第1話「辞令、下りました」
事件が解決して一週間後、父に呼ばれた。
執務室に入ると、クレシェント公爵──私の父は、机の上に書類を広げたまま深刻な顔をしていた。
嫌な予感がした。
「アルディア、座りなさい」
座った。
「単刀直入に言う」
「はい」
「我が家は、金がない」
(……は?)
「ダーリン侯爵家の工作によって、この三年間、取引先を次々と失っていた。事件が解決した今、名誉は回復できる。だが財政の立て直しには時間がかかる」
父が、申し訳なさそうに続けた。
「お前の学院の学費も、来期分は……少し、厳しい状況で」
(お金がない)
(貴族なのにお金がない)
(悪役令嬢なのにお金がない)
「……どのくらい厳しいですか」
「使用人を半分減らした」
「それは知っています」
「馬車も一台売った」
「それも知っています」
「お前の婚約者候補からの打診が、今のところゼロだ」
「それは……少し、傷つきました」
父がさらに申し訳なさそうな顔になった。
「王家から、打診があった」
「婚約の話ですか」
「就職の話だ」
(就職)
「王家直属の『特別問題処理係』という部署ができた。貴族間のトラブルや王城内の雑多な問題を処理する部署らしい。そこへの採用打診が来ている」
私はしばらく黙って、それから口を開いた。
「給料は出ますか」
「出る」
「行きます」
父が目を丸くした。
「即答するとは思わなかった」
「お金がないんでしょう。働きます」
前世は社会人だった。働くことに抵抗はない。むしろ何もせず座っている方が落ち着かない。
「ただ一つ確認させてください」
「何だ」
「上司は誰ですか」
父が少し間を置いた。
「……アルヴィン第一王子殿下だ」
(やっぱりそうか)
「分かりました。参ります」
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翌朝、王城に出仕した。
案内された部屋は、王城の中でも端の方にある小さな執務室だった。窓が一つ、机が二つ、棚には書類が山積み。
(思ったより庶民的な部署だ)
「来たか」
振り向くと、アルヴィンが書類を読みながら立っていた。
「おはようございます、殿下」
「アルヴィンでいい。ここでは役職で呼ぶ」
「……アルヴィン主任、でしょうか」
「主任でいい」
(主任)
(王子が主任)
「分かりました、主任」
アルヴィン主任は書類から目を上げずに言った。
「今日から一緒に働く。よろしく」
「よろしくお願いします」
「まず今日の案件だが」
「はい」
「処理しろ」
机の上に書類の束がどさりと置かれた。
(処理しろ、だけ?)
「あの、もう少し詳しく」
「読めば分かる」
(読めば分かる)
(これ、察して動くタイプの上司だ)
前世でも何人かいた。指示が少ない代わりに、ちゃんとやれば全部任せてくれるタイプ。
私は書類を手に取って、黙って読み始めた。
貴族の土地争い、学院の施設利用トラブル、王城内の備品紛失……なるほど、雑多だ。
「……優先順位は」
「お前が判断しろ」
(全部任せてくれるタイプ、確定)
「分かりました」
私は書類を三つに分けた。緊急、通常、保留。
アルヴィンがちらりとこちらを見た。
「早いな」
「前の仕事の経験で」
「前の仕事?」
「……以前、少し似たような整理をしていたので」
誤魔化した。でもアルヴィンはそれ以上聞かなかった。
「では緊急案件から着手しろ」
「はい、主任」
悪役令嬢の、王城お仕事生活が始まった。
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◇
──その夜、私のメモ帳にはこう書かれていた。
『主任、指示が少ない。でも仕事は任せてくれる。前世でいちばん好きなタイプの上司だった。要注意』
要注意の理由が、また分からなくなってきた。
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*次話:「上司が口数少なすぎる」*
本作は『転生したら悪役令嬢でしたが、攻略手順をうろ覚えすぎました』の続編です。アルディアがなぜ転生者なのかは前作で描いていますので、よろしければあわせてお読みいただけると嬉しいです!




