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界喰の石  作者: 五葉ノート
界喰の石
6/17

06

 オルカの指が(かなめ)に触れると二本の扇骨が同時に輝き出した。魔力を風の渦に変え自らの周りを纏わせると、ゆっくりとサリエルに近付いた。もう一本の扇骨の先端には霜が張り付いている。

「ははは! 大地の者は好戦的だな、さすがはマグナ・マテリアの(えい)と言うべきか! 愚かだが面白い、我自らが滅ぼしてくれる!」

 十年前に起きた出来事は自然暴走による事故だと思っていた。そう聞かされていた。それが突然、聞いた事も無い存在による仕業であったことを知り、オルカの心は怒りで満たされていた。

 自身の仇を討ちたいという気持ちもあったが、石が原因でいくつもの街や村が消失していることにも心を痛めていた。

 オルカは街や村に近い石を重点的に解放するようにしていた。出来るだけ犠牲を減らすべく、街から離れた石などは見過ごした事もあった。自然現象なのだから仕方無い、暴走は事故によるものだ、そう自分に言い聞かせた石もある。だが、もし見過ごした石に巻き込まれた人がいたら、見逃さずに訪れていれば、もっと早く行動を起こしていれば気付いていたかもしれない。

 そんな心の葛藤が胸を締め付けた。じわじわと滲み出す後悔。石の暴走が発見されて二十年余り、各地では石の暴走を防ぐ活動が行われているが、あまりにも遅い真実だった。

「……くっ!」

 そんなオルカの思いから苦しみの声が漏れた。

「オルカ……危険だわ!」

 ココは魔族のような異界の存在を目にするのは初めてで、その殺気の領域や、感じた事の無い威圧に恐怖を感じていた。

「この先は僕の領分だ。ココは早くこの場から逃げてくれ!」

 オルカが声を発すると同時に、ココは空気が凍てつくのを感じた

「なにこれ、急に冷たく……」

 扇骨についた霜が弾け、輝きと共に冷気が撒かれた。

 風の渦が一層勢いを増しその冷気を辺りに広げる。

「最初から全力だ!」

 既にサリエルも迎撃の体制を整えていた。

 手の上で回っていた二つの光球は、範囲を広げ体を中心に円を描いていた。

「石の魔力を扱うか、ただの人間では無い様だな」

 翼を広げたサリエルは宙を一掻きし空へと舞い上がると、両手を掲げ球体の回転速度を上げた。

「切り裂け、梅ヶ(うめがえ)!」

 空へ飛んだサリエルを追うようにはオルカは術を放った。風の渦がいくつもの刃を形成し広範囲に飛ぶ。

 サリエルは空を掻き、さらに上へと昇る。容易く風の刃を避けると同時に、体の周りを浮かぶ光球から光を放った。

「魔法!?」

 帯状に延びる光が水面を割った。続け様に、もう一本の光が地面を貫く。

「あの距離でこの威力……目前で弓を引かれている気分だ」

 跳ねた水が頬を伝う。オルカは袖で雫を拭い大地を走った。

「貴様はなぜこの石を欲する、石の力が必要か?」

 サリエルは宙に浮かびながらオルカへ問いかけた。

「逆だ、こんな大きな力はあってはならない!」 

 オルカは扇を一振りすると、撒かれた冷気が霧となって空へ上がった。

()てつけ! 薄雲(うすぐも)!」

 霧は無数の氷針に変わりサリエルを襲う。

「……クラベルタの魔力か」

 サリエルは迫り来る氷針を避けようとはしなかった。宙で何かを握る素振りを見せると、向かってくる氷針を一瞬のうちに薙ぎ払った。

 無残に砕かれた氷の粒が辺りへと飛散する。

「見事な扱いだ」

 砕けた氷の粒が地に落ちるより前に、サリエルは翼を曲げオルカへと急降下をかけた。

 サリエルが漂う霧を抜けた瞬間、手に大鎌が握られているのが見えた。

「……っ!」

 あまりにも早い降下。オルカは後ろに跳ぶのが精一杯だった。

 一閃。紙一重で避ける事は出来たが、サリエルの瞳はオルカを捉えている。

 着地と同時に紅く染まった右目が怪しく光った。その瞬間、衝撃波がオルカの体を大きく吹き飛ばした。

「かはっ!」

「オルカ!」

 ココが駆け寄ろうとするが、オルカは表情を歪めながらそれを片手で制した。

「……っ来るな! 何をしているんだ、逃げろって言ったじゃないか!」

「オルカも逃げて! あいつ普通じゃないって!」

 ココは悲痛な叫び声をあげたが、オルカはすぐに起き上がりサリエルを正面に捉える。

「……ダメだ、僕が止めなきゃ」

 自身に言い聞かせるように小さく呟くと、再び風の渦を形成させる。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 オルカは全身を風で纏い、目の前の敵へと突き進んで行く。

