第10話「アルヴィンの本音」
クロードは気を遣って、先に帰った。
執務室に二人残された。アルヴィンはしばらく何も言わなかった。書類も見ていない。ただ、椅子に座って、窓の外を見ていた。
私はその沈黙に耐えながら、謝罪の言葉を整理していた。
「なぜ単独で動いた」
静かな声だった。怒鳴らない。でもそれが余計に重かった。
「情報が入った時、二人が不在で。時間的に間に合わないと判断して」
「連絡は」
「しました。でも返事が来る前に動いた」
「それは連絡していない」
「……おっしゃる通りです」
「なぜ待てなかった」
答えに詰まった。
本当のことを言えば、待つのが怖かったのだ。情報が消えてしまうのが怖かった。せっかく見えてきた糸が切れるのが怖かった。
「……焦りました」
「焦った結果がこれだ」
「はい」
「お前は仕事ができる」アルヴィンが続けた。「頭も回る。判断も早い。でも」
「でも」
「一人で全部やろうとする」
(それは)
「お前が言った。これからは一人じゃないと」
「……言いました」
「俺に言っておいて、自分はそれをしなかった」
正面から来た言葉だった。避けられなかった。
「……すみませんでした」
「謝罪じゃない」
アルヴィンが立ち上がった。こちらに歩いてくる。
「怖かった」
え、と思う間もなく、続きが来た。
「お前が一人であそこにいると知った時。間に合わないかもしれないと思った時。怖かった」
アルヴィンの声は静かだった。でも確かに、震えていた。ほんの少し。
「主任」
「俺がお前を採用したのは、使えると思ったからだ。最初は。でも今は違う」
「……前に、そう言っていましたね」
「今はお前がいないと困る。仕事じゃなく」
(仕事じゃなく)
「それは」
「もう少し、自分を大切にしろ」
アルヴィンが、私の目をまっすぐに見た。
「お前がいなくなったら、俺が困る。それだけだ」
沈黙が落ちた。
長い沈黙だった。でも不思議と、苦しくなかった。
「……主任は」
「何だ」
「普段から、そういうことを言えばいいと思います」
アルヴィンが少し目を細めた。
「言えるか」
「言えないんですか」
「……難しい」
「練習しましょう」
「誰と」
「私と」
アルヴィンはしばらく黙って、それから静かに笑った。
「……ああ」
今夜の「ああ」は、今まで一番柔らかかった。
(要注意、では済まなくなってきた)
私はそっと目を逸らした。頬が熱かった。今度は、執務室のせいじゃない。
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◇
──私のメモ帳より。
『主任語録:「お前がいなくなったら、俺が困る」←要注意どころではない。どうしよう』
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*次話:「決着」*
本作は『転生したら悪役令嬢でしたが、攻略手順をうろ覚えすぎました』の続編です。アルディアがなぜ転生者なのかは前作で描いていますので、よろしければあわせてお読みいただけると嬉しいです!




