03
並んだ木々が途絶え、オルカとココの二人は森を抜けた。
村の外れにある畑まで辿り着くと、遠くで農夫達が休んでいるのが見えた。
「ふぅ、もうすぐ村に着くわよ。もう少し頑張ってね」
ココがオルカに話しかけたが、オルカは疲れている様子で、肩に腕を回したまま、無言で足を進めていた。
「あ、お父さーん!」
ココが農夫達に向かって叫ぶと、夕日に照らされた一際大きな影が声に反応し、二人の方を向いた。
「ココか! 遅かったじゃないか、昼間の作業にこないから心配し……ん? なんだありゃ」
髭を蓄えた中年の男は、鍬を背もたれにしたまま、不思議そうに隣の農夫に訊いた。
「あいつは狩りの仕掛けに行ったはずだが、一体何を捕まえて来やがったんだ?」
「さぁねぇ? 婿でも拾って来たんじゃねぇか、ココちゃんも年頃だろうよ、ハッハッハ」
農夫のダンは、ココの父であるコルゴールをからかうように大声で笑った。
「遅くなっちゃってごめんね。この人が森で迷って倒れてたの。随分と疲れてるみたいだわ」
「……ふぅむ、兄ちゃん大丈夫か? 随分と顔色が悪いな」
コルゴールはオルカを軽々と担ぐと、近くにあった切り株に座らせた。
「この服装……あんたナホ国の人か? 随分と遠くから来たもんだな……おい、かぁちゃん! ちょっと葡萄をいれてやってくれ!」
それを聞いていた女性は、樽の中からぶどうを掬って絞り、溢れる果汁をなみなみと杯に注いだ。
「あら、ココ戻っていたのかい? おや、なんだいこの人は?」
コルゴールは女性から杯を受け取ると、オルカに手渡し、飲むように勧めた。
オルカは杯を受け取ると、甘い香りの漂う液体を勢いよく流し込んだ。
「――――っ……ぷはぁ、はぁ……はぁ……」
杯の中身を一気に飲み干したオルカが、ゆっくり呼吸を整えながら口元を拭うと、ダンが大声で笑った。
「いやぁ、いい飲みっぷりだ!」
オルカは一度全員の顔を確認すると、突然立ち上がり、深々と頭を下げた。
「有難う御座います、助かりました。飲まず食わずとは言え、きちんと挨拶も出来ず申し訳ありません。私はナホ国の調査官で、オルカ・シルフィード・フレニスと申します」
「……調査官? それに三つ名まであるなんて、あんたお偉いさんか何かかい?」
コルゴールは二本の指で髭を撫でながら、少し驚いた様子で尋ねると、それを聞いたココは首を傾げた。
「みつな? なにそれ」
「ココちゃん、三つ名って言うのはな、協定を結んだ国々が、各国の地位を明確にする為に作った三つ目の名前だ。伯名とも言ってよ、お偉いさん方に与えられる称号みたいなもんなんだ。王様は月の名を持っていて、確か貴族が花で、戦士には鳥だったかな?」
「すごーい、ダンおじさん詳しいのね!」
「昔は行商をしていたからな、大きな街にもよく出入りしたもんさ。ハハッ」
ダンは少し自慢気に笑った。
「でも、そんな人がどうしてこんな田舎の村へ?」
「僕はある石を探して旅をしていました……クル地方から突砂の道を辿って歩いて来たのですが、いつのまにか森で迷ってしまって、本当に大変な目に会いました……」
オルカは首を横に振ると、肩を落として大きくため息をついた。
「そりゃあ大変だったなぁ。それでお前さんは、これからどこかへ向かうのか?」
「この村の近くに湖があると聞いたのですが、ご存知でしょうか?」
「湖か、あるにはあるが……もしかして今から向かう気か? この時期は近づかない方がいいぞ。湖は森の中央に位置していて、秋の夜でも底の魔物が出るって話だ」
「危険な場所でも行かなければならないのです、場所を教えて頂けませんか? お願いします!」
