞳を見つめた、ココの瞳孔は開き既に光を失っている。僅かに聞こえていた呼吸音も、耳を澄まさなければ聴こえないほどだった。

「暴走の範囲が小さいのがせめてもの救いでしょうか、近辺の人々は無事助かったので? さぁさぁ、あなたも傷ついているようですので治療を進めま――」

 セーレは言葉の途中で口を塞ぐと、ココの瞳に映る赤い光を見つけた。驚いた様子で後ろを振り返ったセーレの頬を、一筋の汗が伝う。

「あ、あなた一体何をしたのですか!? あそこにあるのは邪視(じゃし)ではないですか……まさか天神を……あぁ、なんて事だ、本当に大変な事が起きたようですね」

 セーレが爪で宙をなぞると、空間が裂かれ小さな闇を覗かせた。闇の中に腕を入れると、界喰石の辺りで腕が出現し、セーレの手が何かを掴んだ。

 セーレは裂かれた空間から腕を抜くと、オルカの前に紅く燃える丸い玉を差し出した。

「オルカ、これは邪視と言って天神が持つ神具の一つです。これを使えばこの方を救うことが出来ますが、一人の運命を大きく変えることになるでしょう。あなたはそれでもこの方を助けたいですか?」

 セーレは紅く燃える邪視を差し出すと、真剣な表情を浮かべオルカに訊いた。

「助けたい、助けなければ僕が後悔してしまう! お願いだセーレ、ココを助けてくれ!」

「……わかりました」

 セーレは小さく頷くと、邪視をココの胸に当てた。邪視が煌々と炎を上げ、新しい媒介となったココの体の傷を、あっという間に塞いでいく。

 全ての傷を癒し終えると、邪視からは炎が消え、吸い込まれるように体の中へと沈んで行った。

 邪視が消えると、すぐにココの目が開いた。オルカはココの頭を膝に乗せ心配そうに顔を覗き込んだ。

「ココ! 大丈夫か、巻き込んでしまってごめん……本当に……」

 オルカはココの意識が戻った事に喜び、目には涙を浮かていた。

「ん……オルカも大丈夫? 痛いとこ、ない?」

 ココが自分には何事も無かったかのように言うので、オルカは思わず笑ってしまった。

「ははっ……それは僕の台詞だよ」

 二人は視線を交わし、互いの傷を確認した。

「とりあえずは無事でよかった。まさか石を暴走させるとは思わなかったよ」

 オルカは安心した様子でため息をついた。

 ココが起き上がると、オルカはまじまじとココの姿を確認した。サリエルから受けた傷は全て消えており、森に入った時とまったく同じ姿をしていた。セーレの言った『邪視』を持った様子は無く、平然としている。

「あの羽の人、オルカが倒したの?」

「ううん、最後は自らの命を削って石を暴走させたんだ。命を捨ててまで目的を果たそうとするるなんて……本当に驚いた」

 オルカはココの手を取り立ち上がると、そこには荒れた大地が広がっていた。

「これが石の力? 全部消えて無くなっちゃったね」

「この程度で済んだのは運がいい……あの時開放していなければ、範囲はもっと大きかった筈だから……」

 二人が静かな大地を眺めていると、セーレの声が聴こえた。

「お二人とも、事態は思ったより深刻ですよ」

 ココは姿なき声に驚き、驚いた様子で辺りを見回した。

「魔力を消耗するので、今は声だけを転移させています。いいですかお二人とも、私の話をよく聞いて理解して下さい」

 オルカは落ちていた黄金色の珠を拾ってココに見せると、静かにセーレの声を聴くよう人差し指を口元に置いた。

「時間がありませんので要点だけ伝えます。まずはお嬢さん、先ほどは邪視の力で傷を治しましたが、放っておけばあなたはいずれ死に至ります。邪視の魔力を直接肉体に注いで命を繋いでいますが、ひと月もすれば邪視の魔力が尽き、体は朽ち果ててしまうでしょう。早急に対処が必要となります」

「そんな! 君の力でココの傷を治したんじゃないのか?」

「意識を実体化した程度の状態では、私の治癒術を持ってしても治るものではありません。しかしその場には邪視がありました。一時的にその力を利用して傷を治す事が出来たのです。オルカ、あなた天神を討ちましたね? 邪視……あの目は偶然に落ちるような物ではありません。久々に呼び出されたと思ったら、まさか天神と騒動を起こすなんて……大変驚きましたよ、やれやれ」

 ココは自分の体のあちこちを触って確認したが、不思議そうに首を傾げる。

 傷は全て消え去っていた。着ていた服も、まるで新調したかのように綺麗になっていた。 

「そうだ、天の神と言っていた……君は天神について何か知っているのか。君のような魔神、底に住む魔族とは違うのか?」

「天神については複雑な歴史がありますので追々語るとしましょう。まずはそちらのお嬢さんを救う事が先決です。あなた方二人は西部の国ヴィレントラへと向かって下さい。かの地には偉大なるバラム王がおられます」

