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短編集『休日、事務所のソファーにて』  作者: めけめけ
第3章 休日、事務所のソファにて
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過去を映す鏡 4

過去を映す鏡 4




「なるほど。そいつは一大事だね。そうかぁ……君、僕の素性は明かせないのだけれど、君の生年月日と氏名、それから出身地を教えてくれないかな。あぁ、でも名前もないのでは呼び方に困るか。とりあえず、そう、鈴木としておこう。僕は鈴木一郎だ。よろしく」

 あからさまな偽名も、ここまでベタだと笑って許せる気がした。いや、きっとこの男だから許せるのだろう。ともかく、小沢は聞かれたことに正直に答えた。鈴木一郎と名乗った優男は、なにやら両手を何かの機械をいじるようなしぐさで動かしだしたが、私には下手なパントマイムにしか見えなかった。


「ふーむ。こいつは困ったなぁ。データベースによるとだ……君は助からないよ」

「あ、あの、今なんて?」

「だから、君は『助からない』と言ったんだよ。つまり死んでしまうってこと」

「そ、そんなぁ。そんなことって! す、鈴木さん、冗談にも――」

「いや、でもおかしいなぁ。君は確かに車にはねられて、その後病院で死亡が確認されたってあるのだけど、いささか状況が合わないなぁ。だって、このデータだと、君はすでに死んでいる」

「はぁ?」

「いや、だから、君はこれから死ぬのではなくて、すでに死んでいなきゃいけない時間なんだ。だってそうだよ。僕は事前に調べたんだ。この日、この時間にあたりに人の姿はないはずなんだ。だから、僕が鍵を掛け忘れても、誰もその扉を開けに来ることはないはずなんだよ」


「それって、どういう……」

「不思議なことが起きているってことさ」

「不思議って……僕にとってはもう、不思議どころか!」

「ごめん、ごめん! からかうつもりはなかったんだよ。でも本当に不思議なことが起きているようなんだ」

「つまり、すでに過去が変わってしまったってことだったり、それで未来もかわっちゃったりみたいな大事になっているって、そういうことですか?」

「それは、まだわからない。でも、ひとつの仮説として何者かが、君の過去に――うーん、過去とか未来とかはともかく、君が死ぬはずだった歴史に意図的に関与したものがいるのかもしれないね」


 小沢は考えた。もしそんなことがあるとすれば、あのメールがそうかもしれない。


『夜道には気をつけろよ』


 小沢が、そのことを鈴木一郎と名乗る優男に告げるかどうか迷っていると、男が小沢の顔を覗き込むようにじろじろと見始めた。

「どうやら君、『心当たりアリ』って顔をしているね。君はいいね。正直だ。正直な人間、僕は好きだよ」

 とてもほめられているようには思えなかったし、実際、自分の馬鹿正直さが今回のことを招いていると思うと、その場から逃げ出したいような気分になった。


「いいさ、わかった。どうせ誤差の範囲さ。君の希をかなえてあげよう」

「ほ、本当にそんなことして大丈夫なのかい?」

「安心して任されてよ」

「えっ?」

「うん、どうしたの? 何か変だった?」

「いや、その『安心して任されてよ』って、その言葉間違って――」

「あー、これかい。気にしないでよ。どうせ、君は今起きたこと、そして僕との会話、僕のこと、何もかも忘れちゃうんだから」


 そういうと、鈴木一郎は、すーっと、小沢の額に手を伸ばし、小沢の瞳の前で指をパチンッ! と鳴らした。小沢はその場にひざからゆっくりと倒れこみ、意識を失った。

「やれやれ。とんだ面倒を抱え込んだものだ。今後は扉の設置の方法を考えなきゃならんなぁ」

 鈴木一郎と名乗る優男は、小沢を軽々と肩に抱えると洗面台に向かい、蛇口をひねった。

「右に3つ、左に1つ……」

 洗面所の鏡が怪しげな光を放つ――二人の姿はその場から消えた。


 翌朝、小沢は、見知らぬ土地で目を覚ました。

「ここは……どこだ」

 小沢はどうやら酒に酔ったいきおいで、ふらふらと町を歩き、今は使われていない建物のトイレに入ろうとして結局鍵が開かずに、その場に眠ってしまったようである。時間を確認しようとして携帯電話を探すが見つからない。

「まったく、何をやっているんだか……携帯をなくしたみたいだな」


 しばらくあたりを歩き回り、人に道を尋ねる。駅までの道で小さな交差点をいくつか曲がったとき、パトカーや警官の姿が見えた。何事が起きたのかとそっちの方向へ歩いてみると、どうやら乗用車が事故を起こしたらしい。一台の黒い車が、電柱に激突し、運転席は血まみれになっていた。