 サリエルもまた、オルカを迎え撃つべく鎌を大きく左右に振った。

 オルカが扇を一振りすると、風が鋭い斬撃となってサリエルを襲う。サリエルは鎌で風の刃を受けると、力任せに払い除け雑に処理をした。オルカは再び仕掛けようと扇を翻したが、今度はサリエルの動きが早かった。

 サリエルは低空に跳び一気に距離を詰めた。オルカは振り上げられた鎌を交わし、風の斬撃を飛ばして再び距離を取る。

 何度か同じような攻防が続いた。共に攻撃数は同じ、互角かとも思えたが、ココはオルカの衣服が小さく裂かれているのを見つけた。

 オルカは攻撃をかわしてはいたが、その全てが危ういものだった。対するサリエルは、交錯を楽しむかのように、時折憂いの表情を浮かべている。それを眺める事しか出来ないココの不安は、大きく膨らむ一方だった。

 扇から繰り出される刃はサリエルの持つ大鎌で打ち消されていた。風を切る音が響く中、何度かオルカの攻撃がサリエルに掠る事もあったが、まるで硬い甲羅に覆われているかのように、まったく手ごたえは感じられなかった。

 オルカは大袈裟に風を巻き上げると、一度サリエルとの距離を大きく取った。雲が流れ輝く月が二人を照らす。

 どこからか舞った木の葉が、サリエルの構える鎌に乗った。血の色をした幾何学模様が、黒い刃の中で生きているかのように、不気味に蠢いて葉を塵に化した。

 サリエルは小さく笑い、オルカは奥歯を噛み締めた。短い硬直の後、先に動いたのはサリエルだった。

 鞭が(しな)るかのように鎌が振り下ろされた。オルカは軌道を追うと、一瞬の判断で扇を突き出し、扇に纏わせた風で鎌を豪快に弾き返した。

 その衝撃で扇と鎌が大きく跳ねた。すぐさま体勢を整え、二撃、三撃とサリエルは攻撃を仕掛けたが、オルカの防戦により、放つ斬撃はことごとく弾き返されていた。

 強い魔力を纏った攻撃がぶつかる度、辺りには強い光の結晶が飛び散っていた。命の奪い合いが行われているにも拘らず、扇と鎌が描く光の線は、優雅で繚乱な世界を生み出していた。

