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第五話 スタンピードは物語の中だけで結構です

俺たちは、フィリアとソラに取り敢えず家に帰るよう伝えた後、ギルドマスター室で調査依頼の報告をしていた。


「さて、調査はどうだった?報告してくれ」

冒険者ギルドのマルク支部のギルドマスターである、ビート・ヴェリノスが尋ねる。


「ああ。ここ一週間ほどクイントの森の奥を調査していたんだが、どうやら魔の森から魔物が流れてきているようだ」

俺たちのパーティー、晴天(せいてん)(つるぎ)のリーダーであるガレンが答える。


「つまり、スタンピードが起こっている。と」


「そう思われる」


「魔物の種類は?」


「グレイトベアが一体、ワイバーンが五体、グレイトボアが三体。Bランク以上の魔物はコイツらだけだ。Cランク以下の魔物は、クイーンビー率いるノーマルビーの群れや、フォレストウルフ、ホブゴブリン、ゴブリンが数十体だ」


「分かった。オルソ辺境伯騎士団にも連絡しておく」


「ああ。お前ら他に何かあるか?」


「私は無いわ」


「私も無いわよ」


「俺も無いぞ」


ユリア、リリノア、俺の順で答える。


「それじゃあ、これが報酬だ」

ビートが、報酬の大銀貨五十枚を袋ごと渡す。


ガレンは袋を受け取ると、大銀貨二十五枚をリリノアに渡して残りは自分の財布に入れる。


「これからも頼んだぞ」


「勿論だ」

ガレンはビートにそう答えると、空になった袋をビートに返してギルドマスター室を後にし、俺たちもそれに続いた。



☆・..・★・..・☆・..・★



私はギルドから帰るなり、部屋にこもって言い訳を考えていたが、この状況を打開できるような革新的なアイデアはついぞ浮かんでこなかった。


しばらくすると両親が家に帰ってきて、部屋に居た私を呼ぶ。

二人は私をリビングのソファに座らせると、二人も私に向き直って座った。


「フィリア、何であんなことをしたの?」

母がゆっくりと諭すように言う。


母は私がしたことの何が悪いのか、私が分かっている前提で話を進めてくる。

こういう言葉の端々から、母が私を信頼してくれていることが伝わってくる。


私はその信頼を、裏切ったのだ。


父も母も私を頭ごなしに叱りつけることはしない。

それが、かえって私をいたたまれない気持ちにさせた。


私が黙ったままなのを見て、父も私を優しく諭す。

「フィリア、怒ったりしないから正直に言ってごらん?」


それは分かってる。

だからこそ余計に言いたく無いのだ。


二人とも、こうやって私を諭すときには、愛称ではなく本来の名前を呼ぶ。

二人が私をそう呼ぶたびに、娘のフィルに言っているのではなく、フィリアという一人の人間に対して言っているのだと思い知らされる。


「フィリアはこう見えてちゃんと賢いから、勝手に冒険者登録することの危険性くらい分かっているでしょう?」


「うん」

母の言葉に私は俯いたまま頷く。


「こう見えて」のところにツッコミたいが、今の私にそんな余裕はない。


「あなたが私たちに何かを隠していることは、分かってるわ。多分、ソラくんには言っているのでしょう?私たちには言いたく無いのかもしれないけれど、私たちだって……フィルの力になりたいの」


フィル、と言ったのに驚き、両親の目を見上げる。

それは、どこまでも私を心配する目だった。


ああ、私、知らないうちにこの人たちを悲しませてたのか。

もう、ここらで潮時かな。


「分かった。お父さんとお母さんに、全部話すね」

迷いが一切無くなった私は、自然と微笑んでいた。


「私はフィリア・シュテルン。でも、フィリアじゃない人の記憶があるフィリアなの」


「な、成程?」

父があまり理解できていなさそうな返事をする。


「私はたまに、変な夢を見るの。知らない場所で、知らない人と、知らないことをして過ごす夢。そこに、一人の少女が現れた。彼女は私にこう言ったの、『一部の神々の限界が近い。そのうち人類に試練が課される。それまでにいろいろ準備しときな。アタシもできる限り食い止めてみるよ』って。彼女が誰かは分からない。でも、容姿や行動から粗方見当はつく。彼女は……太陽と星の女神リディア」



☆・..・★・..・☆・..・★



バチンッ!!

