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短編集『休日、事務所のソファーにて』  作者: めけめけ
第3章 休日、事務所のソファにて
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億万長者になれるセミナー 4

億万長者になれるセミナー 4




 六本木のとあるオフィスビルの7階。エレベーターを降りるとすでにセミナーをうけにきた人でごった返していた。ぱっと見た感じでは、なにか問題を抱えているようには見えない人たち。自己啓発セミナーのそれとはすこし雰囲気が違うように思えたが、果たして始まってみなければわかったものではない。受付で申し込み用紙をわたす。今回の特別セミナーは二人で一人分の料金で受けることが出来る。つまり4人ということは二人分の費用、一人9800円、二組で19600円ということになる。この四人のなかの誰が人数あわせなのかは別として、本来受けるべき人間は松岡専務と宇野執行役員の二人であることは間違いはい。


「あぁ、そういうこと」

 社長はなぜ4人なのかということには納得をしたようだが、その4人に自分が入っていることは不本意らしい。それは私も同じだ。かといって本命の二人だけで受けたとして、やはりそれでは意味がないのである。どんな内容で彼らがどう変わったのか。変わろうとしているのかを観察するにはやはり、セミナーに別の人間が参加する必要がある。その意味ではこの人選は必然と言わざるを得ないのがなんとも不愉快である。


「結構きているね」

「そりゃあ、9800円でお金持ちになる方法を教えてもらえるなら人は集まりますよ。たとえ無駄金になったとしてもここに来ている人たちはすでにその数倍、いや数十倍の投資はしているのでしょうからね」

 老若男女とはまさしくこのことだと言わんばかりに20代から50代の男女が集まっている。まじめそうなサラリーマンからうさん臭そうなおやじ。キャピキャピのOLから品のいいおばさんまで、私が想像していた客層とは若干違っていたが、確かに自己啓発セミナーとはどこにもうたっていないし、悩みを抱えている人が来ているというわけではなさそうである。そして当然にお金に困っているという顔もしていない。


 受付を済ませるとそこでレジュメらしきものが綴じられているバインダーとパンフレットやチラシ、そしてペットボトルのお茶が配られた。スタッフに促されて会場に進む。セミナーをやるのにちょうどいい大きさの部屋――パイプいすがきれいに並べてあり、3つのグループに分かれていた。6席6列3グループ、フルに埋まれば108人。長方形の部屋の真ん中少し長辺寄りに上の階につながる螺旋階段がある。披露宴とかで新郎新婦が降りてくるには少し狭いくらいの幅の階段。なんとも奇妙なつくりに思えた。私たちはとりあえず4人固まって座ることにし、真ん中のグループの前から5番目の列に社長、専務、宇野部長、私の順番に座り、そのあとすぐに私のとなりに若い男性が二人座った。正面には檀上があり、さながら大学の教室のようであった。あるいは予備校か。螺旋階段は一番奥の部屋グループと2番目のグループの間にあった。その1番目のグループのさらに奥に会議用で使う長テーブルが置いてあり、その上におそらくミネラルウォーターが入っていると思われる2Lのペットボトルがずらりと並べてあり、さらにその横に段ボールが積んである。おそらく中には水が入っている。蛇口をつけて水がでる仕組みになっている。それにしても大量の水である。いったい何に使うのか。あるいはセミナーには関係のないものなのか。


 9時、会場はほぼ満席になった。何人か遅れてくるという連絡があったというスタッフの会話が耳に入った。いよいよ始まるようだ。壇上に一人の若い男性があがる。「みなさん、おはようございます」マイクがいらないくらいの張りのある大きな声であいさつをする。


「おはようございます」


 会場全員の息の合った挨拶に早くも私は嫌悪感を覚えていた。これだ。こういうのがいやなんだ。


「何人か遅れてくるとの連絡がありました。そのうちお一人があと5分か10分で到着するようですので、その方がお見えしだい始めたいと思います。それまでの間、もうしばらくお待ちください。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 さすがにこれはそろわなかった。壇上にあがった若い男が苦笑いをしたように見えたのは私の思い過ごしだとしても、彼がまるでNHKの体操のお兄さんみたいだと思ったのは私だけではないだろう。受付で配られた書類に目を通す。まず今日のセミナーに関する10ページほどのレジュメ、睡眠学習という言葉が目を引くCDの定期購入申込書。旅行のパンフレットのような一番豪華な印刷物はどうやら海外研修の案内のようだ。しかし内容は具体性に欠き、いったいどんな内容のものなのかまるで見当がつかない。やたらと若い男女のイメージ写真ばかりが目に付く。


 どうも世の中には私にとって冗談にしか思えないようなことが、まじめに取り扱われていることがあるようだ。これから9時から5時まで、こんな調子でイベントが目じり押しかと思うと、すっかり気がめいってしまう。横を見れば宇野部長は私と同じように書類を眺めていたが、果たして同じことを思っていたかどうかはわからない。たぶん、違うと思う。なにか話しかけようと思ったが、これ以上自ら不機嫌になるような原因に近づくこともないと思い始まるまでの間、ブルーのバインダーに綴られたレジュメに目を通すことにした。





 さぁ、これからあなたの新しい人生が始まります。

 私たちがあなたの潜在能力を引き出し、今の年収をアップさせます。

 これは私たちのミッションであり、あなたのミッションでもあります。

 億万長者になるための方法を一緒に学んで実践していきましょう!

 



つづく




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