「事故ですか?」

 野次馬と思しき若い男に声を掛けてみた。

「どうやらそのようですね。運転していた人は助からなかったようですよ」

「こんな狭い道で、すごいスピードを出してたんですね」

 車の状況から見て、かなりのスピードを出さなければ、あんなふうにはならないとわかるほどのひどい事故だった。


「あのぉ、すいません。駅はこの道を行けばいいんですかね」

 男はどことなく人懐っこい感じがあったので、小沢は思わず道を尋ねてしまった。

「あ、よかったら駅までご一緒しましょうか? 私もこんなところで道草を食っている場合ではなかったのですよ」

「そうですか。では、お願いします」

「ええ、安心して任されてよ」

 小沢はなんともいえない心の引っ掛かりを感じていた。しかし、それが何であるかを考えているうちに駅についてしまった。これといって差しさわりのない世間話をしていたのだが、別れ際に男が妙なことを言い出した。

「何かわかることもあるかと思って探してみたのですが無駄足だったようですね」

「えっ? なんのことですか?」

「いえいえ、こっちの話です。なくされた携帯。見つかるといいですね」

「親切な方に拾ってもらっていればいいのですが……」

「そうですね。見つかるか見つからないかは別として、あなたの携帯は間違いなく『親切な方』に拾われたのだと、私は確信しています」

「はぁ、そうでしょか」


「あなたはとてもいい人のようですね。しかし、それを利用しようとする悪い人も周りにはいるかもしれません」

「あっ、すごいですね。ちょっとお話しただけなのに、そんなことまでわかってしまうものですか?」

「いえ、私は人の心を映すようなそんな便利な鏡を持っていたりはしません。ただ、お話を聞くだけで、洞察力のある人は、その人の過去のことを知ったり、想像したり、或いはごく近い未来のことを予測できるそうです。私は少しばかり、そういうことの真似事ができるに過ぎませんよ」


「そういうものでしょうか?」

「ええぇ、そういうものです。さて、ではせっかくのご縁ですから、私があなたの近い未来を予測してみましょう。あなたには、きっといいことがあります」

「いいこと……ですか」

「というより、これまでが悪すぎたのですよ」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」

「ええ。これはタネも仕掛けもあるお話です」

「ありがとう。なんだか、気分が晴れましたよ」

「いえいえ。感謝するべき人がいるとすれば、それはきっと私以外の別の人ですよ」

「携帯があれば、是非アドレスを交換したかったのですが、お名前は?」


 するとその男はニヤリと笑い、こう答えた

「鈴木一郎です」

 その男はそういい残して人ごみの中に消えていってしまった。


「スズキ……イチロウだって、まさか」

 おそらく偽名だろう。小沢は電車を乗り継ぎ、お昼前にアパートに着くとそのままベッドに転がり込んだ。翌日の新聞で小沢が知ったのは、小沢が見かけた事故というのが、小沢に金を貸した男が起こした事故であり、この男には恐喝や詐欺などいくつかの犯罪に関わっていたということである。


「あの男の言っていたことは本当だった――いったい何者なんだ」

 小沢はいてもたってもいられなくなり、再びあの男とであった場所に出かけていった。ふらふらと町を歩いてみてもとうとうその男の姿を見ることはなかった。諦めて帰路に着こうと駅で電車を待っているときに女子高校生らしき二人組みが妙な話をしていた。

「知ってる? あの7丁目の廃墟になっているところ。お化けが出るらしいよ」

「あ、聞いた聞いた。なんでも夜中に話し声が聞こえたり、妙な光が見えたりするって言う噂でしょう」

「どうなんだろうね」

「どうなのかな」

「いるのかなぁ?」

「いるのかもね」

「怖いね」

「うん、怖い、怖い」



 小沢はその廃墟が、自分が倒れていた廃墟であることを知らなかった。電車が駅のホームに入ってくる。小沢は二度とその場所に訪れることはなかった。





おわり

今回の短編集には『大人』とか『社会』というのがひとつのテーマになってます。この物語はありがちな社会の小さな出来事――そこにちょっとばかり不思議なエッセンスを取り入れた作品で、タイムパラドックスのような、或いは死神なのか悪魔なのか。


前出の『未来を映す鏡』と対になるタイトルですが、話の内容としては未来人が登場し、現代人と過去で出会う……なんだか複雑な設定になってしまいましたが、とくにタイムパラドックスを仕掛けているわけではないので、そのあたりはさらっと流していただければと思います


いずれ、時空を超える物語を書く予定ですので、そのときに存分にタイムパラドックスを楽しんでいただきたいと思います


では、今回は全11作品ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。また、このような形で短編集を書きたいと思っております。


力の続く限り、妄想のやまないかぎり……

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