第6話「アルヴィンの秘密」
二十三日目の夜、残業が長引いた。
クロードは先に帰った。執務室にはアルヴィンと私だけ。ランプの光の中で、二人黙々と書類を片付けていた。
時刻が深くなった頃、アルヴィンが急に手を止めた。
「少し、話してもいいか」
顔を上げると、アルヴィンが窓の外を見ていた。いつもと少し違う顔だった。疲れている、というより、何か重いものを抱えているような。
「もちろんです」
アルヴィンはしばらく黙ってから、静かに口を開いた。
「ダリオス侯爵家のことを話す」
「……聞きます」
「あの家は、表向きは普通の貴族だ。だが実際は、王家の弱みを握って政治的に操作しようとしている一族だ」
「王家の弱みとは」
「……俺の、母のことだ」
私は黙って待った。
「母は十二年前に亡くなった。病気だと公式には発表された。でも実際は──違う。ダリオス家が関わっていた」
「……それは」
「証拠はない。俺が子供の頃から、ずっと調べている。でも彼らは証拠を残さない。巧妙だ」
アルヴィンの声は静かだった。怒りも悲しみも、表には出ていない。でも十二年間、一人で抱えてきたものの重さが、その静けさの中にあった。
「だから特別問題処理係を作った。表向きは雑多な問題処理だが、実際はダリオス家への調査拠点だ」
「……私を採用したのは」
「お前が断罪騒動の中で動いた方法を、父から聞いた。証拠を集めて、人を動かして、感情ではなく論理で解決した。使えると思った」
(使えると思った)
「道具として採用した、ということですか」
「最初は、そのつもりだった」
「今は」
アルヴィンが、初めてこちらをまっすぐに見た。
「今は違う」
それだけ言って、また窓の外に目を向けた。
私は胸の中で、その言葉を転がした。
今は違う。
(どう違うのか、聞けなかった)
でも、聞かなくても少し分かった気がした。
「主任」
「何だ」
「一人で抱えてきたんですね、十二年間」
「……ああ」
「これからは一人じゃないです。私もクロードもいます」
アルヴィンは少し黙って、それから小さく「ああ」と言った。
前と同じ「ああ」だった。でも今夜の「ああ」は、少し違う重さがあった。
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帰り道、夜風が冷たかった。
(この人、ずっと一人で戦ってきたんだ)
王子だから、強いから、一人でできると思われてきた。でも十二年は長い。長すぎる。
(私には、クロードがいた。リリアがいた。でもこの人には)
胸が痛かった。
仕事の感情じゃないと分かっていた。でも今夜は、それを考えないことにした。
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◇
──私のメモ帳より。
『主任語録:「今は違う」←解読不能。でも大事な言葉だと思う』
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*次話:「クロードの告白未遂」*
本作は『転生したら悪役令嬢でしたが、攻略手順をうろ覚えすぎました』の続編です。アルディアがなぜ転生者なのかは前作で描いていますので、よろしければあわせてお読みいただけると嬉しいです!




