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短編集『休日、事務所のソファーにて』  作者: めけめけ
第3章 休日、事務所のソファにて
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億万長者になれるセミナー 8

億万長者になれるセミナー 8



「どうしてあなたたちは、自己投資をしないのですか!」

 塚原 昇は激しくまくりたてる。

「自分を変えるためにここにきたのではないのですか!」

 これまでにない厳しい表情で会場の人々を睨みつける。

「その意思がない人はこの会場には必要ありません!」

 叱咤激励の言葉だと受け止めるには、いささか剣がありすぎるように私は感じた。



「あんな言い方はないよなぁ」

 部長がどんな意味でそういったのかはよくわからないが、言い方も何も、私にはこのセミナーのやっていること事態が半ば茶番劇のように思えていたので、むしろビジネスの手法としては見るべきものがあると感心すらしていた。

「いや、部長。あれはあれで、最初からお金を使う気がない人をあの段階で排除したほうが、きっと効率よくビジネスを進められるんですよ。『くさったミカン』じゃないですけど、私たちみたいな輩は、金にならないばかりか、周りに悪影響を与える存在なのでしょうから」


「そりゃぁ、タケちゃんみたいに正確の悪い受講生は迷惑だわなぁ」

 言われた内容よりも『タケちゃん』と呼ばれることに腹を立てながら、私はひとつの提案をした。

「今回のことから私たちが得るべき教訓は多いようなきがします。どうです? なかなか決まらないような案件はさっさと見切りをつけて、効率のいい契約の採り方を再考すべきだと思いますが……」

「賛成。賛成。武田、いいこというじゃん。松岡も宇野も未練がましくおいしい話をちらつかせてただ働きさせるようなクライアントはとっとと見切りをつけろよ」


 社長は『してやったり』というような、或いは『お前らのせいでこんなセミナーに参加させられたんだ』という嫌味をたぷり含めた言い方で専務と部長を見下した。少しだけ私も悦な気分になった。しかし、ふたりはだんまりを決め込み、目の前に出された少しばかり贅沢なランチを堪能した。


「そういえば……このセミナーって、会長が自分で調べて選んだんですかね。セミナーの内容とか、どんな講師なのかとか」

 私はまったくの素の疑問を投げかけた。いや、疑問というよりは、単に止まってしまった会話を続けるための話題を振っただけで、もちろんその答えを他の3人が知っているとは思っていなかったし、『知らん』か『どうせネットで広告を見ただけだろう』とかその程度の回答から、話題を会長のありがた迷惑なセミナー受講命令を途中で中座したことに対して、誰がどう説明するのかを決めておこう、或いは共通の認識――つまるところ口裏を合わせようと思ったのである。


「あれな。会長がなんかセミナーとかの情報を知らないかと言われて、たまたま俺のところに来ていたダイレクトメールをいくつか転送したんだよ」

 部長の思いがけない一言に、私は絶句し、社長は苦笑いをし、常務は相変わらず少しばかり贅沢なランチを堪能していた。

「あ、あぁ、そういうことなんですね」

 ようやくの思い出口にした私の言葉には、間違いなく殺意にも似た敵意――いや、悪意のない純粋な憎悪が込められていたが、部長の頑強なバリケードを破るには至らず、そのような試みは無理であり、無益であることを悟らされた。一つの救いは、その私のあからさまな殺気を社長が察知してくれたことと、逆に常務にそれを知られなかったことである。

「お前の気持ちはよくわかる」

 苦笑いしながら社長は私の方に手を置いてくれた。それはまるで抜きかけた刀を制止されたかのような見事な手さばきであったから、私は意表を突かれ、そしてあきらめることにした。



 そんなことがあったのは、もう4年も前のことである。


 2年ほど前、その会社はついに倒産することになり、その後のドタバタ劇も、今となっては笑って話せる。それはよいことだと思う。しかし、あのセミナーでの出来事だけは、途中までは笑って話せるのだが、最後の方になるとどうやら私の腹の虫は収まっていないようで、聞く人を不愉快にさせてしまうようである。はたして、あのセミナーを受講したもののうち、億万長者になるためのステップを着実に踏んでいる人がどれだけいるのか、多少の興味はある。もし、悪い方向に行っているのだとしたら、そういう風評の記事も乗っているかと思い、調べてみたものの期待に反してそのセミナーは好評のようであった。一つ二つの訴訟を抱えているくらいはまったく問題ないと私は思っている。


 あのようなものが万人にとって効果があるものだとは思わないし、中には被害妄想に駆られて訴えを起こすもの、或いは商売敵の嫌がらせだってあるだろう。そんなことは私にとってどうでもいいことである。私がどうしようもなく、この話の中で許せないのは、あのような顛末になった張本人が、まったくそのことに無自覚であることに他ならない。自分の行動がどのような結果を周囲にもたらしたのかということに考えが及ばないものが、どれだけビジネス書を読み、あのようなセミナーを受講し、或いはそれが占いや怪しげなコンサルタントでもいい。


 無自覚な拡散


 私はそのようなものこそが悪であると信じて疑わない。


 ところで私は今、システム保守――企業のインフラの整備やセキュリティの管理の仕事をしている。そこでよくあるのがコンピューターウイルスによる被害なのだが……


 私はウイルスを駆除するたびに、部長の顔を思い出し、圧倒的な殺意を持ってウイルスを退治することにしている。


「お前のような奴がいるから!」

 今月もなかなかの稼ぎだった。億万長者も夢ではないか……


Yes, I do it!

Yes, I can!



おわり



今回の短編集には『大人』とか『社会』というのがひとつのテーマになってます。この物語はありがちな社会の小さな出来事をヒントに描かれた作品が多く含まれています。中でもこの『億万長者になれるセミナー』は、超自然的な存在は一切登場しません。はたして読んでいただいた方がどんな感想をお持ちになるのか、とても不安なところではありますが、このような経験をされた方には、きっと共感を得られるのだと、そう信じております。心のどこかで疑いながらw

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