 次元の違う光景。想像の出来ない大きな力のぶつかり合いは、思わずココに僅かな興奮を覚えさせる。

「すごい……」

 いくつかの攻防の後、決定打を与えたのはオルカだった。

 鎌を弾いた瞬間、大地を蹴って懐へ潜り込むと、オルカは扇を目一杯の力で振り上げた。    

「梅ヶ(うめがえ)!」

 放たれた風の渦がサリエルを包み込み、その身を螺旋に描かせながら空へと舞い上げた。

「ぐぁぁぁぁっ!」

 叫び声は空へと昇り、サリエルの体は地面に勢いよく叩きつけられた。サリエルの手から離れた鎌は、無数の白い羽に変化し散っていく。

 オルカは呼吸を整え扇を構えた。サリエルに近付こうとしたが、突然大きな笑い声が響いたので、思わず足を止めてしまった。

「……くくっ……ははははっ! 神である我が……痛みを感じるとはな! 人間風情が……」

 不気味に笑ったサリエルがゆっくりと立ち上がった。紅い瞳をオルカに向けると、ゆっくりと左目を閉じた。

「……死ね」

 右の瞳が紅く燃え上がり、サリエルを中心とした周辺の空間が大きく歪んで見えた。そう感じた瞬間。大気が震え、轟音が響いた。

 オルカは瞬時に危険を察知し、袖から五つの小石を取り出すと、正面に向かって投げ放ち、急いで魔力の盾を張った。

 五つの光の膜がオルカの前で展開されたが、放たれた衝撃波は魔力の盾をあっという間に砕き潰し、勢いを衰えさせることなくオルカを吹き飛ばした。

「かはっ!」

 オルカは全身を岩肌にぶつけ、僅かな叫び声を上げて意識を失った。衝撃波は木々を割り、大地を抉るほど強力なものだった。

 サリエルがゆっくりと歩きオルカに近付いた。宙で手を握り締めると、虚空から羽になって消えたはずの鎌を抜いた。

「オルカ!」

 ココは慌てて木の影から飛び出し叫んだが、オルカの反応は無い。

 歩みを止めないサリエルを見たココは、両手で木の棒を握ると水平に構えた。

「はぁ……はぁ……あたしが助けなきゃオルカが死んじゃう。行くのよココ。こんな時、騎士はきっと前に出るはず。大丈夫よ……やるのよココ!」

 ココは自身を奮い立たせると、構えた木の棒から刃を抜いた。

 父親に内緒で作った仕込みの剣は、レイピアのような細い刀身をしており、先端は鋭く尖っていた。

 ココは鞘となった木の棒をサリエルに向かって投げつけたが、サリエルは飛んできた木の鞘を、光球で造作もなく砕き割った。

「あたしも……いるわよ!」

 ココはサリエルの背後に立った。剣を持つ手が震えたが、それを押さえ込むように強く両手で握り、切っ先をサリエルへと向ける。

「安心しろ、急がずとも後で消してやる」

 サリエルはオルカの方へ向き直り歩みを進めた。ココもまたサリエルとの距離を縮めたが、サリエルは構う事無くオルカの方へと向かっていた。

「ちょっと、何よ! こっちだって言ってるでしょ!? そうだ……!」

 相手にされていないと慌てたココは、界喰の石へと走り力一杯に石を蹴りつけた。

「何よこんな石! なんならあたしが壊してあげてもいいのよ、フン!」

 ココはサリエルが振り向くの確認すると、石に手を当ててもごもごと口を動かした。詠唱をする真似事にサリエルは驚いた様子で声を上げる。

「石に触れるな!」

 サリエルは鎌を振り恫喝したが、ココは舌を出し挑発的な態度を取った。

「べーっだ! こんな石、無くなっちゃえばいいのよ!」

 サリエルはココへと二つの光球を飛ばしたが、ココは片足で石を蹴ると、斜めに飛び跳ねて軽々と光球を避けた。目標を過ぎた光球が水面を割り、梅花藻の花弁が空へと散る。

「……早い」

 サリエルは翼を広げて空へと舞った。ココは水面から僅かに出た岩を蹴り、器用に水を超えて地面に着地した。

 サリエルの攻撃をかわした事でココは僅かな自身を得ることが出来た。日頃の狩りで鍛えられた足腰は、天神からの攻撃を避ける速度を持っている。

 ココは軽々と走り回り、サリエルの視線を左右に振らせた。ココはサリエルに剣を向けていたが、攻撃に移るつもりはなかった。到底適う相手ではないと理解していたので、せめてオルカへの追撃が行われないよう、注意を引き付ける事を第一にと考えていた。