オルカはコルゴールの静止に耳を傾けること無く歩み寄り、静かにだが強く言った。
「まぁまぁ、そう急ぎなさんな、今日はもうすぐ日が暮れちまう。疲れているだろうし、今日は家で休んでいきな。なぁ、かぁちゃん、いいだろ?」
「この辺りは宿なんて無いよ、グレミーの部屋も空いている事だし、ゆっくりしていきなさいな」
ココの母、ウルナが満面の笑みを浮かべて言うと、オルカに小さな樽を渡し、荷車に乗せるよう言った。
オルカは断る事も出来ず樽を荷車に乗せると、それを合図に、コルゴールが荷車の車輪止めをはずし、馬の腹を叩いた。
「ほら、押して」
ココが荷車を後ろから押すと、車輪が轍を越えて動き出し、緩やかな坂をゆっくりと下り始めた。
「乗って!」
再びココが言うと、オルカは言われるままに荷車の後ろに飛び乗った。
だんだんと遠のく森を見つめながら、オルカは荷車の後ろに座り、揺れに身を任せていた。
森から視線を外すと、荷車の後を歩いてくるココの姿が目に入った。
年の頃は十五・六歳といったところだろうか。頭の後ろで括った長い赤毛が特徴的で、細身ながらも整った肉付きからは逞しさを感じさせた。丸い瞳や言動からは幼さも印象付けたが、ススキを手に持ち歩く様は、橙の夕空によく映え、美しさも垣間見せていた。
段差で荷車が揺れ、荷台から小さな芋が転んだ。ココは素早くそれを拾うと、オルカに向かって放り投げた。
「今日は野菜のスープだよ」
屈託の無い笑顔が、疲れたオルカの心を癒していた。
畑を平行に進み道が分かれる頃、ダンが手を振って別れを告げた。夕日を見送りながら坂を上ると、煉瓦で出来たアルシャーナ家が見えてきた。木柵を開くと庭で遊んでいた犬が吠え、家族を迎えてくれる。
「片付けをするから、ちょっと待っててね」
オルカは荷台から降りると、一家の作業が終わるのを木陰で待つことにした。
拾った小石を手のひらで転がすと、小石が薄く光を放ち小さな風を生んだ。風は渦を巻き、落ちてきた二枚の枯葉を空で躍らせる。
「本当に助かった。森で死にそうになっていたなんて、ゲントクさんが知ったら何を言われることやら……」
「ねぇ!」
突然声を掛けられたオルカは思わず声をあげた。
「わっ! び、びっくりした……あ、ココさん。片付けは終わったのですか?」
「あ、ココでいいよ! それより手の上で葉っぱが浮いてるけど、それは何?」
ココは手のひらで浮かぶ木の葉を、興味深く覗き込んでいた。
「あ、えっと、僕の方も気軽に接して下さい、年もそう変わらな――」
「うん、わかった! ねぇねぇ、それはどうやってるの!?」
ココはオルカの言葉を制すると、石を指差して興奮した様子で尋ねた。
「え、あぁ、これは石に蓄積された魔力を外に放出しているんだ。僕は魔通士と言って、石に溜まった魔力を操作する事が出来るんだよ」
「ほえー、じゃあ魔法使いさんなのね! あたし魔法使いさんって初めて見たわぁ」
ココは感激した様子で両手を胸元で合わせると、瞳を輝かせてオルカを見つめた。
大陸では魔導師と呼ばれる者の数は極端に少なかった。その大きな原因は、五十年前の戦時、魔の力を扱う者は戦力として戦争に駆り出され、多くの魔導師が犠牲になっていたからだった。
戦況を左右する魔導士は脅威の的とされ、『魔師を落とせば騎馬隊ひとつ』『王の前に魔道士を討て』などという皮肉な言葉まで生まれているほどだった。有能な魔導師が潜伏した敵国の刺客に暗殺されることも少なくは無く、魔道士は常に危険と隣り合わせで生きているような存在だった。
休戦時には魔導狩りと呼ばれる慣習が各国で行われていたが、ヴィレントラ国王によってアルミ大陸平和協定が結ばれてからは、特異な知識や能力を持つ魔導師は尊重され、現在の世では各国の貴重な存在として扱われていた。
