(4)
おかあさん、おかあさん、わたしにはおねえちゃんっていないの?
え? なんでそんなこときくかって?
だって……おとなりのみかちゃんも、おなじくらすのあすみちゃんも、
みぃんなおねえちゃん、いるんだよ?
おねえちゃんはね、いもうとのこと、よびすてにするんだって。
それでね。おやつとられちゃったり、じゅーずとってこさせられたり、するんだって。
だからあんなのいやだ、ってみんないってる。
でもねでもね。がっこうのべんきょうとか、おしえてくれるんだって。
さんすうとか、おしえてくれるんだって。
ねえねえおかあさん。わたしもおねえちゃん、ほしいなぁ……
――きっかけは、一体なんだったのだろう。
「何でこんな順位なんだ」だったか「このままで大丈夫だと思っているの?」だったか。……いや、「何で第一志望がこの学校なんだ」だったはずだ。
「…………」
うずくまりながら桐子は、頭の中でそんなことを考えていた。
桐子の両親には、彼女が受験生になった時ぐらいからずっと、行ってほしいと思う学校があった。
『父さんの友達の娘さんもそこの出身でね、いい学校だと言っているそうだ』
『進学率もいいんですって。教育方針も先進的で、評判がいいのよ』
事あるごとにその学校名を口に出されて、肩がずんと重くなるのを感じたのも、一度や二度ではない。
聞いて極楽、見て地獄、ってことになるんじゃないの? いいか悪いかは個人個人が決めることでしょう? 私が気に入るかどうかなんて、私にしか決められない。先進的な教育方針って何? 私が今まで見てきた『学校』は、どこもそんなに代わり映えはしなかった。
そんな反抗的な考えも、何度か頭の中に過ぎることがあった。
それでもやはり、自分の将来の事を考えてくれているんだと思い、両親にも自分にも「第一志望はここよ」と何度も言い聞かせてきた。――たとえ自分の本心が、別の学校名を叫んでいたとしても。
そんな両親が、返ってきた模試の結果に印刷された、『桐子の』第一志望校を見て、何も言わないはずがなかった。
喧嘩なんて、進路のことで両親と相談したときにはよくあることだったから、今回もそのうち丸く収まるんじゃないかと、軽く考えてしまっていた。適当に文句を聞き流してさえいれば、済んでしまう。
私の考えなんて、別に言う必要なんてない。どうせ言っても、余計に話がややこしくなるだけだから。しかし……押し込めようとした気持ちは桐子の意に反して、その日に限って爆発した。
「あんな学校、私、行きたくないの!」
気が付いた時には両親の前で、涙ながらにそう叫んでいた。
自分のためだと思っていた。……いや、思おうとしていたんだろう。でも、できなかった。いくら納得しようと努めても、それに比例して、自分の希望ではない行き先が、果たして自分の『ため』になるのだろうか。と言う気持ちが胸にたまって行き、自分の中で矛盾はどんどん大きくなった。
パンパンに膨れ上がった気持ちの風船を破裂させてしまったのは、両親のとがった一言だったのか、それとも……自分で自分の胸に、針を刺し通してしまったのか。目の前が真っ暗になりそうなほど必死だった。自分が何を考えているのかもよく分からなかった。他にも何か叫び散らしたような気もするが、そんなことも覚えていないくらい、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
叫んだ瞬間の両親の顔が頭にこびり付いて離れない。二人ともひどく驚いた様子で、そして――とても悲しそうだった。
「待ちなさい、桐子!」
お母さんがそう叫んで呼び止めたが、胸の痛みが増しただけだった。止まろうともしなかった。何も言わずにそのまま家から飛び出して、そして、人目も気にせずボロボロ泣きながらたどり着いたのが、近くの川原だった。