「バラム王と言うと……三頭王、魔神バラム様か?」

「バラム様ならあなた方を導いて下さります。詳しい話はその後です、急がなければこの方の命はありません。それに神具を狙う魔族も出てくるかもしれませんよ。オルカ、あなたはこの方を守る……責任が……ります」

「分かった、バラム王に会えばいいのだね。理解出来ない事もたくさんあるけれど、まずはココを助けることが先決だ」

「ヴィレントラへ……私も……そこで改め……ましょう…………」

 セーレの言葉が途切れると、珠に映った影は薄らぎ、小さくなって消えていった。

 東の空が白みを帯び、朝日が昇り始めていた。

「朝か……」

 オルカは扇の紐に珠を結ぶと、崩れたかけた界喰石へと向かった。

 手で叩くと界喰石は簡単に砕け落ちた。菫青石(アイオライト)は宝石のような色合いを見せたが、魔力の輝きは失っていた。

 オルカは残骸を拾い布袋にしまうと、入れ替わりに細い紐の付いた杭と、緑色の液体が入った小瓶を取り出した。

 杭を地面に打ち込み、紐の先端から緑の液体をかけて地面に浸透させる。

 本来なら浄化の式を組む事が正確な処理方法だったが、結界を張る為に魔石を使い果たしてしまったので、オルカは地中に残った魔力を分解させる簡単な仕組みを作る事しか出来なかった。

 オルカは液体が地面に染みこむのを確認すると、界喰石を蹴り崩した。石のあった場所を見つめながら、ココに背を向けたまま話しかける。

「ココ、大変な事に巻き込んでしまって本当にごめん、何と言って詫びれば良いのか……」

「ううん、首を突っ込んだのはあたしだもの、自業自得よ。それに今は何とも無いし体は大丈夫! ねぇねぇ、それより街に行くんでしょ? あたしも行っていいの?」

「そうだね、君を助ける方法を――」

 ココはオルカが言い終える前に両手を握ると、顔の前に上げて瞳を輝かせた。

「街に行くのよね! そうなのよね? そうだよね! 楽しみだなぁ、ふふっ」

 ココは自分の心配より街へ行ける喜びの方が大きいようで、口元を緩めたまま、掴んだオルカの手を大きく上下させていた。

「……命の危険があると言うのに、どうして君はそんなに楽天的なのだろう」

 オルカは先程までの出来事を、一瞬忘れてしまいそうになってしまった。

「大丈夫よ、お父さんには兄さんに会いに行くって言うからさ」

「いや、そういう事じゃなくて……」

 肩を落とすオルカを、ココは気にする様子もなく笑った。

「そう言えば、さっきあたしを助けてくれた人はどこへ行ったの? 声しか聞こえなかったけど」

「ああ、さっき君を助けてくれたのはセーレと言って、ナホ国を守る序列七十番を数える魔神なんだ。治癒術とあらゆる場所へ移動が出来る瞬間転移を得意としているのだけど、さっきはその力を使ってこの場に現れていたんだ」

「ふぅん。よくわかんないけど、魔族っていい人もいるんだね」

「知らない人も多いけれど、僕ら人と魔神との繋がりはとても大きいものなんだよ」

「良い神様もいるのに、大地をこんな風にしてしまう悪い神様もいるのかぁ」

 大地の底には七十二の魔神と、それに従う数多くの魔族がいた。魔神は大地の人々と密接に関わり、大きな国では魔神と人が契約を結ぶところもある。

 東の国ナホでも、時の神セーレとの契約を結び、人と魔族との共存を確立させようとしていた。魔神はその土地に眠る魔族を配下とし、魔神を頂点とした群集構造を作っていた。国と魔神の結びつきがあれば、冬に底から魔族が昇っても、互いに争いが行われることは無い。しかしそのような結びつきの無い離れた土地には、魔族を束ねる魔神は存在せず、冬夜に這い上がった魔族が人を襲う事も少なくはない。

 未だ不安定な大地と底の二つの世界の関係は、天神の出現によって大きく変わろうとしていた。大地が知った天神の存在は大きく、到底理解できるようなものではない。

 歩む大地は、遮るものの無い平坦な道。真実を知ったオルカは、その道の先に大きな壁が立ち塞がっているような気がした。しかし新たな目的を前に立ち止まる訳にはいかない。

「綺麗だったこの場所、もうずっとこのままなのかな」

 ココは何もない大地を悲しそうに歩き、小さな声で呟いた。

 天神の出現によって大きく変わりゆく世界。人は天という新たな世界の存在を知る。

 天と大地と底の三世界が、ゆっくりと交差しようとしていた。


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