「すごいなぁ、あたしも魔法が使えたらよかったのにぃ」
ココは人指し指を口に当てながら、物欲しそうに石を見つめた。
「あはは、今では魔道学校もあるようだから、勉強すればココも魔法が使えるようになるかもしれないよ」
ココは学校と聞くと苦い表情を浮かべ、小さく舌を出した。
「だめだめ、勉強とか大っ嫌いだもの。それにあたしは、立派な騎士になることが夢なの!」
ココは目をきらきらと輝かせると、腰に下げた木の棒を掴み天へと突き上げた。
「へぇ! 女の子が騎士って珍しいね」
「ふふ、兄さんがヴィレントラの街で騎士をやっているの。あたしも兄さんみたいに街で騎士として働くのが夢なんだぁ」
ココは木の棒を数回振り回すと、剣を鞘に収めるような仕草で棒を腰に戻した。
「いけない、ご飯の準備を手伝わなきゃ。滅多にこないお客様もいる事だし、頑張って作らないとね!」
「楽しみにしているよ、もうお腹ぺこぺこでさ……」
「そうだ、じゃあこれでも食べてて! 少しはお腹の足しになるからさ」
ココは革袋から取り出した木の実を手渡すと、すぐさま家の中へと走って行った。
木の実を受け取ったオルカだったが、食べる事も出来ず、手のひらに乗せたまま動けずにいた。
「これって胡桃……だよな……割るものが無いんだけど、一体どうすれば……」
日が暮れ辺りは闇に包まれた。窓からは木に泊まった渡り鳥の番いが羽を休め、くちばしで互いの羽を繕っていた。
「ツグミか、秋はこんなところに居るんだ」
オルカは暖炉の前に椅子を置き、ぼんやりと外を眺めて呟いた。ここ数日はずっと森を彷徨っていたので、暖炉の温もりがとても心地よく感じる。
調理場では、ココとウルナが食事の支度をしていた。天井に舞う湯気が食事の時間が近い事を告げているようだった。
コルゴールは手に小さなナイフを握り何かを削っていた。狩りで使う道具なのか、先端を念入りに何度も確認している。
部屋には獣の毛皮や角が飾られ、軒下にはたくさんの野菜が吊るされていた。納屋の前には多くの農具が並べられ、離れには家畜用の小屋もあるようだった。
トレマーク地方は自然溢れる豊かな土地だが、一番近い街までは幾日もかかる遠い場所だった。必要な物がある時は街へ行商として馬車を出していたが、生活の全ては自給自足で行われていたので、人々が村の外に出る事は極端に少なかった。
コルゴールは作業が一段落すると、食卓に移動してオルカに話しかけた。
「ところで魔法使いさんよ、探し物は湖だと言っていたが、あてはあるのか?」
「いえ、森で迷っていたぐらいですので……まったく」
「それなら明日、俺がついて行ってやろう。ココが準備した仕掛けを見に行くついでだ。早朝に出発すれば昼間には帰れるだろうしな、それなら魔物が出る心配もねぇさ」
「本当ですか! それは助かります」
コルゴールとオルカが会話をしていると、調理場から鍋蓋とおたまを持ったまま、ココが飛び出してきた。
「あたしもついて行ってあげようか? 森はあたしの庭みたいなものなのよ!」
ココは得意気に言ったが、コルゴールは首を横に振った。
「明日はかぁちゃんと畑仕事の当番だろうが。お前は大人しく村にいろ」
「えー連れてってよ! こんな田舎じゃ楽しい事なんてひとつも無いんだもん、毎日つまらないわ。あたしオルカの話たくさん聞きたいの! ねぇーいいでしょぉ?」
ココは嬉しそうに会話に入るが、コルゴールは呆れた様子で眉をしかめた。
「つまらないとはなんだ、変わらない毎日というのは大切な事なんだぞ。今日も食事にありつけるんだ、もっと感謝せんか」