 サリエルはココを目で追いながら、鎌の柄を肩に置いて左手を向けた。二つの光球が腕の周りで回転し、射撃を行うように帯状の光をココに向けて何発も撃ち放った。

 ココは宙で身を捩り、時には牽制を掛けながら光を器用にかわした。縦横無尽に駆け回り、サリエルの攻撃を容易にかわす。

 サリエルは指で小さな円を描いて光球を二つ出現させると、それをココへと向けて飛ばした。

「きゃっ!」

 放たれた一本が足元を砕き、ココはバランスを崩して倒れてしまった。

「愚かな女よ」

「オルカ! 起きて、しっかりして!」

 ココは切迫した声で叫ぶと、不恰好に起き上がり再び走り回った。

 サリエルは鎌を持ち直すと、狙いを定めて翼を広げた。

「斬り刻んでくれる」

「わわわっ!」

 サリエルが降下を始めたのを見たココは、慌てて森の中へと転がり込んだ。

 大きく振った鎌が二本の大木を無残に切り倒すと、隠れていたココが陰から顔を出した。

「逃げても無駄だ」

 樹が倒れる音に、オルカの体が僅かに反応した。朦朧(もうろう)とした意識の中で、鎌を振るうサリエルの姿が霞んで見える。

「…………くっ」

 オルカはゆっくりと体を起こすと、意識を正そうと一度首を振った。

「な、なんだったんだ、今の攻撃は……」

 落ちた扇を拾い立ち上がったが、呼吸をする度に肩が荒く上下する。震える足を抑えオルカは破れた羽織を脱ぎ捨てた。

 音のする方へとゆっくりと歩き出すと、オルカに気付いたココが木々の隙間から飛び出し、大声でサリエルを罵り始めた。

「何よ! 空が飛べるくせに、全然当たらないじゃない! 神さまだか何だかしらないけど、笑わせるわ!」

 オルカはココが注意を逸らしていることに気が付くと、全身に走る痛みを堪えて走り出した。

 深く息を吸い視線をサリエルに向けた。痛みはあるが体は動く、意識も回復している。肢体を操り感覚を研ぎ澄まし、オルカは指を要に当て静かに輝かせた。

 ココは突然、空に向かって剣を投げ放った。剣は明後日の方向へ飛び、サリエルの視線はそちらを向く。

「何を――」

 サリエルが目を逸らした瞬間、死角から放たれた炎の火球が背中に命中した。

「ぐあっ!」

 小さな爆発が白い羽根を吹雪のように散らせ、薄い煙と焼けた匂いが辺りに漂った。高い叫び声が湖面に波紋を生み、水面に写った丸い月を大きく揺らせる。

 サリエルは翼を操りなんとか地面に着地した。片膝を着かせ髪を振り乱しながら顔を上げた。鋭く光る両目と楕円に広がる翼は、獲物を狙う大鷹のような獰猛さを見せつけている。

 サリエルが左目を瞑ったが、オルカはサリエルに向かって一直線に走り出した。扇を閉じると、刀を構えるように両手で握り締める。

「閃け黒耀(こくよう)真木柱(まきばしら)!」

 閉じた扇の先からは暗い闇の霧が放出された。漂う魔力を瞬時に調整すると、霧は収束し扇の先に黒い長剣を形成させた。

 サリエルの右目が輝くよりも早く、扇の剣は右翼を一突きにした。

「ぐっ!」

 刺さった剣からは闇霧が噴き出し、真白の羽を侵食し黒に染める。

「うぉぉぉー!」

 オルカが叫び扇を振り上げると、サリエルの翼は音も無く両断された。

「あぁぁぁぁぁっ!」

 赤い鮮血が散り、片羽を失ったサリエルは悲鳴を上げて地面に倒れた。

 サリエルは立ち上がろうとしたが、翼を亡くした影響は大きく、立ち上がることも出来ずに、ただ呼吸を荒げていた。

「我に……ここまで傷を負わせるとは……世界を取り戻すべく、堕天の銘を刻んでおきながら……がはっ!」

 流れる血は止まることなく水面を赤に染めたが、サリエルは構う事無く右手を上げて光球を生み出した。。

「ぐぅっ!」

 サリエルはオルカに光球を飛ばしたが、黒い剣の一振りに一瞬にして塵と化した。

「もうその姿では戦えないでしょう、動かないで下さい」

 オルカは闇の剣を構え、サリエルの前に立った。

「くはははっ、我が……天神が大地を這う事に……なろうとはな」

「決着です。あなたには聞きたいことが山ほどあります。命までは取りません、諦めて下さい」

「界喰による計画は止められぬ、選別と創造が……新たな神世界(しん せかい)を作るのだ。我が消えようとも堕天は続く、人は滅びの道を選ぶしかないのだ……!」

 サリエルは強引に立ち上がった。オルカは思わず後ずさるが、サリエルは覚束ない足取りで水の中へと入って行く。

「世界など、最初から分けるべきでは無かったのだ……すまないサンダルフォン、お前に再び会う事は出来そうにないようだ。だが願いは必ず叶えてみせよう……堕天使サリエル、我が成就を果たそう」

