億万長者になれるセミナー 1
特別体験セミナー 1
末期的な状態――そう笑って話せるようになったことは、本当に良かったと思う。私は人生2度目の転職をした。一度目は、自らが招いた問題によってクビ同然に自己都合退職をした。このころの私には知恵がなかったから、そういうことを雇用主が簡単にできるものではないということを知らなかったし、仮に知っていたとしても、やはり結果は同じだっただろう。別に仕事の内容が嫌いだったとか、上司が気に入らないとか、そういうわけではなかったが、どうにも潮時という感覚は少なからずあったのだ。就職活動をあまり本気でやっていなかった私は、家にかかってきた一本の電話――どこかで流出した就職活動中の学生の名簿を片っ端から電話をかけてリクルーティングをしている企業の面接にふらっといって、それで決めてしまったのである。何となく自分がやりたいこと――当時はバンド活動をしたりしていたものだから、音楽に関係する仕事でもと思ってはみたものの、趣味を仕事にして、趣味が嫌いになるというのも容易に想像できてしまう賢しさが邪魔をして、私はまったく関心のない流通系の仕事についた。
母親は私の人となりからそのような仕事は向かない――母が自分と同じ福祉や社会に貢献するような仕事についてほしいと思っていたことは十分に理解していた。そしてそのことを理解していたからこそ、私はその道に行きたいとは思わなかったのだ。それを天邪鬼と人がいうのであれば、私は真っ向から否定する。天邪鬼というほど反骨精神があるわけではない。単になんとなくいやなだけだったのだと。父親は職人であったから、仕事というのはどんな仕事であろうと一生懸命にやればいいと、そういうことを酒の入った席では言っていたが、普段はまるで口を出さない人だった。父も母も私が仕事を辞めたといった時には、さほど心配はしていなかった。私の勤務状態は朝早くから夜遅くまで、そして土曜日もほとんど休めないような状態だった。週休二日が当たり前の時代に、それほどよい労働条件の仕事場ではないと思っていたようだし、正直私は疲れていた。
とはいえ、退職してからだらだらと2年近くもろくな就職活動もせずに、当時流行していたドラゴンクエストやファイナルファンタジーといったテレビゲームに興じ、或いは学生時代のころ以上に自宅録音に励み楽曲を作っては大学の後輩が主催するライブに出るような暮らしをしていれば、苦言を呈するようになる。ところがそういうことがきっかけで、あるゲームソフト会社から事務方の仕事ができないかと誘われ、私はその話に飛びついた。事務で入社したものの、私はすぐに営業から開発の手伝いからなんでもやった。10人ほどの会社は数年で倍に、そして10年後には5倍の人数の会社にまで発展していった。しかし急激な成長は様々な歪を生む。無理な投資、資金繰りを回すための採算の合わない仕事を受けていくうちに売上に比例して借り入れも増え、利益は反比例して下がっていき、ついにのっぴきならないところまで来てしまった。その頃の私といえば、役員に次ぐ実質的な経営者であり、いや、肝心なところではやはり中間管理職でしかなかったのかもしれないが、ともかく会社が傾いた時の差前線に私はいた。これからお話しする奇妙な体験は、その末期的な状態で経験した『今だから笑える』お話である。
精神論というものに対しては、決して否定的ではないのだが、私は常にそういうものに対して懐疑的な立場をとる。否定=拒むことと懐疑=疑うことでは、私にとっては大きな違いであり、そうでないと言い張る人――つまり信じないから成功しないのだと言い切る人には、私はとても面倒な人なのだろうと思う。私は理論立てて相手の主張を否定するような無粋なまねは好かない。それでいいという人もいるだろうし、そうでなければ嘘だという人もいるだろうが、私はそうはしない。そうはしない――つまり、否定をしないのにはちゃんとした私の理屈がある。否定をする限りにおいて、その代案をある程度示すことが、必要不可欠であると私は考える。そしてそれは、示すだけではなく、相手をこちら側の立場に引き寄せる――つまり、そうなるまで面倒を見て、なおかつフォローもするぐらい『相手が魅力的で仲間に引き入れたい人物』であれば、その労を惜しむ理由はないのである。だが、残念なことに――いや、幸運なことに、そのような人物に出会うことはそうそうないのである。
つまり私は相手の価値観を否定しない代わりに、相手や相手のやりように対して無関心を装う。その承諾を勝手に得るのである。無論それを実践するためには私のあまりある忍耐力(このことには人並み以上の器の大きさを私は明言できる)で相手との妥協点を見つけ出し『うまいことやっていく』ことが必要不可欠なのだが、私自身はそういうことを得意としていた。もちろん40年以上の人生を過ごしてくれば、許容量を超える存在にも出会うことはある。はたしてそのような存在を回避することができないという状況に陥ることが、ありがたいことに私には少なかったのである。しかし、そのような幸運は、数少ない不運によって『よりありがたみを感じること』ができるように世の中は回っているものなのかもしれない。私は上司の命令でとあるセミナーに参加することになった。そのようなことになった顛末については、ここではまだ語らないでおこう。ここで語らないのは些細なことだと軽視するわけでもなければ、それを面倒に思って語らないというわけではない。これについては私自身まだ『笑って済ませる気になれない』からに他ならないのだが、結局のところ、このお話の最後には、そのことも語らねばならないかもしれない。それができるくらいに、このお話を皆さんにご披露していく中で、私の気が晴れていけばいいのだけれど、とにもかくにも私と同僚3名は、不本意ながらセミナーを受ける羽目になったのである。
あなたも億万長者になれる! 特別体験セミナー!
つづく