「それはそうだけどさぁ、お父さんは毎日同じ事ばかりで飽きないの? あたしはもううんざり。一つ下のエルディナだって、街に働きに出たって言うしさぁ」
「お前は本当に街が好きだな、街なんて人が多いばかりで騒がしい場所だ」
「街には見た事も無い服や食べ物がいっぱいあるのよ! それに狩りに使えそうな武器もたくさんあるかも!」
お互いが譲ることなく会話を交わしていたが、武器という一言を聞いて、コルゴールは言葉を詰まらせた。
ココは口を開けば騎士になりたい、武器が欲しいと言っていたので、コルゴールやウルナはいつも頭を抱えていた。
村の娘が年頃になると、機織や料理を母から習うのが慣習だった。畑仕事は男女共に行われていたが、狩りや家畜の世話は男の仕事とされ、女は家にいる事が多かった。ココは農作業を嫌い狩りに行くことが多かったので、コルゴールは村の年寄りから嫁の貰い手が無いと、いつものようにからかわれていた。
ココは十五歳だったが、村の女は十八歳になる前に結婚するのが殆どだった。しかし顔を上げると、父親の目の前には、おたまと鍋蓋を振り回し、騎士の真似事をする娘の姿があり、どうにも情けない気持ちになってしまう。
「どうしてグレミー兄さんはよくて、あたしはダメなのよ! もう立派に狩りだって出来るし、お父さんもあたしの腕はいいって褒めてくれたじゃない」
「そりゃそうだが、狩りとグレミーのような衛隊とはまた違うだろ。ほら、もう大人しく座りなさい。とにかく明日は村にいるんだぞ」
コルゴールは疲れた様子でため息をついたが、ウルナはいつものことだと、特に気にした様子もなく料理を運んでいた。
「もーう! はぁ、いいわ食事にしましょ。オルカもどんどん食べてね」
「すみませんご馳走になってしまって、遠慮なく頂きます」
オルカは両手を合わせると、軽く会釈をして、ナホ国流に食事の挨拶をした。
「ごめんなさいねぇ騒がしくて、この子ったら本当にお転婆で……」
ウルナは出来立てのシチューをオルカの器によそってくれた。少し大きく切った野菜がほくほくと湯気を立て、ミルクの優しい香りが部屋いっぱいに広がった。
オルカはスプーンでシチューを掬い口に運ぼうとしたが、隣に座っていたココが何かを企んでいる様子で小さく口角をあげたので、オルカは思わずその手を止めてしまった。
「ねぇ、お父さま。せっかくのお客様なんですし、自慢のワインを飲んで頂いたら?」
ココはコルゴールの返事を待たずに棚から一本のワインを取り出すと、去年は天候に恵まれて葡萄の出来がいいとか、新しい品種を改良したおかげだとか、つらつらとワインや葡萄について語り出した。それを聞いたコルゴールもついつい調子がよくなり、満面の笑みで、ただ頷くだけだった。
ココはコルゴールの杯になみなみとワイン注ぐと、続けざまにやれ色がいい、やれ香りがいいと、オルカではなくコルゴールに向けて会話を始めた。コルゴールも自慢の葡萄を褒められたせいか、いつしか饒舌になり、ワインの製造についてを熱く語り出した。
ココはオルカにもワインを勧めたが、細く長いグラスに半分も満たないほど注ぐだけで、ボトルのワインは、殆どがコルゴールの腹の中へと入っていった。
こうして大きな笑い声が響く中、いつもより少し騒がしいアルシャーナ家の夜が更けていった。
翌日。鳥の鳴く声でオルカは目が覚めた。夕べの酒と疲れのせいで熟睡していたらしく、窓から入る光が、時の経過を告げていることにすぐに気がついた。
支度を済ませて部屋を出ると、隣の部屋の扉が開いているのが見えた。