 サリエルは一度だけ小さく笑うと、静かに目を閉じて詠唱を始めた。

 いくつかの言葉を繋げると、サリエルの体は白い炎に包まれた。その光は真昼の太陽のような明るさだった。

「なに……燃えているの……?」

 サリエルの詠唱が終わると、体を包んだ白炎が高く伸び、一本の白い槍を形成させた。

神槍(グングニル)――」

 自らの命を削って作り出した神の槍は、サリエルの頭上に浮かび十字に光り輝いていた。

「こ、これは……とてつもない魔力の塊だ、こんな物を作り出すなんて……!」

 サリエルが神槍を手に取ると、オルカ達に向けて雑把に一振りした。残光が数百もの光針に変化し二人を襲う。

「くっ!」

 オルカは咄嗟に風を巻き上げて空へと逃げたが、ココは光の針を避け切れず、無数の針を全身に浴び、その場に倒れてしまった。

「ココ!」

 オルカは空中で風を蹴ってココの元へと着地した。サリエルはその様子を横目で流して反転すると、界喰の石へ向かって神槍を大きく構えた。

「……まさか!? だめだ、石を暴走させる気か!!」

 オルカはサリエルの行動に驚嘆したが、それを止めることは出来なかった。

 ココの体を起こすと、体中には数え切れない程の針が刺さり、衣服は赤く染まっていた。

「う……ぁ……はっ、っは……」

 唇が震え、息が漏れる度に血が流れ出していた。瞳孔は開き、視線を交わす事すらままならない。

「ココ! しっかりしろ!」

 オルカは光の針を抜こうとしたが、光に触れた袖が音も無く消えたので、針に触れることも出来なくなってしまった。

「くそぅ!」

 サリエルは無言のまま、槍を界喰石に突き刺した。石は強く発光しながら静かに槍を飲み込んでいく。

 サリエルの手から槍が離れると、サリエルの体は砂のようにぼろぼろと崩れ出した。それと同時に、ココに刺さった光の針も消えていく。

 湖面が不規則に波立ち、大地が脈を打ったかの様に何度も揺れた。

「無理やり暴走を起こすなんて……なんとかしないと!」

 オルカはココの治療を後にし、懐と袖から持っていた全ての石を取り出し地面にばら撒いた。

「結晶を打ち消す力、それと光の反射と吸収……いや違う、炎と雷を混ぜて磁場を形成させないと……これじゃない、後はこの石、これと、熱を抑える冷気に……頼む、頼む! 上手くいってくれ!」

 オルカは撒かれた小石を一つずつ握り界喰石を囲うように投げ放った。

 最後に残った石を親指と中指で挟むと、ぱちんと弾いて小さな電流を馳せさせた。界喰石の周りに飛んだ石がそれに反応し、界喰石を包むように球状の結界が形成された。

「実際に結界を使う事になるなんて……お願いだから成功してくれよ」

 オルカは扇を開くと、今度は二人を包む為の小さな魔力の膜を形成した。

「二重結界とはいかないけど、せめて……!」

 甲高い音が次第に大きさを増していく。くすんだ石の表面が剥がれ落ち、青く美しい宝石の塊が姿を現した。

 光が結界の中で弾けた。結界に包まれた界喰石が何度か青い閃光を放ち、結界内に光が溢れる。しかし数秒も経たないうちに結界にはヒビが入り、迸る一本の細い光の軌跡が世界を消した。

「持たない……!」

 オルカはココを抱いて身を守ると、石を握ったまま指を弾いた。

 突然結界の上部が砕け、青い光が空へと放出された。耳を劈く大きな音と青光が空へ伸びる光景は、十年前に見たものとまったく同じだった。

 光の勢いに耐えかねて石を包んでいた周りの結界が全て弾けた。遮る物が無くなった光は辺り一体を包み込んで行く。

 白い世界の中では、水が蒸発する音や木々が砕かれる音。地の抉られる音や風を切る音など、様々の音が入り乱れ、その全てを飲み込んでいく甲高い音は、人の悲鳴のようにも聴こえた。

 耳を塞ぎたくなるほどの音が鳴り続いた。オルカ達の結界は安定していたが、白の視界が時の経過を狂わせる。

 オルカは必死にココを抱き、光が一刻も早く止むことを祈っていた。

「ココ、頼む! 無事でいてくれ、死なないでくれ!」


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