第2話「上司が口数少なすぎる」
三日働いて分かったことがある。
アルヴィン主任は、口数が極端に少ない。
指示は最低限。報告への返答は「分かった」か「続けろ」か「処理しろ」の三択。雑談は皆無。昼食は一人で黙々と食べる。
(寡黙というより、省エネ)
前世でもこういう上司はいた。悪い人ではない。むしろ仕事は明快で、余計な政治もなくて、働きやすい。
ただ一つ、困ることがある。
何を考えているか、全然分からない。
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四日目の朝、私は土地争いの調停案をまとめた報告書を提出した。
関係者への聞き取り、過去の記録の照合、双方が納得できる落とし所の提案。我ながら丁寧に仕上げた。
アルヴィンは受け取って、黙って読んだ。
五分後、返ってきた言葉は。
「いい」
以上だった。
(いい、だけ?)
「修正点などはありますか」
「ない」
「改善できる部分は」
「ない」
「もう少し詳しくフィードバックを……」
「いい、と言った」
(これが全力の褒め言葉か)
前世なら「お、やるじゃん」くらいのニュアンスだろうか。受け取り方が難しい。
「ありがとうございます」と言ったら、アルヴィンはまた書類に目を落とした。
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五日目、備品紛失の件を調査していたら、意外な場所で手がかりを見つけた。
王城の倉庫番が、こっそり横流しをしていたのだ。証拠もある。どう報告するか迷っていたら、アルヴィンが通りかかった。
「主任、少しよろしいですか」
「言え」
「備品紛失の件ですが、倉庫番の横流しと判明しました。ただ、当人には家族の病気という事情があって……処分の裁量について、ご判断をいただきたく」
アルヴィンが少し眉を上げた。
「お前はどう思う」
(私に聞くの?)
「厳しく処分することはできます。ただ、当人が自首して全額返済の意志を示しているなら、減給と厳重注意で再発防止を優先する方が、組織としては損失が少ないかと」
「理由は」
「解雇して新しい人材を育てるコストより、反省した人間を使い続ける方が効率的です。感情論ではなく、計算です」
アルヴィンはしばらく無言だった。
「……進めろ」
「はい」
「その判断でいい」
(また「いい」だけ)
でも今回は、少しだけ声のトーンが違った気がした。
気のせいかもしれない。
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六日目の夕方、執務室に二人きりになった。
書類整理をしながら、ふと思った。
この人、一日中ここで働いている。休憩している姿を一度も見ていない。昼食も、食べながら書類を読んでいる。
(働きすぎでは)
前世の感覚で言えば、完全にブラックな自己管理だ。
「主任」
「何だ」
「今日、何時まで残られますか」
「必要なだけ」
(必要なだけ……)
「私が上がっていいのはいつですか」
「仕事が終わったら」
「終わりました」
アルヴィンがちらりとこちらを見た。
「早いな」
「効率化しました。同じ種類の案件をまとめて処理すると時間が半分になります」
「……そうか」
「主任も、ご自身の仕事を少し整理されると楽になるかもしれません。書類の山、カテゴリが混在していますよ」
言ってから、少し余計だったかと思った。上司に仕事の指摘をするのは、角が立つ。
でもアルヴィンは怒らなかった。
「……やってみるか」
「手伝いましょうか」
「いい」
(いい、は断りのいい、か、許可のいい、か)
判断できないまま、結局一緒に書類を整理した。
一時間後、机の上がきれいになった。
アルヴィンは整理された机を見て、一言だけ言った。
「助かった」
(助かった)
三択じゃない言葉が出た。
私は小さく笑ってしまった。
「お役に立てて良かったです、主任」
アルヴィンが、ほんの少し、目を細めた。
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◇
──その夜、メモ帳に追記した。
『主任語録:「いい」「分かった」「続けろ」「処理しろ」「助かった」←NEW』
語録が増えていくのが、なぜか少し嬉しかった。
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*次話:「同僚がクロードなんですが」*