二階の部屋はココと兄のグレミーの部屋があり、オルカは街に住んでいて今はいないグレミーの部屋を使っていた。隣の部屋に人のいる気配がなかったので、ココもコルゴールも起きているのではないかと心配に思い、オルカは少し慌てた様子で階段を下りていった。
暖炉の前で狩人の格好をしたココを見つけたが、部屋にはコルゴールの姿はどこにも無い。ココは革靴の先をとんとんと床で叩くと、振り返ってオルカに言った。
「お父さんは二日酔いみたい、だからあたしが代わりに行ってもいいよね?」
朝露が地面を濡らし、土の柔らかい感触が足に伝わった。
意気揚々とオルカの前を進むココの手には、長い木の棒が握られている。背嚢を背に預け、腰には小さな革の鞄と短いナイフが提げられてる。頭の後ろで結んだ赤い髪が、歩く度に楽しそうに揺れていた。
「ねぇオルカ、あたしの作戦上手くいったでしょ? 騎士は頭も良くないとだめなんだよ」
「そういうのはずる賢いって言うんじゃない? でも君には助けて貰った訳だし、ココの好きにしてもらっても僕は構わないよ」
オルカはココに恩があったので、ココがしたいようにさせたいと考えた。
「ふふっ、あたし小さい頃から兄さんとよく森で遊んでいたから、森の中の事は結構詳しいんだよ。だからあたしにまかせて、オルカの探している物もすぐに見つけてあげる!」
ココはオルカの方へ振り返ると、笑みを浮かべ片目を瞑って見せた。
アルシャーナ家からは森がよく見えたが、実際に近付いてみるとその大きさには驚かされてしまう。背の高い木々が村との境界を作るように並び、どこから森へ進入していいのか迷ってしまうほどだった。
森に足を踏み入れると鬱蒼と茂った草が行く手を阻んだが、ココが慣れた様子で地を踏み慣らし、伸びた枝や蔓を一本ずつ器用に折ってくれたおかげで、後ろを歩くオルカは楽に森の中を進むことが出来た。
オルカとココは歩きながら色々な話をした。オルカから話題を振ることはなく、一方的にココの話が続いていた。子供の頃、魔物に襲われ兄に助けられた話。その兄は街で騎士をしているということや、腰につけた棒はいつでも訓練が出来るよう持ち歩いているとも教えてくれた。自分もいつかは騎士になって兄と一緒に街で働くのが夢で、兄が村を出た十六の時までに、自分も同じように街へ出たいとも言っていた。
一通り話し終えると、今度はあなたの番とばかりに、ココは質問を投げ掛けた。
「ところでオルカはどうしてこんな場所に来たの? それに探している物ってなぁに?」
「うーん。話すと長くなっちゃうのだけど……僕が十歳の頃、石に蓄積された魔力が暴走を起こして、村が壊滅してしまったんだ。僕は助かったのだけど家族が巻き込まれて……子供だった僕をナホ国の調査官の人が保護してくれて、それからはずっとナホで生活をしながら魔力の勉強をしていたんだ。そうしているといつのまにか僕も調査官になっていて、今はそんな危険な石がないか、各地を旅しながら探している――ってところかな」
「あ、ごめんなさい。あたしってば変な事聞いちゃって……」
「ううん、気にしないで。もう随分前の事だからさ……今ではそんな石のせいで犠牲になる人がなくなるように、石の力を無力化することが僕の使命なんだ、って思っているよ」
「そっか、じゃあオルカは石を探して……ってこの村にそんな危険な石が?」
ココは足を止めて振り返ると、心配そうにオルカの顔を見つめた。
「地中には魔脈って言う魔力が流れる脈があるのだけど、この地で大きな魔の力が流れているのを見つけたんだ。脈を流れる魔力を吸収した石が、この地域にあると思うのだけど……でも大丈夫だよ。危険な石には変わりないけど、溜まった魔力を開放すれば、数百年はただの石に戻るそうなんだ」