頬を叩く音が部屋中に響き渡る。


俺は今、「お母さんにも叩かれたことないのにぃ!」なんて言っていられる状況じゃない。

何故なら、今俺の頬を叩いたのは他でもない俺の実の母親だからだ。


「ソラ、アンタは賢いのかもしれないけど、何にも分かってない。アンタは私が扱いただけあってそこそこ強い。でもそこそこ止まりだ。何か不測の事態があったらどうする?スタンピードが起こったら?知り合いに裏切られたら?アンタだけなら乗り切れるかもしれない。でも、フィルちゃんをちゃんと守り切れるの?」


俺は黙って首を横に振る。


「じゃあダメじゃない!それともアンタ、フィルちゃんが死んでも良いっていうの!?」


俺は再び首を横に振る。


「そうよね。だったら、ちゃんとフィルちゃんを守り切れるくらい強くならなきゃ。冒険者登録はそれからじゃないと駄目だったの。分かった?」


母さんの言うことは尤もだ。

しかし、俺は首を横に振ると、母さんの目を真っ直ぐ見つめた。


「理由は言えないけど、今じゃなきゃ駄目なんだ。それにフィルは、俺が守らないといけないような弱い奴じゃない。確かにアイツは臆病だけど、それは決して弱さなんかじゃない。アイツは俺よりも恐怖が大きい。でも、恐怖っていうのは、戦う上でとても大切な要素だ。俺にそう教えてくれたのは、他ならぬ母さんだろ?アイツは俺とは違う強さを持っている。だから、いつかアイツの恐怖が強さに変わる。そんな日が来ると俺は信じてる」


全てを言い終えた頃には、俺は穏やかな笑みを浮かべていた。


母さんは溜め息を吐きながら頭を抱える。


「……これはもう駄目ね。すっかりフィルちゃんの狂信者じゃない。分かった。アンタがそう言うなら、そうなんでしょうね。でも、駄目よ。アンタたちが死んだら私が悲しいの。私が認めるくらい強くなるまで、冒険者活動はさせないから」


そう言い残すと、母さんは扉を開けて去っていく。


それと入れ違いで、今度は父さんが部屋に入ってきた。


「ソラ、元気出せよ。要はユリアが認めるくらい強くなりゃ良いってことだろ?今から父さんが稽古をつけてやるよ」


「いや、要らな……」


「まあ、そう言うなって」


父さんは俺を強引に庭に連れて行くと、ハルバードを手に持ち、俺に刀を投げてよこした。


「あと、これもつけろ」

父さんが渡してきたのは、目隠しと耳栓、鼻栓だ。


「いや、何で?」


「そりゃあ、五感を制限するためだろ?ユリアがお前に教えているのは『気の読み方』だ。『気』は五感で感じることができる相手の目線や仕草のこと。じゃあ、『気』を読むとどうなるのか。『気』を読むと相手の攻撃を予測できるようになる。対して俺が今から教えるのは『勘』だ。俺にはたまに、嫌な感覚が働くときがある。そうした感覚が働くと警戒したり、その場所を避けて進んだりする。そうすると、全てが上手くいくんだ。お前もそうだろ?この感覚は、戦闘にも利用できる。『勘』が働くと、何も予測せずとも避けることができる。それを今からお前に教える」