「じゃあ石が爆発しちゃう前に石を見つければいいのね」
「そういうこと」
ココはほっと胸を撫で下ろすと、人差し指を頭に当て、石についての記憶を思い起こした。毎日のように森に入っていたが、いくら思い浮かべても石の所在に心当たりは無かった。
しばらく歩くと湖が見渡せる小高い丘の上に着いたので、二人は休みを取る事にした。
「ここから見えるのが空の泉よ。とっても綺麗でしょ! 狩りに来た時は兄さんとよくこの場所で休憩したなぁ……この丘を下れば湖に行けるんだよ! 湖を一周しようと思うと半日以上はかかっちゃうかな?」
オルカは胸元から細い竹筒を取り出すと、切り込みを入れた部分に、数枚の丸いレンズを挿し込んだ。望遠鏡となった竹筒で湖の周辺を見渡したが、これといった変化は見られない。続けて三枚のレンズを足すと、今度は湖面の様子を伺った。
照らす陽が湖面を輝かせ、鮮やかな水の色が森の緑と重なり美しい調和を見せていた。森は広大だったが、湖もそれに劣らぬ大きさを見せ、世界の果てまでも森と湖が続いているようにも感じられた。
湖を観察していると、オルカは横からの異様な視線を感じた。竹筒から目を離すと、隣ではココが指をくわえ、もの珍しい様子で望遠鏡を見つめていた。
「え? あ……はい、どうぞ……」
「ありがとう!」
オルカはココに圧倒され、思わず持っていた望遠鏡を手渡してしまった。ココはそれを受け取ると、楽しそうに辺りを見回し喜びの声をあげた。
「ココ、太陽はみちゃだめ……」
「ぎゃーっ、まぶしーっ!」
オルカの忠告は遅くココは手をばたつかせたが、すぐに持ち手を変えると反対の目で覗き込み、再び歓声をあげた。
跳ねる魚や飛び立つ鳥などの動物を追っているようで、望遠鏡の先は常に動いていたが、時々止まったかと思うと、一言「おいしそう」と呟き口元を緩めたので、オルカは少し呆れてその場に座り込んでしまった。
飽きるのを待とうと芝の上で寝転び、腕を伸ばして大きく呼吸をした。草の香りが体中に流れ込んだような気がした。目を瞑ると風で葉が重なる音や、遠くを流れる川のせせらぎも聴こえてくる。
何度か深呼吸を行い、穏やかな気候に安らぎを感じていたが、ふと目を開くとココが望遠鏡をオルカに向けていたので、思わず声を上げて起き上がった。
「うわっ! な……何だよ……びっくりした……」
筒の中でココの大きな目玉が、ぱちぱちとまばたきをした。
「近くはあんまり見えないんだね。それよりオルカ、変なのみつけたかも」
「変なの?」
オルカはココの指差す方向を望遠鏡で覗き込んだ。湖の北東に、木々の隙間から僅かに輝く小さな光を見つけた。オルカはレンズをさらに二枚追加した。再び覗き込むと、霧の中で青い光の結晶が空へと昇っている。
「あの辺りは崖になっていて滝が多いの。村の人もあまり近付かない場所だよ。最初は水しぶきかと思ったんだけど、青い色がついているからおかしいなぁって」
石に魔力が蓄積されると溢れた魔力が結晶状になり放出される事がある。通常は魔の力が強くなる夜に見られる現象だったが、昼間にそれが見えるのは稀な事だった。
魔石と呼ばれる物は各地に多く点在しており、美しい色を持つ石は宝石として加工され、魔力が宿る石は魔法の道具として用いられていた。魔石は珍しい物ではないが、暴走を起こす魔石はいくつもの偶然が重なり出来ると言われている。魔力を蓄積させる十分な大きさ、石へと繋がる魔脈の流れ、他の影響を受けない自然環境などが危険な石を作る主な原因となっていた。
青い光は水の影響を強く受けた石が発する光だったので、オルカはあの場所に探している石があると核心した
「ココ、間違いない。あそこだ」