父さんはそう言うと、ハルバードに巻いていた布を外し穂先を俺に向けて構えた。


「真剣を使うのか?」

真剣を使うなら下手したら大怪我じゃ済まない。

最悪の場合、死に至る。

しかも俺の場合は目隠し、耳栓、鼻栓装着とか言うハンデ付きだ。


「ああ。真剣じゃないと意味がない」


「分かった」

犠牲が大きかったとしても、強くなりたい。

母さんに認められたい。

フィルを守りたい。


母さんが言っていることは、至極尤もなのだ。

その万が一があったとき、フィルをちゃんと守り切れるようにならなければ。


俺は目隠しと耳栓と鼻栓をつけると、父さんに向かって刀を構えた……って、どんだけつけさせんだよ。



☆・..・★・..・☆・..・★



「私はこの夢を前世の記憶って呼んでる。夢の中の私は十五歳で、高校の入学式に行く途中で亡くなった。って言っても分からないか。とりあえず死んだの。そしたら、多分神様がこの世界に連れてきてくれた。私をこの世界に連れてきた神様の容姿は、他ならぬ太陽と星の女神リディアとそっくりだった。そして、彼女は再び私の夢に出てきたの。後はさっき話した通り。だから、私はいつ来るか分からない試練への準備として冒険者登録をしなきゃいけなかったの。……勝手なことして、ごめんなさい」


私の目から勝手に涙が溢れ出てくる。

泣きたい訳じゃ無いのに。


「そう。辛いことを思い出させてごめんね。話してくれてありがとう」

母は私の背中を摩りながらそう言ってくれた。


「その、何だ、俺はこういう状況で何か言うの得意じゃ無いんだが……フィル、今までよく頑張ったな。でも、これからは俺たちのことをもっと頼ってくれ」


父は頬を掻いてからそう言うと、私の頭を撫でる。


「お父さんは撫でないで!」


「えっ!?『は』って、リリノアは良いのか?」


「もちろん。お母さん、これから私の服とお父さんの服、一緒に洗わないでね」

私は父の方を向いて肯定すると、今度は母の方を向いて洗濯物を分けるよう要求する。


「ええっ!?フィル、まさかお前……反抗期か?」

神妙な顔つきになる父を見て満足した私は、ネタばらしをして差し上げる。


「冗談に決まってんじゃん」

そう言うと私はクスッと笑う。


それに釣られて、父と母もクスッと笑った。


こういう状況で何か言うのが苦手とか、まんま私じゃん。

意外なところで私と父は似ていたようだ。



☆・..・★・..・☆・..・★



「じゃあいくぞ!」

父さんはそう言うと、こっちに向かって攻撃を仕掛けてきた……気がする。


何も見えないし、何も聞こえないし、何の匂いもしない。

唯一分かるのは、ハルバードが空を切ったときに伝わってくる、空気が切られる感触だけ。

俺は、空気が切られる感触を頼りに攻撃を避け続けていた。


「それは『気』を読んでるんだ。『勘』を働かせろ!」

父さんが俺を叱咤する声が小さく聞こえてくるが、やれと言われてできるようなもんじゃ無い。


「っ……」

ハルバードが俺の腕を掠る。


不味い、もっと空気の動きを感じないと……いや、そうじゃ無い。

感じたら駄目なんだ。


そう悟った瞬間、俺は全ての感覚をシャットダウンした。


……右側から何となく嫌な感じがする。

避けよう。


次は左側。

俺は右に避ける。


次はお腹の辺り。

俺は後ろに飛び退いた。


次は頭上。

俺は再び後ろに飛び退いたが、嫌な予感は消えなかった。


俺は衝撃に備えて両手で頭を抱えてうずくまる。


ポスッ。

そんな音と共に、その衝撃は降ってきた。


「できたじゃねぇか!良くやった!」

父さんが俺の頭に手を置く。


俺は訳が分からなくて、目隠しを外した。


俺の目に最初に飛び込んできたのは、満足気に笑っている父の顔だった。

明日の午前五時に、第六話を投稿します!!

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